元最強、現状の説明を受ける
「はぁ……!? 聖都が滅びそうになったって……どういうことよ……!?」
「どういうことも何も、そのままの意味ですわよ?」
「……ん、全然少しで済ませる事が出来ることじゃない」
「まあ確かに、難しいことではない、というのは正しいであるがなぁ……」
それでもさすがに、さらっと口にしてしまっていいものではあるまい。
しかしどうやら、本当のことではありそうだ。
薄っすらと浮かべていた笑みを引っ込めると、エレオノーラの顔は真剣そのものとなったからである。
「軽い調子で告げれば少しは気分も軽くなるのではないかと思いましたけれど……やはり、そういうわけにはいきませんわね」
「ふむ……ということは、現在進行形で何かが起こっているということであるか。まあ、でなければこうなってはいないであろうしな」
「ええ、実際のところ、今も大変ではありますわ。正確に言うならば、その危機は未だ去ってはいないのですもの」
「つまり、今も攻撃を受け続けてる、とかってこと?」
「……でも、そんな感じはしない」
「はい、別に攻撃を受けている、というわけではありませんわ。その滅びは外からやってくるものではなく、内にあるものなのですから」
言いながら、エレオノーラは背後のそれを振り返った。
ソーマもそれを眺めながら、目を細める。
続けて頷いたのは、何となく理解が出来たからだ。
「なるほど……アレは外からの干渉を防ぐためというよりかは、中から外に出なさないためのものなのであるな?」
「外からの干渉を防ぐという意味もありますけれど、そうですわね、主な目的は内部の状況をそのままに保護するためのものですわ。ですから、滅びに至る原因は未だ中にあり、それは止まっているだけなのです」
「それ以外の対処は不可能だったってこと?」
「ええ。あるいは、わたくし達を含め、限られた人達だけを助けることならば容易だったでしょう。けれど、その時は確実に聖都は消滅していましたわ。そこにいる全ての人々を巻き込んで」
「……中の人は、どうなってる?」
「勿論生きていますわ。この内部は文字通りの意味で止まっているのですもの。時間も含めて、ですわ」
「ふむ、聖都の全てを巻き込んで時を止める、であるか……かなりのものであるな」
「これは、こう呼ばれていますもの。神の揺り籠、と」
その言葉に、納得する。
要するに、これをやったのはサティアだということだ。
神の力を用いれば、確かに限定空間の時の一つや二つ止める事は可能だろう。
「これが凄いってのはよく分かったけど……それでも、原因を排除することは出来なかったのよね? 悪魔が自爆特攻でもしてきたの?」
「……攻撃はあまり得意じゃなかった、とか?」
「いえ、そんなことはありませんわ。排除するだけならば、わたくしでも出来たでしょう。けれど、それで止める事が出来たかどうかは、また別の話ですわ」
「結果は変わらなかった、というわけであるか」
「厳密に言うならば、それで止める事が出来たとしても、わたくし達はやらなかったと思いますけれどね」
「ふむ?」
どうやら、何か事情があるらしい。
だがその内容を語ることなく、エレオノーラは話を先に進めた。
「尚、内部の時間は止まっていますけれど、中にいる人達の時間が完全に止まっているというわけではありません。彼らは全員夢の中にいるのですわ」
「それって、眠ってる、ってわけじゃないのよね?」
「ええ。彼らが見ているのは、安全で平和で幸せで、しかし決して覚めることのない夢です。より正確には、彼らは魂の世界にいる、というべきですわね」
「……魂の世界? ……何故?」
「そうする必要があった、ということであるか?」
「半分正解で半分間違い、といったところですわね。そもそもの話、この神の揺り籠とはそういうものなのです。中にいる者達の魂を癒し、安らぎを与える、終末の世界。これ以外にあの状況を回避する手段がなく、結果的に聖都にいた人達はここに囚われることになってしまった、というわけですわ」
