表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
312/391

元最強、現状について話し合う

 どうしてそういうことになったのか、ということはまるで分からないが、それでも一つだけはっきりしていることがある。

 どうやら皇帝は、少なくとも今は自分達と敵対するつもりはない、ということだ。


 アイナと二人、ご機嫌な皇帝の後を歩きながらソーマはそんなことを考えつつ、一つ息を吐き出した。


「む? どうした魔王よ? もしや何か気に入らぬことでもあったのか? ならば早く言うがいいぞ? 可能なことであれば何とかしてやろう。何せ妾は皇帝だからな!」

「別に気に入らないことはないであるが……気になることはあるであるな。……今我輩達が歩いているここは、おそらく皇城なのであるよな?」

「無論だ。先ほどの謁見の間からまだ外に出てはおらぬからな」

「ああ、やっぱりさっきのところは謁見の間だったのね。で、そうなるとあたしも一つ気になる事があるんだけど……今あたし達が歩いているここって、隠し通路かなんかじゃないの?」


 アイナが口にしたことは当然の疑問というか、ソーマも気になっていたことであった。


 今ソーマ達が歩いているのは、通路の一角だ。

 ただし人一人が通れるかという程度に狭いという時点で明らかに普通の通路ではない。


 いや、それを言ったらそもそもここに入ったのは先ほどの謁見の間だという部屋からなのであるが、あの部屋にあった二つの大きな扉のどちらも使うことなく、皇帝が立っていた場所の後ろにあった椅子を退かし、その下から現れた階段を使ってやってきた、という時点で普通でないのは明らかなのだが。


「まあ、あそこから外に出るには、ここを用いるのが最短であるからな。そもそも普通の通路を使ったら妾が外に出られぬし」

「この皇帝ちょっとフリーダムすぎる気がするのであるが?」

「あんたがそれ言う?って言いたいところだけど、さすがに今回ばかりは同感かしらね……」


 つまりこの皇帝は現在絶賛城から抜け出し中というわけだ。

 しかも本来ならば敵対すべき自分達を連れて、知らせてはならないだろう隠し通路を使って、である。


 未だに何故自分達がここに連れて来られたのかも分からないままであるし――


「ふむ……まあ、害があるわけではないであるし、とりあえずしばらくは付き合ってみるであるか」

「結局はあんた次第なんだし、あたしも異論はないけど……ヒルデガルドさん達には心配かけそうね」


 心配どころか、大混乱ではないだろうか。


 ついこの間聖都の中で悪魔が出たと思ったら、今度は聖都の中で誘拐事件が発生したのだ。

 しかも連れ去られた先は皇国である。


 ヒルデガルドかエレオノーラならば自分達が連れ去られた先を特定するのは難しいことではないだろうし、しばらくは気付かずとも、遅くとも夜になればおかしいということに気付くだろう。

