元最強、村の調査を行なう
村長の家へと辿り着いたソーマ達は、一先ず何故この村にやってきたのか、ということについて話すこととなった。
もっとも、言えないことや、言わない方がいいだろうことも多い。
実際にはほとんど何の事情も伝えないも同然ということになり――
「ふうむ……つまりは、この村には戻って来たのではなく、仕事として来た、ということかのぅ」
「ああ、そういうことだ。それで、その……」
「ああ、分かっとる、分かっとる。それなら確かに村の連中の誘いにのるわけにはいかんわなぁ。儂からちゃんと言っておくから心配せんでええ」
「……すまんが、よろしく頼む」
話せたのは、仕事として来たようなもの、という、最低限どころかそれにすら届いていないようなことだけだ。
それでもあっさりと理解し受け入れてくれたのは、イングリッドの故郷だということを考えればそれほど不思議でもない。
と、少なくともソーマはそう思うのだが、やはりイングリッドは戸惑いが抜けきらないようだ。
どころか、その感情は疑念に変化しつつあるように見える。
隠してはいるようだが、ちらりとその顔を眺めたソーマの目からは、イングリッドの瞳に宿ったその色を誤魔化しきれていない。
とはいえ、それは今ここで追及すべきことではないだろう。
大人しくその場で状況の観察に努めることにした。
「では、あなた方はその同行者で、あなた方も聖騎士、ということですかのぅ」
「いや、我輩達は……そうであるな、外部の協力者、といったところなのである」
「なのじゃな。で、あるからして、あまり気を使う必要はないのじゃ。まあ、出来れば何処かで寝床だけでも貸してもらえるとありがたいのじゃが」
「ええ、それはもちろんですとも。そうですのぅ……イングリッドには始めからそう提案するつもりだったのですが、ここに泊まっていかれては如何ですかな?」
その言葉に、イングリッドは僅かに驚きの顔を見せた。
どうやらそれはイングリッドにとっては予想外のものであったらしい。
「ここ、ということは、村長の家に、ということか?」
「その方がお前もゆっくり休めるだろう? お前の部屋はそのままにしておいてあるしのぅ」
「イングリッドの部屋……? ということは、イングリッドはここに住んでいたのであるか?」
「あ、ああ……まあ、少し事情があってな」
「ふむ……そうであるか」
バツが悪そうに顔を逸らした姿からは、確かに何か事情があるのだろうな、ということが読み取れる。
もっとも、今更ではあるが……さて。
「それで、如何ですかな? 幸いにもここには儂一人しか住んでいないにも関わらず、無駄に部屋は余っております。この村を訪れる者は多いですからな。不便を感じさせない……と言うことは出来ませぬが、おんぼろすぎるということもないはずですがのぅ……」
「我輩としては問題ないどころか助かるぐらいであるが……」
「そうじゃな、ざっと眺めた限りでは、ここが最も立派なようにも見えたものじゃし」
「……そうだな。では村長、世話になる」
「ああ、そうするがいい。それで、今日はこれからどうするつもりなのかのぅ? もう遅いが、何かをするつもりなのか?」
「そう、だな……私としては、少しでもいいから仕事の方を進めたいところだが……」
そう言って視線を向けてきたのは、そっちはどうするのかと問いかけのためだろう。
とはいえ、実のところソーマ達は未だここで何をするつもりなのかを聞いてはいない。
というか、イングリッドにも何をすればいいのかは分かっていないようであった。
しかし仕事を進めたいと口にしたということは、何か分かったか心当たりがある、ということなのだろう。
そして確かにそろそろ完全に日が暮れそうではあるが、それまでにはまだ時間はあると言えばある。
反対する理由はなかった。
「そうであるな、我輩達もそうするであるか」
「じゃな。あまり時間はないのじゃし」
イングリッドが休みを取ったのは、明後日までだ。
明後日の朝か、遅くとも昼までにはここを出なければならないのだから、余裕はない。
「ではそういうことで……そうだな。遅くとも日が沈む頃には戻るだろう」
「そうか。では、食事の準備でもして待っているとしておくとしよう。お前と食事をするのも、久しぶりだからのぅ」
