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滅びへと続く望み

 鈍い音が響いていた。

 くぐもった声と共に連続で響き、またその度に赤黒い液体が飛び散る。

 聞き取りづらい声は苦悶の呻きであり、即ち鈍い音とは打撃音であった。


 広大な広間の中央、そこで男が二人殴り合っているのだ。

 いや……既に殴り合いとは言えないか。

 一人がもう一人へと馬乗りになり、一方的に殴っているからである。


 殴られている方の意識は既に定かではなく、それでも振り下ろされる拳が止むことはない。

 殴り殴り殴り……相手がピクリとも動かなくなって、ようやく止んだ。


 荒い呼吸を続けながら、男の口元が緩み――


「――どうした? 何故腕を止めた?」


 聞こえた声に、ビクリと身体を跳ねさせると共に顔を引き攣らせた。


 そのまま男が顔を向けたのは、広間の奥だ。

 そこは男のいる場所と比べ一段高くなっており、一つだけ椅子が置かれている。


 そしてそこに座っている人物が、男のことをつまらなそうに眺めていた。


「え……いやだって、もう動かなくなって……」

「ほぅ……? どれ……」


 男の言葉にその人物は立ち上がると、無造作に近寄ってきた。

 その姿はそこにあるだけで威圧感を与え、男は無意識のうちにか唾を飲み込む。


 間近にまで歩いてきた人物が、男の下にいる男のことを覗き込み……鼻を鳴らした。


「貴様……オレが何と言ったか覚えているか? どちらかが死ぬまで殴り合えと、そう言ったはずだが?」

「そ、それは……だって――」

「――愚図が」


 瞬間、その人物が男の顔を掴み、ぐしゃりと、何かを握り潰すような音が響いた。


 力を失った男の身体がふらつき、地面へと倒れていく。

 鈍い激突音と共に、どろりとした赤黒い液体が地面に広がった。


「ちっ……しまった、これだと靴が汚れるか。だがまあいい。それよりも、そこの男よ」


 呼びかけに、殴られていた男が薄っすらと目を開けた。

 おそらくは少し前から意識が戻っていたのだろう。


 状況を理解しているらしく、その口元がゆっくりと笑みを形作り――


「――阿呆が」


 直後に、何かが破裂するような音と共に、赤黒い液体が周囲へと飛び散った。

 叩きつけた自らの足を眺めながら、不機嫌そうに鼻が鳴らされる。


「助かるとでも思ったか? 敗者である貴様が助かるわけなかろう間抜け」


 それから再度鼻を鳴らすと、不機嫌さを隠しもせずに椅子にまで戻り、どっかりと腰をかける。

 そしておもむろに、赤黒い液体が滴っている腕を持ち上げ――


「――おい、舐めろ」


 その言葉に、わっと人影が群がった。

 まるで飢餓寸前の時に与えられた食料の如く、持ち上げられた腕に集まってはその液体を舌で舐め取っていく。


 それらは女であった。

 身体には布一つ纏ってはおらず、生まれたままの姿を晒している。


 だがその顔は決して楽しげではない。

 笑みは浮かんではいるものの、明らかに引き攣っており、その瞳には恐怖すら浮かんでいた。


「ふんっ……兄弟でどちらかが死ぬまで殴り合いをさせるという考えは、思いついた時には面白いと思ったものだったが、実際にやってみればこんなものか。これならば互いに犯させでもした方が……いや、汚いだけだな。それにどうせなら、兄妹でやらせるべきか。まあ、先に俺が存分に犯してからではあるが……どうせならば兄の目の前で、というのも一興か? あとは――」


『――随分と好き勝手やっているみたいだな』


 聞こえた声に、その人物――イザーク・ベリタスは、驚く素振りを見せることはなかった。

 女達の姿を眺めながら、どことなく呆れたような声を出す。


「なんだ、来てたのか? さっさと声をかければいいだろうに、そこまで面白い見世物だったか? オレとしてはいまいちだったんだが」

『面白い、というのとは少し違うな。どちらかと言えば、興味深い、という言葉の方が正しい。――無論、その対象はお前だがな』

「はっ、なるほどそっちか。なんだよ、なんか文句でもあんのか? オレはオレのやりたいようにやってるだけだぜ? 言われた通りに、な」

『無論、文句などあるわけがない。だから言ったはずだ。興味深い、とな。以前のお前はそうではなかったのだから。そうだろう? ――ベリタス王国第二王子』

「――はっ」


 自らを示す言葉に、イザークは鼻を鳴らした。

 くだらない、とでも言いたげに。

 おそらくは、過去の自分を、だが。


「第二王子、か……そう呼ばれてた頃のオレは、本当に馬鹿だったよなぁ。だがだからこそ、オレはテメエに本当に感謝してんだぜ? なあ――悪魔」

『……そうか。感謝されて悪い気はしないが、私はそれほど大したことはしていないと思うが?』

「んなわけねえだろ? テメエは俺にこの力と……何よりも、方針を与えてくれたんだからな」

『方針……? そんなものを与えた覚えはないが?』


 それは事実であった。

 確かにソレはイザークへと力を与えはしたものの、やったことというのはそれだけだ。


 何かをしろと言った覚えはなく、精々が好きに生きろと言っただけであり――


「その好きに生きろって言葉こそが、オレには重要だったのさ。オレはそれまでずっと、誰かの言われた通り生きてきたからな。だがんなことをする必要はなかった。殺したいと思ったやつは殺していいし、犯したいと思ったやつは犯せばよかった。オレはずっと、自分の欲を抑えて生きてきてたんだってことを、テメエにその言葉を言われるまで分かってもいなかったのさ。まあもっとも、あの頃のオレがんなことをやろうとしても力がなくて出来なかっただろうがな」

『そうか……まあ、お前が好きに生きるというのであれば、私から言うことは特にない』

「はっ、そうかよ。言われなくてもオレは好き勝手やってるぜ? まあつっても、オレだけで楽しむのもそろそろ限界だから何かしようとは思っちゃいるがな。それに次期国王のオレが一人だけで楽しむってのも何だしな」

『既に言った通りだ。お前の好きにするがいい。それがお前の望んだものであるならば、私は心の底から歓迎し、祝福しよう』


 その言葉は本心であった。

 だからこそ力以外は何も与えていないのだし、イザークが一見豹変したように見えるのも、本人がそう望んだというだけのことだ。


 本人が望むのであれば、本当に国を現在の自分達の身の丈にあったように再編することも出来ただろう。

 だが彼がそう望むことはなかった。

 イザークが望んだのは今の自分であり、そしてそれでいいのだ。


 己の望むことを、望むままにやればいい。

 その結果世界は滅ぶことになるだろうが、それで何の問題があるというのか。


 少なくともイザークは、その瞬間満足したまま死ぬに違いない。

 そうしてその時にこそ、世界が滅びるのは正しいことだということが証明されるのだ。


『……その証明のため、お前は好きに生きるがいい』

「あ? 何か言ったか?」

『なに、お前が楽しそうで何よりだと言っただけだ』

「はっ、そうかよ。まあ正直今はそれほどじゃねえんだがな。本当に楽しいのはこれからだぜ? お楽しみも残してることだしな」


 そう言ってイザークは、何かを期待するように口の端を吊り上げた。

 本人はそれほどではないと言ってはいるが、その様子は十分楽しげだ。


 しかしそれでこそだと、呟く。

 そうでなければならない。


 このまま世界の滅亡にまで突き進んでくれることを望みながら、ソレはただジッと自らが選んだ男のことを眺め続けるのであった。

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