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元最強、今後について考える

「そういえばおまえ、学院ってどうするんだ?」


 カミラから不意にそんなことを聞かれたのは、半ば自習となっている魔法の授業――魔法の研究結果を読み漁っていた時のことであった。


 だがそれにソーマが顔を上げ、首を傾げたのは、その唐突さを疑問に思ったわけでもなければ、返答に悩んだわけでもない。

 単純に、何故そんなことを聞くのかが分からなかったからだ。


「ふむ……どう、と言われても正直困るというところなのであるが。我輩には選択肢がないわけであるし」

「は? 選択肢がないって何でだよ? まあ確かにお前のやりたいことは一つかもしれないけど、学院に関してなら色々とあるだろ?」

「ふむ……? まあさすがに学院には行けるのであろう、とは思っているであるが、そもそも我輩が行けと言われたところに行くぐらいしか出来ない気がするのであるが?」

「ああ……なるほど、そっからか。その時点で認識の違いがあるんだな」

「認識の違いというと……実際には違うのであるか?」

「まあな」


 それは正直に言って、驚きであった。

 ソーマの認識としては、今自分で口にしたような感じであったのだ。

 学院に行けるにしても、それは指定された場所に行くことになるのだろうと。


 だがどうやら実際にはそうではないらしい。

 とはいえ。


「希望を言えばそれなりに便宜図ってくれると思うぞ? いや……それなりどころか、最大限にやりそうな気もするが」

「ふむ……希望を口にするのは構わんのであるが……」

「あん? 何だ、何か問題でもあるのか?」

「そもそもどうやってそれを伝えるのであるか?」


 それを伝える先というのは、当然ながら母親であるソフィアだろう。


 しかし生憎とソーマは、一年以上ソフィアとは顔すら合わせてはいないのだ。

 何せソーマの誕生日にすらそうであったのだから、この先その機会が訪れることがあるのか自体が疑問である。


 そこに不満はない。

 事情はきちんと理解しているからだ。

 時折カミラから聞く話によれば、それが本意ではないのだろうことも。


 だがそういったこととは別に、それはつまりこちらの意思を伝える機会がないということだ。

 それではさすがに便宜の図りようがないだろう。


「まあ、そこはあれだな。適当に独り言を呟いたりすれば何故か伝わったりするんじゃないか? 例えば今ここで、とかな」

「何故か、であるか」

「ああ。何故か、だ」

「それはつまり、この前の我輩の誕生日に、いつもあなたを見守っている見知らぬお姉さんとやらを名乗った人物からプレゼントが届いたように、であるか?」

「……ま、そういうことだな」

「なるほど……」


 つまりそういうことらしい。

 まあ確かに、直接会わずとも意思の疎通を図ることは可能ではある。

 例えば、ソーマの意思を伝えるような誰かが存在していれば。


 尚余談ではあるが、見知らぬお姉さんから貰ったプレゼントの中身は懐中時計であった。

 ついでに言うならば、その時にソーマは初めて知ったのだが、どうやら懐中時計は一人前の証として渡されることもあるそうだ。

 特に貴族の間では、六歳前後――即ち、スキル鑑定を受けた後に渡されることが多く、本来ソーマもあの後に渡される予定だったとか。


 まあ本当に、どうでもいいことである。


「ふむ……しかし今までずっと自分の意思で何処かに行ける、と思ってはいなかったであるからな。正直なところ行きたい学院と言われても……まあ、可能ならば魔導系の学院が望ましいではあるが……」


