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元最強、皇帝から依頼を受ける

 広々とした部屋であった。


 天井にはシャンデリアが吊らされ、床には絨毯が敷かれている。

 意匠の凝った像や絵画なども飾られており、ただその全てはたった一つのものを際立たせるためのみに存在するものだ。


 部屋の最奥、一段高くなった場所に存在している椅子に座る人物こそが、その対象である。

 紫紺の髪と同色の瞳を持つ、女性――ヴィクトリアその人であり、即ちそこは玉座の間であった。


 とはいえ、迎えるものは誰もおらず、ヴィクトリアはそこに座り虚空を眺めるばかりである。

 否――厳密に言うのであれば、一人と一体か。


『……確かに、基本的には貴女に全て任せています。ですが、これは本当により良い未来を手に入れるために必要なことなのですか?』


 大気を震わせない声は、ヴィクトリアにのみ届いている。

 故にこそ何物にも遮られずに届くとも言え、だがその事実をこそ鬱陶しそうにヴィクトリアが僅かに顔を顰めた。


「無論、だからこそやっているのだ。それとも、妾が信じられぬ、と?」

『そうは言いませんが……一日だけならばともかく、そのまま数日も魔王を留まらせるなど。気が付いた時には貴女の首が胴から離れている、という事態も有り得るんですよ?』

「ふんっ……その時はその時よ。天運がなかったと思い、諦めるしかあるまい」


 ヴィクトリアがそう呟いた瞬間、僅かに繋がった先で感情の揺れがあったのを感じた。

 もしも顔を突き合わせていたら、片眉あたりでも吊り上げていたかもしれない。


『……それほどまでに、魔王の力は強大だったのですか?』

「確かに、それもある。このまま妾達が足並みを揃えたところでどうしようもないと思ったのを否定はせぬよ。二人目は協調など考えられぬ有様であり、三人目は決めたものの接触すら未だしておらぬと聞く。そして最後の一人に至っては、そもそも見つかってすらおらぬのであろ? まともなのが妾だけという有様であってはな」

『それは……不甲斐ない限りではありますが』

「別に責めてはおらぬよ。だが、だからこそ今しばらくは妾の好きにしてもいいのではないか、と言っておるだけでな」


 言葉は返らず、沈黙だけが返る。


 だがだからこそ、それが雄弁な答えであった。


「さて、言いたいことは以上か? 妾も忙しい身なのでな、あまり其方ばかりに構っているわけにはいかぬ。まったく、其方と話すためにはここかあそこでなければならぬ、などという余計な制約がなければ、もっと融通を利かせることが出来たであろうにな」

『……貴女、変わりましたね』

「む? そうか?」


 本気で心当たりがないらしく、ヴィクトリアの首が僅かに傾げられる。

 しかしそこに続くのは、明確な肯定だ。


『はい。以前までの貴女でしたら、もっと色々なことに無頓着でいて、且つ余裕がなかったでしょう』

「清々しいまでの言い方だな。しかしだとするならば、よいことなのではないかと思うが?」

『……そうですね。貴女という一個人からすれば、間違いなく良い変化でしょう』

「ふむ、ならば何の問題もないな。で、あろ?」

『……はい』


 頷きを聞く前に、ヴィクトリアは歩き出していた。

 忙しいというのは実際事実なのだ。


 大国であるという時点で、いつもと同じ日々を過ごすだけでも処理せねばならないことが膨大な数存在している。

 しかも今は色々なことへの準備の真っ最中なのだ。

 処理せねばならないことはさらに増え、それは皇帝である彼女も変わらない。


 それに――


「今日はちとあやつに頼もうと思っていることがあるからな。さすがにこれは他の誰かに任せるわけにはいくまい」


 その声が僅かに弾んでいたことを、果たして本人は自覚していたのか否か。


 だが指摘する者がいなければ同じことだ。

 そのまま足取り軽く、ヴィクトリアは玉座の間を後にする。


 残されたのは、静寂ばかりであり――


『……変化とは、必ずしも好まれるとは限りません。特に、誰にとっても、という意味ならば、尚更。いえ、そもそもの話――貴女は、好まれてはならない存在であった。で、ある以上――』


