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鑑定士とドワーフ その3

「はーん。おめえが王立学院の講師に、ねえ……冒険者になるっつって出てった時にゃどうなることかと思ったが、やるじゃねえか」

「そりゃこっちの台詞だっての。世界一の剣を打つ鍛冶師になる、とか言ってた割にまったく話を聞かないから諦めたのかと思えば……まさかこんなとこにいたなんてな。そりゃ名前を聞くことはないはずだ」

「純粋に腕だけで勝負出来る場所は何処かっつったら、やっぱこっちだと思ったからな」

「相変わらずの鍛冶馬鹿のようで何よりだよ。それに……確かに夢には近付いてるみたいだしな」

「随分と足踏みしちまったが、な」


 そんなことを話している視線の先では、連続した風切り音が発生していた。

 軌跡すらろくに追えない速度で、嬉々として剣を振り回しているソーマの姿に、小さく息を吐き出す。


「試し切りっていうか、試し振りみたいなことになってるが、ソーマが満足そうな様子を見る限り、出来はよさそうだな」

「当然だ、って言いてえところだが、正直不安のがでかかったってのが本音だな。あそこまでのやつが満足出来るようなものを作れるとは、さすがにまだ自信持って言えねえからな」

「ほぅ……?」


 そこでカミラが感心したように呟いたのは、グスタフがソーマの実力をある程度把握しているようであったからだ。


 当たり前ではあるが、どれだけ鍛冶師として優秀だったところで、求められるものは戦闘職とはまるで別のものである。

 戦うものであれば当然のように感じ取れる力の大きさというものが感じ取れなくても、不思議はない。

 もっとも、ソーマは同種の者達であっても下手をすれば感じ取れないほどに隔絶した力を持っているわけだが……だからこそ、尚更普通の鍛冶師には感じ取れないはずだ。


 しかしグスタフは、どうやらそれをある程度感じ取れているようである。

 本当に優れた鍛冶師は、相手の実力を正確に測り、それに見合ったものを作り出すことが出来るらしいが……友人がその領域に手をかけているようで、何よりであった。


「ふむ……ところで、そんな優秀なお前に一つ聞きたいことがあるんだが」

「……おめえが俺を持ち上げるとか、あんまいい予感はしねえんだが、一応聞くだけは聞いとくか。なんだ?」

「お前弟子とか作ってないのか?」

「弟子だぁ? 馬鹿言うんじゃねえよ。そんな暇あると思ってんのか?」

「ま、だと思ったけどな」


 昔からグスタフは鍛冶馬鹿で、鍛冶のことしか考えていないような馬鹿だった。

 というか、大体のドワーフはそうだ。

 自分に興味のあることには一直線で、それ以外のことには目もくれない。


 弟子を取るということは、自分の技術を継承していくという意味では重要なことだが、当然その分自分の腕を高める時間は削られる。

 いつか取ることになるとしても、自分に限界を感じるか、満足するまでは、そんなことを考えもしないだろう。


「じゃあ、腕がよくて他の国に移住してもいい鍛冶師の知り合いとかいたりしないか?」

「腕はともかく、移住に関してはさすがに分からんな……まあ、現状に満足してねえってやつは珍しくもないが、環境のせいにしてるやつならそもそも腕もそれなりでしかねえしな。つか、何でそんなこと聞きやがんだ?」

