元最強、現在地の現状を知る
家の外に出ると、人気のなかった村に幾つもの人影が現れていた。
不安交じりのざわめきが溢れ、人々の顔には焦りがあり、また強張ってもいる。
そしてその目がソーマ達の姿を捉えた瞬間、見知らぬ者だという事に気付いたのか、あるいは既にソーマ達がやってきたということそのものは知っているのか。
瞳の中に明確な敵意を灯し、まるでお前達が連れてきたんだろうとでも言いたげに睨みつけてきた。
「ふむ……まあ、こうなるのが普通であろうな」
「そうね……まあ、状況を考えれば、誰だってそう考えるでしょうね」
そしてだからこそ、ソーマ達がここで手を貸す必要があるのだ。
それだけで疑惑が払拭出来るとは思わないが、少なくとも違うのではないかと思わせる程度のことは出来るだろう。
あとはそこから少しずつ信用を勝ち取っていけばいいのである。
ここで一体何をしているのかは分からないものの、これから協力していくつもりはあるのだ。
ならばなるべく不和の目は早々に潰しておくべきである。
まあ、それはともかくとして――
「……なるほど、確かに人類種以外が多いようであるな」
ざっと眺めただけでも、大半の人物が人類種以外の特長を備えている。
外に出てきたのは十人程度ではあるようだが、ある者は背中から羽根が生えていたり、ある者は尻尾が生えていたりと、一目で他種族だと分かる者も珍しくはない。
確かに人類種以外の者達が集まって出来た村ではあるようだ。
そんな中にセシルは向かっていくと、それぞれから話を聞いている。
どうやら具体的に何があったのかを聞いているようだ。
「っと……そういえば、セシルは人類種であるな?」
「……そういえばそうね。しかも、村長やってるのよね?」
別にそれをおかしいとは言わないが、人類種以外が多いのであれば人類種以外の者がやる方が自然のような気はする。
それに、セシルは正直若い。
ソーマ達よりは年上だろうが、おそらくは二十歳前後といったところだろう。
何か知っているかとシーラへと視線を向け、だが首を横に振られた。
「……私が会った時には、既に村長だった」
「ふむ……まあ、それも後で聞いてみるであるか。話次第では必要なくなるかもしれんであるが」
と、そんなことを話していると、セシルが戻ってきた。
その顔色は悪く、状況はよろしくないということが一目で分かる。
「とりあえず、詳しい状況は分かったのであるか?」
「そうでありますね……一先ず侵入者はいないようであります」
「それにしては顔色がよろしくないみたいだけど? むしろそれよりも悪いとでも言いたげね?」
「さすがでありますね。……周囲を警戒していた者達の話によれば、つい先ほどこの村の周辺に五十人ほどの集団が現れたそうであります。しかもその動きは、明らかに何かを探しているようだ、とも」
「……ん、見つかった?」
「少なくとも、近くに村があるということは気付かれていると思うであります。それと、見つかるのも時間の問題だとも思うであります」
「ふむ……ちなみに、この村に張ってある結界というものはどんなものなのであるか?」
「単純な隠蔽系の結界であります。そこにあるのに気付けないというだけでありますので、空間的に隔離されているというわけではないであります。ただし隠蔽は隠蔽でも最高峰のものでありますので、そこにあったことに気付けても中へ侵入することは難しいであります」
「具体的な侵入方法は? 難しいって事は不可能ってわけじゃないってことよね?」
「はいであります。何らかの方法で結界を無効化されてしまった場合は侵入されてしまうであります。ただそれ以外ならば、住人に案内でもされなければ入ることは不可能であります」
「なるほど……我輩達が入れたのはだからであるか」
だが確かにそういったことであれば、この状況はまずそうだ。
相手が侵入出来るかは分からないが、少なくとも人海戦術を使えばいつかは村の場所が特定されてしまう。
そして特定されてしまえば、終わりだ。
相手は村の周囲を見張っていればいいだけだからである。
この村には畑などもあるようだが、さすがに全てを自給自足でまかなうことは出来まい。
じわじわとなぶり殺しにされるか、一思いに殺されるか。
この村に残された未来は、そのどちらかしかなかった。
もっとも、この村が何故隠れているのか次第ではまた他の選択肢も存在するだろうが――
「ところで、この村はそもそもどうして隠されているのである?」
「……そうでありますね、本来はもっとじっくりと話すべきなのではありますが……言っている場合ではないでありますね。この村は、元々レジスタンスの秘密基地の一つだったのであります」
「レジスタンス……?」
