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堕とされた希望

 目を見開きながら眼前を眺めるも、そこにいるのは間違いなくソーマであった。


 だがそれが分かっても、むしろ分からないことの方が多い。

 どうしてここにとか、どうやってここにとか、尋ねたい事が多すぎる。


 しかしセシーリアが口を開くのよりも先に、上方からさらなる声が降ってきた。


「ったく、あんたは先行し過ぎなのよ。ちょっとは後続のことを考えなさいよね」

「……ん、速過ぎ」


 そんな言葉と共に地面へと着地したのは、アイナとシーラであった。


 連続して起こる事態にパクパクと口を開閉させるが、当然のように誰も待ってはくれない。


「そうは言うであるが、あまりゆっくり移動していて手遅れになってしまったら元も子もないであろう? というか、だから待っていても構わんと言ったではないであるか」

「セシーリアが危ないかもしれないっていうのに、眠りこけてなんていられるわけないでしょ」

「……ん、それに多分、一緒に来るのが一番安全」

「ま、確かにそれはそうなのであるが……ああ、というわけでセシーリア、我輩別にタイミング図ってたわけではないであるぞ? なんか良いタイミングだったのは偶然である」

「あっ、えっ? は、はい、それは別に疑っていなかったでありますが……?」


 色々と言いたげな顔をしていることに気付いたのか、ソーマがそんなことを言ってきたものの、聞きたいことはそれではない。


 それにアイナ達まで来るなど、一体本当にどういうことになっているというのか。

 頭が混乱しかかり、だが直後に聞こえてきた声で一気に冷静になった。


「――ほぅ。しっかりと眠らせておいたはずだが……さすがは魔王と言うべきか?」

「えっ……? 魔王、であります……?」


 魔王というものが何であるのか、ということは、当然と言うべきかセシーリアは理解している。


 今から二十年近く前、ベリタスの凋落が始まることとなったある種の元凶でもあり……セシーリアの友人がいなくなってしまった、その原因。

 そしてディメントを治める者であり、つい最近それとは別に真なる魔王とやらがいるとかで皇国から喧嘩を売られた存在であり――


「ソーマ殿が、であります、か?」


 この状況で他の人物を示すということはあるまい。


 そしてセシーリアの疑問に、ソーマは何でもないことのように肩をすくめて答えた。


「そういえば、それに関しては言ってなかったであったか。確かに最近ではそんな風に呼ばれることもあるであるな」


 そんな軽く済ませてしまっていいことではないような気がしたが、それ以上に今は重要なことがあるというのも事実だ。

 ソーマはすぐに視線を切ると、前方へと向き直った。


「とはいえ、我輩がそうであると知っている者は限られているはずであるからな。それを知っているということは……」

「ま、何が言いたいのかは分かるぜ? 要するにこう言いたいんだろ? オレのこの力に悪魔は関わってんのか、ってな。――正解だ。この力は悪魔との契約によって貸し与えられたもんだからな」

「ふむ、やはりであるか……まあ、どうやら問題はなさそうであるが」


 そう言ったソーマは、何の気負いもしていない様子であった。

 それが当たり前だと言わんばかりに、余裕な姿でイザークのことを見つめている。


「反論したいところだが……確かに、どうやらテメエにはオレの力はどうにも効き目が弱いみてえだな」

「そう言う割には、特に焦ったりしている様子はなさそうであるが?」

「んなことをする必要がねえからな。なに、単純な話さ。――オレがテメエを倒す必要はねえ、ってわけだ」

「――む?」


 ピクリと、ソーマが何かに反応した、次の瞬間であった。


 ソーマの姿が、唐突にその場から消え失せたのである。

 目に見えない速度で動いたとか、そういうことではない。

 完全な、消失であった。


「……え?」

「ちょ、ちょっと……冗談、でしょ?」


 セシーリアだけではなく、アイナも呆然と呟き、だが僅かな希望を否定するようにシーラが首を横に振る。


「…………周辺に気配はない。……完全に、消えた」

「っ……い、いえ……そういえば、少し前にも同じようなことがあったわね。あたしにはそんな兆候も感じ取れなかったし残滓も感じ取れはしないけど……おそらく、別の場所に跳ばされたんだと思うわ。ソーマがあんな一瞬でやられるなんて、有り得ないもの」


