闇の蠢く中で
ベリタス王国、玉座の間。
その無駄に広い部屋で玉座に一人座りながら、イザークは機嫌良さげに口元を緩めていた。
おそらくは自分が決め、告げたことが理由で世界に混乱がもたらされるのが、楽しいのだろう。
悪趣味と言えば悪趣味だが、別にそうなるように誘導したわけではない。
各々が好きに行動した結果人類が滅びるというのであれば、それが辿るべき道だったというだけのことだ。
ならば何の問題もあるまい。
無論そこに、多少の細工が存在していたとしても、である。
『順調なようだな』
「……なんだ、また来やがったのか? そんな頻繁に来て、オレはそこまで信用されてないってことかよ?」
『いや? まさか……むしろ逆だ。信用しているから来ているのだよ』
「は?」
皇国でアレが失敗したのは、最終的には魔王のせいではある。
だが自らが選んだ相手を信用しきれずに、姿すら見せなかったのも一因ではあるはずだ。
アレの記録を精査してみた結果、もう少し信用し、せめて姿を見せていればまた別の結末があっただろうという結論に達したのである。
もっとも、その場合はこうして吸収することは叶わなかっただろうことを考えれば、有り難かったのは事実だが。
しかしだからこそ、その過ちを繰り返すわけにはいくまい。
「……何だか分かんねえが、まあオレのやってることに文句がないってんならどうでもいいか」
『文句など、それこそまさかだ。お前は私が言った通り好きに生きている。まあ、他の者にまでそれを広げるというのはいささか予想外ではあったがな』
とはいえ、自分一人で抱え込むのではなく、他の者にも分け与えるというのは、王族らしい所業でもある。
そこにあるのが善意か悪意かの違いはあれども、所詮世界から見ればその二つに差異などはない。
あるのは、この国の者達が自らの望むように生きることが出来るようになったという結果だけだ。
『……やはりお前を選んだ私の目に狂いはなかったようだな』
「あん? 自画自賛か? まあその通りではあるんだが……この程度で満足してもらっちゃ困るぜ?」
『ほぅ? まだ先がある、ということか?』
「当然だろ? まだオレの力はこの国の中にしか届かねえしな。それに効きにも違いがあんだろ?」
『そうだな。お前の力が最も効果的に働くのは王都近辺だけだ。まあ、力というものの性質上、距離が離れるほどに減衰してしまうのは仕方のないことだろう』
もっと強力な力を……それこそ悪魔の力を十全に振るうことでも出来れば話は別だが、それは現状不可能である。
現状でも全ての悪魔を取り込めれば可能かもしれないが……さすがにそれを許容する悪魔はおらず、また油断する悪魔もこれ以上はいまい。
アレだからこそ取り込めたのであって、他を狙えば返り討ちにあうか逃げられるだけだ。
それに今はそんなことよりも、やるべきことがある。
「ま、別に今すぐどうこうしようってわけじゃねえよ。だがそれでも、テメエの力は少しずつ増してきてんだろ?」
『ああ。時間と共に増しているし、それはお前の力が増すということでもある』
「ならオレは好きにしながら待つさ。オレの力が世界の隅々にまで届くようになるのを、な」
『ほぅ……?』
この国だけではなく世界までもとは、随分大きく出たものだ。
だがそれでこそである。
そうでなくては選んだ意味がない。
どうやら、やはり自分の目は確かだったようだ。
『ふむ……まあ、何にせよ全ては順調といったところか』
「何を以てそう言ってるのかは知らねえが、少なくともオレはそうだと思ってるぜ?」
『ならば問題はない。こちらの予想以上のことはあっても、想定外はないからな。このままいけば、全ては上手くいくことだろう』
そしてそうなる可能性は、非常に高い。
そもそも悪魔が二体も協力しているのだ。
余程のことでもなければ、この状況は揺らぐまい。
『それこそ、ここで魔王でも現れなければ、な』
そう呟いた、その瞬間のことであった。
新たな気配がその場に現れると共に、声が響く。
