学院と魔法 その3
「さて、随分と長い寄り道というか、与太話紹介だったわけだけど、そろそろ話を戻しましょうかー。えーと、確か魔法が途中で別物にすり代わっている、という話だったわよねー?」
言った瞬間、え、そこまで戻るの? といった顔を皆がしたことに、カリーネは満足そうな笑みを浮かべた。
すっかり皆がこちらの話に耳を傾け、引き込まれているということを確認したからである。
一瞬だけ最前列に座る者の一人――ソーマへと視線を向け、口元を緩めると、向こうからも同じようなものが返ってきた。
それはまるで共犯者同士のひっそりとした合図のようであり……いや、まるでも何もそのままか。
向こうでは目敏く気付かれ、やっぱりあんたの入れ知恵だったんじゃないの、とかいう声が聞こえたものの、気にしないでおく。
何にせよ、無事計画通りいけたようで何よりである。
助言されたというのに、これでも失敗してしまったらどうしようかと思ったところであった。
ちなみに改めて言うことでもないだろうが、助言してくれた相手はソーマであり、その目的は未だに大多数の人がカリーネの授業を聞いてくれないという状況を打開するということだ。
もっとも、別にカリーネが情けなくも生徒の一人であるソーマのところへと相談に行ったわけではない。
ただちょっと図書館でどうしたものかと呟き嘆いていたら、偶然図書館に来ていたソーマにその内容を聞かれ助言をいただくこととなってしまった、というだけのことだ。
十分情けないとも言うが。
ともあれ、助言に従い、本来はするはずのない、してはいけないような話をすることで、生徒達の関心を得ることは出来た。
それは諸刃の剣ではあったが、こうして意味はあったのだ。
ならばそれをした甲斐はあり、そしてここから先が真の本番である。
カリーネの授業を行い、彼らの関心をそのままに、その内容は耳を傾けるに値するということを証明しなければならないのだ。
これは、本来禁忌に近い魔女の話などをして彼らの興味を引く、などということよりも実質的には遥かに難易度が高い。
確かに失敗したところで命がどうこうなることはないが、それはもう本当の意味でカリーネの授業には意味がないという烙印を押し付けられてしまうということだからだ。
それはある意味では死よりも恐ろしいことである。
彼らは既に大人とほぼ変わらぬ者達だ。
中身こそまだまだではあろうが、それでも来年には大人の仲間入りを果たしてしまうのである。
そんな彼らを相手にするからこそ、今度こそ有用性を理解してもらえるという自信はあるものの……だからこそ、理解してもらえないのではないか、という懸念もあった。
だがそんな弱気な自分を思い出したのは、本当に一瞬のことだ。
すぐに大丈夫だと、嘘でも自分に言い聞かせる。
結果的にとはいえ、生徒に協力までさせたのだ。
ならばこれで成功させなければ、それこそ嘘だろう。
そうして気合を入れ直すと、話題を転換……することがなかったのは、最後に一つ言い忘れていたことがあったからである。
別に問題ないと言えば問題ないのだろうが、何となく気持ちが悪かったし、折角だからときちんと最後まで話したかったのだ。
今までの話は彼らの気を引くためのものでしかなかったが……或いはだからこそ余計にだったのかもしれない。
そこに嘘ではない敬意を滲ませながら、カリーネはそのことを口にした。
「まあ冗談は置いておいて、次の話に行きましょうかー……と言いたいところだったんだけど、ちょっと言い忘れてたことがあるから付け加えておくわねー。そんな顔しなくても大丈夫よー。今度は変なことは話さないし、むしろある意味とても重要な話でもあるものー」
それは事実だ。
そして事実だということを、次の一言で生徒達も認識することになる。
「始まりの魔法使い。私が何を言いたいのか、皆ももう分かったわねー?」
カリーネの言葉を肯定するが如く、皆の顔が引き締められた。