 そう断言しながらも、アイナの声は震えていた。

 そのぐらい今の光景は信じがたいものだったのだろう。


 実際セシーリアも、今のを有り得ないと思ったぐらいなのだ。

 ソーマならば大半のことをどうとでも出来ると思うし、負ける姿など思い浮かばない。

 付き合いが短いセシーリアでもそうなのだから、アイナ達にしてみればその思いがもっと強いのは当然であった。


 もっとも。


「はっ……そっちもさすがってとこか? さすがは魔王と共にいるだけはあるな。正解だぜ? 幾ら何でもあの魔王を一瞬で殺すのはオレ達でも無理だからな。この場からちっとばかしいなくなってもらっただけだ。ま、その先で負けねえとは言ってねえがな。だが何にせよテメエらがその心配をする必要はねえよ。――テメエらは、これからオレと遊ぶんだからな」


 イザークの言う通りであった。

 ソーマがいなくなってしまったからといって……否、だからこそ、状況は非常に悪い。

 ソーマの心配をしている場合ではなかった。


 アイナ達もそう思ったのか、すぐに構える。

 その顔から不安は拭い去れていなかったが、仕方あるまい。

 ソーマの身も心配だが、ソーマがこの場にいないということが何よりも不安なのだ。


 しかしセシーリアも他人の心配をしている場合ではない。

 むしろこの場で戦闘能力が最も低いのは、間違いなく自分なのだ。

 余計なことに気を取られている余裕はない。


 とはいえ、この不気味な雰囲気すら漂わせている相手に、どこまで自分達が出来るか。

 楽しげに口の端を吊り上げているイザークを睨みつつ、構えながら、ゴクリと唾を一つ飲み込んだ。















「ふむ……最近よく似たようなことを経験するであるなぁ」


 そんなことを呟きながら、ソーマはその場を見渡した。


 周囲に広がっているのは、先ほどまでいた場所とはまったく異なる場所であり、どうやら石造りのそれなりに広い部屋のようだ。

 暴れても問題はない広さであり、訓練場か何かといったところだろうか。


「それで……我輩に一体何用である?」


 言いながら視線を向ければ、その先にいたのは小さな人影であった。


 大きさとしてはソーマの胸元程度か。

 外見年齢としては十歳前後の少年といったところだ。


 無論のこと、この状況でこんなところにいる時点で普通の少年である可能性は皆無だが。


『何の用、ですか……この状況でそれを言う必要がありますでしょうか?』


 声もまた、少年特有の少し高い声であり、どことなくその顔にもあどけなさが残っているように見える。


 だが、それらは油断する理由にはまったくならないということを、少年が発する気配は示していた。


「むしろこの状況だからこそ言う必要があるのではないであるか? そうであろう? ――悪魔」

『なるほど……確かにその通りかもしれませんね。さすがは魔王、といったところでしょうか?』

「まあ、一番手っ取り早いのは、ここで汝を問答無用で斬り裂くことであるがな」

『それはさすがに困りますね……ですから、そうされる前に、しっかりと事情を説明しておくとしましょう』


 そう言うと少年は笑みを浮かべ……その手の中へと、何処からか取り出した剣を収めた。

 そして。


『はい、ではというわけで、申し訳ありませんが、あなたに邪魔をされてしまっては困ることになってしまうんですよ。そういうことですので……はい。魔王にはここで死んでもらうとしましょう』


 その刃先をこちらへと向けてきながら、そんな言葉を告げてきたのであった。

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