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元最強、忠告を受ける

 始まりこそ少し変わったものであったが、授業が始まってしまえば特に変わったことはなかった。

 まあ、ソーマが高校の授業を受けている、という時点で十分変わっているのではあるが。


 だが、状況はともかくとして、授業そのものが普通であったのは事実だ。

 微分積分という、随分と懐かしく、またまったく覚えてはいないものに関する式が黒板に書かれていくのを、ソーマは何をするでもなく眺めていた。


 当然と言うべきか、アイナもフェリシアも真面目に授業を受けている。

 むしろソーマよりも余程真剣だ。


 ただ、真剣であるからこそ、不思議でもある。

 学院では共に並び学んでいたし、あそこにも制服というものは存在していた。


 しかしここはソーマの記憶の中にしかないはずの学校で、同様なはずの制服を纏ってすらいる。

 アイナの制服に関してはソーマも知らないもので……だが、どこかにあってもおかしくはなかっただろうと思えるようなものだ。

 本当にこれはどういうことなのだろうかと、そんな光景を眺めていると改めて思わざるを得ない。


 そんなことを考えていないで、とっとと現状を探るべきなのかもしれないが、生憎とそのための手段がないのだ。

 自分のことだからこそ、自分が一番よく理解している。

 今のソーマは、ただの一般人でしかなかった。


 なればこそ、慎重に動く必要がある。

 ただの夢であるならば放っておけば勝手に目覚めるし、そうでなかったら下手に動いたらどうなるか分かったものではない。


 もしも本当に悪魔の仕業であるならば、無意味にこんなことはしないだろう。

 何らかの意味があるはずで、何も分からずに動いた場合、結果的に状況が悪化してしまう可能性は十分に有り得る。


 あるいは自分一人であるならば、危険を承知で動くというのも手ではあるが――


「……ふむ」


 呟きながら、前方と真横を眺める。

 ついでに、中央付近も。


 彼女達がただの幻であるのであれば問題はないが、少なくとも今のところソーマは彼女達に違和感は覚えない。

 状況を不思議だとは思えども、本人ではないと思えるようなことはないのだ。

 ならば最悪を考えるべきで、必然的に今は動くべきでもなかった。


 まあ今出来ることと言えば、不自然ではない程度に状況を見定めるべく周囲を観察していく、といったところか。


「随分と消極的ではあるが……ま、仕方ないであるな」


 自分でもらしくないとは思うが、言っても仕方のないことだ。

 万が一が有り得る以上は、そうせざるを得まい。


「……本当に、ただの夢であるのならば、話の種となるだけで済むのであるがなぁ……」


 あるいは、そんなことを考えている時点で、この状況がどんなものであるのか半ば確信しているようなものなのかもしれないが……さて。

 是非とも外れて欲しい予感だと、そんなことを思いつつ、ソーマは何となく見覚えのあるような教師の話を右から左に聞き流しながら、周囲の観察を続けるのであった。









 授業中に何かが起こると思っていたわけではなかったが、結局数学の授業が終わった際に分かったこととは、やはり特別なことは特に何もない、ということだけであった。


 その直後に訪れた休み時間もまた変わったものではなく……いや、それに関しては違うと言えば違うところはあったか。

 ただしそれは、アイナに色々な話を聞こうとその周囲に人が集まった、というものであったが。


「アイナさん大人気ですね……」

「まあ転校生の宿命みたいなものであろう」


 ソーマも転校の経験はあるし、その時もここまでではなかったものの、多少の質問を受けたりはした記憶がある。

 転校というものがそれほど珍しくもない小学生の頃でそれだ。

 珍しい高校生相手ともなれば、こうなるのが当然というものだろう。


 もっとも、この状況がどこまで現実に即したものであるのかは分からないが。


「そういえば、フェリシアは質問とかしないでいいのであるか? まだ一度もしていない気がするのであるが」

「まあ、今しなければ今後出来ない、というわけではありませんから。それに……気になることがあったとしても、この状況でしたら先に誰かが尋ねそうですし」

「確かに、であるな」


 大雑把で漠然とした質問は朝のホームルームの時間に終えているからか、今では細々として具体的な話へと移っているようだ。

 単純な趣味の話にしても、これは好きかやあれはどうかといったことを尋ねている。

 確かにこれならば、放っておけばそのうち知りたいことは全部知れそうだし、知らなくてもいいことまで知れそうであった。


「そういうソーマさんはどうなんですか? 彼女に興味がない、というわけではないですよね?」

「ふむ……どうしてそう思うのである?」

「朝の時からそれとなく気にしていたようですし、それに何より、興味がなければこうして眺めていることもしていないでしょうから」

「なるほど……よく見ているものであるな」

「幼馴染ですから」


 そう言って笑みを浮かべるフェリシアの姿に、軽く肩をすくめた。

 さて、現実のフェリシアはどうだっただろうか、などと考えつつ、賑わっている真横の様子に目を細める。


 この状況が何らかの思惑によって成り立っているのであれば、アイナが無関係ということはあるまい。

 無論、フェリシアも。


 幼馴染に、転校生。

 これらがどう関係し、果たして何が起こるのか。

 あるいは、既に起こっているのか。

 どこまで関係しているのかということも含め、考えなければならないことは本当に色々とありそうである。


 だがそんなソーマの思考を嘲笑うかのように、ひたすら何もない時間が続いた。

 休み時間が終わり、次の授業が始まり、終わり、再び休み時間がやってくる。

 それでも何も起こらず、賑やかな真横を横目に眺めながら、さてどうしたものかと思う。


 正直とっとと何かが起こると思ったし、それに乗じて色々と調べていけばいいと思っていたのだが……どうにも当ては外れてしまったようだ。

 とはいえ、この様子では無作為に校舎を歩いたところで何かが起こるとも思えず、またアイナ達から目を離したらその隙に何かが起こりそうでもある。


 ここは気長に待つしかないのだろうか、などと思っているうちに、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴り響く。