そう言って嬉しそうに笑った村長から、イングリッドが不自然ではない程度に視線を逸らす。
そしてそれを誤魔化すように、立ち上がった。
「……助かる。では、行くとするか」
言うや否や、イングリッドは早々にその場を後にしてしまい、ソーマ達は思わず顔を見合わせると、小さく肩をすくめる。
それからその後を追って、ソーマ達もその場を後にするのであった。
イングリッドにはすぐに追いついたものの、イングリッドは現状に随分困惑している様子であった。
調査がてら頭を整理したいと言われたので、一人で行くのを見送り、ソーマ達もソーマ達で調査を開始する。
とは言っても、ちらっと聞いてみたところ、イングリッドもこの村を調べれば何かが分かりそうだ、ということしか分かっていないようであった。
そのためソーマ達がまずやったことと言えば、村の人達への聞き込みである。
基本であり……また、気になっていることもあったからだ。
尋ねたことは、主に二つである。
最近何か変わった事がないかということと、イングリッドのことだ。
イングリッドはこの村でどんなことをしていて、村の者達とはどんな関係だったのか。
それを聞いたのである。
時間があまりなかったため、聞いたのはかなり大雑把にだ。
この村はあまり大きくはないようだが、それでも話を聞けたのは半分にも満たない程度だろう。
日が沈んでしまった段階でソーマ達は村長の家へと戻り、イングリッドはまだ戻っていないとのことだったので、先に部屋へと案内してもらい、そこで先ほど聞いたことを確認し合っていた。
「ふむ……色々と話は聞けたであるが……」
「内容は主にイングリッドのことばかりじゃったな……まあ、皆特に変わったことはないと言っていた時点で仕方ないのじゃが」
そこに嘘は感じられなかったので、本当に何もないか、あるいは本人達は気付いていない、といったところなのだろう。
だがそこを詳しく調べるにはさすがに時間が足らない。
故にその足がかりとする意味でもということで、まずはイングリッドのことを聞いたのだが……思った以上に有益な話が聞けたといったところか。
と、そんなことを話し合っていると、イングリッドも戻ってきたようだ。
話し合っていた部屋へと、その姿を見せに現れた。
「すまない、少し遅くなった。ああそれと、私の戻りを待っていたため、夕食までには今少し時間がかかるとのことだ」
「そうであるか……まあ、夕食をもらえるだけありがたいであるしな。それに文句を言うつもりはないのである。そもそも、別に具体的な時間とかを示しあったわけではないであるしな。それで、それはともかくとして、何か分かったのであるか?」
「そうだな……まだ確証が持てたわけではないんだが、少なくとも私の記憶と比べ、この村は少しおかしいと思う」
「確証がないとはいえ、そう思うということは何か根拠があるのじゃろう?」
「ああ。既に道中で言った通りだが、私は正直ここでこんな歓迎をされるとは思ってもいなかった。いや、それどころか、敬遠されると思っていたし、それが当然だとも思っていた。少なくとも私の常識からすれば、それが当然だからな」
自分が敬遠されるのが当然だなどと考えるとは、余程のことがあったのだろう。
そしておそらくはそれが、イングリッドが言いたくなかったということそのものだ。
あの時は心の準備が出来ていないとのことだったが……さてそれはもう出来たのだろうか。
そう思って視線を向けてみれば、その意味を理解したらしく、イングリッドは苦笑を浮かべた。
「出来れば言いたくはないのだが……まあ、そういうわけにもいかないからな。あるいはアレが関わっているかもしれない以上は、黙っているわけにはいかないだろう」
「ふむ……無理に、とは言わんであるが?」
「いや、私が言わなければならないと感じているのだ。これ以上私が犯した罪から逃げているわけにはいかないからな」
そう言ってイングリッドは、真っ直ぐな覚悟の決まった瞳を向けてきた。
それでもその口は幾度かの開閉を続けていたが……やがて一度引き結ばれると、改めて開かれる。
そして。
「――私は、親を殺したんだ。この手で、村人達の見ている前で……あの短剣を使って、な」
イングリッドは、その言葉を告げたのであった。




