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幕間 天の上に立つべきモノ

 アルカナム大陸中央部に位置する大国、ユピテル皇国。

 世界で最も古くから存在する国だと言われることも多い国だが、実際のところこれは比喩などではなく事実である。


 ユピテル皇国が建国されたのは、今から約千年前のことだ。

 その中にはユピテル皇国よりも優れた文明を持っていたり、栄えたりしていた国もあったが、その悉くは滅びている。


 これは別にユピテル皇国が何かしたわけではなく、勝手に滅んでいっただけだ。

 盛者必衰と言わんばかりに、内側から腐っていったり、外部から攻め滅ぼされたりと、いつだって最後に残るのはユピテル皇国なのである。


 それは、今この時代も変わらない。

 ほんの二十年ほど前までは、最も栄えていると言われていた国はベリタス王国だったというのに、今や彼の国は風前の灯だ。

 おそらくはあと数年も持たずに消えてなくなることだろう。


 そしてそれに関しても、当然のようにユピテル皇国は何もしてはいない。

 ユピテル皇国は、皇国を統べる皇帝は、知っているだけだ。


 天の上に立つに相応しいのは唯一自分だけであり、真に優れた国はユピテル皇国を除いて他に存在しないということを、である。


 これを大言壮語とは言い切れまい。

 事実としてユピテル皇国だけは、千年の時を途切れさすことなく紡ぎ続けて来れたのだ。

 それは即ち、約五百年前に起こった大断絶、俗に呼ばれる空白期すら乗り越える事が出来たということである。


 そしてついには、この世界で最も栄えている国とすら呼ばれるまでに至ったのだ。

 それまでに積み上げてきた様々なもののことを思えば、にわかには否定しがたいことであった。


 ともあれ、そんな皇国の日常は、今日も賑やかなものだ。

 特に皇都のそれは他に比するものを見ないほどであり、初めて訪れた者はその大半が圧倒されるという。


 人の数、賑わい、扱われている品々や、あるいは人そのもの。

 それらを目にする人々は、なるほど最も栄えているとは誇張などではなかったのだなと、口々に納得の言葉を言い合うのだ。


 とはいえ、街の隅々にさえ響くだろうとその喧騒も、たった一箇所だけには届く事がない。

 それは皇都の中央に位置する、最も貴き者の住まう場所だ。


 皇城であった。


 そこだけは、喧騒の代わりに静寂と荘厳さが満ちている。

 空気すらも恐れ多いと、まるでそう言わんばかりの雰囲気がそこには広がっており――


「ふっ……それにしても、不幸な話よな」


 不意に、それを破る音が響いた。


 だがそのことを怒る者はいない。

 怒る事の出来る者はいない。

 その者こそが、自らを天の上に立つに相応しいと公言して憚らないその人であるが故に。


 皇城の最奥、最上。

 豪華な椅子に腰掛け、優雅でいながら何処となく妖艶でもある笑みを浮かべながら、それは言葉を紡いでいく。


「妾の代でなければ……あるいは、妾がここに座ってさえいなければ、我が国はまたもや何もしなかったであろうに。まあ、天が逆さになっていたら、などといった戯言と同様、意味のない仮定ではあるがな」


 妙齢の女性であった。

 歳は定かではなく、歳若いようにも、老齢のようにすら感じられる。

 外見ではなく、その纏っているモノが、明らかに常人のそれではなかったのだ。


 しかしその姿を目にしながら、何者かと問うものは存在しまい。

 それほどに、あからさまであったからだ。


 ヴィクトリア・Y・アルカナム。

 この国で……否、この世界で、大陸の名とすらなっているアルカナムの名を冠することを許されている一族は、一つのみだ。

 さらにはその場にいるとなれば、何者かなどというのは愚問以下だろう。


 ユピテル皇国の歴史上ただ一人の、そして最優と名高い、女帝であった。


「それにしても、真なる魔王とは……もう少し他の言い方はなかったのか? これでは妾が阿呆に見えるであろうに」


 だが、そんな女帝の口にしている言葉は、もし聞く者がいれば首を傾げたことだろう。

 その場にいるのは、女帝一人だけだったからである。


 他に人影はなく、言葉を返す者どころか聞いている者すらいない。

 その場にあるのは、確かに女帝一人だけの姿である。


 だというのに女帝の言葉は誰かへと問いかけるものであり、しかし誰もいない以上返すことなど出来るわけがあるまい。

 当然のように返るのは静寂のみ――とは、ならなかった。


『そう言われましても……魔王という呼び名は、正式なものですから。それを用いながら分かりやすく伝えるとなれば、そういった言い方をするのが最もよろしいかと思ったのですが?』