 そのまま三時間目の授業が始まり、何事もなく休み時間、四時間目と続き……ついには何も起こることなく、昼休みが訪れた。


「うーむ……これは本当に気長に待つしかなさそうであるなぁ……」


 まあしかし、それはともかくとして、さてここからはどうするべきか。

 アイナ達のことではなく、単純に昼食のことである。


 母から弁当は渡されておらず、ソーマの知る限りこの学校に購買はあっても学食はない。

 その辺も再現されているのならば購買に買いに行く必要があるのだが……果たして財布に金は入っているのだろうか。

 確認すればいいことではあるのだが。


 そういえば、フェリシアはどうするのだろうか、と思って視線を向けようとした、その時のことであった。

 真横から席を立つ音がしたのである。


 反射的に視線を向けたのは、隣から声だけは聞こえていたからだ。

 アイナはクラスメイト達から昼食に誘われており、だがどうするかはまだ返事をしていなかったはずである。


 何故立ち上がったのだろうか、と思っていると、目が合った。


「ごめんソーマ、ちょっと保健室に案内してくれない?」

「ふむ? 別に構わんであるが……体調でも悪いのであるか?」

「まあ、そんなとこ。ってわけだから、ごめんなさい。また誘ってくれるかしら?」


 そう言ってアイナは周囲に謝罪をしていたが……正直なところ、その姿から体調が悪そうな様子は見られない。

 どういうつもりかと首を傾げたのと、前方から声が聞こえたのはほぼ同時であった。


「あの、そういうことでしたら、私が案内しましょうか?」


 そう声を上げたフェリシアは、アイナの様子に気付いているのかは分からなかったが、気遣わしげではあった。

 ということは、単純に善意で言った可能性が高く、そして確かに保健室に行くのであれば異性よりは同性の方が好ましいだろう。


 ソーマですらそう思ったのだが、アイナの返答は意外にも……あるいは必然的に、首を横に振るというものであった。


「いえ、気遣いはありがたいけど、大丈夫よ。というわけでソーマ、いいかしら?」

「ふむ……まあ、朝にも言ったように担任より直々に頼まれてしまったわけであるしな。そのぐらい問題ないのである」


 わざわざ自分を指名した理由も気になるし、断る理由もない。

 そうして頷けば、アイナは小さく安堵の息を吐いたように見えた。


 だがその理由を探るよりも先に、アイナは歩き出す。

 本当に体調が悪いのであればその行動はおかしいのではないだろうか、などと思ったものの、少し足早にその後を追いかけた。


 扉を出たあたりで追いつき、そのまま追い越す。

 先導する形で少し先を歩きながら、ちらりと後方に視線を向けた。


「向かう先は保健室でいいのであるよな?」

「……そうだって、言ったはずだけど?」

「そうなのであるが、そこまで体調が悪いようにも見えんであるからな。まあ、顔に出さないように我慢している、というのならば分からんであるが」

「……ちょっと疲れてる、って意味では、体調がいいってわけじゃないのは本当よ」

「ふむ……そうであるか」


 確かに、あそこまで毎回質問責めを行われては、疲れるのが当然である。

 しかし予想通りと言うべきか、それが理由で教室を出てきたわけではなさそうだ。


 もしやようやく何か動きがあるのだろうか、と思うものの、とりあえずは様子見に徹した方がいいだろう。


