表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
361/391

悪夢の結び

 その場を見渡しながら、ソーマは息を一つ吐き出した。


 分かってはいたが、随分と好き勝手やってくれたものだと思ったからだ。

 しかし、それもこれまでである。


 とはいえ。


「さて……本当は今すぐ自由の身にしてやりたいのであるが、少し待っててもらっていいであるか? その前にやらねばならんことがあるであるからな」


 セシーリアにそう告げると、目を見開きながら呆然とこちらを見つめていたセシーリアが、ハッとしたように我に返った。

 それからこくこくと何度も頷いてくる。


「と、当然であります! 自分など路傍の石ほどにも価値がない人間でありますから、後回しにするのは当たり前のことであります! むしろ無視していただいても問題ないほどであります! 自分は駄目で役立たずでありますし、それにそれに……!」

「いや、別に無視をするつもりはないであるが……」


 余程のストレスを受けていたのか、妙なテンションのセシーリアに苦笑を浮かべる。


 と、どれだけ自分が駄目で役立たずかを力説していたセシーリアが、ふと何かに気付いたかのような顔をすると、おずおずといった様子でこちらのことを窺ってきた。


「あ、あの、ところでソーマ殿……大丈夫なのでありますか? いえ、それともこれは現実逃避している自分が見ている幻覚だったりするのでありましょうか?」

「とりあえず幻覚は自分のことを幻覚だとは言わないと思うであるが……ま、何を言いたいのかは大体分かるであるし、問題もないのである」


 そう言いながら視線を移動させ、アイナとシーラのことを見やる。

 

 二人はまだ起き上がることは出来ないようだが、意識はしっかりとしているようで、こちらへと視線を向けていた。

 その瞳には驚きはなく、むしろ遅いとでも言いたげだ。


 まったく以てその通りだったので反論のしようはなく、代わりとばかりに苦笑を浮かべると、そのまま前方へと視線を向け直す。

 二人には今更言葉は必要あるまいし、何よりも吹き飛ばした男が起き上がってくるところだったからだ。


 男……イザークはゆっくりと起き上がりながら、怪訝そうな目を向けてきた。


「馬鹿な……魔王、だと……? 殺ったって話だったはずだが……」

「生憎とそんな記憶はないであるが?」

「ちっ……あの野郎、しくじったってことか? 口では随分大層なことを言ってやがったが……いや、まあ、いい。それなら、オレがやりゃいいだけのことだからな。つーか、元々そのつもりだったんだ。あいつらが念のためだとか言い出しやがったから代わってやっただけで……だがこれなら、オレがやっても文句はねえだろ」


 言いながら、イザークは好戦的な顔で、笑みを浮かべる。


 その顔は自信に溢れており、自分が負けるなどということは一切考えていないようであった。


「ふむ……随分自信あり気であるな?」

「はっ……当たり前だろ? オレは最強の力を手に入れたんだぜ? それが確かなことは、そこに転がってるテメエの仲間達が存分に証明してくれてんだろ? 後は、テメエだけだ。テメエを倒せば、オレは名実共に最強になれる。くたばってくれなくて、本当に助かったぜ? これでしっかりと、オレの力を示せるんだからな。ま、そのせいで、もしかしたらオレが次の魔王になっちまうのかもしれねえが……それならそれで構わねえさ。テメエの代わりに、オレがしっかりとこの世界を滅ぼしてやるよ。目一杯楽しんで、楽しませながら、な」


 イザークは、心の底から自身の口にしたことが叶うと信じきっているようだ。

 その姿に、ソーマは思わず溜息を吐き出す。


「……なるほど、言ってた意味がよく分かったのである。これは確かに……いっそ憐れであるな」

「……あ? テメエ……一体何を言ってやがる?」

「さて、何であろうな? まあ、心配せずともきっとすぐに分かるであるよ」

「だから何を言って……いや、そういうことか。はっ、そうやってオレを惑わせるつもりか? テメエも本当はオレに敵わないって分かってんだろ? だからそうやって狡い手を使うってわけだ。くくっ……だがまあ、仕方ねえよな、オレのこの力を感じちまったらよ。まあ、心配しなくてもテメエはすぐには殺さねえよ。テメエもちゃんと楽しませなくちゃならねえからな。だからよ、特別にテメエの仲間達がオレに好き放題されるのを特等席で見せてやるぜ? それならテメエも楽しめるだろ? くははっ……!」