「こっちの国は年中人手不足で、特に今は顕著だからな。腕のいい鍛冶師が来てくれたりしたら助かったんだが……さすがにそう上手くはいかないか」


 鍛冶師が必要な理由は、言うまでもなく王都を復興するためだ。

 単純に人手も足りないが、何よりも不足しているのは物を作り出すことの出来る人材なのである。


 特に鍛冶師だけが足りないというわけではないのだが、鍛冶馬鹿に鍛冶師以外の伝手を期待しても無駄だろう。

 というか、下手をしたら他の鍛冶師への伝手すらないかもしれない。


「おめえはちょっと俺のことを舐めすぎっていうか、馬鹿にしすぎじゃねえか?」

「じゃあ何か伝手でもあるのか?」

「まあねえんだけどよ」

「駄目じゃねえか阿呆」


 やはり馬鹿は馬鹿だったようだ。


 とはいえ駄目元でしかなかったため、落胆などはしていない。

 そもそも友人のグスタフでなければ聞かなかったようなことなのだ。

 元より頼まれていることでもなし、駄目だったところで何の問題もない。


「つか、まず俺に移住の意思があるか聞くべきじゃねえのか? それとも俺の腕じゃ不足してるってか?」

「いや、不足してるとは思わないが……どうせ来る気ないんだろ?」

「まあな」

「じゃあ何で言ったんだよ間抜け」


 呆れの視線を向けてやったら、何故か得意気な顔を返してきたので、溜息を吐き出す。

 本当にこの馬鹿はどうしようもない。


「そもそも、お前は剣を専門に打つ鍛冶師だろ? 今うちが欲しいのは、もっと汎用的なやつらだ」


 ある程度の形にさえなれば、魔法で補助することも可能なのだが、まずはその土台となるものが作り出せなければどうしようもないのだ。

 そしてそれは、魔法でも作れないことはないものの、明らかに効率が悪い。

 鍛冶師などに頼んで作ってもらい、組み合わせていった方が遥かに早く出来上がるのだ。


 かつてはそんなことせずとも、魔法を使うだけで屋敷ほどのものでも半日もあれば作れたらしいが、生憎と今の魔法はその頃と比べると劣化している。

 だからこそ必要なのはそういった者達であり、そんな中でも剣しか作らないとか言い出しそうな馬鹿は必要がないのだ。


「まあ確かに、今の俺は剣以外打つ気はねえな」

「だろ? だからそんなお前は――」

「いや、是非とも我輩は来て欲しいのであるが!」


 と、そんなことを言っていると、素振りをしていたソーマがその腕を止め、手を挙げていた。

 その顔は相変わらず満足気であり、カミラは思わず溜息を吐き出す。


「……まあ、とりあえずお前がそれを気に入った、ってのはよく分かったが……そんなに満足出来るもんだったのか?」

「うむ、正直甘く見ていたというか、予想以上なのである。そしてこれは満足のいく出来だと言ってはいたであるが……これ以上のものを生み出すつもりがない、というわけでもないのであろう?」

「……ああ、当然だ」


 ソーマの言葉に、グスタフはにやりとした笑みを浮かべた。

 その瞳には挑戦的な光を宿しており、満足という言葉はあくまでも一区切りにしか過ぎないのだということが分かる。


「今日より明日、明日より明後日。一年後には今よりも遥かにいい剣が作れてるだろうよ」

「うむ。我輩もそう思うからこそ、是非とも来て欲しいのである」


 そう言いながら、二人は視線だけでやり取りをするように、ジッと見詰め合う。

 というか、実際にそれで意思の確認でもしているのだろう。


 だがカミラにはどうでもいいことなので、それを眺めつつ肩をすくめた。


「まあ、お前がより良い剣を望んでるのはよく分かったし、その気持ちも分かるつもりだ。だがじゃあお前は、そいつが新しく今の剣より良いものを打ったとして、すぐにそっちに乗り換えるのか? 一応とはいえ、その剣にも満足いってるんだろう?」

「む……それは……」

「私は剣士じゃないけどな、剣も使えるからこそ、そいつの打ったそれがどれだけいいものかは分かる。だから言ってやるが、それより良いもんを作られたとして、うちにはお前の他に使いこなせるやつがいないぞ? クラウスでさえ厳しいだろう。つまりそいつがうちに来たところで、腕を持て余すことになる。ここにいる方が、まだそいつのためだ」


