エルフと成長 その3
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
「……どういうこと?」
そう言って半ば睨みつけるようにシーラが見つめると、ヨーゼフは鼻を鳴らした。
ただどちらかと言えばそれは、苦笑じみたものであったようにも見える。
しばし言葉を探すように視線を彷徨わせていたが、やがて諦めたようにもう一度鼻を鳴らすと、こちらへと視線を向けてきた。
「どういうことも何も、そのままの意味だ。先ほど言葉にして聞かせ、実際に見せもしたように、確かに俺達は肉体年齢をある程度変化させることが出来る。始祖の中にはそれを上手く利用することで人類種の社会に潜り込めたものもいたそうだ。だが俺達はそこまで自在というわけにもいかない。時間もかかる上に俺は今相応の疲労も覚えているからな。さすがに今日もう一度見せるのは無理だろう」
「……それが?」
「まあ、そうだな、確かにお前は俺に比べ体力もある。同じことをしたところで、おそらくお前は俺ほどには疲労を感じまい。だが俺にあってお前にないものも、またある。それは、想像力だ」
「……想像力?」
そこで首を傾げたのは、意味が分からなかったからだ。
何故自分に想像力がないのか、ということがである。
剣士にとって想像力とは必須なものだ。
想像することが出来るからこそ、それを目指してさらなる高みを目指すことが出来るのだし、また誰かと戦う時にも必要である。
想像し予測出来るからこそ、相手と打ち合い打ち勝つことが出来るのだから。
だから想像力がないというのは、自分のことを分かっていないと言われたも同然であり――
「ふんっ、大体何を考えているのかは想像が付くが、俺の言いたいことはそういうことではない。別にお前に想像力そのものがないと言っているわけではないのだからな」
「……じゃあ、どういうこと?」
「想像力は想像力でも、お前に足りていないのは、自分の肉体を変化させるための想像力だ。俺達が肉体を変化させるには、意志の力が必要であり、ひいてはそれは想像力ということに他ならない。やり方を教えろと言ったな? 簡単な話だ。自分の身体がどのように変化するのかを想像しろ。それが出来れば俺達の肉体はそれに応え、変化していく」
その言葉を聞くや否や、シーラは即座に想像してみた。
半ば無意識のうちに瞼を閉じ、暗く染まった瞼の裏にそれを描き出す。
それは成長した自分の姿だ。
成長した自分が、ソーマ達と目線を合わせ歩いている光景である。
そうしてゆっくりと瞼を開き――だが視界に映し出されたのは、目を閉じる前と何一つ変わっていない自分の姿であった。
「……変わってない」
「だから言っただろう? 想像力が足りていない、とな。俺を睨んだところで結果は何一つ変わらん」
「……そんなことない。……私は、ちゃんと想像した」
「ふんっ……ああ確かに、お前は想像したんだろうな。だがそこに現実感はあったか? お前が想像したのは、本当にお前自身の姿か? お前は本当に、その光景が現実になると信じることは出来たのか?」
「……?」
言ってることの意味が分からなかった。
現実感? 自身の姿? 真実? 何のことかさっぱりだ。
「ふんっ……人の話はちゃんと聞け。俺達は自在に出来ないと言ったはずだぞ? それが単に想像しただけで出来るわけがあるまい。そもそもやり方は簡単だとは言ったが、簡単に出来るとも言っていないのだからな」
「……詐欺」
「人聞きの悪いことを言うな。お前は感覚派だから、自分でやってみなければ納得出来んだろう? それを実感させてやっただけだ」
「……むー」
確かに、簡単に出来ないということだけは分かった。
だがならば、どうすれば出来るというのか。
「やり方は既に示した。手本も見せた。俺がお前に教えられることはこれだけだ。というよりも、どうやったらお前が出来るようになるかは俺も分からん」
「……? ……どういうこと?」
「俺達の変化は、あくまでも俺達自身であることが前提となっている。つまり俺達は過去の自分か未来の自分になれるというだけであって、それ以外にはなれん。別の誰かにはなれんし、それは始祖であっても同じようだったから、俺達であれば尚更だ。まあそこら辺のことは肉を持った人間であることの限界ということだろう」
「……ちょっとよく分からない」
「要するに、お前が想像するべき自分は未来の自分だということだ。それも、完璧に、だ。少しでも違いがあったら、その時点で何も起こらない。さっきのお前のように、な。ついでに言うならば、俺達の変化は意思の力だとも言ったはずだ。故に、お前はお前自身の想像を信じる必要もある。お前の想像した未来の自分は、間違いなく未来の自分自身なのだ、とな」
それがどれだけ難しいことであるのかは、考えるまでもないことであった。
何せシーラは実際に成長する人達というのを目の当たりにしているのだ。
確かに彼らに昔の名残はある。
二つの姿を見比べれば、成長した姿なのだと納得出来るだろう。
しかし、過去の姿だけで今の姿を想像出来るかと言えば、否だ。
成長の仕方も、名残のある部分も、千差万別なのである。
