エルフと成長 その2
さて何から話すべきか、と呟いたヨーゼフは、腕を組み遠くを見つめるように目を細めると、そのまま黙った。
喋るつもりがないのではなく、単に思考を整理しているのだろう。
その姿を横目にしながら、何となくシーラはその場を見渡した。
改めて言うまでもないことだろうが、シーラが今いるのはエルフの里である。
その中でも族長の家であり、自分の家でもあるここをこうしてマジマジと眺めるのは、実は初めてだ。
そもそもシーラがエルフの里を訪れるのは、フェリシアの件があったあの時以来約四年ぶりである。
あの時この家は仮設状態であったため、完成した状態で見る機会は今までなかったのだ。
とはいえ、そうして眺めてみたところで、何か見るようなものがあるかと言えば、特にはない。
基本的にエルフの作る家というのは、そのほとんどが同じような造りになっているからだ。
違いがあるとすれば広さや高さぐらいだろうが、この家はそれも平均的である。
このまま見ていたところで、おそらくはあと五分もすれば飽きそうであり……だがそうなることはなかった。
その前にヨーゼフが思案から戻って来たからだ。
シーラがそれに気付いたのは、ヨーゼフが一つ咳払いをしたからであり、視線を向けると、もう一つ咳払いがされる。
それから、その口が開かれた。
「さて、エルフが成長する方法を説明するのは容易いが、それではおそらくお前は分からんだろう」
「……? ……何故?」
「普通はそれだけでは意味が分からんからだ。まあ、お前は感覚派ではあるから、もしかしたらそれだけでも理解出来るかもしれないが……これは一応我らがエルフにとってそれなりに重要な話でもあるからな。良い機会でもあるし聞いておけ」
「……ん、分かった」
正直に言ってしまえば、さっさと方法だけを教えて欲しかったものの、自分達にとって重要な話となればそれもそれで多少は気になる。
シーラだって、そういう話に関心がないわけではないのだ。
「我らは……というよりも、我らの祖は、元々精霊であった。これは今更確認するまでもない話だな?」
「……ん、覚えてる」
どころかソーマ達に喋ってしまってもいるが、それは黙っておく。
わざわざ怒られる必要はないのだ。
「しかし元々とは言うが、祖は転生ではなく受肉しただけでもある。種として子孫を残すことができるようになった代わりに寿命が発生したが、力だけで見るならば精霊であった頃と何一つ変わらなかったという。エルフが魔法に対し強い適性を示すことが多いのは、その血を継いでいるからだ。魔法と精霊の力というものは近しいものらしいからな」
「……ん」
この辺のことはまだ知っていることなので、相槌代わりに頷いておく。
そしてシーラが聞いたことのないような話が出てきたのは、この辺りからだ。
「ところで、俺は今俺達は精霊であった者達の血を継いでいると言ったが、これは厳密に言うならば少し違う」
「……? ……どういうこと?」
「それも間違いではないんだがな。より正しくは、俺達は未だ精霊に近しい存在だと言うべきだ。血を継いでいると表現するほど、俺達は世代交代を繰り返していないからな。数代辿るだけで始祖にまで辿り着いてしまうことを考えれば、見方次第では俺達は人類というよりは精霊の方が近いというわけだ」
「……? ……??」
何を言っているのか分からなくなってきたので、素直に首を傾げると、ヨーゼフは苦笑を浮かべた。
最初からそうなるだろうと予測していたような反応である。
「まあ、そうなるだろうな。俺も最初にこの話を聞いた時は意味が分からなかった。そこから長い月日をかけて、最近になってようやく理解出来るようになった……いや、未だ完全に理解しているとは言い難いか? まあともあれ、そういうわけだからお前もそのうち理解出来るだろう。お前のことだから、切っ掛けさえあれば簡単に理解してしまいそうな気もするがな」
「……それで、そのことと私の求めてることの間に何の関係が?」
「そう焦るな。今のは前提条件みたいなものだ。理屈付けと言ってもいい。その意味が理解出来るようになった時には、なるほどそういう意味だったのかと納得出来るものであり、ある意味ではお前の求めるものの答えそのものだ」
「……答え? ……今のが?」
何処が、と思うも、ヨーゼフにふざけた様子はない。
適当なことを言って煙に巻こうとしているようにも見えず――
「……? ……あれ、なんか違和感が……?」
「……ふんっ、本当にさすがだな、気付くのが早い。もう少し引っ張れるかとも思ったが、存外に……いや、単純に俺に芝居の才がないだけか。まあ、族長に必要なものではないからな」
ふと妙な違和感を覚え、首を傾げると、そんなシーラを眺めながら、ヨーゼフは楽しげに口の端を持ち上げた。
非常に珍しい光景ではあるが、シーラがそれを気にすることはない。
それどころではなかったからだ。
