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魔族と魔王 前編

 目覚めた直後に分かったことは、眼前に薄闇が広がっている、ということであった。

 少しの間ボーっとしていると、次第に目が慣れ、そこにあったのが石の天井だということに気付く。

 見覚えのないそれに、どういうことだろうと寝ぼけた頭で考え――アイナはそこで完全に目が覚めた。


 同時に思い出したのは、意識を失う直前に何があったのか、ということだ。

 慌てて身体を起こせば、そこは天井と同じような材質で作られた部屋であった。


 ただ単なる石で出来た部屋だと思わなかったのは、右側に広がっていたそれのせいである。

 それは間違いなく、鉄格子であった。


「……ということは、ここって牢屋、ってこと?」

「みたいなのです」

「――っ!?」


 思わず漏れた独り言に期せずして言葉が返り、驚き振り向く。

 そしてそこに居た人物に、アイナはさらに驚き目を見開いた。


「リナさん!?」

「はい。おはようございますなのです、アイナさん」

「う、うん、おはよう……じゃなくて!?」


 アイナの脳裏に蘇るのは、吹き飛ばされ、全身を投げ出した格好のリナだ。

 意識を失っていたその姿は、まるで死んでしまったかのようにも見え……だがこうして眺める限り、傷一つないように見える。


 勿論薄暗いため、それが確定したわけではないが、とりあえず無事と分かり安堵の息を吐き出した。


「……よかった。無事なのね?」

「……まあ、何を以って無事と言うかによりますけど、とりあえずわたしは元気なのです。とはいえ正直、何故ここにいるのか、ということはよく分かっていないのですが。誰かに襲われたけど、衝撃を殺しきれずに意識を失った、ということは覚えてるのですし、それを考えれば、多分攫われたのだろうとは思うのですけど……アイナさん、何か知らないのです?」

「……っ」


 瞬間思い出すのは、アルベルトの放った言葉だ。

 魔王が――父が望んだ。

 それを考えれば、攫われたというのは間違いなく……だがやはり、信じられない。


 あの人は、そんなことをする人ではないのだ。

 それは自信を持って言え……では、どういうことなのだろうか。


 と、そこまで考えたところで、ある可能性が思い浮かんだ。

 そうだ、それならば、この状況も納得出来る。


 それはつまり、こういうことだ。

 確かにあの人は望んだのかもしれない。

 例えば、アイナに戻ってきて欲しいとか、そういうことを。


 ただしそれは、強引に連れて来いという命令ではなかった。

 だがアルベルトはそう解釈してしまった、ということならば……こういうことも、ありうるだろう。


 魔天将は実力だけではなく、魔王に対する高い忠誠心も必要と聞く。

 それは十二貴族の半数の推薦が必要ということからも分かることであり……なら、その高い忠誠心があだとなって、ということも有り得るのではないだろうか。


 というより、それ以外には――


「……アイナさん? どうかしたのです?」

「――あ。う、ううん、何でもな……いえ、そうね。もしかしたら、こんなことになった理由を知ってるかもしれないわ」

「え、本当なのです!?」


 一瞬、誤魔化そうかと考えたが、アイナはそれを止めた。

 リナは既にアイナが魔族だということは分かっているのだ。

 勿論、それ以上のことは知らないだろうが……いや、本来はそれだけで十分のはずなのである。


 しかしリナのアイナに対する態度は、やはり何も変わっていない。

 それは、魔族だと知った上で、アイナを受け入れてくれたということだろう。

 否定された時のことを思うと、怖くて確認は出来ないけれど……それでも、これ以上隠し事をしたくはなかった。


 だから。


「――え、ま、魔王の娘なのです!?」


 自分の出自と、現状の推測を語ると、リナは驚きの声を上げた。

 まあそれは当然のことだろうが……だがそこに嫌悪などの感情は、やはり見られない。

 あるのは純粋な驚きであり、次いで納得したように頷く。


「はあ……ですが、なるほどなのです。そういうことならば、確かにわたしも有り得ると思うのです。ただ……」

「ただ?」

「どうしてこんなところに入れられているのかと、わたしも連れて来られた理由が分からないのです」

「……そこなのよね」


 特に問題なのは、リナだ。

 アルベルトは、リナのことを生贄などと言った。

 予想外の収穫、などと言ったことも覚えている。


 だがそれは、どう解釈したところであの人が望むことではないし、許すことでもないのだ。

 或いはこの場にリナが居なければ、アイナを連れて行くためのブラフだとも考えられたが……この状況では、それも考えにくい。


 となると、本当に……?