 学院というのは、そこで学ぶ内容によって幾つか分類がされている。

 全般的な事柄を広く浅く学ぶところもあるが、特定のことを重点的に学ぶところの方が多く、それはそのまま将来へと繋がっていることが多い。

 そして魔法に関して学ぶのであれば、まず間違いなく魔導系の学院へと行くのが最善だろう。


 だが当然ながら、それぞれの学院には無条件でいけるわけではない。

 それは単純に言ってしまうのであれば、そこで学ぶことに対しての才能があるかどうかだ。

 つまり魔導系の学院で言ってしまえば、それは魔法である。


「ま、そうだな。魔法が使えないお前は、普通であれば魔導系の学院には入れない。が、それも方法がないわけじゃない」

「そんな方法があるのであるか?」

「ああ。かなりの運が必要だけどな」

「運……?」

「基本的に魔導系の学院に入るには、大前提として推薦が必要だ。これは魔法ってものの性質を考えれば当然だな」


 魔法というものは才能に依存すると言われているため、基本的に成り手が少ない。

 その上、教えることが出来る者というのは、さらに少ないのだ。

 要するに、魔導系の学院の数も相応の数となってしまうということであり、試験を受けるだけでも相当敷居が高いのである。


「とはいえぶっちゃけその推薦はソフィアがすれば十分だ。将来のことを考えれば、理由は適当にでっち上げられるだろうしな」

「ふむ……となると、やはり問題は試験であるか」

「そうだ。そしてそこで、運が関係してくる」

「ふむ……?」


 つまりこういうことらしい。


 試験とは言っても、それは毎回同じというわけではない。

 その学院の性質や試験官によっても異なり、しかしそれが実技であることは同じだ。

 だから問題は、その内容である。


「魔法じゃなきゃ無理なのが出たら、まあ無理だな。その時は素直に諦めろ」

「というか、普通そうなる気がするのであるが?」

「いや、そうとは限らん。要するに、魔法を使って何かをしろという文面が入ったものの場合って話だからな」


 例えば、試験官の魔法を魔法を使って防げ、だとアウトである。

 だが、試験官の魔法をどうにかして防げ、ならばどうとでもなるのだ。


「お前が剣を使って防いだとしても、それで防げたんなら合格になる可能性は高い」

「……え、本当にそんなんでいいのであるか?」

「何も間違ったことはしてないだろ?」

「ふむ……なるほど。問題は、その屁理屈が試験官相手に通用するか、であるな」

「だから、それも含めて運、ってわけだ」


 大分強引な気もするが、まあ可能性だけならば幾らでもあることは分かった。

 どうやら確かに、ソーマには選ぶ権利だけは与えられているらしい。

 それをものに出来るのかは、ソーマ次第、というところか。


「ま、別に本当に今日決める必要はない。とりあえず考えとけってことだ」

「……了解なのである」


 あまりに突然のことに未だ実感が湧かないが、そういうことならば真剣に検討する価値はあるだろう。


 魔導系の学院で決めてしまわないのは、若干の迷いがあるからだ。

 受かるかどうか、ではない。

 別に無理だったら無理で別のところをまた受ければいいだけなのだ。

 そこは迷う理由にならない。


 だから迷っているのは、本当に魔導系の学院でいいのか、というところであった。

 この一月以上の間、ソーマはアイナの力を借りて様々なことを試してきたが、今のところその成果が出ている様子はない。


 このままでは多分、それはずっと変わらないだろう。

 何故かそんな確信があった。


 故にアプローチの仕方を変える必要があるわけだが……魔導系の学院はそれに足るのか、僅かに疑問がある。

 その延長線上でしかないというか、同じようなことを繰り返すだけではないかと思ってしまうのだ。


 当然違う可能性もある。

 そうでなくとも、魔導系の学院に所蔵されている書物を読むというだけで、十分な価値があるだろう。

 それに周囲が魔導士だらけだということは、四六時中魔法に接することが可能、ということでもあるのだ。

 それもまた、十分に価値のあることである。


 だが既存の方法では不可能な以上、別のところからその知識は持ってこなければならない。

 ソーマはかつて、剣術とは無関係なところで、その先へと進むためのヒントを得ることがあった。

 同じことが魔法でも起こり得ることを考えれば、それは他の学院にこそあるかもしれないのだ。


 或いは――


「ふむ……旅に出るのも一興であるか……?」

「は……? なんだお前、学院に行かないつもりか?」

「いや、ただの思いつきなのであるが……それも悪くないかもしれんであるな……」

「あー……まあぶっちゃけお前は学院に行く必要はないって言えばないしな。本気で考えてるんなら、まあ可能ではあると思うぞ?」

「ふむ……検討してみるのである」


 そうなればアイナやリナとは別れることになるが……まあ、それは学院に行くにしても同じことである。

 それに幸いにも、心残りとなるようなことも残ってはいない。

 それはリナのことであり、アイナのことであった。


 リナには随分と無理をさせてしまっているのだろう、という自覚がソーマにはあったが、今のリナであれば多分もう大丈夫だろう。

 無茶な頑張りはせず、適度に息を抜けるはずだ。


 アイナのことは、昨日までであれば気に留めていただろうが、その必要はなくなった。

 その姿を消したから……とかいうことは別になく、今朝会うと、妙にすっきりとした顔であったからだ。


 その理由を敢えて聞くことはしなかったが、何か吹っ切ったのか、解決したのかは分からないものの、問題なさそうなのは確かだろう。

 もっともアイナには未だ問題は残っていそうだが……アイナならば大丈夫だろうと思えるような、そんな雰囲気をソーマは感じ取っていた。


 少しだけ、結局何も出来なかったことを残念に思うが、まあいいだろう。

 何にせよ、もう大丈夫だ。

 ソーマの心残りはない。


 とはいえ、今すぐ旅に出ようというわけでもない。

 本当に旅に出るにしても、学院に行く代わりとなるだろうから、どちらにせよ一年以上先だ。

 今しばらくは、これまでと同じような日々が続くことだろう。


「……ま、それもありであるかな」


 別に今の生活が嫌だというわけではないのだ。

 十分に楽しく、たった一つのことだけを除けば満足している。


 問題はその一つ――魔法が使えないということが、ソーマの中では他の全てに比類してしまうほどのことだということだ。

 結局のところ、ソーマの性根は、一度死のうとも変わることはないのである。


 まあしかし、全ては先の話だ。

 その時になって後悔しないよう、ソーマはどうするべきかを、真剣に考えるのであった。

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