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元最強、見覚えのあるモノと再会する

 未だ青く晴れ渡った空の下を、ソーマは一人歩いていた。

 今日はフェリシアもシーラも用事があるらしいため、一人で帰宅となったのだ。


 本当ならばフェリシアの様子を見張っておくべきなのかもしれないが……まあ、さすがにストーカーのようなことをするわけにはいくまい。

 それに、少し考え事をしたかったのでちょうどよかったと言える。

 家で一人になってからでもよかったと言えばよかったが、そもそもその時間が作れるかは不明であった。


 というのも、教室で別れ際に、夜に待っているなどとアイナから言われたからである。

 話をするためと戦力目当ての両方といったところだろう。


 まあ、行くこと自体に異論はなかったため、こうして一人になれる時間というのは結構貴重なのだ。

 とはいえ――


「結局は、我輩はどうすべきか、というところなのであるよなぁ」


 最善の結末は何かと言われれば、そんなものは決まっている。

 世界からの介入を防いだ上で、聖都が消滅することはなく、フェリシアも助かるというものだ。

 誰だって異論はあるまい。

 だがそれが簡単に可能ならば、こんな迂遠なことはしないはずであった。


 そう……この状況は、迂遠なのである。

 たとえば、ソーマの力だけで出来るのであれば、もっと話は簡単に済んだはずだ。


 確かにこの世界にはこの世界なりの法則などが存在しているのだろうが、サティアならば多少の手を加えることは出来るはずである。

 ならば、ソーマの力をそのままにした上で、フェリシアと二人で隔離してしまえばいい。

 あとはソーマが何とかすれば、それで解決だ。


 そうしていないということは、ソーマの力だけでは足りていないということであり、しかしならばフェリシアを殺さなければならないというのならば、それもまたここまでのことをする必要がない。

 フェリシアを殺すだけであれば、もっといくらでも楽な方法があるはずなのだ。

 こんな状況を続ける意味がない。


 何よりも、それしか手がないのであれば、サティアは迷うことなく実行に移すだろう。

 その結果ソーマ達が敵に回る可能性があったところで、それは迷う理由にはなりえない。


 何故ならば、結局はそれを選ぶしかないからだ。

 である以上は、無駄なことなどしないに違いない。


 が、だからといって、他の手段があるのかと言えば、それもまた疑問である。

 それはそれでやはり現状が迂遠に過ぎるからだ。


 方法があるのならば、それを提示すればいいのである。

 その結果が最善に至れるというのであれば、どんな苦労があろうとも誰一人として厭うことはあるまい。

 無論、ソーマもだ。


 しかし、そんなことが起こる気配もなく、曖昧な状況だけが続いている。


「まあ、複雑なことが色々と絡み合っている、ということなのかもしれんのであるが……」


 出来れば早々に結論だけでも出したいものである。

 そんなことを思いながら、ソーマは溜息を吐き出した。


「……それにしても、状況だけを考えるならば、まるで以前の焼き直しであるな」


 以前エルフの森で、フェリシアを助けた時と。

 あの時も、フェリシアが死ねば解決するのだとか言われていたのだ。


 だがあの時と異なるのは、明確に何かを倒せば何とかなる、というわけではないことか。

 敢えて言うのであれば、世界を倒す事がそれに相当するのかもしれないが……さすがにそういうわけにもいくまい。


 出来る出来ない以前の問題だ。

 世界を倒すということは、世界を消滅させるということである。

 本末転倒にも程があった。


「さて、しかしまあ、本当に我輩はどうするべきであるかな。好きにやっていいようなことは言われているわけではあるが、本当にそうしていいのやらという感じではあるであるし。――その辺のこと、どう思うである?」


 空に向けて投げられた言葉は、誰に向けられたものでもない。

 そもそもの話、周囲には人っ子一人いないのだから当然だ。


 しかし。

 果たして返答はあった。


「――さて、どうでしょうね。僕としては、何とも言いようがない、としか言えませんが」


 声に視線を向ければ、そこには人影があった。

 直前までは誰もいなかったはずなのに、今でははっきりと笑みを浮かべた十歳頃の少年がそこにはいる。

 否……少年のような何かと、そういうべきであろうか。


 そしてソーマは、それが何であるのかを知っていた。

 そもそも、こうして会うのは初めてでもないのだ。


「ふむ、とりあえずは、久しぶり、ということでいいのであるか?」

「どうでしょうか……久しぶりというほど、時間は経っていない気もしますが。ですが確かなのは、再びこうして会う事が出来た、ということですね。待っていましたよ、魔王さん」