「うーむ……口を開けば開くほどに、セシーリアから聞いていた話から乖離するであるなぁ……」


 第二王子は物静かで目立たないような人物だと聞いていたのだが、目の前の人物はまるっきり真逆の性格をしているように見える。

 別人が入れ替わったと言われた方がまだ納得出来そうだ。


 単純に今まで抑えていたというだけなのか、あるいは力に魅入られでもしたのか。

 まあ、どちらにせよソーマが抱く印象は変わらない。


「本当に、ひたすら憐れであるな……これ以上見てても忍びないだけであるし、とっとと終わらせてやるのである」

「はっ、まだんなこと言ってやがんのかよ? 言ってんだろ、オレには通用しねえってな……! だがまあ、早く終わらせるってのにはオレも賛成だ。何せお楽しみが待ってやがんだからな……!」

「生憎と、貴様にそれが訪れることはないであるよ。いや――最初から訪れてなどいなかったと、そう言うべきであるか?」

「だから、意味不明な言葉でオレを惑わそうとしたとこで――」

「――ところで、先ほどからずっと気になっていたのであるが……その脇腹、大丈夫なのであるか?」

「は? 脇腹? 脇腹がどうし――なっ……!?」


 余裕ぶっているのか、こちらに注意を払う素振りすら見せずにイザークは自身の脇腹へと視線を向け、直後にその顔色を驚愕に染めた。


 だがそれも、当然のことではあるのだろう。

 イザークはまるでこちらの攻撃などまったく通用しなかった、とばかりの態度を取っていたが、その左脇腹は確かに腫れ上がり、内出血しているのも見て取れるのだ。

 下手をすれば、内臓まで傷ついていたところで不思議はなく、何も感じないなど有り得るわけがなかった。


「っ、なっ、馬鹿な……!? ぐっ……!? テメエ……オレに何をしやがった……!?」

「何と言われてでもあるな……蹴りつけただけであるぞ? しかもさっき貴様を吹き飛ばした時に、である」

「っ……んな馬鹿なことがあるか……! 確かに吹き飛ばされはしたが、オレは――」

「さて……では、試してみるであるか? 互いにさっさと終わらせるべきだと、同意を取り付けられたところだったであるしな」

「っ……はっ、上等だ……! どうせ何か小細工を使いやがったんだろ? だがオレにはもうその手は通用しねえって、教えてやるよ……!」

「ふむ……どれほどの使い手であろうとも、手段が分からぬ手を使われたら、二度目であろうともさすがに防ぎようはないと思うのであるが……ま、我輩が気にすることではないであるか」


 溜息を吐き出しながら呟き……こちらへとゆっくり走ってきているイザークの姿に目を細めると、一瞬でその背後へと回る。

 イザークはそのことにすぐには気付かず、気付いたのは、ソーマがわざとらしく再度の溜息を吐き出したところであった。


「やれやれ……これでは、ただの弱いものイジメにしかならんであるな」

「っ、なっ……!? ば、馬鹿な、いつの間にオレの後ろに……!?」

「遅いのである。まあ、二重の意味で、であるが」


 驚愕と共にイザークが勢いよく振り返り、しかしその時には既に攻撃も終わっている。


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・疾風迅雷:紫電一閃。


 斬り飛ばされたイザークの右腕が、宙を舞った。


「…………は? オレの、腕……? あっ、ああっ、オレの……オレの腕があああああぁぁぁぁあああ……!?」


 痛みにか、それとも腕が斬り飛ばされたという衝撃でか、絶叫を上げながらその場に蹲り、残った左腕で血の溢れ出す右腕を必死で押さえるイザークの姿に、ソーマは三度溜息を零す。


 これでは本当に、やっていることはただの弱いものイジメでしかなかった。


「ぐがっ、い、痛い……痛い、だと……!? ば、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な……! オレは最強だ……最強になったはずだ……! そう言っただろう、悪魔……! オレに敵うやつは誰もいねえって、オレに出来ないことは何もねえって、そう言ったはずだろうが、悪魔……!」

