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元最強、決意を固める

 夜の帳の降りきった中を、ソーマは駆けていた。


 視線の先にいるのは、闇から這い出てきたような、全身黒尽くめの何かだ。

 化け物という言葉以外では言い表せそうもないそれとの距離を一瞬で詰めると、その瞬間にはもう腕は振り抜いている。


 あとに残ったのは、僅かな軌跡と、両断され跡形もなく消滅していく化け物だけであった。


「ふむ……まあ、こんなところであるか」


 感触を確かめるように腕を数度振った後で、握っていた剣を腰の鞘に仕舞いこむ。

 静かな夜の中に、小さく澄んだ音が響いた。


「……あたしの出番がまったくないわね。っていうか、必要ないんじゃないの?」


 呆れたような声が耳に届き、振り返る。

 視線の先にいたのは、声と同じように呆れの表情を浮かべたアイナだ。


 その身体の回りには四つほどの炎の塊が浮かんでいる。

 咄嗟にでも対処出来るようにとのことであったが、確かに今日はそれの出番は訪れていない。


 だがソーマはそのゆらゆらと漂っている炎の塊を眺めながら、肩をすくめた。


「いや、アイナがいなければあれらが何処にいるのか分からんのであるから、必要であろう?」

「これでもそれなりに腕に自信はあったんだけど……あんたにかかればただの探知機扱い、か」


 別にそんなつもりはなかったが、結果的にそうなっているのは事実である。

 アイナの周囲を漂っているあの炎は、攻撃の他にもまつろわぬものどもの気配に反応するという性質も有しているらしく、先ほどからはずっとそのためだけに使われていた。


 ソーマでは何故かまつろわぬものどもの気配は掴みづらいため、かなりありがたいのだが……まあ、アイナからしてみれば不本意極まりないのだろう。

 アイナからすれば、ソーマは手伝ってもらっている側という認識なのだろうから、当たり前かもしれないが。


 さて、今更と言えば今更ではあるが、ソーマがこうしてアイナと共に夜の街にいるのは、アイナに手を貸すという形でまつろわぬものどもと戦うためであった。

 別れ際の言葉に従って夜に家を出ると外でアイナが待っており、合流したのだ。


 そして何となくなあなあな感じで協力するような流れとなっていたが、そこで明確に協力してくれないかという旨の言葉を貰ったのである。

 無論拒否する理由はなく、こうしてまつろわぬものどもを倒しているというわけであった。


「ふむ、それにしても、これでもう三体目であるが……こんなに出てくるものなのであるか?」

「いえ、普通なら一週間に一度ぐらいだし、この街でも二、三日に一度程度だったはずよ。まあ、ここ一年ほどはほぼ毎日出てきてたらしいけど、すぐにシーラが倒してたから問題なかったはずだし。……あたしが予想してた以上に状況は悪いみたいね。さっきはああ言ったけど、あんたが手伝ってくれて本当に助かったわ。多分あたし一人じゃどうにもならなかっただろうから」

「まあ、基本接近戦主体の戦闘スタイルのモノばかりであったから、確かにアイナ一人では厳しかったかもしれんであるな。ところで、シーラの方は大丈夫なのであるか?」


 シーラはこの場には来ていない……というか、いつもそうであったように、今日もフェリシアの傍にいるらしい。


 まつろわぬものどもは、基本的にフェリシアのいる場所を中心にして、その近くに顕現するようだ。

 そのため、フェリシアの近くにいるのが一番対処がしやすく、今まではずっとそうしてきたとのことである。


 だが、昨日シーラはいつも通りに発見はしたものの取り逃がしてしまったらしいし、今日は既にソーマ達は三体発見していた。

 シーラは大丈夫なのかと思うのは、当然のことだろう。


 ソーマ達がこの世界に来たのは昨日のはずなので、アイナ達が語っていることは所詮設定に過ぎないとしても、である。


「さすがに詳しい状況は分からないけど、大丈夫ではあると思うわよ? 危険な状況に陥った場合は緊急連絡が入るようになっているもの。シーラはあたし達のことを元仲間とか言ってたけど、変わらず捕捉はし続けてるはずだし」

