元最強、聖騎士と行動を共にすることになる
悪魔が出てきているという時点で、厄介事なのは分かりきっていたことではある。
だが普通の厄介事ならば、その手がかりを探っている段階でこうしてイングリッドと遭遇することはあるまい。
先ほどヒルデガルドと話していた通り、自分達だけで簡単に解決出来ることならば、何となくで最善を引き当てるイングリッドが首を突っ込む理由はないからだ。
つまりは逆説的に、こうしてイングリッドと遭遇した時点で、それなり以上の厄介事である可能性が高い、ということであった。
まあそんなことは今更と言えば今更でもあるのだが――
「奇遇……というわけではなさそうだな、どうやら」
「で、あろうな。そちらも昨日の件関連、といったところであるか?」
「ああ。巡回を兼ねてもいるが、私の今日の主な仕事はそっちだ。何か昨日の件に繋がるようなことがないかを探している、といったところだな」
「うん? 昨日は見つからなかったのじゃ?」
「いや、昨日はそもそも探してすらいない。何となく探しても無駄だろうと思ってエレオノーラ様に進言したところ、通ったからな」
「なるほど……ということは、今探しているのは」
「そういうことだ」
今日は探す意味があると何となく思った。
そういうことらしい。
そしてそこで自分達にばったり遭遇したということは、やはりこの面子で探す必要性がある、ということなのだろう。
イングリッドも同じ事を思ったようで、僅かに言いづらそうにしながらその口を開いた。
「その……我ながら図々しいとは思うのだが、協力してもらっても構わないだろうか? 何となくだが、君達と共に探した方がいいと感じていてな」
「我輩は構わんであるぞ?」
「我もじゃ。というか、お主とこうして遭遇した時点でそうなのだろうと推測できていたことじゃしな」
「……すまない。ありがとう」
「ま、どちらにせよ既にやっていたことではあるしな。助かるのはこちらも同じである」
イングリッドと協力して手早く終わらせるか、協力せず無駄に時間をかけるかのどちらを選択するかと言われれば、敢えて後者を選ぶ必要はあるまい。
それで面倒事の程度が変わるわけではないのだ。
むしろ余計に時間がかかり手間が増えるとなれば、より厄介になる可能性すらあるのだから、尚更であった。
「既にやっていたこと、か……先ほども思ったことだが、やはり君達も昨日の件を探っていたのか。エレオノーラ様の客人だというのにどうしてそんなことを、というのは聞いても問題ないことか?」
「別に問題はないというか、要するに単純に気になったから、というだけであるしな」
「なるほど……確かに実際に目にしたとなれば、気にならないわけがない、か」
これからソーマ達がやろうとしていることにも関係しそうだから、というのもあるが、それに関しては口に出すことはしなかった。
アレに関しては誰がどこまで知っていて、どこまで喋っていいのか分かっていないのだ。
ならばとりあえずは黙っているのが無難だろう。
「普通ならば無謀な真似を止めるべきなのだろうが、君の実力は昨日見せてもらったからな。むしろそう言ったら私が大人しくしていろと言われてしまいそうだ」
「そんなことはないであろう。汝には直感もあるであるしな」
「直感、か……」
そう呟いたイングリッドは、僅かに眉をひそめていた。
何か気がかりなことがあるというのは一目で分かる様子であり――
「何か気になっていることでもあるのであるか?」
「……そうだな、私よりも君達の方がコレに関して知っているようだから聞きたいのだが、どうにも昨日話を聞いてからコレの感覚が強まっているような気がしてな。何か分かったりしないだろうか?」
「感覚が強まる、ということはどういうことなのじゃ? 曖昧な感覚ではなく、しっかりとした何かを感じるようになった、といったあたりなのじゃ?」
「いや……どちらかと言えば、頻度、だとは思う。実のところ、私の何となくが当たるのは大体十日に一度といったところでな。だから私にそんな大層な力があるなどと考えたことはなかったんだが……」
