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元最強、皇都に泊まる

 正直なところ、正気かと言いたいところであった。


 とはいえ言わなかったのは、さすがにまずいだろうと思ったとかそういうことではなく、その目を見たからだ。

 相変わらず感情を感じさせない目ではあったものの、正気か否かを察する程度ならば容易い。


 結果、間違いなく正気だと感じたからこそ、口を開いて出てきたのは別の言葉だったのであった。


「……それは、我輩がほんの少しでも頷く可能性があると思っての言葉なのであるか?」

「いや……? そうだったのならば、妾も楽だったのだが……まあ、可能性としては微塵もあるまいよ」

「可能性はないって分かってるのに言ったってことは……そういうことでいいのかしら?」


 普通に考えれば、手を組むとは思っていないのにそう告げてくるということは、恭順を示しているということではある。

 要するに、強要だ。

 だからアイナの雰囲気が物騒なものになったのも、当然のことではある。


 だが。


「アイナ、さすがにそれは短絡的というか、物騒な方向に考えすぎであるぞ? まあ、分からんでもないであるが」


 敵陣のど真ん中に放り込まれている真っ最中なのだ。

 何があるか分からないと警戒するのは当然だし、気が立ちやすくなっているのも仕方がないことではある。


 しかしさすがにここでぶっぱなされては、それこそ戦争一直線だ。


「とはいえ、どういうつもりなのかは確認したいところではあるであるな。……無論、本当に今すぐ戦争を行うつもりだというのであれば、受けて立つのもやぶさかではないであるがな」

「ふむ、それはそれで一興ではあるが……まあ、やめておくとしよう。妾の思いつきに皇国の民全てを巻き込むわけにはいかぬからな」


 たとえ何があったとして、一挙手一投足を見逃すつもりはない。


 そんな意気込みでヴィクトリアの様子を探っていたのだが、まったく動く気配すらなかった。

 となると、本当に一戦交えたりするつもりはない、ということでいいのだろうか……?


「ふむ……まあ、無理ないことだとは思うが、本当に今日のことに他意はないのだぞ? この国の素晴らしさを分かち合ってもらい、其方と手を組みたい。それだけを目的としたことだ」

