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根底に蠢く悪意

 ――イザーク・ベリタス。


 血縁上はセシーリアの兄にあたる人物ではあるが、実のところ話したことはほとんどない。

 セシーリアのことが秘されていたというわけではなく、単純に接点がなかったからだ。


 しかしセシーリアが眉をひそめたのは、それなのに親しげに話しかけられたから、ではない。

 妹と、そう自らのことを呼んできたからだ。


 セシーリアは幼い頃は父の手によって、ある程度成長してからは自らの手で、自身の身体へと幻術を施していた。

 それによって周囲に男であると誤認させていたわけだが、それは二人の兄も例外ではない。

 セシーリアが女であることを知っていたのは両親とセシーリアの世話を担当していた数人だけであり、兄二人は自分のことを男だと知らされていたはずなのだ。


 そしてその幻術は、今も有効である。

 周囲からはセシーリアの姿は男のものであるように見えているはずで……仮にソーマのようにイザークが何らかの手段によって幻術を見破ったのだとしても、自分が女であることを驚いている素振りすら見せないというのは明らかにおかしかった。


 そもそも、先ほどの呼び寄せた、という言葉からしておかしくはあるのだが――


「久しぶりだな」

「……そうでありますね」


 だがそういった疑問を口にする事がなかったのは、現在の状況がまるで分からなかったからである。

 敢えて会話に乗ることで、少しでも情報を引き出すことを選択したのだ。


「なんだ、随分と表情が硬いが、緊張でもしてんのか? いや……それとも、嫌われてるだけか?」

「……どちらかと言えば、前者であります。そもそも、あまり話したこともなかったでありますから」

「そうだったか? ……いや、そう言われりゃそうだったかもな。だが以前は以前、今は今、だろ? 折角の兄妹なんだ、仲良くやっていこうぜ?」


 そう言って笑みを浮かべるイザークは、一見すると本心から言っているようにも見えた。


 しかし、王都に来るまでの間に通ってきた村や街で見た光景が、自然と脳裏を過る。

 虐殺され、あるいは餓死することとなった仲間達の骸も。


 それでも、溢れそうになる衝動を押さえ、ギュッと拳を握り締める。

 僅かに掌に痛みが走るが、その痛みがやはりこの状況が夢なのではなく現実なのだということを告げていた。


 ならばと、冷静でいるよう自分に言い聞かせながら、口を開く。


「……仲良く、でありますか」

「ああ。以前まではあのクソ親父が色々と企んでたせいで無理だったみたいだが、今はもう関係ないだろ?」

「……ならどうして、内乱などを起こしたのであります? 自分よりも先に仲良くすべきだった人がいたはずであります」

「耳が痛いな。確かにそうではあったんだが……なあ、知ってたか? 理想を貫き通すには、力が必要なんだぜ?」


 そんなことは、よく知っていた。


 セシーリアに力があれば、仲間達の誰も彼をも守れたはずだ。

 ここに来るまでの道中で、きっと色々なことが出来たはずであった。


 だが実際には大半の仲間を失い、残った仲間達を守れたのもソーマ達のおかげである。

 道中でセシーリアに出来たのは道案内ぐらいでしかなく、後は全てソーマ達がやったことであった。

 セシーリアは全てが終わるのを、ただ見ていることしか出来なかったのだ。


 力がなければ何も出来ないということなど、嫌というほど知って、味わっている。


 拳をぎゅっと、さらに強く握り締めた。


「……そんなことは、よく知っているのであります」

「そうか。……いや、そうだな。お前はある意味でオレと同じだからな」

「同じ、でありますか?」

「ああ。オレは所詮兄貴の代わりでしかなかった。兄貴に何かあった時のためだけにオレは生かされていたと言ってもいい。オレには何かを選ぶ権利すら与えられることはなかった。お前もそうだろう?」

「それは……そう、かも、しれないでありますね」


 確かに、その点だけを見れば、同じとも言えるのかもしれない。

 別にだからといって絆されたりするつもりはないが……そのことだけは、事実だ。


「だが、オレは力を手にする事が出来た。単なる偶然だったのかもしれないが……ああ、今度こそは、オレの方が選ばれたんだ。そうしてオレは力を手に入れ……そんでソイツは、オレに好きに生きろって言ってきたんだぜ? ああ、だからこそオレはこうして、好きに生きることにしたんだ」


 イザークの話は色々と気になるところではあったが……それでも、少なくとも嘘は吐いていないようであった。

 その顔は明らかに、真実を告げている顔だ。


 しかし……いや、だからこそ、セシーリアは一つだけ尋ねなければならなかった。


「好きに、でありますか……その結果が、アレでありますか?」

「アレ、って言われてもな……具体的に何のことだか言わないと分かんねえぞ? 王都の現状のことだってんなら、その通りだがな。オレ一人だけ好き勝手にやるってんじゃあ、不平等ってもんだろ? だから、あいつらにも好きにさせてやることにしたのさ。あいつらどんな様子だった?」

「どんな、と言われても……楽しそうで、幸せそうだったであります、が……」

「ああ、そうだろ? ――ま、あいつら全員現実を見ちゃいねえんだがな」

「……は? どういう意味で、あります?」


 単純に、何を言っているのかが分からなかった。


 現実を見ていないとは、一体どういう意味で――


「どういう意味もクソも、そのままの意味だ。あいつらは全員幸せの夢の中に――幻術の中にいやがんのさ。あいつらは実際には互いを見ちゃいない。自分の中の都合のいい存在を重ねてごっこ遊びをしてるだけだ。ま、だから下手すっとチグハグな会話になっちまったりするんだが、その様子じゃ違和感とかはなかったみてえだな。上手くいってるようで何よりだ」


 言っている意味を理解した瞬間、ぞわりと背筋が粟立った。

 この男は一体何を……!