どうして今の自分から未来の自分が想像出来、しかもそれに確信が持てるというのか。
「ふんっ……俺が不可能と言った意味が理解出来たようだな」
「……兄さんは」
「ふん?」
「……兄さんは、出来るの?」
「出来ん。俺が過去の姿を見せたのもそのせいだ。どれだけ頑張ろうとも、俺は過去の姿を取るのが精一杯だった。いや、それどころか、現存するエルフの中で、未来の自分に変化出来る者は一人もいない。だから言っただろう? 俺にも分からん、とな」
「…………そう」
絶望的であった。
だがそこで諦めなかったのは、今の言葉の中に気になる一言があったからだ。
「……でも、現存するということは、昔は出来た?」
「……ふんっ、よく気が付くものだ。素直に諦めればいいものを……だが気付いた褒美に教えるとするか。その通りだ」
「……っ。……それは、始祖以外で?」
「当然だ。というか、実際に見たことがある。もっとも俺が子供だった頃の話である上に、どうやったら出来たのかは未だに分からんままだがな」
それは何処となく自嘲するもののように聞こえたが、十分であった。
そもそもシーラは、出来るか否かも分からないものを見つけるためにここを飛び出したのだ。
それと比べれば、出来ることが分かっていることを探すことの、なんと容易く楽であることか。
何ということもない。
今出来ないのであれば、出来るようになるまで色々と試すだけであった。
「ふんっ……相変わらず諦めの悪い娘だ。一体誰に似たのかは知らんがな」
「……兄さんの妹だから仕方ない」
「なるほど……道理だな」
ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべてみせれば、ヨーゼフも同じようにして返してきた。
それから咳払いをするように鼻を鳴らすと、ほんの少し視線がそらされる。
そうして口に出された言葉は、特に意外と言うほどのものでもなかった。
「……ところで、アレは元気にしてるのか?」
それが誰のことを示しているのかは、考えるまでもなくわかった。
というか、普通に聞けばいいだけな気がするのだが、相変わらずこの兄は不器用なようである。
「……ん、元気」
「……そうか。まあ、どうでもいいのだがな」
どうでもいいのならば聞く必要もなかったのではないだろうか、とは思ったものの、さすがに口に出すことはない。
ただそこで首を傾げたのは、そのことを聞かれたこと自体は不思議ではなかったが、聞かれた内容自体が意外だったからだ。
「……ところで、会ってない?」
「……ん? アレとか? 当然だが……何故意外そうに言う?」
「……私よりも先にこっち来たはず? ……それで、しばらくあっちにいるとか言ってた」
「……少なくとも俺のとこには来ていないな。まああそこは今完全に管理を放棄されている状態だ。下手に手を加えようとすれば何が起こるか分からないため、半ば独立した世界になっているし、行くだけならば俺に許可を取る必要もないが……誰も気付かなかったのか? いや、どうでもいいことか」
「……ちなみに、帰りに合流する予定だから、無事かはその時に分かる」
「ふんっ、言ったはずだが? どうでもいい、とな」
本当に素直じゃないと思いつつも、とりあえず帰りに一報を届けるだけでも安心出来るだろう。
とはいえ、シーラが今回ここに帰ってきたのは、本当にどうやったら成長出来るのかを聞くためだけである。
つまり既にここに留まっている理由がなくなってしまったのだが――
「……あ」
いや、一つだけ、存在していた。
数瞬逡巡したのは、それでもどうするかを迷っていたからで……だが、決めた。
先ほどヨーゼフも言っていたことである。
エルフは精霊に近しい存在であるため、魔法に親和性が高い、と。
ならばヨーゼフであるならば、何か分かることがあるかもしれない。
「ふんっ、どうした? 何か思い出した、とでも言うかのような反応をしたが」
「……ん、ちょっと見て欲しいものがある」
そう言うや否や、シーラは立ち上がると、おもむろに右腕を持ち上げ、人差し指を前方に突き出すようにして差し出した。
そして。
「――光よ」
――魔導下級・森霊の加護:魔法・灯光。
それはほんの一瞬のことであった。
ほんの一瞬だけシーラの指先に光が灯り、周囲を照らすと、すぐさま消えてしまう。
瞬きをしていれば見逃してしまったかもしれない、そんな一瞬だけの、だが確かな魔法の光だ。
シーラが使えるはずのない、魔法であった。
「――っ!?」
瞬間、ヨーゼフが勢いよく立ち上がった。
他の何も目に入らないという様子で、今は何も灯っていないシーラの指先を、目を見開いたままで凝視している。
その顔にあるのは多大な驚愕と……ほんの少しの、喜びだ。
「……シーラ、お前……!?」
「……ん、気が付いたら、使えるようになった」
その言葉は紛れもない事実であった。
だからこそ、そんな兄の姿を眺めながら、シーラの顔にも確かに喜びが浮かんでいるものの、それはほんの僅かなのだ。
その胸中を示すように、シーラの顔には、様々で複雑なものが浮かんでいるのであった。




