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元最強、最後の仕上げを行う

 そこは何処とも知れず、何とも言えないような場所であった。


 視界に映っていたのは白で……否、白しかないと言うべきか。

 周囲の全てが白で塗り潰されたような、そんな場所だ。


 しかしそこには、一箇所だけ白から逃れた場所があった。

 そしてそこにあるのは、ソーマの見知ったモノの姿だ。


 サティアであった。


「さすがではあるけど……よく気付いたね? ボクはあの世界に完全に溶け込んでいたはずなんだけど」

「どうせそんなことだろうと思っていたであるからな。それに、視ていたであろう?」

「まあ、万が一のことを考えれば、視ていないわけにはいかなかったしね。必要なかったみたいだけど。とはいえ、それでもやっぱりさすがだと思うよ? 幾ら予想出来たからといって、普通は気付けるものじゃないんだからね」


 感心したような表情を浮かべているあたり、どうやら本心からのものであるらしい。


 もっとも、だからどうだという話ではあるし、何よりもそんなことのためにサティアを呼んだわけではないのだ。


「で、これからどうするのである?」

「うーん、本当にさすがだなぁ。ボクが君に望んだことを完璧にこなし、その上でまだやるべきことがあるのを理解してる。正直なところ、少し恐ろしいぐらいだよ」

「そんなことないと思うであるがな。色々とヒントは貰ったであるし」


 エレオノーラに、あの悪魔、何よりもこの世界で過ごした時間。

 それらを混ぜ合わせて考えれば、自分に一体何が求められているのかを把握するのはそう難しいことではあるまい。


「そう言えるのはキミぐらいだと思うけど……ま、いいさ。あまり悠長に話をしている暇はないしね。何せ……この世界は現在進行形で刻一刻と滅びに向かって進んでいるんだから」

「ま、で、あろうな」


 確かに、滅びの原因だと言われていたフェリシアは死を迎えた。

 だがそれだけでは、意味がないのだ。


 何故ならば、ここは時の止まった魂の世界。

 そこでの死に、果たしてどれだけの意味があるのかという話である。


「この世界は所詮仮初だからね。あの悪魔も言っていたように、ここで死んだところで現実には関係がない。この世界が壊れれば、全ては元通り、というわけさ」


 フェリシアの死はなくなり……そして、聖都の消滅も止められない。

 まだ何一つとして、変わってはいないのだ。


「ま、それはあくまでもこのままこの世界を終えてしまえば、の話ではあるけど。この世界はボクが作り出した世界だからね。この世界での状態をそのまま現実世界へと引き継ぐ程度ならば可能ではある。ただ、それが何を意味するのかは……わざわざ語るまでもないよね?」


 当然であった。

 その結果何が起こるのかなど、簡単なことだ。

 聖都に住む人々が、あるいは世界に住む全ての人々が、救われるのである。


 たった一人の少女の命と引き換えに。


 随分と割の良い話であった。

 おそらくは百人に聞けば百人がそう答えることだろう。


 どうすると、問いかけるような目でサティアが見てきた。

 まるでその返答次第でこれからを決めるとでも言いたげな様子であり……いや、実際そのつもりなのだろう。

 その目がそう語っている。


 とはいえ、答えなど最初から決まっていた。


「無論、論外である」


 そんなことのために決意を固めたわけではないし、ここまで来たわけではないのだ。


 肩をすくめてそう告げれば、サティアは満足げな笑みを浮かべた。

 どうやらお気に召す回答であったらしい。


「まったく……分かりきったことなのであるから、わざわざそんな試すようなまねなど必要ないであろうに」

「ま、万が一ってこともあるしね。意思の疎通っていうのは重要だよ?」

「ふむ……では意思の疎通を行うために我輩も問いかけるのであるが、汝はどうなのである?」

「そりゃ勿論同感さ。誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんてクソ食らえだね。……本当に、心の底からそう思うよ。ま、それに何より、そもそも彼女は……魔女っていうのは、ボク達の被害者とも言える存在だしね」

