元最強、ベリタスの王都に侵入する
正直なところ、ソーマはベリタスの王都へと入るのにある程度以上の手間はかかるだろうなと覚悟していた。
王都という、その国の中で最も重要な場所であり、且つ現状が現状だ。
何があるとは言えないが、だからこそ何があっても不思議はないと、そう思っていたのである。
だが。
「うーむ……まさか素通り出来るとは思わんかったであるなぁ……」
ベリタスの王都は城塞都市であるため、中に入るには城門をくぐる必要がある。
そして城門の前では当然のように門番が張り付いており、怪しい者がいないかと目を光らせていた。
無論ソーマ達とて騒ぎを起こしたいわけではない。
なるべく怪しく見えないよう気をつけてはいたのだが……その結果は、ソーマが呟いた通りだ。
そう、何故かそのまま素通り出来てしまったのである。
逆に予想外であった。
「まあ何もなかったんなら、それに越したことはないでしょ。それに……正直なところそれどころではないもの」
「……ん、異常事態」
「確かに……何事もなく入れたことも驚きではありますが、それでもこの光景に比べれば些細なことに思えるであります」
「ま……確かにその通りであるな」
頷き目を細めつつ、その場を眺める。
城壁内部に広がっている、王都の光景。
本音を言ってしまえば、ソーマは相当酷いことになっているだろうと予想していたし、覚悟してもいた。
いや、おそらくはソーマだけではなくアイナ達もそうだろう。
ここまでのことを考えれば、それが自然であり、最悪大半の住民が死んでいたり、殺しあっていてもおかしくはないのだ。
しかし……ソーマ達の耳に届いてくるのは、笑い声であった。
目に映っているのは沢山の笑みであり、所々では子供が走り回ったりなどもしている。
賑やかで平和で、活気に溢れている光景。
どこにである有り触れた、何の問題もなく、だがゆえに異常でしかない光景がそこには広がっていた。
これまでに遭遇してきたことを考えれば、そんな当たり前で平和な光景がここに広がっていていいはずがないのだ。
幻覚の中にいると言われた方が、まだ説得力があった。
「ふむ……とりあえずは、色々と調べる必要がありそうであるな」
「そうね、手分けして……は、この状況だと悪手かしら?」
「……ん、状況が不明すぎる」
「で、ありますね……何があってもいいように、固まっておくべきだとは思うであります。正直なところ、平和だからこそ不気味でしかないでありますから……」
平和な光景が広がっているというのに、それを喜ぶのではなく警戒する。
そのことに思うところがないでもないが、そんなのは皆同じだろう。
そして、今はそんなことを言っている場合ではない。
果たしてここで一体何が起きているのか。
それを知るため、ソーマ達は情報収集を開始するのであった。
夜の帳が降り始めた頃、ソーマ達は宿の一室へと集まっていた。
一先ず集められた情報の確認と、現状の推測を行うためだ。
だが――
「ふむ……結論から言ってしまえば、よく分からない、ということにしかならんであるな」
ソーマが口にした言葉に、誰からも反応はなかった。
それが正しいということを、皆が理解しているからだ。
とはいえ、無論そこで終わらせるわけにはいくまい。
「少なくとも、見た目には、ただの活気ある街、にしかやっぱり見えないのよね……多くの人の顔には笑みがあって、兵達は真面目に巡回をしている。ここに最初からいたら、この国で妙なことが起こっているなんて想像だにしていなかったでしょうね」
「実際誰に話を聞いてみたところで、おかしなことなど起こってはいない、と言っていたであります」
「……ん、でもそれはそれで、おかしい」
「そうなのよね……だってそれはつまり、あの光を見ていないってことだもの。アレを見ていたら、何もなかったなんて言うわけがないわ」
「ここに来る直前に寄ったあの街でも、光を見たと言っていたであるしな」
「……ん、つまり、ここが元凶?」
「とりあえず、無関係ということだけはないでありましょうな」
「まあ、ある程度の目安もついているであるしな」
何が起こっているのかは分からないが、何かが起こっていることはほぼ確実なのだ。
ならばそれで問題ないと言えば問題はない。
そしてその原因が誰にあり、どこに行けばいいのかということもほぼ分かっていた。
「とりあえず、第二王子が勝った、ということはほぼ確実のようであるな」
「……ん、そして、一番怪しい」
「ここが平和なのも自分達が幸せなのも、全ては第二王子のおかげとか言っていたものね。あからさま過ぎて逆に違うんじゃないかってすら思うわ」
「とはいえそんなことをする意味はないでありましょうからね……」
第二王子が現状容疑者としては最有力であり、王子が王都のどこにいるのかなど決まっている。
王城だ。
「問題は、どうやって王城に行くか、といったところであるか。……一般人が出入り出来たりは、さすがにしないであるよな?」
「さすがにないであります。決まった者以外は出入りできないでありますし、それ以外の者が出入りしようと思ったら許可証が必要になるであります」
「ちなみにその許可証を発行するのは?」
「無論国王なのであります。今でしたら国王代行もその権限を持っていると思うでありますが……」
「……ん、無理」
「そもそも用があるのはその人物そのものであるからなぁ。……そういえば、セシーリアはどうやって出てきたのである? 元々セシーリアも城に住んでいたのであるよな?」
「自分が外に出たのは、第一王子と第二王子の衝突が決定的になった際に生じたドサクサに紛れた形だったでありますから、参考にはならないと思うであります。隠し通路などもあるとは思うのでありますが、自分には教えられなかったでありますし」
「ふむ……それは残念であるな」
隠し通路を知っていてそこから侵入出来るのであれば一番ではあったのだが、さすがにそうそう都合のいいことはないらしい。
明日直接行ってみて、何か方法はないか調べてみるしかなさそうだ。
「ま、いざとなったら強行突破であるかな」
「出来ればやりたくはないわね……現状ほぼ間違いないとはいえ、万が一違ったら大問題だもの」
「……ん、戦争が起こりそう」
「……実際には、そんなことにはならないと思うでありますがね」
「それは第二王子で間違いないって意味?」
「いえ、単純にその余裕がこの国にないという意味であります。元々内乱のせいで国力が低下している上に、自分達の見てきたような光景が各地で起こっているのでありましょうから」
「……支援を受けても大変?」
「で、あります。むしろここから立て直すとなれば、さらに支援を受ける必要があると思うでありますし、それを考えれば万が一に違っていたとしてもお咎めなしになる気がするであります」
「ふむ、ならば問題なく強行突破出来そうである……とは、さすがに言えんであるな」
まあ、元よりあまりやるつもりもないが。
相手が王城のどこにいるのか分かっているならばともかく、分かりもしないのに突っ込むのはさすがに無謀だろう。
相手に地の利があり過ぎる上に、その間に逃げられてしまう可能性だってあるのだ。
それを思えば、どうにかして忍び込みたいものである。
そんなことを考えながら、ふとソーマは窓の外へと視線を向けた。
別に何かを感じたわけではない……いや、感じているというのならば最初からだ、と言うべきか。
少し目を凝らすと、薄い膜のようなものが上空を覆っているのが見える。
ここで何かが起こっているとほぼ確信を持っているのは、元々それが理由であった。
おそらくは何か結界のようなものの一部であり、だがソーマにもそれ以上のことは分からない。
ここにヒルデガルドでもいたら何か分かったかもしれないが……言っても詮無き事だ。
何にせよ、今出来ることは何もない。
さて、どうなるものやら、などと思いながら、ソーマは息を一つ吐き出すのであった。