 いや、だが、そんなことは……。


 と、あーでもないこーでもないと悩んでいる時であった。


「――どうやらお悩みのようですし、私がお答えしましょう」

「っ!?」


 声に視線を向ければ、いつの間にそこに来たのか、鉄格子の向こう側に、アルベルトの姿があった。


 黒いローブを纏った姿は、先ほど見た時と変わらないはずだが、薄暗い中に立っているからか、アイナの目には何処か不気味に映る。

 思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……それはつまり、どうしてわたしがここに連れて来られたのか、という疑問に答えてくれる、ということなのです?」


 そうして躊躇しているうちに、リナが先に言葉を投げかけていた。

 アルベルトはそれに、素直に頷く。


「はい。とはいえ、あなた方が今話していた通りですよ? あなたは、生贄としてここに連れて来られたのです」

「そんな……そんなこと、父様が許すわけないでしょ……!?」


 その言葉に、反射的に叫んでいたアイナであったが、対するアルベルトの反応は予想外のものであった。

 何を言っているのか分からないとばかりに、首を傾げたのだ。


「……はい? 姫様は何をおっしゃって……ああ、いえ、なるほど。そういうことだったのですか」


 しかしすぐに納得いったとばかりに頷くが、当然こちらとしては訳が分からない。

 そういう態度で煙に巻くつもりかと睨みつけ――瞬間、ビクリと身体が震えた。


 アルベルトが、笑ったからだ。

 ……いや、嗤った、と言うべきか。

 その吊り上がった口元は、明らかに嘲笑するようなそれだったのである。


「……やれやれ。まったく、姫様もですか。困るのですよね、そういう勘違いをされると」

「……勘違い、って、何をよ」

「決まっているではないですか。あんな男が魔王に相応しいと私達が思っているということを、ですよ」

「……え?」


 何を言っているのかが、分からなかった。

 だって、それではまるで――


「私達は、あんなのを魔王などと認めてはいないのですよ。我々が魔王様と認めるのは、今も昔もたった一人だけです。……まあ、魔天将の中にも、あんなのを魔王と呼ぶ愚か者もいますが、魔王様が復活さえすれば、自分がどれだけ愚かであったのか、ということにすぐ気が付くでしょう。もっともそんな愚か者に魔天将が勤まるわけもないですから、当然降格させますが。本当は今すぐしたいのですが、新人の私にそんな権限はありませんからね。まったく、本当に嘆かわしいことです」


 今の魔王が――アイナの父親が魔王となったのは、ほんの十年ほど前だと聞いている。

 前魔王が滅ぼされたからこそ、新たな魔王として立つこととなったと。


 そう、アイナの父親は、最初から魔王だったわけではなく、ずっと魔王だったわけでもないのだ。

 最近代替わりを果たしたばかりであり、そのせいもあって反発している者もいる、ということはアイナも知ってはいた。


 だがまさか……そう、まさかである。

 魔天将の中にもそんな者がいるなど、予想外すぎることであったのだ。


 しかしショックを受けながらも、アイナはアルベルトの発した言葉の中に気になるものがあるのに気付いていた。

 それは決して無視することの出来ないことであり、冷静になるよう自分に言い聞かせながら口を開く。


「……あんたが魔王様って呼んでるのって、前魔王ってことでいいのよね?」

「……ですから、魔王様という存在は今も昔も彼の者一人だけだと何度言えば分かるのですか?」

「そういうのはどうでもいいのよ。つまり、そういうことでいいのね? でも、前魔王は滅ぼされたはずだわ」

「ええ、その通りです。忌々しいことに、ですが」

「……それが復活するって、どういう意味よ?」

「言葉通りの意味ですが? 魔王様はこれから復活なさるのです。そのために、これまで様々な準備をしてきましたからね」


 ――死者蘇生。

 それは確かに、不可能ではない、とは言われている。

 だが実質的には、ほぼ不可能だったはずだ。


 それをどうやって――


「……いえ。生贄って、まさか……」

「まさかも何も、それ以外の用途などないでしょう? 勿論普通の生贄では、どれだけ積み上げたところで魔王様のお役になど立ちません。ですが、ギフトホルダー――特級スキルの保持者であれば、何とかなるでしょう。しかも、二人もとなれば、尚更です」

「二人もって……そう、やっぱり、そういうことなのね」

「ええ。姫様、あなたも魔王様のための生贄となるのです」

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