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元最強、聖騎士から事情を聞く

 僅かな沈黙が、その場に満ちた。


 しかしそれは単純に、考え事をしていたからである。

 イングリッドの姿は、どこまでも真剣だ。

 嘘や冗談を言っているようにも、大袈裟に言っているようにも見えない。


 だが――


「ふむ……確か、以前村を救った事がある、と言っていたであるよな?」


 ソーマがそう口にすると、イングリッドは驚きの表情を浮かべた。


 言葉にするならば、何故、といったところだろう。

 何故その話を今するのか、ということではない。

 何故それに思い至ったのか、という顔だ。


 そしてその顔がそのまま、苦笑へと変わっていく。


「……どうして分かった?」

「イングリッドとはまだ付き合いが浅いではあるが、何の理由もなくそんなことをする人物には見えないであるしな。となれば、そこと繋げるしかないであろう?」

「なるほど……そういえば、今回の件と関係がある、といったようなことも言っていたのじゃな。つまりは……そういうこと、というわけじゃな?」

「……君達は少し鋭すぎだろう」


 イングリッドの苦笑がさらに深まり、どことなく張り詰めていた空気も抜けていく。

 やれやれとばかりの息と共に、予想した通りの答えがその口から吐き出された。


「……あの日あの時、私の両親は、悪魔に憑かれてしまった。原因は分からないし、そもそもあるのかも分からない。そもそもそれだって、後から聞いて分かったことだ。二人の死体から悪魔の残滓が感じられたらしく、時期的にも悪魔憑きがよく現れるようになったのと一致するからな。ただ、初期も初期のせいだったこともあって、まだ周知される前だった。そのせいもあって、私達には突然両親が狂ってしまったようにしか思えなかったんだ」

「それで、というわけであるか……」

「幸か不幸か、弱い悪魔だったらしくてな。当時の私でも抑えておく事が出来たのも一因だっただろう」

「ふむ……」


 ふと思い出すのは、初期の頃は聖女の対処が間に合わなかったことがある、という話を聞いた時のことだ。

 そのうちの一つがイングリッドの両親だったとしても不思議はない。


 ただ……。


「それは仕方ないことな気がするのであるが?」

「そうじゃな。たとえ弱くとも、悪魔は悪魔。放っておいたら、この村の者達がどんな目にあっていたか分からんじゃろうし」

「そうだな。確かにそうなのだろう。だがそれはそれだ。それはそれとして、私が両親をこの手で殺したのもまた事実だ」

「ふむ……そこは別に分けて考える必要はない気がするのであるが……いや、そういえば、悪魔だとは後で分かったのであったか?」

「それは関係ないだろう。悪魔だったのだとエレオノーラ様が直接この村にやってきてくれて説明してくれたのだが、村の皆の反応は特に変わらなかったからな」

「むぅ……」


 唸るように呟いたヒルデガルドが、ちらりとこちらに視線を送ってくる。

 ソーマがそれに小さく頷いたのは、言いたいことを理解しているからだ。


 しかし敢えてそれには応えずに、イングリッドの方へと視線を向ける。


「それで、虐げられるようになった、というわけであるか?」

「いや……そこまではいかなかったな。精々煙たがられていた、といった程度だろう。まあ、二年前の話だからな。私もとうに成人しており、私はこの村で唯一と言って良いほどの戦力だった。何かあった時のために私を排除するわけにもいかなかったのだろうし、単純に私に仕返しされたらと思えばそこまで邪険にも出来なかったのだろう」

「それでも、煙たがられてはいたのじゃろう? 多少ならば仕返ししようと思ったところで普通だと思うのじゃが……そういった様子はなさそうじゃな?」

「……そうだな、今思い返してみれば、不思議とそんなことはまるで考えなかったな。まあおそらくは、それ以上にここには世話になっていたからだろう。今も特に恨みにとかは思っていないしな。というか、先ほども言ったように私はそれを当然のことだと思っている。なのに仕返しなど考えられるわけがないだろう」


