とある組織の壊滅
薄暗い部屋の片隅で、男は息を殺し潜んでいた。
このまま逃れようと思ってのことではない。
隙を突き、反撃するためであった。
既に同志が何人残っているのかは分からない。
だが一人でも生き延び、儀式を完遂すれば、自分達の勝ちである。
何故よりにもよって今日襲撃を受けたのか、ということは気になるが、これも神の与えたもうた試練、ということだろう。
つまりこれを乗り越えさえすれば、我らの主が今度こそ世界を統べるということだ。
そう考えれば、やる気も湧いてこようというものであった。
だが、その時だ。
カツンと、すぐ傍で足音が聞こえ、止まる。
自然と、身体が強張り、力が入った。
「ふむ……これだけ探し回っても他に見つからないってことは、あれで全部だったのか? 合計で八人。見るからに怪しいやつらだったが、一体何してやがったんだか。……ま、潰し終わったんだし、何を企んでたところで問題はないな。さて、あとはどうするか……別の場所を念のために探るか、このまま帰るか……」
だが寸でのところで、その影は踵を返した。
後二歩……いや、一歩でも近付かれていたら気付かれていただろうに……やはり神は我らの味方なのだと、男は口元を緩める。
そのまま一歩、足音が再開した。
無防備な背中が去っていこうとしているのを視界に捉え、口元が吊り上がっていく。
それは二重の意味で、悲願の成就を果たせるからであった。
男はその影を――女を知っていた。
十年以上前の戦で、見かけた……否、遭遇したのだ。
そしてあの時の結末もまた、今日と同じであった。
しかしあの時と今日とでは、明確な違いが一つある。
あの時男は逃げ隠れていることしか出来なかったが、今日はこうして女を殺す事が出来るのだ。
あの時誓った復讐を果たせ、さらには我らが主の復活も叶う。
何と素晴らしき日かと、歓喜に心を躍らせながら、男は一気にその背中へと飛び込んだ。
必殺の意思を込め、手に握った短剣を突き出し――
「死ね、黒銀の――」
「――間抜け。そんなに殺気を駄々漏れにしときながら、私を殺せるわけがないだろ?」
瞬間、何が起こったのか分からなかった。
「……えっ?」
気が付いたら下半身の感覚がなく、何故だか女の姿が上下逆さまに見えていた。
いや、そもそもの話、どうして逆さまとはいえ、女と正対しているのかということであり……その凍てつくような視線を眺め、ようやく理解する。
自分が、上下に真っ二つに斬り飛ばされたのだということを、だ。
「っ……おのれ、黒銀の、戦姫……!」
だがそれでも、最後まで女を睨みつけ。
直後に、何かが自分の身体を縦に走っていった、という感覚を最後に、男の意識は永遠の闇の中へと落ちていったのだった。
真っ二つにした男が地面に落ち、赤黒い液体を周囲に広げていく光景を前に、カミラは何とも言えない表情で溜息を吐き出した。
正直に言ってしまえば、最後の一撃は必要なかった。
あの前の時点でどう考えても助かるはずがない状態だったのだから、当然だ。
だが忌まわしい名を久しぶりに耳にし、そのまま放っておくことなど出来なかったのである。
「ったく……我ながら女々しいもんだな」
そんな自分に呆れ、再度溜息を吐き出す。
黒銀の戦姫とは、十年以上前、カミラが魔族達との戦に積極的に関わっていた頃に、敵から付けられた名である。
おそらくその理由は、自分の髪の毛の色と、あとは好んで身につけていた鎧の色が銀だったからだろう。
そうしたことは、珍しくもない……いや、よくあることであった。
脅威と感じた相手に二つ名を与え、その危険さを共有する。
これはどこでも当たり前のように行われていることであり、しかしその際相手の名前が分からないなど日常茶飯事だ。
何よりも、ただ名前を呼ぶのでは分かりづらいということもあって、分かりやすい名が付けられる。
そしてその命名規則は、相手の特徴となっているのが基本だ。
特に髪の毛の色は、ほぼ無条件で入る。
これはその危険度が一発で分かりやすい――髪の色は、その者の才能を表すとされているからだ。
様々な髪の色は、それぞれ得意とする方向性を指し、中でも黒は別格の扱いを受ける。
全方面に関しての才能を有する、とされているからだ。
実際これは、迷信というわけではない。
相応の研究結果が出ていることだし、少なくともカミラに限って言えばその通りなのだ。
カミラが覚えているスキル、覚える事が可能なスキルをあげ、その解説も加えていけば、ゆうに一時間は時間が潰せることだろう。
それこそが、カミラが上を目指せると思っていた理由であり……また、ソーマの才能が、確信されていた理由でもある。
本人の言動や、優秀さを示していたのもそうだが、ソーマがかつて天才扱いされていたのには、そういったことも一因としてあるのだ。
まあそれが仇となって、現在のようになってしまったとも言うのだが。
それさえなければ、きっともっとマシな扱いをされる可能性もあった。
ソーマがいない扱いを受けているのは、単に才能がないことが示されてしまったことだけが理由ではなく、そうしなければならないほどに大袈裟に扱ってしまっていたからでもあるのだ。
ともあれ、何にせよ、その名はカミラにとって黒歴史なのである。
未熟だった自分を思い出し、思い出したくもないことが蘇ってしまう。
だから一刻でも早く排除したかったと、そういうことだ。
閑話休題。
「さて、と……これで本当にこっちは片付いたか?」
さっきのは相手を油断させ、簡単に処理するための芝居だったので、本当に気付いていなかったわけではない。
ざっと調べてみるも、これ以上の気配は感じないので、これで全てということだろう。
場所が場所故に、本当に何を企んでいたのか、ということは気になるものの、まあそういったことは後回しだ。
もう既に潰したのだから、気にする必要はないことでもあるし……何より、全てが終わったわけではない。
リナ達の救助に行ったソーマと合流することこそが、最も重要なことでもあるのだ。
「にしても、陽動の必要はあんまなかったかこれは?」
そう、何故カミラがソーマと分かれてこんなことをしているのかと言えば、本来は陽動のつもりだったのである。
カミラが引っ掻き回し、その間にソーマがリナ達を救出。
適当なところでカミラが撤退し、そのまま脱出、ということを予定していたのだが……蓋を開けてみれば、ご覧の有様だ。
撤退も何もカミラは相手を全滅させてしまったし……何よりも、ソーマの向かった方向から、肌を震わせるような、強い力を感じている。
離れていたところで、これほど感じるのだ。
おそらくは、カミラがここで相手をした全員を合わせたところで、それの小指ほどにも及ばないに違いない。
「というよりも、失敗したか? これは、下手をすれば……」
冗談交じりで言っていたことではあったが、この感覚にカミラは覚えがあった。
かつて一度だけ目にしたことのある、魔天将。
それは彼女に滅ぼされたわけだが……その時に感じたものと、似通っているように思えたのだ。
ソーマであれば、早々に後れを取るとも思わないが――
「……ちっ。とりあえず、行ってみるしかないか……私でも、何か出来る事があるかもしれないしな」
しり込みしそうになる心を叱咤しながら、カミラはその場所へと向けて急いだ。