「ふむ……しかし、昨日は進言までしたのであるよな?」
「ああ、何となくとは言いつつも、不思議と強い確信があったからな」
「今までにもそういったことはあったのじゃ?」
「極稀に、だがな。ああ、君達に話しかけた時も、近い感じではあったな」
「ふむ……」
敢えてそう言うということは、今日のことに関してはいつもと同じ感覚だった、ということなのだろう。
少なくともイングリッドの中ではそれはおかしなことではなく、だが頻度は明らかにおかしかった。
だから頻度と言った、というわけだ。
そして話を聞いた限りでは、確かに何かがおかしいようにソーマも思う。
とはいえ、ソーマもスキルに関してはそれほど詳しいわけではないのだ。
この場で最も詳しいだろう人物へと視線を向ければ、しばし俯き考えるようにしていたヒルデガルドが、顔を上げた。
「……正直に言えば、何とも言えない、といったところじゃな。我らの話を聞いて意識することで明確に発現するようになった、という可能性もあるのじゃが、単純にそれだけ今回のことが厄介だから、という可能性もあるのじゃし」
「要経過観察、といったところであるか」
「なのじゃな。我のせいで余計な悩みを与えてしまったくせに、あまり助けになれんですまんのじゃ」
「いや、そんなことはないさ。確かに正直未だ戸惑っているところはあるが、上手く使うことが出来ればこれほど聖騎士として役立つものはない。私のようなものが聖騎士になった意味もあるというものだ」
そこにはどことなく自虐的な響きが含まれていたが、ソーマはそれ以上を聞くことはしなかった。
誰だって一つや二つ事情を抱えているものだ。
相談されたわけでもなく、そもそも昨日出会ったばかりの相手なのである。
敢えて踏み込む必要はあるまい。
「さて、それでは、早速それが役立てそうなことをするとしようであるか。早くに状況を把握することが出来ればそれに越したことはないであろうしな」
「そうだな、それでは改めてよろしく頼む。……のは、いいんだが……その」
「うん? ……ああ、そういえば、まだ名乗ってもいなかったであるな」
考えてみれば、名乗られはしたものの名乗り返してはいなかった。
身元が確かなのはエレオノーラが保障してくれるだろうが、一時とはいえ協力することを考えれば、せめて自分達の名前ぐらいは名乗っておくべきだろう。
「ソーマである。まあ見ての通りただの若造であるから、好きに呼んでくれて構わんのである」
「ヒルデガルドなのじゃ。以下同文じゃな」
「君達のような者達がただの若造であるのならば、私などは何になるのか、といったところだがな。ともあれ、よろしく頼む、ソーマ殿、ヒルデガルド殿。ああいや……考えてみたら、君達はエレオノーラ様の客人なのだから、改まった方がいいのか? いえ、いいのでしょうか?」
「不要なのである。そもそも客人だったのは昨日のあの時までで、今はどちらかと言えば協力関係、みたいなものであるしな」
「じゃな。というか、今更でもあるのじゃしな」
「そうか……いや、助かる。聖騎士なのにと思うかもしれないが、どうにもそういったことは苦手でな。まあ、元々は田舎者だから当然ではあるんだが」
「そうなのであるか? いや、そういえば、村を救ったことがあるとか言っていたであるか」
「それにしてはあまりそれらしくない気がするのじゃが……聖騎士になって長いのじゃ?」
「いや、まだ二年も経っていない、といったところだな」
「ふむ……それにしては確かに随分としっかりしてる気がするのであるが……まあ、それだけ大切に育てられていた、ということであるかな」
「…………そうだな。きっとそうだったんだろう。まあ、ともあれ、昨日の件に関しての調査を行うとしようか」
歯切れが悪かったイングリッドの様子に首を傾げつつも、調査を行うことに異論はない。
頷くと共に、まずはとばかりに、ソーマ達はその場から移動するのであった。