「終末だとか囚われるだとか、なんかあんま良い意味には聞こえないんだけど?」
「詳細は省きますけれど、出来れば使わない方が良い類のものであることは確かですわね」
何やら気になる言い方ではあるが、今は気にしている場合ではあるまい。
エレオノーラとてわざわざそんなことを説明しに来たわけではないだろう。
「まあ何にせよ……つまり、事態は何も解決してはいない、ということであるな?」
「その通りですわ。これ以外に救う手段がなかったために発動されましたけれど、それはあくまでも一時的な対処療法。根本的な解決には至っていませんの」
「……ん、つまり、これの解除と同時にその解決のために私達は動く?」
「いえ、それでは間に合いませんわ。この世界を解除した瞬間に聖都は消し飛んでしまうでしょうから。その間に何かをする時間はないと考えていただいて構いません。しかも、あくまでも最低でも聖都は消滅するだろう、ということしか分かっていませんの。最悪どこまで影響するかは分かったものではありませんわ」
「じゃあ、どうしろってのよ。まさかあたし達に何が起こってもいいように周囲の避難誘導をさせようってわけじゃないでしょうね」
「ええ、勿論ですわ。わたくし達は、未だに誰一人として諦めるつもりはありませんの」
そう言って向けられた瞳の中には、強い光が灯されていた。
本気だということを理解するには、それで十分だ。
「では、どうすればいいのである? 我輩達に何かをさせたいからこそ、こんな話をしているのであろう?」
「ええ、それを今から説明いたしますわ。とはいえ、この状況を解決する方法は一つだけですの。これの最奥で、元凶を排除することですわ」
「……最奥……つまり、私達も中に入る?」
「でも、中の時間は止まってるんでしょ? 最奥ってどうやって目指せばいいのよ? あ、いえ……もしかしたら、魂の世界で、ってこと?」
「そういうことですわ」
「ふむ……まあ、問題はないのであるが、どうやってその最奥とやらに向かえばいいのである? エレオノーラがこのまま道案内でもしてくれるのであるか?」
「いえ、最奥というのは、文字通りの意味ではなく……そうですわね、全ての準備が整った時、といった意味合いですわ。おそらく誰かに何を言われずとも、その時が来れば自然と分かることになると思いますの」
「随分漠然とした話であるな……」
とはいえ、もっと分かりやすく話せるのならばそうしているだろう。
エレオノーラにもそれ以上のことは現時点では分かっていない、といったところか。
「申し訳ありませんけれど、詳しいことは現地での判断をお願いしますわ」
「ってことは、あんたはいかないってことなの?」
「わたくしは少々これと親和性が高すぎるらしいのですわ。身を委ねたが最後、完全に取り込まれてしまうだろうとサティア様からは伺っていますの」
「取り込まれるって、大丈夫なのであるか?」
「ご心配なさらずとも、あくまでも何も出来なくなる、というだけのことですわ。この世界が解除されたら何の問題もなくなりますの」
「……なら、安心?」
「手伝ってくれたら心強かったのであるがな」
「ふふ、それは申し訳ありませんわ。けれど、心配は必要ありませんの。わたくしの助けなど必要はないでしょうし……それに、多少癪ではありますけれど、助けは用意してありますもの」
エレオノーラが癪だと言った時点で、それが誰であるのかは言われずとも分かった。
エレオノーラがそんな言い方をする人物など、一人しかいないからだ。
「ヒルデガルドであるか」
「ええ。……本当に癪なのですけれど、彼女の協力は必須ですから、我慢するしかありませんわね」
「それって、やっぱり色々と複雑なことがあったりするってこと?」
「いえ、そういうわけではありませんわ。これから説明しようと思ってもいたのですけれど……この中では、おそらくわたくしが説明したことは全て覚えていられないからですの」
「……覚えていられない? ……この中では記憶が制限される?」