 ソーマの記憶にある限り、保健室は一階の端にある。

 ソーマ達のクラスの部屋とは、ちょうど真逆に位置している形だ。

 自然それなりに歩くことになり……その間、会話はなかった。


 だが先ほどの会話のせいで警戒されてしまったというよりは、何かを考え言いあぐねているといった感じだ。

 何を考えているのだろうかと思いながらも歩き続け、アイナが口を開いたのは、保健室がすぐそこに迫った時の事であった。


「ねえ……一つ聞きたい事があるんだけど、聞いてもいい?」

「内容によるであるな」

「まあ、それはそうよね……じゃあ、答えられないんならそれでもいいんだけど、あの娘……フェリシアって言ったかしら? あの子とはどんな関係なの? 幼馴染とか言ってたのは聞こえてたんだけど」

「ふむ、よく聞いていたものであるな」


 おそらくそれは一時間目の休み時間に話していた時のことだろう。

 あの時アイナはクラスメイト達の質問に答えているところだったはずだが、よくこちらの会話まで耳に入っていたものである。


「これでも耳はいいのよ。それで?」

「そうであるな……まあ確かに、一応幼馴染ということになっているらしいであるが」

「何で他人事なのよ……でも、ってことは、それだけってことでいいの?」

「何を以てどういう関係というのか次第な気もするのであるが……まあ、そうであるな。とりあえず現状ではそれだけと言うべきであろう」

「そう……どうしようか迷ってたけど、そういうことなら躊躇しないでいいかしらね。黙ってたせいで寝覚めが悪くなるのも嫌だし」

「アイナ……?」


 どこか決意のこもったような声に振り返れば、足を止めていたアイナが真っ直ぐに視線を向けてきていた。

 思わずソーマも足を止め、その姿に首を傾げる。


「ぶつかっちゃったお詫びのこともあるし……そうね、ちょうどいいかもしれないわ。あんたが思ってたのとは違う形になるかもしれないけど、忠告って形で借りを返そうかしら」

「既に言った通り、最初からそれに関しては気にしていないしどうでもいいのであるが……忠告、であるか?」

「ええ。これは忠告。だから、守っても守らなくてもあんた次第ではあるんだけど……それでも、言っておくわ。――フェリシアとは、縁を切った方がいいわよ」

「ふむ……?」


 それは随分と、予想外の言葉であった。

 しかしアイナの様子を見る限り、冗談を言っているようにも見えない。


「席がすぐ近くだから近付くなとまでは言えないけれど……それでも、出来るだけ距離を置いた方がいいわ」

「ふむ……無論そうしなければならない理由は存在しているのであるよな?」

「そうね。悪いけど、言うつもりはないけど」

「それでその言葉を信じろ、というのであるか?」

「信じられないのは重々承知よ。今日会ったばかりのあたしと、幼馴染のどっちを取る確率が高いかってことも、十分理解してる。でも、その上で言うわ。そうした方が確実にあんたのためになる、って。これは絶対よ。まあ、今は何を言われてるのか分からないでしょうね。でも、そのうち絶対分かることになるわ。そしてその時には……もう遅い」


 だから、手遅れになる前に決断を下すべきだと、アイナはどこまでも真剣な様子で、そんな言葉を口にするのであった。

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