元最強、色々と説明を受ける
何やら随分と混沌と化した場を眺めながら、ソーマは一つふむと呟いた。
色々と聞きたいことが増えたわけではあるが――
「とりあえず、ヒルデガルドはソレと知り合い、ということでいいのであるか?」
「ソレ、という言い方は酷くないかい? サティアという名前だって自己紹介までしたじゃないか」
「自称、であろう? というか、どういう態度で接するべきか正直まだ迷ってるところであるしな」
「うーん、まあ仕方ないことではある、か。ボクとしては是非とも仲良くしたいところなんだけどね……何せキミはボクの数少ない同類なんだし。ああちなみに、ボクとヒルデガルドは知り合いっていうか、むしろ親友ってところかな? だよね、ヒルデガルド?」
「だーれが親友なのじゃ誰が! そもそも我は貴様のような友人を持った覚えもないのじゃ!」
「だ、そうであるが?」
言って視線を向けてみれば、ソレは、あれ、おかしいな? とでも言いたげな様子で首を傾げていた。
だがすぐに何かに気付いたように手を打ち合わせると――
「ああ、なるほど、確かつんでれってやつだっけ? ボクとヒルデガルドはこんなに気安い関係だってことを示そうとしてくれてるんだね?」
「そうなのであるか?」
「全然違うのじゃが……! というか、貴様自分が何をしたのか忘れたわけではないじゃろうな……!?」
「うん? ボクが何をしたかって……キミに怒られるようなことをしたっけ? 調和の権能はキミに譲ったし、全知も貸したよね? 喜ばれることしかしてないと思うんだけど……」
「そうじゃな、それだけであれば我はきっと貴様に素直に感謝したじゃろうな」
「うん、だよね。転生の手伝いまでしてあげたんだし……一体何が不満なんだい?」
「その転生に決まってるじゃろうが……! 貴様のせいで我は五十年も待ったのじゃぞ……!? まだかまだかと楽しみに思いつつも気がつけば五十年も経ってた時の気持ちが貴様には分からんじゃろうな……!?」
「いや、実は割と分かるんだけど……でも、待ってる間はそれはそれで楽しかったでしょ?」
「それはそうなのじゃが……って、そういう問題じゃないのじゃ……!」
「ふーむ……」
何に関して言い合いをしているのか、何となくは分かるものの、ソーマがその光景を見て思ったことは一つだ。
怒り心頭といった様子のヒルデガルドと、そんなヒルデガルドの怒声を笑みで受け流しているソレの姿を交互に眺め、一つ頷く。
「ふむ……確かに仲はよさそうであるな」
「うん、そうだろう? ヒルデガルド、ほら彼はああ言ってるけど?」
「ソーマ……!? 貴様の目は節穴なのじゃ!? それとも、まさか貴様何かこやつに弱みを……!?」
「何故そうなるのであるか。我輩は見たままを答えただけなのであるが……エレオノーラもそう思うであろう?」
「え? あ、はい、そうですわね……お二人はとても仲がよろしいかと思いますの。喧嘩をするほど、と言いますし」
「くっ、まさかのここはアウェーだったのじゃ……!?」
どう考えても最初から敵地ではあったが、ソーマは何をやっているんだこやつはと溜息を吐き出すだけである。
というか――
「それで、貴様は結局ここに何しに来たのである? 友人の家に遊びに来たにしては少々度が過ぎている気がするであるが……」
「だから誰が友人なのじゃ……! って……我は貴様を取り戻しに来たはずなのじゃが、何か話が違うような気がするのじゃが……?」
「話が違うとか言われても、少なくとも我輩は知らんであるが?」
そもそもどうしてそんなことになったのか。
ソーマがここに来たのは完全に自分の意思でだ。
牢屋にいたのは体面上のことを考えてのことで、別に掴まっていたわけではない。
正直帰ろうと思えばいつでも帰れたし、今も帰れるのである。
取り戻すとか言われても、お前は一体何を言ってるんだとしか返しようはなかった。
「……貴様、まさか何か早とちりをした挙句にこのような暴挙に出たのではあるまいな?」
見方によっては、というか、状況的にはほぼ間違いなくヒルデガルドが聖神教に喧嘩を売りに来た形である。
暴挙という他あるまい。
「い、いや、違うのじゃ……! 確かに喧嘩を売ることになっても構わんと思いはしたのじゃが……そ、そう、全てはあの女神が悪いのじゃ……! そうに違いないのじゃ……!」
「貴様、最早子供が駄々をこねているのと変わらなくなっているであるぞ?」
「ふふ、まったくだね。ま、もっとも、彼女の言い分にも一理あるんだけどね。正確にはそう思っても仕方ない、といったところだけど」
「ふむ……一体何をしでかしたのである? まあ、ヒルデガルドの反応や転生などという言葉を聞くに何となく想像はついているであるが」
「おそらくはお察しの通り、っていうところかな? まあぶっちゃけボクがキミ達のことをこの世界に転生させたんだけど、その際キミ達の転生時期を少しばかりずらしてね。そのせいで彼女はキミが転生してくるまでの五十年ほどを待ちぼうけくらってしまった、というわけさ」
予想出来ていたことであるため、特に驚きはなかった。
ソーマがこの世界に転生するのにそこの神が関わっていることについてはむしろ当然だろうと思うほどだ。
この世界に転生するというのに、その世界の神が関わっていないわけがないだろう。
「ちなみに、何故そんなことをしたのである? 今の言い方からすると意図的だったようであるが」
「うん、意図的だね。そして理由については、半分は嫌がらせ、かな?」
「貴様……やっぱり嫌がらせだったのじゃ……!? それでよく怒られる覚えがないなどとほざいたものじゃな……!?」