ちゃんとその名が持つ意味を理解しているようだと頷き……しかしそこに僅かな嫉妬を覚えてしまうのはさすがに不敬すぎるだろうか。
きっと彼ならば、こんな小細工を弄する必要もなく、全員が必死になってその話に耳を傾けてくれるのだろうなと、そんな戯言交じりの思考に小さく息を吐き出す。
そんなことを考えてしまう自分と、それが事実の羅列でしかない相手へと向けて、だ。
「そう、それこそが私が言い忘れていたこと、というわけねー。今更ではあるけれど、今更だって流すのはさすがにアレでしょー? 何せ私達人類へと魔法を与えた賢者の名前なんだから」
つまりはそういうことだった。
その名を持つ者は、自分達にとっては大恩人とも、共通の師とも呼べるような存在なのだ。
そもそも、魔法を使う者達のことを魔法使いではなく魔導士と呼んでいるのも、魔法使いという名は彼だけのものだからである。
彼に対しては畏敬を込めて、そして自分達に対しては未熟さを律するために、魔導士達は自らのことを魔導士と名乗るのだ。
そしてその彼の言葉が聞けるのならば、誰だって必死になって聞こうとするだろう。
勿論、自分も例外ではない。
だがだからこそ、いつかはそこに並びたいものだと、今は心の中だけでうそぶく。
とりあえずは、声を大にして言えるぐらいにはならないと、話にもならないが。
「ちなみに、これまた言うまでもないでしょうけど、魔術が魔法に取って代わられたという証拠は、彼の名と共にきちんと資料が残されているから、というわけねー」
ついでに言うならば、そのことと途中で魔法が別のものに取って代わられたとされる説が否定されるのは、共通の理由によるものである。
要するに、そんな偉大な存在が伝えたものが、それを成した者の名が知られることもなく、ひっそりと取って代わられたりするはずがない、ということだ。
カリーネからすれば、それはそれ、これはこれ、といったところなのだが……何にせよそういうこともあって、昔と今とで魔法が別物だとする主張は、真実味を帯びることのない与太話の域を出ることはないのである。
あくまでも今のところは、といった話だし、出来ればそういうことにしたいところではあるものの――
「さて、というわけでキリのいいところまで話せたから、今度こそ次の話に行くけどー――」
そうして、自らの話へと繋ぎながら、カリーネはちらりと最前列へと視線を向けた。
先ほど自分のこの先の展望へと思考が及んだことから、そういえば彼らはこの先どうするつもりなのだろうか、ということをふと思ってしまったからだ。
彼らはもうすぐ成人を迎える。
それはもう少し先の話かと思っているかもしれないが、きっと気付いたらあっという間だ。
そしてそれから先は、もっとあっという間に過ぎていく。
彼らは全員が全員聡い子達である。
自分の授業をちゃんと聞いてくれるから、ということから贔屓目に見ているわけではなく、客観的な事実としてその通りだ。
だからそのことも、きちんと考えているのだろうけれど……それでもどうなのだろうかとつい思ってしまうのは、それでも講師だからだろうか。
何だかんだでカリーネは彼らのことを教え始めてから六年にもなろうとしているのだから、尚更そう思うのかもしれない。
六年。
振り返ってみれば長い時間だ。
カリーネにとっては既に当たり前のようになっていることであり……だが、来年にはそれが当たり前ではなくなる。
それは確定していることだ。
仮に彼らが高等部に進むようなことがあったとしても、さすがにカリーネが教えることは有り得ない。
実力も実績も、何もかもが足りないのだ。
それに、あの中には確実に一人、高等部へと向かうことの出来ない者もいる。
他でもない、ソーマであった。
というか、ぶっちゃけた話、ソーマが中等部に上がれたことすらも驚きであったのだ。
未だに魔法を使うことが出来ないソーマは、本来学年を一つ上げることすらも一苦労のはずである。
それでも留年などをすることがなかったのは、魔導の実技以外の全てが完璧だったからだ。
