元最強、事態解決の為に動く
「――いやいや、そこで熱狂するのはおかしいであろう」
遠くから、それでもはっきりと届いてくる声に、ソーマは呆れながら呟いた。
無論この国の事情は全て知るわけでもないし、むしろ知らないことの方が多いのだろう。
だが明らかに間違っているのは事実だ。
というか、そもそも話の流れがおかしい。
「皇帝が不要とかその辺までは分からんでもないであるが、何故そこで世界を皆で滅ぼすことになるのである」
「事前に皇帝がその辺の説明をしていたとしても、それならそれで今までがおかしいものね。皇帝とかだけならばともかく……自分から死へと向かうことを肯定出来る人はそういないでしょうし」
無論まったくいないということはないだろうが、大半はそうではないはずだ。
むしろ大半がそうであったのならば、それは間違いなく異常である。
「とはいえ、現にそうなってもいるのよね……。あのランベルトとかいうのが何かしたのか、それとも以前から何かされてたのか……」
「ふむ……おそらくではあるが、以前から、と考えるべきであろうな」
「なによ? そう言えるってことは、何か掴んでるってこと?」
「まあ、確信を持って言えるほどではないであるがな」
「ふーん……」
相槌を打ちつつも、アイナがそれ以上聞いてくる事がなかったのは、必要ならば話すはずだと思っているからだろう。
実際話す意味は特にない。
これからやることに違いがあるわけではないからだ。
「それで、これからどうするつもりなのよ? 皇帝の姿が見えないのはどうやらあのランベルトとかいうやつのせいみたいだし、言っちゃえばこれってお家騒動でしょ? むしろ何もしない方がいい気もするんだけど……」
「いや、そういうわけにもいかんであろうな」
「……どうしてよ? 元々皇帝とは敵同士なんだから、何かをする必要はないわよね?」
皇帝を助けに行く、とでも言うと思ったのか、アイナが疑惑の視線を向けてくる。
だがソーマはそれに肩をすくめて返した。
「別にそんなことを言うつもりはないであるが……」
「……あるが、何よ?」
「なに、さっき言われたであろう? 魔王も不要、と」
「確かに言ってたけど……まさか」
「まさかも何も、不要だから見逃してくれる、と考えるのは甘いと思うであるぞ? そもそも自分達の手で世界を滅ぼすとまで言っていたわけであるしな」
どの道戦う必要があるのならば、より有利な状況で戦おうとするのは当然のことである。
そしてここで戦う以上に向こうによって有利な状況などはあるまい。
「ま、それで我輩を倒せるかはまた別の話ではあるが……」
「見逃す理由はもっとない、ってわけね。はぁ……ま、あんたと一緒って時点でそのうちこんなことになるんじゃないかと思ってたから別にいいけど」
物凄く心外ではあったが、実際に事が起こってしまっている以上は文句など言えるわけもない。
故に再度肩をすくめ――
「さて……ところで、アイナに少々この場を任せてしまってもいいであるか?」
「はい……? え、任せるって……あんたは?」
「我輩ちょっと行ってくるところがあるのでな」
ソーマの言葉に、アイナは当然のように訝しげな視線を向けてくる。
まあ、逆の立場だったらソーマも同じような目を向けていると思うので、当然ではあるだろう。
「……まあ、何か理由があるのは確実なんでしょうけど、そもそもここを任せるって意味が分からないんだけど? だってここ、ただの客室よね? あたし達が持ち込んだ私物なんて一つもない」
「そうであるな。ただし、我輩達のために割り当てられた部屋である。ならばこの国で我輩が戻って来る場所といったら、ここしかないであるからな」
言いたいことが分かったのか、あるいは単純に呆れただけなのか。
アイナは溜息を吐き出し、それでも請け負ってくれた。
「分かったわよ。あたしはここで待ってればいいんでしょ?」
「うむ、任せたのである。まあ、それほど時間はかからんとは思うであるが……こればかりは我輩の都合だけでどうにかなることではないであるからな」
