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元最強、ベリタスに足を踏み入れる

 遠方を眺めながら、ソーマはふと目を細めた。


 視界に映っているのは一面の荒野であり、人影一つ見えない。

 分かりきっていたことではあるが、思わず溜息を吐き出した。


「ふむ……確かに聞いていた通り、特に異常はなさそうであるな。そもそも以前の状況が分からない以上は、厳密には異常があるのかすらも分からないわけではあるが」

「まあそれでも、おかしなところがないのは確かよね。あくまでも今のところは、ではあるけど」

「で、あるな」


 傍らで同じように荒野を眺めているアイナの言葉に頷きながら、さてと呟く。

 これからどうしたものか。


 その場を見渡してみるも、本当にそこにあるのは荒野だけだ。

 人以前に動物自体がおらず、木々すらも見かけない。


 あるのは土と岩だけであり、ただそれだけが広がっていた。


「ま、とりあえずは……先に進んでみるであるか」

「そうね、今のところ分かったのは、あくまでもここでは異変は感じられない、ということだけだもの」

「うむ、ベリタスで一体何があったのか、少しでも情報を得られなければ、わざわざここに来た意味がないであるからな」


 そんなことを言いながら、ソーマ達は足を一歩前に踏み出す。


 そこに具体的な何かがあるわけではない。

 地面に線などが引かれているわけではないし、目印となるような何かがあるわけでもないのだ。


 だがそれでも、そこは境となっている場所であった。

 皇国とベリタスとを区別するための場所――即ち、国境だ。


 ソーマ達は今国境を跨いだのであり、そうしてソーマ達はベリタスへと初めて入国したのであった。


「さて……一先ず探すべきは村などであるかな。ある程度大きめの町などを探してもいいのであるが……」

「まあ、最初は村でいいんじゃないの? あの光がこっちではどうだったのか……どんな風に見えていたのか、そして影響があったのかなかったのか、そういうのは小さいところからの方が探りやすいもの」

「怪しまれやすいような気もするのであるが……ま、その辺はやり方次第であるか。あるいは何も情報を得られないかもしれないであるが、それはそれで情報になるわけであるしな」


 無論何か決定的な情報が得られればそれが一番なのだが、さすがにそう上手くはいくまい。

 というか、それほど簡単に済む話であれば、ソーマ達がこんなところにまで来ることはなかっただろう。


 ソーマ達がこんなところ――ベリタスにまで来ているのは、当然と言うべきか、今から二週間ほど前にベリタスで起こった何かを調べるためであった。


 二週間前のあの日、皇国に住むほぼ全ての者達がベリタスの方角から立ち上る光を見ている。

 ソーマ達はちょうどその時ヴィクトリア達と今後についての話し合いをしていたのだが、あまりに唐突な出来事にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべたほどだ。


 しかし問題だったのはそこではない。

 確かにあれが何だったのかを完全に理解出来る者はその場にいなかったが……問題になったのは、少しだけでも理解出来た者がいたということである。


 各々が何が起こったのかを思案している最中、ヴィクトリアがぽつりと零したのだ。

 あれが何なのかは分からないが……おそらくは、悪魔が何かをしたのだろう、と。


 ヴィクトリア曰く、悪魔の力を借りたことはないが、悪魔と契約を交わしたからか多少ではあるがそういったことが分かるらしい。

 そしてヴィクトリアが見たという光からは悪魔のものだと思われる力を感じた、ということのようだ。


 ただ、確証があるわけではないと本人は言っていたものの、ヴィクトリアと契約を交わした悪魔がベリタスを警戒していたことなども考えるに、その可能性は高い。

 実際ソーマも最も可能性が高いだろうと考えていたし、他の皆もそうだったようだ。


 さらには、情報を集めるに従い、その可能性はより高まっていく。

 通常の手段で何かをしたと考えると、少々規模が巨大すぎたからだ。


 何せ、ベリタスの方角から立ち上る光を見たという者は、当時意識のあった全ての者だったからである。

 さすがに寝たりしていた者は見ていないようだが、それでも何かを感じた気がする、などという証言が得られているあたり相当だ。


 勿論本当に全員から話を聞けたわけではないため、もしかしたら見ていないというものもいるのかもしれないが、少なくともヴィクトリア達が調べた範囲では例外は存在しなかった。


