元最強、やるべきことを考える
見慣れぬ部屋を前にして、ソーマは目を細めた。
その場を見渡しながら、ふむと一つ呟く。
あの食堂を目にした時点で予測は出来ていたものの、その部屋も随分と立派なものであった。
おそらく……いや、間違いなく、かつては公爵家の嫡男でもあった自分の部屋よりも立派だ。
ソーマに与えられた客室であった。
「ふむ……まあ、比較材料として我輩の部屋は相応しくはないのであろうがな」
ソーマは敢えて立派な部屋は望まなかったのだし、そもそもラディウス自体に金がないのだ。
ノイモント家の屋敷も外見はそこそこ立派だが、調度品などの数は少なければ質もそこまで高いものではなかった。
家格の高い家の部屋と比べる場合、比較材料としては色々な意味で相応しくはないだろう。
だがそれでも、ここはどの国のどんな立場の人物の部屋と比べても見劣りすることはないだろうと思える程度には立派なものであった。
それでいて嫌味に感じたりすることはないのだから、尚のこと金がかかっていることが分かる。
改めて、宗教とは金になるのだと納得する思いだ。
「とはいえ、結局のところは飯が美味いのもそれが理由であろうしな。その恩恵に預かってる以上は、あまり言うのもアレであるか」
先ほどの夕食も十分以上に満足のゆくものであった。
それにあこぎな方法で金をむしりとっているわけでもあるまいし、ソーマは損をしているどころかこうして得までしているのだ。
ならば尚更何かを言う資格はあるまい。
冗談以外で言うつもりなど最初からないが。
と、そんなことを考えていると、不意に扉をノックする音が聞こえた。
それは少し控え目なものであり――
「ふむ……エレオノーラであるか? 入っても構わんである……というか、そもそもここは名義上汝のものなのであろうから、遠慮なく入ってきても問題ないであろうに」
「ソーマさんにお貸ししているのですから、さすがにそういうわけにはまいりませんわ。……それよりも、どうしてわたくしだと分かりましたの? まだ名乗ってもいませんでしたのに」
そんな言葉と共に扉を開け、姿を見せたのは、ソーマが口にした通りエレオノーラであった。
その顔には僅かに不満そうな表情が浮かんでいる。
「気配から……と言いたいところであるが、どちらかと言えばノックの音から、であるな」
「ノックの音ですの?」
「この部屋を訪れる者など、汝かヒルデガルドかサティアしかおらんであるからな。で、他の二人はそんな控え目なノックはしないだろうということを考えれば、汝しかいない、というわけである」
「なるほど……それは盲点でしたの」
納得したように頷く姿に、肩をすくめる。
というか、そもそもの話――
「ここまで気配を殺せる者など汝しかない、というのもあるであるがな。それほど時間が経っていないというのに、随分と上達したではないであるか」
「ふふ、わたくしにも王としての意地がありますもの。そう言っていただけますと嬉しいですわ。っと、ここでいつまでもお話しているのも失礼ですし、失礼いたしますわね」
笑みを浮かべながら、そう言って部屋の中へと入ってくるエレオノーラは、実際あの時と比べると気配の殺し方が格段に上達していた。
実はあの時は手を抜いていたのではないかと、つい疑いたくなってしまうほどだ。
「ふむ……いや、実は双子だった、とかいう可能性もありそうであるな。そう言われても今の我輩は信じそうである」
「さすがにそれは褒めすぎですの」
一応は素直な賛辞なのだが、恥ずかしいのか頬を染めて懇願するような目を向けられたため、肩をすくめてそれ以上はやめておく。
それに、こうしてこんな時間にわざわざやってきたということは、それなりの用件があるということだろう。
「それで、何か用なのであるか? まさか今のを見せにきた、というわけではないであろう?」
「もちろんですの。わたくしがやってきたのは、不満がないかをお尋ねするために、ですわ。わたくし一応はここの主ですもの」
「ふむ……なるほど。とはいえ、不満であるか……」
何となくその場を見渡しながら考えるも、特にそういったものはない。
しかも、よくよく見てみれば、部屋の隅には見覚えのある本が積まれていた。
おそらくはあの牢屋から運んできたのだろう。
随分と気の利いたものである。
となれば、不満などは――
「そうであるな……敢えて言うのであれば、この部屋であろうか?」
「え? な、何か不備がございましたの? 清掃等はしっかり行き届いていると思うのですが……」
「いや、そういうのではなくてであるな……正直我輩には立派すぎるのである。もっと普通の部屋でも構わない、というか、何ならまたあの牢屋に戻ってもいいのであるぞ? 床の固さにも慣れてきたところであるしな」
「さすがにそういうわけにはいきませんの。あなたの立場を考えれば、最上級の部屋を用意するのは当然ですわ」
随分と上等な部屋だとは思っていたが、どうやら最上級だったらしい。
それは金がかかっているはずだった。
