元最強、元凶の名を知る
地面へと転がした男達の姿を見下ろしながら、さてどうしたものかとソーマは考えていた。
一応最低限の手加減はしたため、殺してはいない。
鎧の紋章を見るに男達はベリタスの正規兵である可能性が高く、殺してしまうと面倒になってしまう可能性が高いからだ。
もっとも、その理由は全体の一割ほどであり、大半は情報が得られそうだから、ではあるが。
この男達が誰かに操られていたという様子はなかった。
ということは、自分の意思でやっていたということなのだろうが、無論普通であればそんなことは不可能だ。
たとえ正規兵だったとしても……いや、むしろ正規兵ならばこそ、軍規というものに縛られる。
無辜の民相手に好き勝手やったりしたら、物理的に首が飛んでもおかしくあるまい。
確かに男達はゴロツキ一歩手前といった様子ではあったが、その程度のことは理解出来るはずだ。
ということは、理解した上での凶行だったということになる。
しかも街の人々の様子を見るに、ああいったことが日常的に行われていた可能性が高い。
それを可能にする何らかの理由があると考えるのは自然なことだろう。
「ふむ……どういう状況にあるか、セシルは何か心当たりがあったりしないであるか? 無論以前からこうだった、というわけではないのであるよな?」
「そうでありますね、少なくとも以前はこんなことはなかったはずであります。そして心当たりなのでありますが……残念ながらないであります。何故こんなことになっているのか、自分の方が知りたいぐらいでありますから」
「ま、でしょうね。明らかに普通あることじゃないもの」
「……ん、この国に普通じゃないことが起こった?」
「その可能性は高いのでありますが……正直何がどうなればこんなことになるのか本当に分からないであります。仮に第一王子が勝ったのだとしても、こんなことにはならないと思うのでありますが……」
「まあ、反逆の芽を摘むのとはまるで話が違うであるからな」
セシル達を徹底的に潰すというのは、まだ理解出来る話だ。
既に内乱が起こっているのである。
ならば完全に終結させるために、自分の敵となる可能性のある人物達を排除するというのはそれほどおかしなことでもあるまい。
過激と言えば過激ではあるが、十分有り得る範囲のことだろう。
だからセシルもソーマ達も、今までおかしいと思うことはなかったのだが……さすがにここまでくれば異常だ。
自国の中で正規兵が好き勝手に暴れまわるような状況など、それこそ国が末期の状況でもなければ起こり得まい。
だがベリタスは全盛期からは落ち込んだとはいえ、未だ大国と呼んでいい国だ。
内乱で多少国が荒れたところで、そこまでのことが起こるほどではない。
と。
「っ……てぇ……んだ? 一体……」
どうやら最初に殴り飛ばした男の目が覚めたようであった。
状況はまだ理解出来ていないらしく、顔を顰めながら周囲を見渡そうとし、そこでようやく自らの身体が縛られていることに気付いたらしい。
慌てながら叫んだ。
「っ、んだこら……!? っ、しかも何か身体がいてえし……おい、どうなってやがんだこれ……!」
「ふむ……目覚めたようであるな」
「あぁ……!? 誰だテメエ!? テメエがこんなことしやがったのか!? 何のつもりだテメエ!?」
「別に我輩が誰であろうと構わんであろう? そして何のつもりだと言われてもであるな……貴様らが好き放題やってたようであるから、我輩も好きなようにやっただけであるが?」
「あぁ!? ……あー、なるほど、好きなように、か。ちっ……なら仕方ねえか」
「ふむ……?」
唐突に大人しくなり、納得したように呟く男に、ソーマは首を傾げた。
それからセシル達へと視線を向けるも、セシル達も訳が分からないとばかりに目を瞬かせている。
一体何故納得したのか分からず眉をひそめ、しかし男は不満気ではあるも、もう暴れるつもりはないようだ。
そんな男のことを眺めながら、セシルが口を開いた。
「……何故納得したのであります?」
「あぁ? 何がだ?」
「ですから、仕方ない、と……納得したではないでありますか」
「ああ、そりゃ当然だろ? こうなっちまったらもうどうしようもねえし、それにテメエらも言われた通り好きにやっただけなんだろ? なら納得するしかねえじゃねえか」
「言われた、でありますか? ……誰に、であります?」
「あぁ? ――んなの国王代行に決まってんだろ?」
男の話によると、今から二週間ほど前に、国王代行からお触れがあったらしい。
その内容は簡単に言ってしまえば、国中の者達に全ての自由を許すというものだ。
何かを壊したいのであればそれを許し、誰かを殺したいのであればそれを許す。
何かを盗みたいのであればそれを許し、誰かを犯したいのであればそれを許すという、文字通りの意味で全ての自由を与えたのである。
お前達の好きなように、好きなことをやれ。