 しかも興味深いのが、光を見て受けた印象が様々だったということだ。

 神々しく感じたという者もいれば畏怖を感じたという者もおり、それだけでも単純な現象ではないということが分かる。


 だが同時に困惑することとなったのは、それだけでしかなかったからだ。

 何かが起こったのは分かるが、特に目に見えた何かがあったわけではないのである。

 国境付近を見張っていた者達も光は見たが、それ以上の何かがベリタス側で起こっているのは確認できなかった。


 無論何もなかったことそのものは安心でもあるのだが、それだけで済ますわけにはいくまい。

 国境の警備をさらに厳重にする、程度で収めるには、起こったことの規模が大きすぎた。


 もっとしっかり調べる必要があり、かといって生半可なものではどうなるか分かったものではない。

 ソーマ達が……というか、ソーマがその任を負う事になったのは、そういう理由からであった。


 もっとも、任を負ったとは言うものの、半ば以上は自ら志願したことでもある。

 これが他の国で起こったことならばどうしたかは分からないが、ベリタスは皇国だけではなくラディウスとも国境を接しているのだ。

 ベリタスに何かがあったのならばラディウスにまで影響が及ぶ可能性があり、調べないわけにはいかない、というわけであった。


 とはいえ、先に述べたように、本来その任を受けたのはソーマ一人である。

 アイナはどちらかと言えば勝手についてきた、という形になるのだが――


「……何よ人の顔をジッと見て。まさかまだあたしがついてきたことに文句があるんじゃないでしょうね?」

「まあ無論言いたい事はあるであるがな。何が起こるか分からんのであるから、皇国で待っていた方が安全であろうし」

「安全かどうかなんて、分からないじゃない。彼女達は確かにこっちに付くとは言ったけど、完全な味方になったわけじゃないのよ? そんな場所にあたし一人で待ってろって言うの?」


 と、いうことらしかった。


 さすがに考えすぎだとは思うが、言っていることに一理あるのも事実だ。

 それに要は、何かあったところで守りきればいいだけのことでもある。


 ジト目を向けてくるアイナに、肩をすくめて返した。


「分かったのである。まあつまりは、我輩がしっかりアイナの傍で守っていろ、ということであるよな?」

「ま、まもっ、って……べ、別にそういうことじゃ……」

「ふむ……それにしても、そういうことならば着替える必要もなかった気がするのであるが?」


 そう言ってソーマが首を傾げたのは、アイナが着ている服がメイド服ではなかったからだ。

 いつも通りの見慣れたものではあるのだが、最近はむしろメイド服の方を見慣れ始めてきたからか僅かに違和感すらある。


 だがそんなことを言っていると、先ほどよりも強い視線を向けられた。


「ベリタス行くっていうのに使用人の服着てたらおかしいでしょうが……!」

「いや、中にはそういう者もいるのではないであるか? それに少なくとも我輩は眼福であるしな」

「が、眼福、って、だ、だからそういうのはいいって言ってるでしょ……!? そ、それにっ、さすがにあれじゃ旅をするのに不向きよ……!」

「ふむ……確かに、そう言われてしまえばその通りではあるか。うーむ、本当に似合っていたであるから残念なのであるがなぁ……」

「だ、だからそういうのは……!」


 と、そんな話をしていた時のことであった。


 反射的にソーマは左側へと視線を向けると、目を細める。

 そしてさすがというべきか、アイナもそんなソーマを見てすぐに何かがあったのだということに気付いたようだ。


 顔を引き締めると、鋭い視線を向けてきた。


「……何かあったの?」

「まだそうと決まったわけではないであるが……まあ、おそらくは見逃したら寝覚めが悪くなりそうなものではあるであるな」


 五人程度の集団が一つと、多分それに追いかけられているのだろう人物が一人。

 しかもその追いかけられていると思われる人物は、子供だ。


「そ。なら、助けにいかないとね」


 ソーマの感覚に引っかかったものを伝えれば、何でもないことのようにアイナはそう返してきた。

 一応ソーマ達はベリタスを探りに来ているのであり、あまり騒ぎなどを起こすべきではないのだが、そんなことは知ったことかと言わんばかりである。


 異論はなかった。


「そうであるな。ただ少し離れているであるから、急ぐ必要はありそうであるが」

「なら急ぎましょうか。後で追いつくから、先に行ってていいわよ?」


 つい先ほど安全とは限らない皇国に一人でいたくない、といった旨のことを言ったアイナが、やはり何でもないことのようにそう告げる。

 安全かも分からないという意味ならばここも相当だとは思うのだが、どうやらまるで気にしていないようだ。


 そこで口元を緩めたのは、とてもらしい、と思ったからである。

 だから、そんなアイナの期待に沿えるよう、ソーマは頷く。


「うむ、ではちと行ってくるのである」


 そして、今も気配を捉え続けている者達のいる方角へと視線を向けると、そのまま全速力で駆け出すのであった。

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