「それについては、今でもそう思ってるさ。だってボクには、その正当な権利があるからね」
「正当な権利、であるか?」
「うん。だって、彼女はさっきキミのことを取り戻しに来たとは言ったけど……最初にキミのことを横取りしたのは彼女の方なんだからね」
「うん? どういう意味である?」
「あっ、ちょっ!? 待つのじゃ貴様――」
「そのままの意味だよ。キミがここに転生する前に呼ばれた世界だけど――あの世界にキミのことを呼んだのは、ヒルデガルドなんだ」
制止しようとしたヒルデガルドを無視して続けられた言葉は、ソーマの耳にしっかりと届き、反射的にその瞳がヒルデガルドへと向けられた。
だが手を中途半端な位置まで伸ばした状態で固まっていたヒルデガルドは、その視線に気付いているだろうにこちらを向く事がない。
それは即ち、その言葉が正しいということであった。
「ふむ……どうやら本当のことのようであるな」
「嘘を吐く意味がないからね」
「しかも横取りした、ということは……」
「うん、キミは本来この世界に呼ばれるはずだったんだ。もちろん、転生ではなくね」
つまり本来ソーマは、あの世界で目覚めたあの時、いるべきだったのはこの世界だった、ということになる。
どうやら結局異世界に来ていたということに変わりはないようだが――
「ふーむ……もしもそうであったのならば、色々と違っていたのであろうな」
「だろうね。まあ、世界的な視点で見れば大差はなかっただろうけど。結局キミはこうしてこの世界にいるんだから」
「まあ、起こらなかったことに興味はないであるからどうでもいいのであるが……ヒルデガルドは何を考えてそんなことをしたのである?」
「ああ、その理由なんだけどさ……これがまた傑作でね。自分を倒すような人に会いたかったんだって。それで、キミの魂を見た瞬間にこれだって決めてたらしいよ? そこからはずっと、キミのことを見守りながら来てくれるのを待っていたって言うんだから、変なところで健気っていうか、何て言うか。しかも転移直後にキミが危ない目に合わないように周囲に手まで回したらしいし――」
「そ、それ以上はやめるのじゃー! 我の威厳が、我の威厳がなくなるのじゃー!」
「ヒルデガルドに一ついいことを教えてあげるけど、元からないものはなくなることはないんだよ?」
「なんじゃと貴様ー!?」
そうして再びヒルデガルドが騒ぎだしたが、先ほどとは違いそこにはわざとらしさがあった。
というか、ソーマと目どころか顔すら合わせないようにしている時点でその意図は明白だ。
「ふむ……ヒルデガルド」
「っ……!?」
名前を呼んだ瞬間、その肩が震えた。
それでもこちらに顔を向けようとしないヒルデガルドに、しかしソーマは構わず続きの言葉を口にする。
「感謝するのである」
「……え? 感謝、なのじゃ?」
「そうであるが?」
「我は……我は、自分の欲のためだけに貴様を利用したのじゃぞ? 感謝されるいわれは……」
「それはそれ、これはこれ、である。貴様が何を考えどんなつもりだったであろうとも、我輩は前世を満足して終える事が出来たであるからな。この世界に最初から来ていたらそれが出来ていたかは分からんであるし……だから、我輩は貴様に感謝するのである」
「――っ…………貴様は、相変わらず卑怯なのじゃ」
「何故貶されているのか解せんのであるが?」
と、そんなことを言っていると、乾いた音が二度、続けて鳴った。
それは手が叩かれた音であり、そちらへと視線を向けると、そこにあったのは呆れたような目だ。
「はいはい、そういうのはここじゃない別の場所でやってくれないかな?」
「……まったくですわ。嫌がらせにしか見えませんの」
「別にそういったわけではなかったのであるが……まあ確かに話の途中ではあったであるな。ともあれ、そうして我輩はあの世界へと呼ばれ、死に……それで、どうして汝が我輩達を転生させるということになったのである?」
「もちろんと言うべきか、ヒルデガルドに頼まれたからさ。一緒に転生させてくれ、とね」
「……同一世界ならば我でも何とかなったのじゃが、さすがに他世界となると我だけではどうしようもなかったのじゃ。そこで、あの世界から最も近い、魔法のある世界を探し出し、そこの神に頼み込んだ、というわけでじゃな……」
「まあボクとしてはどの面下げて、と思わなくはなかったけど、これでも神だからね。快く受け入れてあげた、というわけさ」
「……嫌がらせしたくせにどこが快くなのじゃ」
「それはそれさ。神だからこそ、あまり舐められるわけにはいかないからね」
この世界に一柱しかいない時点で舐められるも何もあったものではないと思うが、要するに戯言だということなのだろう。
素直にスルーし……だが、スルーできないこともあった。
「ふむ……大体のところは分かったであるが、まだ分からないことも存在しているであるな。結局のところ、我輩は本来この世界に何故呼ばれるはずだったのである? いや、というよりは、こう問うべきであるか? その理由があるからこそ我輩達をこの世界に転生させ、さらには今回こうして呼び寄せたのではないであるか?と」
「……本当に話が早くて助かるよ。うん……その疑問には、こう答えよう。その通りだ、と。そして何故キミをこの世界に呼ぶつもりだったかというとだね……」
そこで言葉を区切ったのは、きっと勿体つけるためだったのだろう。
そうして、無駄にタメを作った後で――
「――キミに、この世界を救って欲しいからさ」
ソレは、そんな言葉を口にしたのであった。