魔導科の生徒であることを考えれば、それでも問答無用で留年させるべきだったのだろうが……あまりにも他が完璧すぎたので、学院側が特例として認めることになったのである。
ただしその際の条件は、一つでも満点を逃したら即留年というものだ。
ソーマから言い出したことであり、ソーマのことを知らぬ講師達は無理に決まっているだろうと高をくくっていたのだが……結果は見ての通りである。
ソーマを知る者達からすれば、そうなるだろうなと納得するものでしかなかったが。
中等部への進級試験はさすがに危なかったようだが、素手でという指定だったので手刀を用いることで何とかなったのである、とかいう意味不明なことを言っていたので、とりあえず事なきを得たらしい。
それからは当たり前のように、こうして最終学年まで進み……だが、そこまでだ。
卒業もきっと可能ではあるが、高等部へはさすがに無理である。
国の要所に就くような者達のみが進むことを許される最高学府は、さすがに試験をトンチで切り抜けられるほど甘くはないのだ。
それでも或いは、と思ってしまうようなところがソーマにはあるものの、幾らなんでもそれはないだろう。
そもそも可能か不可能か以前に、ソーマはさらなる進学は考えていないようなのである。
はっきりと聞いたわけではないものの、そのようなことを言っていたのを耳にしたのだ。
そのせいなのか、ここ最近ソーマは遠くを見る事が多くなったような気がする。
それは何かを思い返しているようにも、先のことを考えているようにも見える姿だ。
カリーネでも気付いたのだから周囲の者が気付いていないわけがなく、その影響を受けてか、他の者達も時折考え込んでいるような姿を見かけることが多くなった。
カリーネとしては、好きなだけ悩めばいいと思うだけだ。
勿論相談に来てくれれば乗るものの、自分から言い出すことはない。
彼らには彼らの人生があり、そこに無遠慮に差を突っ込むのは、ただの無粋でしかないのである。
もっとも、大体は自分で何とかするのだろうなと思える中にあって、二人ばかりどうするのか気になる者達もいた。
一人は、今日も金色の髪をなびかせている少女。
学院のどこにいてもその外見からどうしても注目を浴びる彼女は、そもそも本来ここにいるべき生徒ではない。
しかし彼女が所属している剣術科では優秀な成績を収めており、また理由は不明ながら途中で魔法を使えるようになったということもあり、去年から魔導の授業への参加を特例で認められているのだ。
とはいえ、最初から聞いていなかった彼女は、その分の話を聞いておらず、カリーネ以外でそこを説明できる者はいない。
だから彼女と話をするようになったのは、ある意味自然な流れだったと言えるだろう。
最初の頃は周囲から置いていかれるかもしれない、と懸念のようなものを感じている様子だった彼女だが、今はそういった様子は特にない。
おそらくは少しずつ伸び始めた背が関係しているのだろう。
ただしそこは彼女の問題であるため、カリーネが気にすることではない。
むしろカリーネが気にすることと言ったら、彼女が天才肌の感覚派だったというところだろうか。
彼女はとても勉強熱心ないい生徒だし、話を聞きに来る上に授業も真面目に聞いてくれるのだから好感を持っているのだが、万の言葉を重ねるよりも一の実践とばかりに、話をするよりも実際に見せた方が理解が早いのである。
しかも見せたら割と即座に覚えてしまうあたり、ある意味で余計に性質が悪かった。
しかしそれはそれとして、彼女も来年には卒業してしまう身だ。
どれだけ頑張ったところで、四年分の差が埋まることはないだろう。
それは当然のことではあるが、当然のこととしているのならば努力をするわけがないのだ。
色々と教えた身としては、これからどうするのだろうかと、勝手ながら気になってしまうのである。
だがある意味で彼女以上に気になっているのが、もう一人の少女のことだ。