「……どうにもそこからよく分からんのであるが、それで汝は何をしたいのである? てっきり汝は悪魔と手を組んでいるのだと思っていたのであるが……」

「うん? 組んでいるぞ? それがどうかしたか?」

「どうかしたか、って……むしろ何でそれでどうもしないと思ったのよ?」


 一旦収まりかけたアイナの剣呑さが復活したが、今度はソーマも抑えようとは思わなかった。

 怪訝に思ったのはソーマも同じであるし、警戒心が増したのも同様だ。


 あるいは悪魔と手を組んでいたというのはこっちの勘違いだったのだろうか、とも思ったのだが……どうやらそんなこともないようである。

 だがとなると、余計不可解でしかないのだが――


「まあ、今はまだ理解されずとも仕方あるまいよ。だが其方ならば、必ずや理解してくれるに違いない。少なくとも妾は、そう確信しているぞ?」


 感情の見えない目で、変わらず微笑を浮かべながらそんな言葉を口にするヴィクトリアのことを、ソーマは目を細めつつ眺めるのであった。












 とりあえずヴィクトリアがこちらと即座に敵対するつもりはなさそうだということだけは分かったものの、それで一先ずの問題が解決する、ということにはならなかった。

 根本的に問題があるとか、そういう話ではない。

 もっと別の、それでいて致命的な問題が発覚したのだ。


 ソーマ達が聖都に帰れないという問題が、である。


 ヴィクトリアが帰そうとしないとかいう話ではなく、物理的な話だ。

 かつ、時間的な話でもある。


 要するに、聖都に帰るには歩いて帰らなければならない、ということであった。


 当たり前と言えば当たり前の話ではあるが、ソーマ達がどうやって皇国に来たのか、ということを考えれば、その当たり前が通用しないということも分かるだろう。

 だがヴィクトリア曰く、あれは完全に一方通行なのだそうだ。

 送り返したりは出来ず、元の場所に戻るには自力で戻るしかない。


 しかし、皇都案内が終わっていた時点で、ほぼ夕刻だったのだ。

 今では当然のように日は沈みきり、夜の帳が下りてしまっている。

 今から聖都に帰るのは、現実的ではないと言わざるを得なかった。


 単純な魔物の脅威とかであるならばどうとでもなるが、地理が分からない上にソーマ一人ではないのだ。

 どう考えてもここまで想定されてのことではあったが、こうなれば相手の思惑通りに動くしかない。


 ソーマ達が皇都に泊まっていくことが決まったのは、そういう理由によるものであった。


 まあとはいえ、ここまでの展開は読めていたと言えば読めていたし、むしろ比較的マシな方だったかもしれない。

 ソーマが想定していた中では牢屋に繋がれるといったものなどもあったのだ。

 それに比べれば、部屋を用意してくれるというのだから、随分とマシではあるに違いない。


 少なくとも、本当にそのまま送り返されるよりは、遥かにマシだ。


「送り返されるよりはって……何でよ? それが一番良いに決まってるでしょ?」


 と、用意されたという部屋に向かいながらそんな話をしていると、そう言いながらアイナが首を傾げた。


 確かにそれは、正しいと言えば正しいものではある。

 ソーマ達が聖都に戻ることだけを考えれば、最もマシであるのは事実だ。


 だが。


「それはつまり、聖都と皇都の間を自由に行き来できるし、行き来させられる、ということであるぞ?」

「……あ」


 その危険性に気付いたのか、アイナは軽く目を見開き、ついで顔を青ざめさせた。


 まあ、当然ではある。

 つまりそれは、自由に聖都を襲撃可能だということなのだ。


 それがどれだけ恐ろしいものであるのかは言うまでもなく、しかしソーマは肩をすくめた。


「言ったであろう? それが可能であったのならば、と。不可能と言った以上はそれに関して考慮する必要はないであろうよ」

「……何でそう言い切れるのよ? 嘘吐いてるかもしれないじゃない」

「意味がないであるからな。それが可能であることを隠すよりも、示す方が遥かに効果が高いであるし」


 確かにいつでも襲撃が可能なのかもしれないと思えば疲弊はするものの、それだけだ。

 そんな悠長なことをする前にさっさと襲撃してしまえばいいのだし、それを可能だということを示すだけで大半の者達の士気を砕く事が容易に出来る。

 ここで伏せる意味は特にないのだ。


「というか、そもそも強制的に転移させることですらそうポンポンと出来るわけがないであるしな。あるいは隠している事があるとすれば、それは一方通行どころか一度使ったらしばらくは使えない、といったところであろう」

「……確かに、一方通行だろうとポンポン使われたらたまったもんじゃないわよね。エレオノーラさんとかが連れてこられたら、それだけで大変だもの」

「まあ実際それはないであろうがな」


 やるやらないの問題ではなく、可能不可能の話だ。


 サティア曰く、神殿内部は完全にサティアの支配下にあるため、外部からの干渉は全て弾くようになっているらしい。

 そしてエレオノーラは万が一のことを考えて神殿にこもっているため、外からはどうにかしようがない、というわけだ。


「……でも考えてみると、どうして今だったのかしらね?」

「というと?」

「それこそ戦争が始まってからソーマを転移させちゃえば、大混乱に陥るでしょ?」

「戦争になった場合我輩がどういった役目を負って何をしているのかは分からんであるが……まあ、少なからず混乱は起こるであろうな。ただその場合、自陣に敵を呼び寄せるだけになる気がするであるが?」


 それは自爆と大差あるまい。


 無論、全てを承知の上で行うのであれば、相応の備えをするだろうが、一歩間違えば危険そのものでしかないことをわざわざやるかという話である。


「まあ、正直なところ、何とも言えない、といったところであるな。そもそも戦争中にやられていたら、普通に抵抗していたであろうしな」

「……そういえば、あんた気付いてたっぽいわよね。むしろ、何であの時は抵抗しなかったのよ?」

「簡単に言ってしまえば、規模と影響力を計れなかったから、であるな」

「規模と影響力?」


 たとえば、ソーマ達二人だけではなく、周囲の者達全てを無作為に転移させることが出来るのだとしたら。

 あるいは、街の一角丸ごと転移可能だとしたら。


 その対処が確実に可能だとは、さすがのソーマも断言することは不可能だ。


「下手に抵抗して無関係な者達を巻き込むわけにはいかんかったであるからな。アイナを結果的に巻き込むことにしたのも同じことである。逃がそうとしたところで見逃してくれるとは限らなかったわけであるしな。それよりは傍に置いておくべきだったと思ったのである」

「ああ……あの時謝られたのって、そういう意味なのね」


 そういうことだ。


 あの時アイナのことは逃がそうと思えば逃がすことも出来た。

 可能性で言うのならば、そのまま逃げられた可能性の方が高かったはずである。


 だが万が一のことを考え、逃がすことをしなかったのだ。


「なら必要ない謝罪ね。そこで逃げろなんて言われたところで、結局あたしは従わなかったと思うもの」

「……そうであるか。では、ありがとうと言っておくべきであるか?」

「何か言われる前に強制的にだったんだから、それはそれで変な気もするけど?」

「確かにであるな」


 そんなことを言いながら、何となく顔を見合わせ、笑みを漏らす。


 そしてそこで、ああやはり感謝で正しかったなと、そんなことを思った。


「ところで、これからどうするつもりなの?」

「さて……明日になり次第、といったところであるか? とりあえず今日泊まるよう言われはしたものの、明日はどうするとか言われなかったであるしな」

「確かに……だから自由だって考えるのは早計かしらね」


 一応情報収集をする当てはあると言えばある。

 ソーマ達は今、部屋に案内されているのだ。

 即ち、そのための人員が存在している。


 しかし、先ほどからこちらのことを気にする素振りも見せず、淡々と先を歩いているだけな様子を見るに、望み薄といったところだろう。

 ならば今は下手なことはせず、明日を待つべきだ。

 どうせ今動こうと明日を待とうと、大して変わりはしまい。


 目配せをし、意思を共通すると、頷き合う。

 これからどうなるかは分からないものの、何とかなるだろうし……ならないというのならば、してみせるだけだ。


 だだっ広い城の廊下をアイナと共に歩きながら、その先を眺めつつ、さてどうなるやらと、ソーマは一つ息を吐き出すのであった。

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