「何をさせているのであります……!?」

「何をって、だから好きにって言ってんだろ? なんだ、何か文句でもあんのか? あいつらが楽しそうで幸せそうだって言ったのはお前だぜ?」

「そ、れは、そうでありますが……自分で言ったのではないでありますか。そんなものは、ごっこ遊びに過ぎない、と……!」

「ごっこ遊びだろうと、本人達が楽しんでるんなら外野がとやかく言うことじゃねえだろ? たとえ本人達にその自覚がなかったとしても、な。それとも、なんだ――お前達が見てきた村や街のように、ここもすりゃよかったのか?」

「っ……!」


 分かりきっていたことではあるが、やはりアレはこの男の仕業だったらしい。

 歯を食いしばりながら睨みつけ、だがイザークはそんな目を向けられても、涼しい顔をしていた。


「おいおい、そんな目で睨むなよ。仕方ねえだろ? オレだってこの力にはまだ慣れてねえんだ。好きにやれって言ったら全員が幸せになるかと思ったんだが……ま、確かに考えてみりゃ短絡的でしかなかったわな。力がなけりゃ好きにやれないなんてこと、オレが一番よく分かってたってのによ。だがだからこそ今度は方針を転換して、全員が幸せになれるようになっただろ? 何の問題があるってんだよ? 言っとくが、そうでもしなきゃ全員が幸せになるってのは無理だぜ?」

「っ……それ、は……」


 それに関しては、イザークの言う通りではあった。

 皆が本当に望むようにしてしまったら、必ず衝突が起こってしまう。


 そうしようとした結果起こったことの一つが、この国の内乱なのだ。

 きっと誰一人として、争いたくて争ったわけではあるまい。

 それぞれの幸いを追求した結果、争うしかなくなってしまったのである。


 全員が本当の意味で幸せになることは出来ない。

 それは、確かに真実である。


 だが。


「だからといって、それは認められないであります……!」


 我侭だと言われてしまえば、その通りなのかもしれない。


 しかし、何かが違うと思った。

 言葉には上手く出来ないのだが、『それ』は何かが間違っていると、そう思い――


「やれやれ……オレは本当に皆が好きにやればいいと思ってるだけなんだがなぁ。ああ、当然、そこにはオレも含まれてるぞ? そして、兄妹仲良くしたいってのも本当のことだ。実際兄貴とも仲良くやってたしな」

「仲良く、であります……?」


 その言葉をおかしいと思ったのは、第一王子の行方は現状分からなくなっていたはずだからである。

 本当に仲良くやっていたのだとすれば、行方が分からないなどということになるわけがあるまい。


 だが、訝しげな目で見られていることなどどうということもないとでも言いたげに、イザークは頷くと……セシーリアの立っているあたりを指差した。


「ああ。そうだな……確か、ちょうどその辺だったか?」

「この辺……? 何を……何を言っているのであります……?」

「いやなに、今日も仲良く遊んでいたんだがな……遊びっぱなしってのはまずいだろう? 後片付けはちゃんとしないとな。だから――ちょうどお前の足元のあたりに片付けといたのさ」

「――っ!?」


 その意味を理解した瞬間、セシーリアはその場から飛び退いていた。


 まるでタチの悪い冗談のような話ではあるが、セシーリアはその言葉はきっと本当のことだろうと理解出来てしまったのである。

 そして僅かな吐き気を覚えながら、どうしてこの男の言葉を受け入れられないのかにも、ようやく気付く。


 そうだ、イザークの言葉は、確かに綺麗で正しそうにも聞こえるのだが……その根底には、隠しようもないほどの悪意が蠢いているのだ。


「さて……まあ、長々と喋っちまったが、折角お前のことを招待したんだ。そろそろお前とも遊んでやるとするか。兄貴ばっかじゃ不公平だろ?」

「っ……え、遠慮するのであります……!」

「そう言うなよ、折角妹が相手だからって、オレもお前が楽しめるような方法を色々と考えてきたんだぜ? 実験もしっかりしたし、あいつらも最後には楽しんでたみたいだから、お前もきっとちゃんと楽しくなれるさ」


 咄嗟に逃げようとしたが、何故か足が動かなかった。

 直前まで確かに動けたはずだというのに――


「ああ、逃げられたら面倒だからな。ちょっとだけ細工をさせてもらった。だが心配する必要はない。言っただろ? お前もすぐに楽しくなれる、ってな。さあ、オレと一緒に――」

「――生憎であるが、遊びたいのならば、一人で遊ぶがいいのである」


 イザークが近寄ってこようとした、その瞬間のことであった。

 そんな声と共に、イザークとセシーリアとの間にあった地面が、轟音と共に吹き飛んだのだ。


 そして、直後にセシーリアの眼前へと降り立った影が一つ。

 見知った人物だ。


「ソ、ソーマ殿……!?」


 黒髪黒瞳の少年が、前方を睨みつけるようにしながら、その場に佇んでいたのであった。

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