「被害者、であるか……?」


 なるほど、妙にフェリシアに肩入れしているように思えたのは、そのせいだろうか。


 十全の力を発揮出来ないとは言うが、それでもサティアは神である。

 その真意がどうであれ、今まで犠牲を強いた事がないわけがないし、そのことをソーマはどうこういうつもりもない。

 しかしそこで重要なのは、今更フェリシアを特別扱いする必要がないということである。


 なのにサティアは、フェリシアを殺すではなくこんな世界を作り出すことを選択した。

 神である以上は、どれだけ力が衰えていようとも、世界がどうこうしてくるより先にフェリシアを殺す事が出来たはずなのである。

 つまりは、この世界はフェリシアを救うためだけに作られたのだ。


 神であるとはいえ、容易なことではあるまいに、それでもサティアは実行に移した。

 そこだけは謎だったのだが……当然と言うべきか、相応の理由があるらしい。


「魔女っていうのは、世界から溢れてしまった力の受け皿なんだ。本当はそれはボクが受け取るべきものなんだけど……まあ、一柱になっちゃったせいで難しくてね。かといって余った分を無作為にばら撒くにはいかないから、その力は特定の個人へと流れていくようになっているのさ」

「それが魔女、というわけであるか」

「うん。以前もちょっと触れたように、だから彼女達の使う力はボクのそれと同種だというわけさ。ただ、だけどその力は人が使えていいものではないからね。使おうとしたのを世界が察知すると世界は排除しようとするのさ。……自分で与えたっていうのにね」

「まあ、世界ともなればその程度の理不尽があっても不思議ではないと思うであるがな。無論、だからといって納得出来るかは話が別であるが」

「まったくだね。まあ、ボクはあまりそこに文句を言える立場にはないんだけど。神っていう立場的にもそうだし、今まで黙認という形で協力したとも言えるからね。……これでも一応、なるべくそんなことにならないようにしてきたつもりでもあるんだけど」

「ふむ? 何か手を打っていた、ということであるか?」

「魔女が禁忌の存在って呼ばれてるのは、ボクがそういう噂を流したからだからね。そういうことにしておけば、彼女達はひっそりと生きるしかなくなるだろう? 力を使ったとしても、世界に目を付けられるほどのことはやらないはずだ。……と、思ったんだけどねえ」


 その思惑は見事に外れてしまった、というわけか。


 まあ、表舞台に出てこなくなる、という意味では思惑通りになっているものの、重要なのは力を使わないということの方だ。

 だが生憎とそちらの方は、思惑通りにはいかなかったようであった。


「ボクにとっては身近な力過ぎるからよく分かっていなかった……というのは、言い訳にしかならないだろうけど、それでも彼女達の力は人類の中にあって異質すぎた。隠そうと思って隠せるようなものではなく、何よりも彼女達は善良に過ぎた。その力がどんなものであるのかを理解していなくとも、本能的に使ってはまずいものだということは分かっただろうに、それでも彼女達は自分の身の安全よりも誰かの幸せを祈れる人達だった。そして今ここに、またそんな魔女の一人が消えようと……世界に消されようとしている。一つの願いを叶えて、ね。そもそも彼女は、そのために聖都に来たんだ」

「願い、であるか? それも、それを叶えるために?」

「彼女はね、実は最初から限界だったんだ。それまでの呪術の蓄積は、彼女が世界から目を付けられてしまうには十分だったのさ。だから彼女は、決めていたんだ。自分のことを救ってくれた人の、助けとなることを。それだけを、彼女はずっと探していた」


 最初というのがいつのことなのか、その相手が誰なのかをサティアは語ることはなかったが、敢えてだろう。

 そんなことは、考えるまでもなかったからだ。


「そして彼女は、ついに見つけたんだ。そうして、だから聖都で呪術を使った。極めて強力で……強力すぎる呪術をね。それを抑えるために、世界が世界を破壊することになるほどのものを」

「世界が世界を……そんなことが起こり得るのであるか」

「本来ならばないんだけど、魔女の力の源っていうのは、ボクの同種、つまりは世界の力だからね。それを抑え込むならば、世界はどれだけの力でも出せるし、出さなければならない。ま、実際にはそうはならないだろうけど、それは世界に認めさせるには十分な行為だ。世界を滅ぼす事が可能なほどの力を有しているんだっていうことを示すには、ね」


 そしてそれは、とある条件に合致する。


 世界を滅ぼすことの出来る力。

 即ち、魔王である。


「なるほど……そうして世界から新しい魔王として認められる、というわけであるか。しかし、認められたところで、その瞬間に死んでしまうのであろう? 意味がない気がするのであるが……」