 そこで行方を探れば、即座に分かるに違いない。


 ただ、問題はそこで彼女達がどう出るか、といったところか。

 連れ去られたのがソーマとアイナだけであることを考えれば、エレオノーラやサティアが動くかどうかは何とも言えないところだ。


 まだ明確に魔王を匿っているということも、支持するということも、聖都側は発表していない。

 実質皇国が喧嘩を売った形となっているとしても、動くかは微妙だろう。


 何よりも準備はまったく整っていないはずだ。

 だからより正確には、動きたくとも動けない、といったところに違いない。


 むしろ聖都よりも動く可能性が高いのは、ディメントだろうか。

 何せ使者として聖都に滞在させておいた王女が皇国に連れ去られたのだ。

 戦争を仕掛けるには十分過ぎる理由だろう。


 とはいえ、ディメントの根回しは未だ全然であり、魔族に対する嫌悪感も消えてはいない。

 他の国が便乗してディメントを殴ってくる可能性は高く、これまた実際に動けるかは何とも言えないところだ。


「ふむ……結論を言ってしまえば、混乱は起こるであろうが、即何かが起こることもなさそう、といったところであるか」

「そんなことは関係なくヒルデガルドさんだけは飛んできそうな気がするけど?」

「アレは……来るかもしれんであるなぁ」


 何せ既に前例がある。

 聖都に殴りこみに行くも皇国に殴りこみに行くも似たようなものだろう。


「……ま、その時はその時、といったところであるか。そもそも我輩達がこれからどうなるのかも分からんわけであるしな」

「……そうね」


 小声でそんなことを話しながら、ひっそりと周囲を伺う。

 狭くグネグネ曲がっている道は、何処に向かっているのかということを限りなく分かりづらくさせている。

 地面には僅かに傾斜もあり、どうやらグルグルと回りながら下の方へと向かっているようだ。


 謁見の間がどんな場所にあったのかが分からないので、外に行くにはそうする必要があるのかもしれないが、そうでない可能性もある。

 外に向かっているなどというのは嘘で、実際には別の場所に向かっている、という可能性も有り得るということだ。


 いや、むしろ本当に皇帝がここまでフリーダムな人物なのかということを考えれば、その可能性の方が遥かに高く――


「お、ようやく外に出られそうだぞ? まったく、真っ直ぐいければすぐだというのに、これだから隠し通路は駄目なのだ。まあ一番駄目なのはこれでも最短だということなのだが……ぬぅ、やはり皇帝の特権を使って外に簡単に出られる隠し通路を作るべきかもしれぬな」


 そうしてぶつくさと呟く皇帝の先には、行き止まりの壁があった。


 しかしそれに対して何かを思うよりも先に皇帝が壁に触れ、ゆっくりとその壁が真横に動いていく。

 やがてポッカリと、人一人が通れる程度の隙間が出来、皇帝は躊躇なくその奥へと進んで行った。


 その先に何があるのかは、不思議なことに分からない。

 皇帝が触れたことで壁が動いたことといい、どうやらアレは一種の魔導具のようだ。


 問題なのは、単純に先が見えないだけなのか、あるいは転移するのか、というところだが……。


「ふむ……このまま逃げるというのもありと言えばありであるか」

「そうね、あたしもありだとは思うわよ? あんたにそのつもりがないってことを考えなければ、の話だけど」

「……ふむ。何故分かったのである?」


 確かにソーマは、ここで逃げるということをまったく考えてはいない。

 それが最も確実で安全だということを理解していながら、だ。


「だってあんた、何だかんだ言いながらも、あの皇帝はあの性格が素だって判断してるでしょ? ならここで逃げるわけがないじゃない」

「……ぬぅ。我輩そんな分かりやすいであるか?」

「さあ? 他の人がどうだかは知らないわよ。でもあんたと一体どんだけ一緒にいると思ってんのよ? その程度のことが分からないわけないでしょ」

「……なるほど、確かに言われてみれば、我輩も大体アイナが何考えてるか分かるであるな」


 ならば当然かと納得していると、顔を赤く染めたアイナから睨まれた。


「そ、それはいいから、とっとと行くわよ! あんま待たせるわけにはいかないでしょ!」

「ふむ……それもそうであるな」


 言いながら肩をすくめ、壁のあった場所へと足を進める。

 先の見えない、薄い膜のようになっている場所へとそのまま足を踏み入れ――何事もなく、通り過ぎた。


 瞬間、顔を照らした眩い光に、反射的に目を細める。

 そして。


「ほぅ……?」


 直後に視界に飛び込んできたのは、沢山の人通りであった。


 聖都も人が多かったものだが、あっちとはまるで人の種類が違う。

 あるいは活気が、と言うべきだろうか。

 どの顔にも自然な笑みがあり、今を楽しんでいることがよく分かる。


 何を話しているのか分からないほどに沢山の声が飛び交い、入り混じり、だがやはり楽しそうに会話をしていることだけは分かった。


「ふふん、どうだ?」


 声に視線を向ければ、そこには得意気な顔で胸を張る皇帝がいた。


 その姿にソーマが苦笑を浮かべたのは、どうやら自分の考えが正しかったようだということであり――


「これが、妾の皇国だ!」


 自慢げな声を聞きながら、どうやら皇帝とは、本当にフリーダムな存在であるらしいと、そんなことを思うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●GCノベルズ様より『元最強の剣士は、異世界魔法に憧れる』の書籍版第六巻が発売中です。
 是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、コミカライズ第五巻が2021年5月28日に発売予定です。
 こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