 聞く者がいない声は、静寂を乱すことすらない。

 初めからなかったのと同じように、何かに対して影響を与えることなく、ただそのまま消え失せたのであった。












 特にこれといって何かが起こるわけでもなく、平和で幸せそうな日々を眺め、三日ほどが過ぎた時のことであった。


 ――城の兵達の訓練をして欲しい。


 そんなことをヴィクトリア直々に頼まれたのは。

 そしてソーマが城の中庭へと向かっているのは、それに対する返答故であった。


「……ねえ、よかったの? って、少し前にも同じようなこと言った気がするけど」


 その道中でアイナから向けられた言葉に、ソーマは肩をすくめて返す。

 何に対してかは無論、兵達への訓練を快諾したことに、だろう。


 だが問題があるか否かで言えば、何の問題もなかった。


「訓練をするということは、皇国の戦力を知れるということであるしな。どうなるか分からん以上相手の戦力を知っておくのは悪いことではないであるし、多少訓練をしたところで急激に伸びるわけもあるまい。仮にそうなったらそうなったで、我輩以外の誰かがやったところで同じであろうしな」


 何故わざわざソーマに頼んだのか、というところは気になるところではあるが、それも含めて受ければ分かることだろう。


「それに、ここ三日街中の者達の様子は探れたであるが、それ以外はいまいちだったであるしな」

「ああ……まあ、あたし達は一応客人ってことになってるけど、あまり城内を出歩くわけにもいかないものね」


 城内の者と接触する機会があるのは食事時だけであり、かといってその時も接触するための切欠があるわけでもない。


 そう考えれば、兵達と確実に接触出来るこの機会は、むしろありがたくもあった。


「今のところ何故あやつが世界を滅ぼそうとしているのかについては、実は破滅願望者であった、というのが最有力になってしまっているであるしな」

「本当に何もそれっぽいもの見つからないものね……」


 そしてそれに対抗する手段として最有力なのが、ヴィクトリアを暗殺することである。

 それ以外の答えを示そうとするのならば、ここらで何か情報の一つでも入手したいところであるが――


「問題があるとすれば、そもそも我輩が兵達に受け入れられるのか、ってところであるな」

「魔王云々やら世界云々がどこまで知らされているのかは分からないけど、少なくともあんたは他国の人間だってことに違いはないものね」


 しかも間違いなくソーマは大半の兵達よりも年下だ。

 皇国の兵達の序列がどう決められているのかは分からないが、少なくとも良い顔はされまい。


 ――と、そんなことを思っていたのだが。


「――総員、我らに訓練をつけてくださる教官殿に敬礼!」


 名称的には中庭となってはいるが、千人を超える兵達が訓練を行っているそこは、かなりの広さがある。

 そして広いそこに散らばっていた兵達が、ソーマがその場に現れると同時に一斉に集まり、敬礼をしたのだ。

 正直かなり驚いたものであった。


 ちなみにこの世界の敬礼とは、簡単に言ってしまえば、拳を作った右手を心臓付近に当てる動作を示す。

 新兵が慌ててしまい心臓の上を叩いて苦しんだ、などというのは共通して語られる馬鹿話だ。


 厳密には右手の角度などが決まっているのだが、そういう細かいのはいいだろう。

 そんな動作を、一糸乱れぬとはさすがにいかなかったが、かなり揃ってやられたのである。

 壮観と言っていい光景であり、扱いは教官ということになったのかとか、そういった感想は浮かんだものの、しかしソーマが驚いたのはそういったことではない。


 見るからに年下の若造を見る目に、明らかに敬意が宿っていたからである。

 しかもそれは、新兵だと思しき者達も同様だったのだ。


 どう言い聞かせたところで、人はどうしたって第一印象は見た目を基準としてしまうものである。

 だがそんな様子が誰一人としてなく、それは即ちそれだけの教育がなされているということだ。

 そのことにこそ、ソーマは驚いたのである。


 しかしソーマが口の端を吊り上げたのは、だからこそでもあった。

 どうせやるのならば、やり甲斐があるに越したことはない。

 そういうことだ。


 ソーマにわざわざ頼むなどどんな有様かと思ったし、これはこれでどうしてソーマにわざわざ頼むのかといったところではあるが……それはそれである。

 さて、まずはどうしたものかと考えながら、その場を見渡しつつ、ソーマはどことなく楽しげに目を細めたのであった。

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