「まあ実際にはそこまで言ってしまうと少し大げさなのではありますが……ベリタスは人類種以外が不当に扱われているでありますからね。奴隷扱いならばまだマシな方で、家畜扱いやそれ以下の扱いであることも珍しくないであります。そのことに憤りを感じ、抵抗することを選んだ人達が集まって出来た組織、といったところでありましょうか。中には人類種以外の人達を保護していたりもしていて、ここはその一つだった、というわけでありますね」
「ふむ……過去形で語っている気がするのであるが?」
「もう五年以上前の話でありますからね」
「五年以上前って……ああ、なるほど」
「……ん、ベリタスでゴタゴタが始まった」
訴えるにしても何をするにしても、屋台骨が揺らいでしまったらそれどころではない、ということなのだろう。
そして当然のように、そこで話が終わっていたら今こんなことになってはいないはずだ。
「それで……本来であれば、そのドサクサに紛れて国外に逃げることも出来たのでありますが……皆、そうしないことを選んだのであります。元々この村含め、まがりなりにも組織として活動することが出来ていたのは、王子の一人が支援してくれていたからなのであります。それで、その恩を返すということで、皆はその王子を支援することを選んだのでありますよ」
「ふむ……ベリタスには確か三人の王子がいて、今はそのうちの誰が後を継ぐかということを決めるという形で内乱が起こっているのであったか?」
無論それだけではなく様々な要因が合わさったことによるものだが、少なくとも中心はそこにある。
誰かが後を継ぐことに決まれば自然と内乱も収まり、逆に言えば誰が後を継ぐか決まらなければ内乱が収まることはあるまい。
かつての栄光が忘れられず、それを求め続けることこそベリタスの進むべき道だと主張する第一王子。
かつての栄光は既に取り戻せないと判断し、現在の自分達の身の丈にあった再編をすべきだと主張する第二王子。
諸国だけではなくベリタス内部でもこの二人が有力だと目されているという話であり、そのことは第一と第二の王子が何を主張しているのかということは聞いた事があるのに、第三王子がどんな主張をしているのか、ということをまったく聞いた事がないことからも分かる通りである。
「……第三王子は、二人とはまた別の主張をしているであります。今まで通りでなければ、現状維持でもなく、この機会にこの国をよりよい形にしたい、と主張しているであります」
「へえ……? そういった話は初めて聞いたけれど、ベリタスでは知られている……というわけではなさそうね」
「なるほど……支援してくれていた王子というのは第三王子ということであったか」
セシルの様子からそう判断したのだが、間違っていなかったようだ。
推測されることは予想通りなのか、セシルは驚く素振りを見せることもなく頷いた。
「はいであります。ですが、ご存知のように第三王子にはそれほど力も影響力もないため、実質的には第一と第二の王子が一騎打ちとなっている形であります。とはいえ、諦めているわけでもないでありますから、自分達はそんな両者が争っている隙に両者から利益を掠め取っている状況でありますね」
「ふむ……下手をすれば両方から睨まれそうな状況であるな」
「でもそれほど影響はないし、何よりも互いの相手が忙しいから見逃されている、っていう感じかしら?」
「……で、ありますね。正直色々な意味で情けないのでありますが、正面からやりあったら確実に負けるでありますから、妥協するしかないであります。ただ、同時に邪魔をしているのも確かでありますから……」
「……ん、見つかれば、潰される」
つまりは、それが現状、ということらしい。
他の選択肢などは存在しない、ということだ。
とはいえそれも、やってくる者達を撃退する方法が存在しないのであれば、の話である。
「まあ要するに、遠慮なく撃退して問題ない、ということであるな」
「そういうことになるわね」
そうすれば役立つことも証明出来るし、一石二鳥だろう。
セシルはどことなく不安そうではあるが、こちらの実力が分からないのだから当然ではある。
だが。
「心配する必要はないのである。我輩これでもそこそこ腕に自信あるであるからな」
「あんたがそこそこだったら、この世界に実力者なんてものは存在しなくなるわよ」
「……ん、同感。……だから、心配しなくていい」
やはりソーマ達の言葉よりもシーラの言葉の方が効果があるのか、不安そうにしながらも、セシルはゆっくりと頷いた。
まあ、その不安は無用のものだということを、すぐに証明すればいい話だ。
「さて……それでは、軽く蹴散らしてくれるであるか」
そうすれば、先ほどから向けられ続けている視線も、少しは和らぐだろう。
そんなことを考えながら、ソーマはアイナとシーラを連れ、村の外へと向かうのであった。
 