そもそも全てを把握しているわけではなく、まだ半分程度は推測の段階だ。
正直情報が足りていないのである。
皇帝の様子から何かが起こるにしてもまだ先だと思っていたのだが……いや、それは所詮言い訳にすぎないか。
しかしだからこそ、今回の件は半分ぐらいはソーマの失態だと思っている。
ソーマが動こうとしているのは、そうした理由もあるのであった。
とはいえ、情報が足りていない以上は、今からやろうとしていることが間違っている可能性もある。
だが、何もやらなければ間違いなく後悔することになる、という確信だけはある以上、やらないわけにはいくまい。
間違っていた場合は……その時はその時だ。
「さて……全て上手くいってくれるといいのであるが」
実際にどうなるのかは、神のみぞ知る……否、神ですら知らぬ、か。
果たしてあの神は今回の件をどこまで把握し、理解しているのだろうかと、そんなことを思いながら。
ソーマは一先ずその部屋を後にするのであった。
言葉は聞こえていた。
今も増し続けている熱狂も届いているし、何も思わないほど枯れているわけでもない。
だがそれでも、エトヴィンにとってそれらはどうでもいいことでしかなかった。
エトヴィンは結局のところ鍛冶師だ。
槌を振るい、モノを作ることしか能がない。
興味がないわけではないが、それしか出来ないのだ。
ならばひたすらにそうするしかあるまい。
そうしていて分かっていたことだが……いや、あるいは最初から分かっていたのか。
気分屋などという言葉は、ただの誤魔化しにすぎなかったというだけのことだ。
それはつまるところ、ただ自信がなかったというだけのことなのである。
不安から来る現実からの逃避だ。
自分の打つものは理想に届く事がないのではないかということを、考えたくなかっただけであった。
槌を振るっている間は、余計なことを考えない。
余計なことを考えないからこそ、この先どこまでいけるのかということを感じ取ってしまうのだ。
それが嫌で、望むものが出来ることはないと認めたくなくて、気分屋などという言い訳に逃げていたのである。
ならばどうして今槌を握り、振るっているのかと言えば、そのことに気付いてしまったからだ。
突きつけられてしまったからである。
あの日あの時、理想とするのと同種の剣を見てしまった瞬間から。
目を逸らすことなど出来なくなってしまったのだ。
だから必死になって槌を振るう。
それしか出来ないから。
望みそのものを見せられて、掴もうともせずに諦められるほど、エトヴィンは器用に生きることは出来なかった。
槌を振って振って振って、槍を打つ。
外では歓声が上がっている。
熱狂が広がっている。
知ったことかと、槌を振るう。
本当は、自分もその流れに乗った方がいいのかもしれない。
それが正常だと、頭の中のどこかが囁いてくる。
しかし、正常など知ったことではなかった。
そもそも正常を望む人間が、理想などを追い求めるかという話である。
それでもあるいは、こんな時ぐらいはやめてもよかったのかもしれない。
どうせ周囲は熱狂に浮かれ、誰一人としてこんな槍などを求めはしないだろう。
頭の片隅の冷静な部分が、そう囁く。
だが。
理由はない。
理屈もない。
敢えて言うのならば、魂が叫んでいるだけだ。
こんな時だからこそ、これは必要とされている、と。
だから、ただひたすらにエトヴィンは槌を振るう。
そんな中で……ふと、エトヴィンの頭を疑問が過った。
ところで――自分はこの槍に、どんな理想を乗せていたのだっけか、と。
浮かんだ疑問は、しかしそのまま炉の中に溶け、消えていく。
その疑問に意味などはないということを、知っていたからだ。
頭で忘れていようと何だろうと、この腕が知っている。
ならばそれだけで何の問題もなかった。
鉄が弾け、火花が散る。
いつかの誰かの願いと想いを練り込み、鍛え上げ。
槌を振り下ろした先で、周囲の熱狂に何一つ劣ることない、甲高い、澄んだ音が響いた。