 相変わらず、その場には女帝以外の姿はない。

 しかしそれにも関わらず、女帝以外の声が響いていた。


 そして女帝もそれを不思議そうにする様子はない。

 それが当然だと言わんばかりの態度で、言葉を続ける。


「それはそちらの都合であろう? 妾には何の関係もない……と言いたいところだが、既に声明は出してしまった後だ。まあ、仕方なく受け入れようではないか」

『寛大なお心に感謝いたします』

「ふんっ……それで? 言われた通りのことは終わったが、妾はこれからどうすればいい? まさかやつらも額面通り受け取ることはあるまいし、聖都へと侵攻でもすれば良いのか?」


 ユピテル皇国は確かに大国であり、最も古く、また最も栄えていると言われる国だけありその影響力は絶大だ。

 それこそ聖都を凌ぐほどであり……だが皇国の民もまた、その多くは聖神教の信徒である。


 だというのに、その総本山へ侵攻すると口にするなど、とても正気とは思えないことではあるが……女帝の目は間違いなく正気であり、また真剣でもあった。

 肯定の言葉が返ってくれば、今すぐにでも実行に移したところで不思議ではなかっただろう。


 だが幸いにもと言うべきか、そういったことはなかった。


『いえ、それはまだご容赦を。まだ周囲の足並みが揃っていませんから。今あそこへと攻め入ってしまえば、日和見を決め込んだり、一時は協力しながらも裏切るものが出る可能性があります』

「時間をかけたところで、裏切りが出る可能性はあろう? いや、それどころか、裏切りを目的として近付いてくる者も出るに違いあるまい」

『はい、それはその通りです。ですが、時間を与えればその分だけ裏切られる可能性は減ります。向こう側についてしまえば、少なくともその者共からは裏切る心配はありませんから』

「……まあ、よかろう。どうせ時間をかけようがかけまいが、結果は同じなのだからな」


 その言葉には、絶大な自信と自負があった。


 そしてそれは、自惚れではない。

 ユピテル皇国が最も優れているということを自認していながらも、ヴィクトリアが女帝となるまで一度も頂点に立つ事がなかったのは、常にそう立ち回っていたからだ。


 決して目立つことはせず、また危ないことも行わない。

 大国でありながらも、二番手三番手を常に目指し続けていたのだ。


 千年もの間そんなことを続けた結果、国内には物凄い力が蓄えられることとなった。

 それは資本力であり、武力であり、世界各国に対する影響力などだ。


 それを十全に使うようになった結果が今なのだから、武力もまた相応なものを有している。

 聖都の戦力がどれほどのものであろうとも、あるいはどれだけの国が協力しようとも、皇国の敵ではないだろう。


『……確かにあなた方は強大な力を有していますが、決して油断はなされぬように。あちらにも同等に強大な力を持つ者がおりますから』

「ふんっ……第五の王に、真なる魔王。それと、元第三の王に……神自身、か」

『ええ。最後のは力を振るうことこそ出来ないでしょうが、それでも十分脅威です』

「わざわざ言われずとも、分かっておる。それと、アレらも協力する可能性があるということも、な。……しかし、アレらにまで知らせる必要はなかったのではないか?」

『いえ、最初から向こうにつくということが分かれば、対処がしやすいですから。余計なところで邪魔をされる可能性を考えましたら、最初からそう仕向けるべきかと』

「別にそれでも問題はなかったであろうが……確かに、面倒事は一度に対処すべきではある、か。それにしても、ということは、妾にはしばらくやることがない、ということになるが?」

『あなたは事が生じてからこそ忙しくなるのです。今のうちに十分英気を養っておいてください』


 実際のところ、女帝だけあってヴィクトリアは非常に忙しい。

 やることなど幾らでもあり、だがそれでも聖都に攻め入る時のことを考えればまだまだマシではある。

 その時のことを考え、今のうちになるべく休んでおくというのは道理に適っていた。


 天の上に立つべき女帝と言えども、まだ人の域から外れてはいないのだ。


「まあ、よい。何にせよ、妾のやることは一つだけなのだからな。既に滅びているはずだったこの世界を、妾の手で今度こそ滅ぼし、正常な流れに戻す。それこそが、天の上に立つ妾のすべきことよ」

『はい、その通りです。……期待していますよ?』

「ふんっ……」


 鼻を鳴らしつつも、満更でもない様子で女帝は口元に笑みを浮かべる。

 それから、先を見通すがごとく、虚空を眺めながらその目を細めるのであった。

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