「悪魔の甘言に乗った貴様が悪い、と言いたいところであるが……まあ、この辺でいい加減ネタばらしをしておくとするであるか」

「ぐっ……ネタ、ばらし……? は、ははっ……や、やっぱそうか、テメエ何か汚い手を使いやがったってことだな……!? そ、それで、オレを……!」

「いいや? そうではないのである。ネタばらしというのは、貴様がやってきた――否、やってきたと思っていたことに関して、である」


 そう言いながら、ソーマは剣を構えた。


 だが切っ先を向けるのは、イザークではない。

 真っ直ぐに持ち上げた腕を振るう先は、いわばこの場そのものであり――


「――我は魔を断つ剣なり」


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・万魔の剣・一意専心・疾風迅雷・明鏡止水:極技・閃。


 そのまま振り抜き……何も、起こらなかった。


 とはいえ、それは当然のことだろう。

 この場には、イザークを除けば、ただ女性やアイナ達が寝転がっているだけなのである。

 傷一つなく、ただその場に寝ているだけだ。

 何かが起こるわけもない。


 しかしそれはソーマの目にはそう見えるというだけであり、他の者達にとっては違ったらしい。

 女性達は意識がないようなので別だが、セシーリアもアイナもシーラもイザークも、その全てがまるで信じられないものを見たとばかりに驚愕の表情を浮かべたのだ。


「なっ、何だと……!? ぐっ、テ、テメエ、一体何をしやがった……!? 何であいつらが、あんな傷一つない状態でいやがる……!?」

「そんなのは決まっているであろう? ――貴様が見ていたのは、全て幻だったからである」


 文字通りの意味で、全てが全て、幻だったのだ。


 イザークがやっていたと思っていたことも、イザークが自らのことを最強だと思っていたことも、全て。

 イザークを含めた全員が幻覚の中にいたからこそ、そう思えていただけだったのだ。

 幻覚の中にいるのならば、やりたいことが何でも出来るのは当然だし、最強にだってなれるだろう。


 もっとも、幻は幻でもかなり強力なものではあったようで、おそらくイザークが殺したと思っている者は実際に死んでしまっているに違いない。

 強力な幻術は現実にまで影響を及ぼすという、その典型的なものだ。


 ただし、ゆっくりと立ち上がり、自らの身体に傷一つないことを不思議そうに確認しているアイナ達を見ても分かるように、全てが現実に反映されるわけではないようである。

 どこでその線引きがなされているのかはさすがに分からないが……あるいは、強力すぎるがゆえに、決定的なもの以外は反映されない、ということなのかもしれない。


 ともあれ。


「さて、というわけで、我輩が先ほど言っていたことの意味も分かったであろう? 我輩には貴様の幻覚は効かなかったであるからな。貴様が一人でごっこ遊びをしているようにしか見えなかったのである。憐れに思って当然であろう?」

「っ……ば、馬鹿な……オレが、幻を見ていただけ、だと……? そんな、そんな、馬鹿なことが……」

「残念ではあるが、今貴様の目に映っていることが真実である。そして……たとえ幻覚の中にいたのだとしても、貴様のやってきたことは変わらんのである」


 ソーマはこの国の人間ではない。

 だからこの国に混乱をばら撒いた責任を取れなどと言う権利を持ってはいないが……それでも、色々なものを見て、見せられてきたのだ。


 その対価を払わせる権利ならば、ある。


「っ……違う……そうだ、オレは最強だ……最強なはずなんだ……! どうせこれこそが、テメエの見せた幻覚なんだろ? んなことで騙されっかよ。そうだ、オレは……オレは最強なんだからな……!」


 喚きながら立ち上がると、イザークはそのまま襲い掛かってきたが……その動きは完全に、一般人の動きだ。


 そしてそれはおそらく、イザークが思っていたものとはまるで違うものだったのだろう。

 動き出した直後、まだ何もしていないというのに、その顔には絶望したような表情が浮かんでいたが……情けをかける理由は、ない。


 ――一閃。


 技を使う必要すらもなく、腕を振り抜いた瞬間、イザークの身体がぐらりと揺れた。

 そのまま身体の全身から力が抜け、その場に倒れ込む。


 だが。

 イザークを倒したというのに、ソーマは僅かたりとも気を抜きはしなかった。


 ある意味でこれは前座であり……次こそが本番だからだ。


「さて……決着をつけるとするであるか」


 言って視線を向けた瞬間、視線の先の空間が僅かにぶれた。


 そうしてそこから染み出すようにして現れたのは、青年のような姿をした何かである。

 その何か――悪魔を眺めながら、ソーマはその全てを観察するように、目を細めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●GCノベルズ様より『元最強の剣士は、異世界魔法に憧れる』の書籍版第六巻が発売中です。
 是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、コミカライズ第五巻が2021年5月28日に発売予定です。
 こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