「……え? ……兄さん、背が……?」
「俺達は人でありながら、精霊に近しい存在だ。故に――そのことを理解し、意識しさえすれば、こんなことも出来るようになる」
違和感の正体はすぐに分かった。
シーラもヨーゼフも座っているため、一見すると分かりづらいのだが、明らかにヨーゼフの背が縮んできているのだ。
そのことは、足元を見てみればよく分かる。
しっかりと地面に足をつけていたはずなのに、いつの間にか宙をプラプラとしているのだ。
どう考えても縮んでいる証拠であり……否、それどころではない。
背どころではなく、それは全身に及んでおり――
「――とまあ、こんなところだ」
「……? ……?? ……????」
その場をしっかりと目にしていたにも関わらず、シーラの頭の上には沢山の疑問符が浮かび上がっていた。
だってそうだろう。
ヨーゼフは何処からどう見ても大人の男であった。
人類種として換算するならば、二十代前半か後半といったところである。
見間違えることの出来る要素はない。
だというのに、今のヨーゼフは何故かシーラと同じぐらいの背丈しかなかったのだ。
人類種換算で言えば十歳程度であり、明らかに子供である。
しかも声も姿相応に幼い感じになっていた。
一体何があったのかと目を白黒させるのも仕方のないことだろう。
「ふんっ、どうやら驚かせることは出来たようだな。試したのは初めてだが、俺も中々捨てたものではないようだ」
そう言って楽しげに自分の身体を見回している姿は、ヨーゼフのようでいてヨーゼフではないようであった。
姿形に名残はあるものの、ヨーゼフ本人を相手にしているというよりは、ヨーゼフの子供でも見ているような気分である。
今のを直接見ておらず、ぶかぶかの服を着ている光景がなければ、きっとシーラはあれがヨーゼフだとはとても信じられなかっただろう。
いや、正直に言ってしまえば、今も若干怪しい。
実はヨーゼフの子供が幻術を使っていたんだとか言われれば、そのまま信じてしまいそうな勢いだった。
「お前のその様子を見ているのは楽しくはあるが、このままでは話が進まなそうだな。まあ、勝手に先に進めるぞ? 気になることがあるなら、混乱から立ち直った後で聞け。もっとも、この程度のことでいつまでも驚いているようでは、お前の望みが叶う日は遠そうだがな」
「……っ」
その言葉で、ハッとした。
そうだ、シーラは自分の姿を成長させるためにここに来て、こうして話を聞いているのだ。
今のは喜ぶ場面であって、驚いて呆ける場面ではない。
そうして気を取り直せば、ヨーゼフはいつもよりも心なしか楽しげに鼻を鳴らした。
「ふんっ、そうだ、よく話は聞いておけよ? だがまあ、言ってしまえば今見せたのが全てでもある。精霊は元来固定した姿を持たない存在だ。そのため、精霊は望み通りに姿を変えることが出来る。そしてその性質は、受肉しても受け継がれた。とはいえ、受肉しているからこそさすがに自由自在とはいかなかったみたいだがな。しかし肉体年齢を変化させる程度ならば容易ではあったし、やろうと思えば性別を変化させることも出来たそうだ」
「……肉体年齢……つまり、意図的に成長出来る?」
「そこにだけ反応するか……まあ、お前の目的を考えれば当然か。そしてそれにはその通りだと答えよう。言っただろう? 俺達は未だ精霊に近しい存在だと。俺がやってみせたように、お前にも出来るはずだ。もっとも、さすがに容易にとはいかんがな」
「……やり方教えて」
身を乗り出すようにして反応したシーラだが、ヨーゼフは苦笑を浮かべると落ち着くように掌を差し出した。
その後で座るよう示されたので、渋々ながら座り、それでも逃がさぬように、強い光を瞳に浮かべヨーゼフをみつめる。
「ふんっ、やはり教えて正解だったようだな。この様子では、教えていなかったら果たしてどんな無茶をしたか。……むしろ今までどんな無茶をしたのかを考えれば、頭痛がしてきそうだな」
「……いいから教えて。……あと出来れば戻って。……正直やりづらい」
「そんな風には見えんがな。……いや、普段よりも強引さが増しているのは、この姿のせいもあるのか? まあ、いいだろう。正直俺も多少のやりづらさは感じているからな」
そう言うや否や、ヨーゼフの身体が少しずつ膨張を始めた。
それはそうとしか思えないような光景であり、成長というよりは余程正しい表現であるかのように思える。
だがそんな感想などは知ったことではないとばかりに成長を続けたヨーゼフは、やがて元の姿に戻ると、自らの身体を見回した後で一つ鼻を鳴らした。
「ふんっ、やはりこうではないとしっくりこないな」
「……ん、同感」
頷きつつ、しかしそれはそれだ。
急かすように視線を向ければ、ヨーゼフは再度鼻を鳴らす。
そして。
「教えるのは構わんが、出来るかはまた別の話だ。いや……おそらく今のお前では不可能だろうな」
そんなことを言ってきたのであった。