「確かに意味はないね。ただしそれは、世界から見た場合の話だ。キミにとっては、十分に意味があるんだよ。新しい魔王が認められた時点で、キミは魔王ではなくなるし、その後キミが再び魔王と認められることはなくなるだろうからね。だってキミは、世界を滅ぼす事が出来なかったんだから」

「ふむ……」


 ソーマが悪魔と関係することが多いのは、世界から魔王と認められてしまったからだ。

 ならば、魔王でなくなればそういった煩わしいことに手を取られる心配がなくなるに違いない。


 なるほどと頷く。


「それは――クソ食らえであるな」


 先ほど耳にしたばかりの言葉を口出せば、まったくだとサティアも頷いた。


「それでも、かつてのボクだったら、それでもありだって受け入れただろうね。だけど残念なことに、ボクは今世界と敵対している。受け入れる道理はない」

「異論ないであるが……それは最初から言っているであろう? 結局のところ、何を言いたいのである?」

「なに、さっきも言ったように、意思の疎通を図るためさ。情報の共有は大切だからね。ともあれ、そういうこともあって、彼女の死をなかったことにしても意味はないんだ」

「フェリシアは既に限界だから、であるか」

「そういうことだね。彼女が呪術を使って世界から干渉されるっていうことの方は何とかなる。キミが彼女を殺してくれたからね。魔王が一度殺したっていう事実さえあれば、あとはボクの方でどうとでも出来る。だけど、彼女の限界の方は、ちょっとね……」

「何が問題なのである?」

「言ってしまえば、彼女の力そのものだね。何度も言ってるように、本来その力は人が持ってはいけないものなんだ。それは世界の力だからっていうのもあるけど、何よりも強力すぎるから。力を使いすぎると、徐々に蝕まれていって、やがては飲み込まれて消えていく。そして彼女は、もう手遅れだ。その力はボクの使う力と同種だから、ボクが吸い取ることで多少は何とかなることもあるんだけど……ここまで進行しちゃうと、ね」


 だが、そう言っている割に悲壮感はなかった。


 まあ、当然と言えば当然だ。

 本当に手がないのであれば、こんな話をする必要はなく、そもそもこんなことをする必要など最初からないのだから。


「だけどそれは要するに、ボクが細かい作業が苦手だからさ。これでも神だからね。人一人を救うには、ボクの手は大きすぎて強すぎるんだ。掴むどころか触れるだけで吹き飛ばしてしまう」

「もう話は十分聞いたであるから、これ以上は結構なのである。つまりは、どういうわけである?」

「要するに、単純な話さ。彼女の魂はまだここにあり、力を判別するための分かり易い比較材料としてのボクもここにいて……そして何よりも、キミがここにいる。なら、彼女が救えないなんていう道理がどこにあるのかな?」

「無論、そんなものはどこにもないであるな」


 告げ、見つめる視線の先で、サティアの隣に薄っすらと輝く掌大の大きさの球体が現れた。


 言われるまでもなく、フェリシアの魂なのだということを理解する。

 そして要するに、そこから魔女としての力を、世界から勝手に送りつけられた力を分離しろ、ということを言いたいらしい。


 可能か不可能かで言えば、可能だろう。

 その確信がある。


 ただ、針の穴に糸を通すどころか、砂漠の中から一本の針を探し出すという行為に近い。

 しかも、間違いの許されない一発勝負だ。

 一発でそれを見つけ出した上で、それだけを摘み上げる必要がある。


 ――とはいえ。

 それだけでもあった。


 少なくとも、神ではなき者が神を殺すなどという所業に比べれば、その程度のことは日常の一コマと言ってすら過言ではあるまい。


 故に。


「――閃」


 ――剣の理・龍神の加護・一意専心・絶対切断:極技・閃。


 腕を振るった瞬間、ガラスが砕け散るような音と共に、白の世界が消え去った。


 そこにあったのは、先ほどまでいた公園だ。

 サティアの姿も当然のようになく、代わりにいたのは、アイナとシーラ。


 そして、不思議そうな顔をしたフェリシアの姿を眺めながら、ソーマは口元と緩めつつ、息を一つ吐き出すのであった。

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