「なるほど、そんなこともしているのであるな」


 誰かの力によるものか、あるいは機械でも利用しているのか。

 少し気になったものの……まあ、それよりも今はこの状況の方に集中すべきだろう。


 ヒルデガルド曰く、まつろわぬものどもとはこの世界の崩壊の象徴である。

 本来現れるはずのないものであり、となれば、それによって何か予想外の影響が与えられないとも言い切れない。


 可能な限り迅速に対処すべきだろう。


「ちなみに、これはどれだけ続ければいいのである? 三体で終わりとは限らんわけであるし、一晩中であるか?」

「いえ、その必要はないはずよ。既に顕現してるんだから、あとは一通りこの周辺を見て回ればいい……はず。複数同時顕現なんて前例がないから断言は出来ないんだけど……」

「ふむ……念のためということを考えると、一晩中巡回を続けるべきであるか? さすがに一日中警戒する必要はないのであるよな?」

「それはさすがにないわ。何故かまつろわぬものどもは夜じゃないと出ないから。……まあ、それもあくまで前例がないってだけなんだけど」


 まあ、さすがにそこは大丈夫だろう。

 大丈夫だと信じたいし、大丈夫であって欲しいものである。


 この程度の相手ならば、何日ぶっ通しで相手をしても問題はないが……折角この世界には平和があるのだ。

 しかもその平和は、ソーマのために願われたものだという。


 ならばこそ、せめて昼間ぐらいはその平和をじっくりと享受したいものであった。


「ま、とりあえずその辺は一通り見て回ってから考えればいいであるか」

「そうね。まだ半分ぐらいしか見て回れてないわけだし。半分の時点で既に三体に遭遇してるってのが、ちょっと気が滅入るけど。……それだけ、状況が悪いってことだもの。エレオノーラが言ってたのは、どうやら本当みたいね」


 アイナが言っているのは、フェリシアの身体が限界を迎える時は近いと言われたことなのだろう。

 エレオノーラは具体的な日数を口にはしなかったものの、思っていた以上にその時が近いということはアイナも実感しているようだ。


 三日後、という悪魔の言葉を思い返すが、どうやらそれは正しいようである。


「まあ何にせよ、我輩達のやることに違いはないであろうよ」

「まあ、そうなんだけど……」

「……? どうかしたのであるか?」


 そこでソーマが首を傾げたのは、アイナがソーマのことをジッと見つめていたからだ。

 その瞳の中にはどことなく不思議そうな色合いが浮かんでいる。


「さっきから何となく思ってはいたんだけど……あんた、なんか吹っ切れたような顔してない? 学校で別れた時は、難しそうな顔してた気がするけど」

「ふむ、自覚はないのであるが……まあ、そうかもしれんであるな。我輩がやるべきことが分かったであるし」

「……それって、フェリシアのこと、よね?」

「そうであるな」


 頷くと、アイナはそっと俯いた。

 その顔はよく見えなかったが、唇を噛み締めているその姿は、何かを堪えているようにも見える。


 自然と思い浮かんだのは理事長室での姿であり、だがソーマが何かを言うよりも先にアイナが口を開いた。


「……ごめん」

「何がである?」

「あたし達に、この世界に、あんたの力が必要だっていうのは本当のことだけど、そんなことあんたには関係ないことだもの。そしてそのせいで、あんたは幼馴染のことを……」


 アイナに見えているかは分からなかったが、ソーマはその言葉に苦笑を浮かべながら肩をすくめた。


 関係がないどころか、本当は当事者の一人なのだ。

 アイナが気に病む必要こそ、本当は何一つとしてない。


 それにおそらくは、当事者でなかったとしても、結局は変わらなかっただろう。


「なに、問題はないのである。勝手に巻き込んだなどと思う必要もないであるぞ? これは、我輩が自分の意思で決めたことであるからな」


 そう、もう決めたのだ。

 ヒルデガルドと、あの悪魔の話を聞いて。

 決断を下したのだ。


「っと、今はそんな話よりも、やるべきことがあるみたいであるぞ?」

「え? あっ……また反応が……!?」


 ソーマの指摘に一瞬反応が遅れたアイナであったが、すぐに自分の周囲を漂っている炎に反応があったことに気付く。

 反応から考えれば、まつろわぬものどもがいるのはここから北東といったところだろう。


「では、先に行っているのである」

「ええ、頼んだわ。すぐに追いつくから」


 アイナのそんな言葉を背に、ソーマはその場から駆け出した。


 その時には既に手は剣の柄に添えられている。

 この剣は、今夜合流した時に、アイナから渡されたものであった。

 見覚えあるそれは、ここに来る前にも持っていた愛剣だ。


 しっくりとくるその柄を、握り締める。


 今から三日後。

 ソーマはフェリシアを殺す。


 それしか手がないというのであれば、そうするしかあるまいと、そんな決意と共に、ソーマは夜の街を駆けるのであった。

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