それが国王代行による総括の言葉であったのだとか。
だから男達は、好き勝手やっていたのだ。
壊し殴り殺し犯し、自分達の望むがままに。
無論それは、男達だけに与えられた自由ではない。
街の住人達にも等しく与えられた自由だ。
しかし、街に住むのはただの一般人である。
暴力装置とも呼ぶべき兵達に対抗出来るわけがなく、またそんな者達が暴れている中でよし自分もと暴れられるような者はそうはいまい。
さらには、逃げ出そうにもそのお触れが出されたのは国中へとだ。
どこへ行こうが同じような状況にあるのは確実であり、あるいはもっと酷い可能性もある。
ゆえに、この街の者達は俯き全てを諦めることにしたと、そういうことらしかった。
「なにそれ……国王代行って、そんなこと出来るの?」
「……可能か不可能かで言えば、可能であります。代行とはいえ、国王が不在の現在では国王とほぼ同義でありますからね。そして国王はその国の頂点でありますから、その国で何をするのかを決める権利があるであります。もっとも、当然普通は誰かに止められるのでありますが……お触れということは、認可が下りてしまったということでありましょうね。即ち、ベリタスではそれが法ということになった、ということであります」
「……皆を守る兵なのに、何故?」
「あぁ? 好きにやっていいって言われたんだぜ? いや、むしろ俺達にとってみりゃ命令も同然だ。なら好きにやるに決まってんだろ?」
「なるほど……では、我輩が貴様の首を刎ねたところで問題はないということであるな? それが望むことであるならば、好きにやっていいのであろう?」
言いながら、剣を引き抜き、男の首に当てる。
やろうと思えば、次の瞬間には今口にした通りのことが可能になる状況だ。
だがそんな状況にあっても、男の顔に怯えはなかった。
変わらずその顔にあるのは、納得だ。
「ああ、当然だろ? それがテメエのやりてえことだってんなら何の問題もねえし……むしろ当然やるべきだろう?」
「ふむ……」
その言葉に目を細め、僅かに剣先を動かし……そのまま仕舞った。
別に情けをかけたわけではない。
男の言動が、明らかに異常だったからだ。
いくら自分も好き勝手にやっていたとはいえ、諦めがよすぎる。
自分の死を目前にして平静でいるどころか平然とそれを受け入れられる者など、そうはいまい。
異常な状態にあると考えた方が自然であり、もう少しこのまま情報を引き出すべきだと判断したのだ。
とはいえ、情報を引き出すのはソーマよりも相応しい人物がいる。
セシルへと視線を向ければ、こくりと頷きが返ってきた。
「……ところで、国王代行に言われたと言っていたでありますが、今の国王代行は誰なのであります?」
「あ? んなのイザーク様に決まってんだろ?」
「…………え? イザーク、でありますか?」
その名を聞いた瞬間、セシルは目を見開いていた。
どうやら余程意外な人物であったらしい。
「随分驚いてるみたいだけど……そんな意外な人なの?」
「……第二王子であります。どちらかと言えば気弱な人で、周囲の意見に流されやすい人ではありましたが……こんなお触れを出すような人では絶対になかったであります。第一王子ならば、あるいは、と思ったのでありますが……」
「何で驚いてるのかは知らねえが、俺は嘘は言ってねえぜ? そもそも俺達は第二王子の側の兵だったんだからな」
「……ん、つまり、第二王子の勝ち?」
「ということなのであろうな」
それによって、今まで抑圧されていたものが溢れた、とかいうことなのだろうか?
いや、たとえそうなのだとしても、色々と納得が出来ないことが多い。
悪魔が関わっている可能性が高いとなれば、悪魔の仕業と考えるのが無難ではあるが――
「む……? 何やら街が僅かに騒がしいような気がするであるな?」
と、そんなことを考えていると、どこかからざわめきのような音が耳に届いた。
音に意識を集中させてみると……聞こえてくるのは街の入り口の方だろうか……?
「何か叫んでるみたいね……えっと……?」
「兵が来た、と言っているように聞こえるでありますね?」
「……ん、新しい兵がここに来た?」
思わず顔を見合わせ、難しい顔を浮かべる。
つまり――
「この男達のようなのがまた増えた、ということであるか?」
「……ん、そうとも限らない?」
「そうだといいんだけど……まあとりあえず、行ってみるべきかしら?」
「そう、でありますね……本当に、違うことを願うばかりでありますが」
真っ当な者達であれば嬉しい限りだが、そうではなかった場合はまた街の人々へと理不尽が降り注いでしまう可能性がある。
一先ずはそれを見極めるためにも、行ってみるべきだろう。
互いに頷き合うと、男が余計なことをしたりしないよう念のためにもう一度気を失わせてから、ソーマ達は街の入り口へと急ぐのであった。