 そう言ったイングリッドは、自分に言い聞かせているわけでもなく、実際に納得しているように見えた。

 ならばソーマからは言える事などあるわけがあるまい。


 ヒルデガルドが再び何かを言いたげに視線を向けてきたが、やはりそれに応えることはなかった。

 ただ肩をすくめるだけである。


 そしてちょうどそのタイミングで、夕食が出来上がったという声が聞こえてきた。

 何だかんだで今日は昼食を食べ損なっていたため、それなりに腹は減っている。


 それに、話としては一段落ついたところだ。

 さらに話をするにせよ、まずは腹を満たすのが先だろうと、ソーマ達はその場から立ち上がると、夕食を食べに向かうのであった。











 結局のところ、夕食を食べ終わった後は早めに休むことにした。

 それぞれにアレ以上話すほど得られたものはなく、無駄に時間を使うよりは明日早くから行動した方がいいだろうと判断したからだ。

 村長も寝るのは早いらしく、家の中はすっかり静まり返っている。


 そしてそんな中、ソーマとヒルデガルドはソーマに与えられた部屋へと集まっていた。

 色っぽい話ではなく、先ほどの話の続きをするためだ。


 アレ以上話すことがないとは、あくまでもイングリッドと共には、という意味なのである。

 二人だけで話すことは……話さなければならないことは、存在していた。


「さて……どういうことだと思うのである?」

「まあ、結局のところは、先ほど話したのと同じ結論にしかならんじゃろう」

「で、あるな。この村の住人かイングリッド、どちらかの認識がおかしい、ということであるが……」


 どちらかがおかしいのは確実である。

 あるいは、両方がか。

 何せ、話が噛み合っていないのだ。


 ソーマ達が聞いた話によれば、村人達はイングリッドのことを煙たがっているどころか、感謝しているとすら言っていたのである。

 腕が立つため用心棒のようなことをやってくれていたし……何よりも、あの時あんな目に合わせてしまって申し訳なく思っている、などといった話も耳にした。


 その、あんな目に、というのが具体的にどんなことであるのかまではさすがに分からなかったのだが、イングリッドの言ったことが何となく分かったのはそれを聞いていたからでもあるのだ。

 だがということは、村人達は事実を語っているということでもある。


 それは、この家でのイングリッドの扱いに関しても同じ事が言えた。

 イングリッドが村長を特に例外扱いしていなかったということは、イングリッドの中では村長も他の村人と同じように自身を扱っていたと思っているということになる。


 しかし実際には、二年前に使われなくなった部屋が今も変わらず残されているのだ。

 しかも少しだけだが中を覗いてみたところ、部屋の状況は良好だったように見えた。

 あれだけ歓迎されていたことなどを考えても、煙たがられていた人物の扱いにはとても思えなかったのである。


 何よりも、少なくともソーマは村人達が嘘を言っているようには見えなかった。

 ということは、イングリッドの認識が間違っているということになるが……問題は、イングリッドの様子からはとてもそうは思えなかったということである。


 そしてその差異は、ちょっとした勘違いというだけでは有り得ないことであった。

 それこそどちらか、もしくは両方の認識に問題があるのではないかと思えるほどに。


 どちらがよりおかしいのかと敢えて限定するのであれば、やはりと言うべきかイングリッドの方だ。

 人数の違いがあるし、聖都での自身の認識の件もある。


 だがそこで断言出来ないのは、ここに二年前悪魔が現れたという話を聞いたからだ。

 それに、あの短剣があんな場所に落ちていたことや、イングリッドがこの村に対して何かを感じ取っている、ということもある。


 ソーマは悪魔についてそれほど詳しくはないのだが、ヒルデガルド曰くこの村程度ならば住人全員の認識を変化させる程度は容易いという。

 要するに、悪魔がこの村で何かをしている可能性というのが有り得るということだ。


 そんなことをしてどんな意味があるのかは分からない。

 しかし、分かっていないだけの可能性はあるのだ。


 あるいは表面的に見えているのがそれだけで、実際にはもっと大きな問題が存在している、などということも有り得る。

 つまるところ――


「ま、やることは変わらん、ということであるな」

「じゃな。どうせ何を調べるかもはっきりしとらんかったのじゃからな。色々と調べるついでにもう一つ二つ調べる事が増えただけなのじゃ」


 もちろんと言うべきか、イングリッドの勘がそもそも間違っていた、という可能性も考えてはある。


 だがそれはそれとして、調査は続ける必要があるだろう。

 そのことについて考えるのは、調べてみても何も見つからなかった場合だ。

 少なくとも今考えるべきではないし、考えたところでどうなるものでもない。


 何にせよ、やることは多そうだ。

 明日朝起きてからのことを考え、さてまずは何をしたものかと、ソーマは一つ息を吐き出すのであった。

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