「ふむ……そう言われると余計恐れ多い気がしてくるであるな。立場とか言われても、やはり我輩には過分な気がするのであるが?」
「そんなことありませんわ。だってこれからあなたには、世界を救っていただくのですもの。むしろこれでも足りないぐらいですわ」
「魔王なのに、であるか?」
「魔王なんて、結局は世界が勝手につけたものですわ。わたくしの主はサティア様で、そのサティア様があなたに世界の命運を託したのですもの。ならばわたくしにとってはそれで十分ですわ」
そう告げる目は真剣そのものであり、冗談などではないということを悟るには十分過ぎるものであった。
何を言っても無駄そうだ、ということを悟るのにも同様であり、ソーマとしては苦笑を浮かべるしかない。
「それに、わたくし達はその世界のやろうとしていることを邪魔しようというのですもの。尚更世界がどうとか関係ありませんわ」
「……なるほど、確かにその通りであるな」
「そういったわけで、この部屋はそのまま使っていただきますの。他には何かありますの?」
「ふむ……となると、他には特にないであるかな? 食事も満足するものであったし……」
他に何かあっただろうか、と一応考え――
「――我にはあるのじゃ!」
唐突に聞こえた声に視線を向ければ、見るまでもなく分かってはいたが、そこにはヒルデガルドの姿があった。
朝、昼、夜と、これで三度も似たような登場の仕方をしているのだが、もしかして気に入ったのだろうか。
そこまでだ!とでも言いたげなポーズまで取っているあたり、割とその可能性はありそうだ。
「…………一応聞いておくのですが、一体何が不満ですの?」
「我の不満など決まっているのじゃ! 何故我の部屋はあんな遠いのじゃ!? 嫌がらせなのじゃ!?」
ソーマは食事が終わった後そのままここへと案内されたため今初めて知ったのだが、どうやらヒルデガルドの部屋はここから大分離れた場所にあるらしい。
とはいえ、別にそれは不満に思うほどのことではないような気もするのだが……まあ、ヒルデガルドにとっては違うようだ。
もっとも、何だそんなことかと言わんばかりに涼しげな顔をしているエレオノーラには、まともに取り合うつもりはないようではあるが。
「別にそんなことはありませんの。単純に最高級の部屋はここに二つしかなく、離れた場所にあった、というだけのことですわ。わたくしが決めたわけではないのですから、どうしようもありませんのよ?」
「なら我は別に最高級の部屋ではなくていいのじゃから、この部屋の近くに……いや、いっそのこと我もここでいいのじゃ! そうなれば我も最高級の部屋に泊まることになるのじゃし、何の問題もないじゃろう?」
「あるに決まってますの! 殿方と同じ部屋に泊まるとか……い、一体何をするつもりですの!? 汚らわしいですの……!」
「なにって……それはもちろん話し合いとかに決まってるじゃろう? 色々と考えねばならぬことがあるのじゃからな。というか、汚らわしいって一体何を想像したのじゃ……? 汚らわしいのはお主の思考な気がするのじゃが?」
「なっ、そ、そんなことありませんの……! 普通ですわ、普通……! と言いますか、異性と一緒に泊まるとか言いだしながら、今後の話し合いをするとか言い出す方がおかしいですの! へたれですの!?」
「なんじゃと貴様……!?」
「なんですの……!?」
顔を突き合わせてそんなことを言い合っている二人の姿に、ソーマは肩をすくめる。
相変わらずこの二人は、仲がいいんだか悪いんだか、といった感じだ。
と、そうして二人のことを眺めていると、ふと確認すべきことがあったのを思い出した。
「っと、そうであった。二人の仲がいいのは結構なのであるが――」
「――誰と誰の仲がいいですの!?」
「――誰と誰の仲がいいのじゃ!?」
「息もピッタリであるし、否定する要素がないと思うのであるが? まあそれよりもエレオノーラに確認なのであるが、そういえば我輩達は明日はどうすればいいのである?」
それを確認するのを忘れていたのだ。
先ほどの夕食時はただ雑談をしていただけであったし、そういった話題が出ることはなかった。
夕食が終わった時にサティアはもう休むと言っていたので、確認はエレオノーラにするしかないのである。
「ああ、なるほど、そのことですか……わたくしは自由にしていいと聞いていますの。お二人の判断に任せる、ということでしたわ」
「ふむ……そうであるか」
実際のところ、やるべきことはいくらでもある。
考えなければならないことも色々とあるし、何でもいいと言われると逆に困るほどだ。
結局今日は聖都をまともに見て回ることも出来なかったこともあり、それもまたそのうちきちんとやらねばなるまい。
それと、気になっていることもある。
本当に、どれからやったものか、といったところであった。
無駄に出来る時間はなければ、余裕もない。
さて、どうしたものかと、気がつけばまた言い合いをしている二人を横目に眺めながら、ソーマは明日の予定について考えを巡らせるのであった。