『……どうやら、余計なことを言ってしまったみたいですね』
『なに? ……まさか』
「なんだ、まさか本当に魔王ってのが現れたとでも言うのか?」
『ええ、そのまさかです』
「……へえ」
それは面白い、とでも言いたげにイザークが口の端を吊り上げるが、こちらとしてはそれどころではなかった。
起こって欲しくないことを口にすると実際にそれが起こってしまう、などということが人間達の間では言われているらしいが――
『……いや、ただの偶然だろう』
『偶然であろうと何であろうと、現れてしまったことに違いはありません。まああそこまで派手なことをしたのですから、ある意味当然ではありますが』
『とはいえここで現れるとはな……さすが、と言うべきか』
今はちょうどタイミングが悪い時であった。
もう少し早ければ、隠れてやり過ごすことも出来ただろう。
あるいはもう少し遅ければ、正面からやり合うことも出来たかもしれない。
今はそのどちらでもない、中途半端に力の高まりきってしまった状態なのである。
『それで、どうするつもりですか?』
『まあ、やり合うしかあるまいな。なに、魔王と言ったところで所詮は人の子だ。やりようはある』
『おや、最初から話し合ったりするつもりはなしですか?』
『意味がないからな。処分する予定の相手と話し合いをするほど、私は悪趣味ではない』
『なるほど……利用するつもりもない、というわけですか』
確かに、そう思うのも無理はないのかもしれない。
アレは最終的には魔王との協力を目指していたし、ヤツは魔王を利用するつもりでいるようだ。
そもそも魔王は、世界が自身を滅ぼすのに最適だと選んだ相手である。
何らかの形でその力を使おうとするのはある意味当然ではあるのだろう。
だが。
『お前がどう考えているのかは知らないが、少なくとも私は魔王に頼るつもりはない。いや……はっきり不要だと言っていいだろう。私には私が選んだ者だけで十分だ』
「それってオレのことだよな? そこまで言われるのはさすがに照れるぜ」
『ふっ……お前はそんなタマではなかろうに』
「まあな」
そんな話をしていると、僅かに圧を感じた。
何かを探るような、そんな視線を感じる。
『へえ……つまり世界の結論に異を唱える、というわけですか?』
『いや? そういうわけではない。ただ……世界が思う最善と、私の思う最善が一致しなかったというだけのことだ。別に世界の結論に反対も否定もするつもりはない。単純に私は別の過程を辿る道を選ぶというだけのことだ』
『ふうん……そうですか。まあ、僕達に与えられたのは世界を破壊するという命だけであって、その方法は問われていませんからね』
『そういうことだ。それに、私達が魔王を排除する事が出来たのならば、私達の方が魔王よりも上だということだ。それを示せば世界も文句は言うまい』
『確かにそれもそうですね。しかしそう言うということは、何か考えでも?』
『それをこれから考えるところだ。それで、魔王はいつここに来る?』
『おそらくは三日後というところでしょうね。あ、それと、どうやらそこの彼のお楽しみ予定の相手も一緒にいるようですよ?』
「アイツが? へえ……そりゃ俄然楽しみになってきやがったな。なあおい、そういうことなら、オレにも一枚噛ませろや」
『元よりそのつもりだ。それと……お前も協力してくれるか?』
『当然ではありませんか』
快く返答が返り……だが、だからこそ不審を覚えた。
結局のところ、コレがどうして協力しているのか、未だよく分かっていないからだ。
以前聞いた時には、まだ自分の番ではないから、などと言ってはいたが……まあ、構うまい。
互いを出し抜こうと思っているのは、お互い様だ。
それに、まさかここで余計な真似はしないだろう。
ならば、問題はない。
コレをどうするのかについては、魔王の相手をしてから考えればいいことだ。
そしてその肝心なことを考えるため、悪魔は自らの思考へと没頭していくのであった。