「それどころか、どこまでのことを覚えていられるかも分かりませんわ。それは、自分のことをすら含みますの」
「……何よそれ。この中では、記憶喪失になるってこと?」
「で、済めばまだマシですわね。最悪記憶が作り変えられて名前が同じなだけの別人になっている可能性すらありますわ」
それは大分厄介であった。
記憶を作り変えられてしまったら、さすがのソーマもどうしようもあるまい。
「……回避方法は?」
「基本的にはありませんわ。これは、世界を存続するために定められた法則ですもの。先ほど言った通り、この中は安全で平和で幸せな世界が約束されていますわ。逆に言えば、強制的に安全で平和で幸せな世界に順応させられてしまうのです」
「つまり、順応できない部分があれば記憶が制限されたり改変されたりする、というわけであるか」
「ああ、なるほど……今の話を覚えていられないってのも、そこに引っかかるからなのね」
「ええ。今話したことを覚えていた場合、与えられる幸せを享受することは出来ない可能性が高いですもの」
「……じゃあ、どうする?」
「そのための、ヒルデガルドさんですわ。彼女はこの中に入ってもほとんど影響を受けませんの。そして彼女を経由することにより、記憶を取り戻す事が可能だと思われますわ」
「なら何とかなりそうであるか……」
「問題があるとすれば、彼女はそのせいでこの中では異質な存在となってしまっている、というところですわね。彼女から接触することは出来ないため、何とかそちらから接触してもらうしかありませんの」
ここでの話を忘れている可能性が高いというのに、どこにいるのかも分からないヒルデガルドと接触するというのは少々難易度が高いような気もするが……まあ、やるしかないのだろう。
やらないという選択肢は、最初からない。
「ただし、当然ながらその行為はかなり例外的なことですの。おそらくは、記憶を取り戻せるのは一人が限界だと思いますわ」
「一人だけ……なら、ソーマね」
「……ん、異論ない」
「ふむ……まあ我輩も異論ないであるが、問題はこの話を忘れている可能性が高いのにそう上手く狙えるか、ってところであるか」
「あんたならそんな心配する必要はないと思うけどね」
「……ん、同感」
「同感ですわ」
アイナとシーラばかりか、エレオノーラにすら肯定されてしまい、ソーマは首を傾げた。
そんなことはないと思うのだが……まあ、いい。
今は雑談をしている場合ではないだろう。
「ところで、大体状況とやるべきことは分かったのであるが……これってどうやって入ればいいのである?」
「確かに……入り口とか見当たらないものね」
「……斬る?」
「いえ、一見硬そうに見えますけれど、実際には液体のようなものですから。入ろうと思えば何の問題もなくそのまま入れますわ」
「ふむ、そうだったのであるか……」
なら問題はないかと思い、少し考える。
他に必要そうな情報を探り、だがすぐに首を横に振った。
どうせここでの話は忘れてしまうのだから、これ以上は何を聞いたところで意味はあるまい。
それに、何か必要なことがあったら、ヒルデガルドに会った時にでも聞けばいいことだ。
そう思って足を踏み出し、最後に一つだけ尋ねた。
「そういえば、結局のところ、どうして聖都が滅びそうになったのである?」
「そうですわね……それは、ヒルデガルドさんから聞いて欲しいですわ」
「ふむ?」
何となく予想出来ていたことではあるが、やはり何か事情があるらしい。
単純に悪魔の仕業だとか、そういうわけではなさそうだ。
僅かに釈然としない思いはあるものの、言っても仕方があるまい。
「さて、では行くとするであるか」
「そうね……正直ちょっと不安だけど」
「……どんな場所なのか、ちょっとだけ興味もある」
「面倒事を押し付けてしまう形になりますけれど……申し訳ありませんが、よろしくお願いしますわ」
そんな言葉と共にエレオノーラの視線を背中に感じながら、ソーマ達はその真っ白い球体の中へと足を踏み入れるのであった。