 そう言ってそれは――悪魔は、悪魔とは思えないような笑みを浮かべたのであった。








 立ち話も何だということで、ソーマ達が向かったのは昨夜も訪れた公園であった。


 理由としては何となくでしかないのだが、ブランコに腰かけるその姿は妙に似合っている。

 そんなことを思いながら、ソーマは肩をすくめた。


「可能性として考えてはいたのであるが、汝が言っていたのはフェリシアのことだったのであるな」

「おや、予測されてしまっていましたか。僕もまだまだだったということですね」


 そう言いながら、手持ち無沙汰だったのか、悪魔はゆっくりとブランコをこぎ始めた。

 その姿だけを見るのであれば、やはり悪魔とは見えないようなものではあるが、これが悪魔であることだけは間違いない。


 しかしそんな悪魔は、そうしてブランコをこぎつつ、不思議そうにソーマのことを見つめると、首を傾げた。


「それにしても、意外と殺気などを向けてはこないんですね。正直なところ、問答無用で殺されることも覚悟していたんですが」

「そうは言われても、今の我輩には見ての通りそれだけの力がないであるしな。さすがに首を絞めた程度では死なぬであろう?」

「まあ、そうですね。呼吸とか必要ありませんし」

「それに何より、汝は殺されるようなことをしてもいないであろう?」

「そうでしょうか? そんなことはないと思うんですが……聖都が消滅しそうになった本当の原因は、僕だったとしても、ですか?」


 その言葉は、冗談で口にするには度が過ぎていたし、何よりもその瞳に嘘は感じられなかった。

 おそらく本当なのだろうと信じるには十分で、だがソーマの反応は軽く肩をすくめて返すというものだ。


 それでも答えは変わらなかった。


「そこに悪意があったのであれば話は別であるが、そうではなかったのあろう?」

「……まったく、やりづらい人ですね。意図的であろうがなかろうが、罪は罪でしょう。そして罪は償わなければならず、貴方にはその権利があると思いますが?」

「それは単に汝が楽になりたいだけであろう? 生憎とそんなことを我輩がする理由はないのである」

「厳しいですね。ですが……その通りでもありますか」


 それきり、しばらくはブランコをこぐ音だけがその場には響いた。

 悪魔の顔にはどんな表情も浮かんではおらず、ただ虚空だけを眺めている。


 ふと、零れ落ちるように、呟きが漏れた。


「気に入らなかったから何とかしたかったのですが……難しいものですね」


 その横顔には変わらず何の表情もありはしなかったが、声には明らかに感情がこもっている。

 それはきっと、悔しさであり……あるいは、怒りであった。


 そんな姿を眺めながら、ソーマは息を吐き出す。

 本当に、悪魔らしくない存在だと。

 その悪魔らしいという考え自体が、ある種の偏見によって形作られているものだということも、理解してはいたが。


 ソーマは本当にこの悪魔に対し殺意などを持ってはいなかった。

 むしろどちらかと言えば、感じているのは感謝の方だろう。

 ベリタスでは、この悪魔に助けられたからだ。


 あの悪魔達の能力をこの悪魔から聞いていたからこそ、ああもあっさり倒せたのである。

 あれがなかったらどうなっていたかは、分からなかった。


 最終的には勝てたとは思うものの、道程が同じであったとは限らない。

 もっと多くの犠牲が生じてしまっていた可能性も、十分に考えられた。

 だからこそ、ソーマはこの悪魔に感謝しているのだ。


 無論のこと、この悪魔にも利があってのことだったとは理解している。

 その際に、この悪魔の目的も聞いていたからだ。


 だがそれでも、感謝の思いが変わることはない。

 助かったことに変わりはなく……何よりも、それに足る存在だと思ったから。


 助けたい人物がいるのだと、そう口にした時の目を、今も覚えている。


 この悪魔の言葉を信じようと思ったのもその時のことであり、しかし結果としては失敗してしまった、ということらしい。

 おそらくは、この悪魔のせいで聖都が滅びそうになってしまったというのは本当のことなのだろう。

 この悪魔が何かをした結果、フェリシアの存在は世界に気取られてしまい、聖都ごと消し飛ばされることとなってしまったのだ。


 だがきっとそれは、わざとではない。

 この悪魔から感じる気配は、その目は、あの時のものと変わらないように思えるからだ。


 あるいは、ソーマが騙されているだけなのかもしれないが、その時はその時だろう。

 その時は、この悪魔の方が上だったというだけだ。

 大人しくその結果を受け入れるしかあるまい。


 しかし今は信じているのだから、何かをする必要はなかった。


「それで、そんなことをわざわざ言いに来たわけではないのであろう?」

「……そうですね。断罪してくれたら、と思っていたのも本当ではありますが、確かに僕は貴方に用事があったからこそこうして会いに来ました」


 そうしてブランコから飛び降りると、難なく着地した悪魔は、真っ直ぐにソーマのことを見つめてきた。

 やはりあの時と変わらぬ目で、あの時と同じようにその口が開かれる。


「貴方に、答えを授けようかと」

「ふむ……答え、であるか?」

「はい。あと三日で、彼女は限界を迎えます。そしてその時がこの世界の限界でもあり、この世界が最奥に至る時でもあります」

「そういえば、そんなことを言っていたであるな」


 思い出すのは、エレオノーラの言葉だ。

 この世界へと足を踏み入れる前の話の中で、確かにそんなことを言っていた。


「その時こそが、元凶を倒すべき時です。その時であるならば、他に影響はないでしょう。元々この状況は、それを作り出すための舞台装置ですから。……まああとは、君が少しでも平和でいられるように、という願いもあったようですが」


 それだけを告げると、悪魔は背を向けた。

 そのまま、歩き出す。


「それでは、言いたい事は言えましたので、僕はこの辺で」


 ――また、その時に。


 乗り手がいなくなったブランコが立てる音とその言葉だけを残し、悪魔は去っていく。

 空の彼方が赤く染まり始めた中で、赤に溶け出していくようなその姿を、ソーマはただジッと見つめ続けていたのであった。

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