黒髪赤瞳と、金色の少女とは似ても似つかない色を持つ彼女達は、驚くことに姉妹なのだという。
他の種族であるならばともかく、彼女達の間でそれは有り得ないことではあったが……何か事情があるのだと察する程度のことはさすがに出来る。
それにあの学院長が入学することを認めたのだ。
ならばそのことに文句などあるわけがなかった。
だから気になっていることというのは、彼女もまた頑張り屋だということだ。
しかもどうやら彼女はソーマが関わっているらしく、時折別の授業へとソーマに引っ張られていかれている姿を見かけることがある。
それを迷惑に思っているのならば口を出すこともあろうが、むしろ彼女としては望むところらしく積極的に連れられているそうだ。
さらに言うならば、ソーマがそんなことをしているのは、彼女のことを思ってでもあるのだろうが、同時に自分のためでもある。
魔法を使うために、様々な知識を得ようとしているからだ。
ただそのせいもあって、ソーマはある程度のところで切り上げてしまうのだが……彼女はそこで切り上げない。
ソーマの分もとばかりに、授業を出ることがなくとも自主的に勉強を進め、知識を深めていくのだ。
ソーマが広く浅くといった感じなのに対し、彼女は広く深くといったところだろうか。
分野次第ではソーマよりも遥かに詳しいということも珍しくはないらしい。
もっとも、その代わりとばかりに、彼女は実技の方はからっきしだ。
一般の街の人と比べれば多少はマシという程度であり、身体能力は低い方である魔導科の中ですら、下の方なのだから。
ちなみにそういったわけで、彼女が入学、というか編入した先は魔導科なのであるが、実は彼女もソーマ同様特例の措置を受けている。
彼女もまた試験の際は実技を免除されており……授業そのものも免除されていることを考えれば、ソーマ以上の特別扱いをされていると言えるのかもしれない。
だがそんな彼女も、あと一年で卒業となってしまう。
彼女もよく自分に色々と聞きに来たこともあり、やはりこれからどうするのだろうかと気になってしまうのである。
まあそんなことを言い出したら、他の者も気になると言えば気になるのだが。
ラルスやヘレン、それにシルヴィアも、自分に出来る精一杯……いや、それ以上に頑張っていた。
あの中で最も才能に溢れているだろうアイナも、それは同様である。
むしろ彼らに負けられないとばかりに、互いに張り合うようにして今も頑張っているのを、カリーネは知っているのだ。
いやいやそれを言ってしまったら、他の者達のことも何だかんだで気になるのだけれど――
「ああ、なるほどー……私も気が付けば、それなりに講師らしいことを出来ていたのねー……」
そんな言の葉を口の中で転がしながら、しかしカリーネは小さく首を横に振る。
本当にそう言えるようになるためには、やはり彼ら全員にきちんと授業を聞いてもらえるようになる必要があるのだ。
ならば彼らが卒業する時にこそ、講師らしく出来たと胸を張るためにも。
今は自分も精一杯……否、それ以上を見せなければならないのだと、そんなことを思いつつ。
カリーネは目の前の生徒達を眺めながら、そこへと向けて声を張り上げるのであった。
1月31日(水)にGCノベルズ様より『元最強の剣士は、異世界魔法に憧れる』の書籍版第二巻が発売となります。
無事二巻を出す事が出来ましたのも皆様のおかげです。
いつも本当にありがとうございます。
今回もnecömiさんの挿絵は素晴らしく、様々な方のおかげで素敵な本へと仕上がっています。
全体的に加筆修正して読みやすくなっていると思いますし、書き下ろし短編も収録されていますので、是非手に取っていただけましたら幸いです。
また、同じく1月31日(水)に、なんとコミックライドにてコミカライズの連載が開始されます。
出来上がった一話を見て、やっぱ面白いなこれ、とかつい自画自賛気味に思ってしまったぐらいなのでお勧めです。
こちらも是非お読みいただけましたら幸いです。




