元最強、方針を定める
「――やはりここも、でありますか……」
溜息交じりのセシルの言葉を聞きながら、ソーマはその場を軽く見回した。
破壊され尽くした家々、白骨化しかかっている屍。
また、というわけであった。
「ここが襲われたのも同時期、って考えていいのかしら?」
「で、あろうな。まあ多少前後するかもしれんであるが、基本的には同時期と考えて間違いないであろう」
「……ここで三つ目……実はあまり襲撃者は多くなかった?」
「かもしれんであるな」
拠点が合計で幾つあったのかは分からないが、その全てを同時に襲撃したとなれば、野盗等を利用したとしても相当の人数が必要だ。
となれば必然的に、一つ一つの拠点に向かった数は少ないということになるが――
「ちなみに、各拠点に戦える人物というのはいたのであるか?」
「……いたところにはいたでありますが、それも一人か二人といったところであります。そしておそらくは、そのことも知っていた、ということなのでありましょうね」
「とはいえ、あの時点ではそんなこと分からなかったもの。どのみち撤退は必要だったでしょうね」
「……ん、それに撃退出来てたとしても、次が来ていた可能性が高い」
「確かに、その時はより多くの兵が送られてきたでありましょうね。ここまでやる以上は徹底的にやるでありましょうし。……まったく、人気者は辛いであります」
「……大丈夫であるか?」
「無論であります! 今頃は皆もきっと不安と戦っているのでありましょうから、自分だけがここでへこたれているわけにはいかないでありますからね!」
明らかにその様子は強がりではあったが、かといってどうにか出来るわけでもない。
もう一度その場を見渡すと、溜息を吐き出す。
シーラも口にしたが、ソーマ達がセシル達の拠点へとやってきたのはここで三箇所目であった。
結果は見事に全滅であり、ここまで来れば他の拠点も同様だと考えるべきだろう。
どこか見つかっておらず無事なところがあるのでは、などと考えるのは楽天的過ぎる思考だ。
ちなみに、二箇所目の拠点も当然のように全滅していた。
ただし、ここや一箇所目とは違い、元々存在していた強力な結界が張ってあった場所だ。
侵入されることはなかったらしく、家々は無事であり……しかし、全員が餓死していたことを考えれば、末路としてどちらがマシだったのかは何とも言えないところだろう。
だが、身を休めるという意味では明らかにそこが最善だったのは確かだ。
少なくとも、襲撃を受けるかもしれないという不安を覚えることはないのである。
無論、自分達もそこに住んでいた者達と同じ末路を辿ることになってしまうという可能性は否定出来ないが、それでも不安は最小限で済むのだ。
今はそれで十分とするしかあるまい。
そしてそういったこともあり、彼らはそこに残してきた。
元々いた場所が襲われかけ、続けて二箇所の拠点が襲撃後だったのである。
他の拠点も同じことになっているのではないかとほぼ確信するには十分で、ならば彼らをそれ以上連れて行く意味は薄い。
何より、彼らはもう疲れ果てていた。
十分な休息が必要ということもあり、その拠点に残してきた、というわけであった。
尚、そのままソーマ達が三つ目の拠点へとやってきたのは念のためだ。
希望を持ってというよりは、ただの確認に近い。
ほぼ確信していたのを確信へと至らせるため……あるいは、諦めるために来たのである。
ソーマ達がではなく、セシルが。
「さて……それで、これからどうするのである? 戻るというのであれば、そこまで送るであるが?」
「冗談、なのであります。確かに、勝者は既に決まってしまっている可能性が高いであります。ここまで徹底的にやるということは……おそらく第一王子でありましょうか。ですがどちらであろうとも、自分がやることは変わらないのであります」
「もう出来る事がないとしても?」
「そこで諦めるぐらいならば、最初から何もしなかったのであります。それに、ここまでやるということは、諦めさせてくれるとも思えないでありますし。何も出来ずに殺されるぐらいならば、無様にでも足掻いて最後まで抵抗してみせるのであります!」
「……ん、つまり?」
「とりあえず、王都に向かってみるつもりであります。敵地真っ只中の可能性が物凄く高いでありますが、間違いなく情報を得ることは出来るでありましょうし……こうなったら、そのぐらいやらなければどうしようもないと思うのであります。それでどうにか出来るかは、また別の問題ではありますが」
「ふむ……そうであるか、了解なのである。二人もそれで問題ないであるか?」
「……ん、ない」
「まあ、確かにここまで来たらそうするのが一番ではあるものね。あたしも問題ないわよ」
「……へ?」
ソーマの確認にアイナ達は当然だとばかりに頷き、だがセシルが浮かべたのは、そんな二人とは対照的な、何を言っているのか分からない、とでも言いたげな表情であった。
間抜けな声を上げ、何度も瞬きを繰り返し……それから、恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの……お三方、もしかして、まだついてきてくれるのでありますか?」
「そう言ったつもりであるが?」
「え、その……いい、のでありますか?」
「あの光について、結局まだ何一つ分かっていないままだもの。あたし達がここに来たのは元々あれを調べるためだったし、王都にまで行けばさすがに分かるでしょ? ついていくっていうよりも、偶然行く先が同じだって言った方が正しいかもしれないわね」
「……私は、半々? ……ソーマ達のことを手伝って……セシルのことも、手伝う」
「ま、ここで見捨てたら寝覚めも悪いであるしな。最後まで手伝えるとは言えんであるが、出来る限りは手伝うつもりであるよ」
「ちょっ、ちょっと……!? なによそれ……!? 二人がそういう言い方をしたら、まるであたしが冷たい人間みたいじゃないのよ……!?」
「……アイナ、冷酷?」
「何だかんだでセシルとは一月程度は一緒にいるというのに、自分の都合だけを口にするとは……アイナは酷いやつであるな」
「あんた達ねえ……!?」
まあそんなことを言いつつも、実際には自分達の都合が多分にあるというのも事実だ。
ここには悪魔がいる可能性があり、どこにいる可能性が最も高いかといえば、それはやはり王都になる。
どうせそのうち喧嘩を売られる事が確定しているのならば、今のうちに先制して殴りにいった方がいい。
そういう思惑もあるのだ。
そしてそのためには、ベリタスのことをよく知っているセシルが一緒である方が何かと都合がいいのである。
その都合のよさは、セシルと一緒にいることで被る被害よりも上であり……というか、元々ソーマ達はベリタスからしてみれば敵国の人間だ。
最近は聖都やら皇国やらに行ったりしているが、本来はラディウスの人間なのである。
元々敵側だということを考えれば、襲われたりしたところで不思議ではなく、そう考えればむしろセシルと一緒にいることで生じる不利益はないとすら言えるかもしれない。
むしろ本来ならば、王都に入るだけでも一苦労するところだろう。
その苦労が必要なくなるか、あるいは軽減されるかもしれないとなれば、利益しかなく――
「ま、アイナが言ったことは事実でもあるであるしな。汝のためというよりは自分達の都合によるものであるから、気にしなくていいのである」
「……いえ。そうなのだとしても、手伝っていただけるというのであれば、自分にとってはそれで十分であります。ですから……ありがとうございます、であります」
そう言って頭を下げたセシルに、ソーマ達は思わず顔を見合わせると、苦笑を浮かべた。
本当に礼などは必要ないのだが……セシルがそうしたいというのであれば、それで構うまい。
まあしかし、王都に向かうにしても、まずはこの場の遺体を弔ってからだ。
それを果たすため、セシルの頭を上げさせると、ソーマ達はそれぞれ動き始めるのであった。