 それはただの事実であった。


 別にグスタフが来るのは構わない。

 むしろ来てくれるというのならば、歓迎すべきことだ。

 復興の役には立つまいが、あれほどの剣を打てるのならば、数打ち品だろうともラディウスでは最上位の武器となることだろう。

 厭う理由など、あるわけがない。


 だがそれが双方のためになるかは、また別の話だ。

 そして結論から言ってしまえば、それはラディウスのためにはなっても、ソーマやグスタフのためにはならないのである。


 本来ならば、カミラはラディウスのためを思い、グスタフの勧誘に手を貸すべきなのかもしれないが、生憎とカミラは今回国の命で来ているものの、別に国の重要な位置にいるわけではない。

 あくまでも友人の頼みでもあるので来ているのであって、友人のことを考えて来たのならば、ここにいる二人の友人のことを考えて行動するのも当然なのだ。


「そもそも良い剣が欲しいなら、また頼めばいいだろ? その剣を見せれば、取りに来るのを駄目とは言わんだろうさ」

「ふーむ……それもそうであるか。変なことを言ってすまんかったのである」


 ソーマも納得してくれたらしく、そう言ってグスタフへと頭を下げ――だが、そこでその話が終わることはなかった。

 今度はグスタフが、いや、と言って首を横に振ったのだ。


「決めた。俺は行くぜ」

「……は? お前は私の話を聞いてたのか? お前がこっちに来ても腕を無駄にするだけだって言ったんだが……」

「分かってるよんなこと。というか、そもそも無駄にするってんなら、ここにいても同じことだ。程度は問題じゃねえんだよ。無駄になるならそれはどの程度だろうと同じことだ。だがそっちには、そいつがいるんだろう? なら俺がそっちに行かない理由こそがねえだろうが」

「さっき来る気ないって言ってた気がするんだが?」

「気が変わったんだよ。いや……行かない理由がねえってことに気付いた、ってとこだな」


 そんなことを言いながら笑みを浮かべるグスタフは、もう完全に心を決めてしまったようであった。

 ついでに言えば、ソーマが非常に嬉しそうだった。

 まるで欲しかったオモチャを手に入れた子供のようであり……さすがにこれは、カミラではどうにか出来るとも思えない。


 勝手に喜び合ってる二人に、人の気も知らずにと、溜息を吐き出した。


「あ、そうだ、どうせならアイツらにも連絡してやるか。面白がって来るかもしれねえしな。おめえはどうせアイツらの連絡先なんて知らねえんだろ?」

「あいつらって……あいつらのことか?」


 グスタフとカミラが共通で知っている者達など、故郷の友人達しかいない。

 確かに連絡先は知らないが――


「……はぁ、まあ、勝手にすればいいんじゃないか? あいつらが来てくれるんなら、それもそれで助かるしな」


 それぞれがどうなっているのかはまるで知らないが、グスタフがこうなっていることを考えれば、どうせ全員大して変わっておらず、またそれなり以上の腕を持っているのだろう。

 年中人手不足のラディウスに、歓迎しない理由があるわけもない。


「で、来るのはいいんだが、具体的にはどうすんだ? 私達はそれを受け取りに来ただけだから、すぐに帰るぞ? まあ、一応ここで一泊してくつもりはあるが、ここを出て行く前にやることあるだろ?」

「そうだな……一応注文受けてるもんもあるしな。義理を通す必要はあるだろ。諸々合わせて一年……いや、半年後ってとこか? そのぐらいにゃ行くつもりだが……何処に行きゃいいんだ?」

「お前が何処で何をしたいのか次第ではあるんだが……でもそうだな、とりあえず魔の森って分かるだろ? あ、いや、こっちでは別の言い方をしてんのか?」

「いや、それで分かるが、あそこに行けばいいのか?」

「厳密にはそこを抜けた先だな。抜けてすぐに屋敷があるから、そこに行けば何とかなるだろ。話は通しておくしな」

「分かった。んじゃそうと決まったら色々やらねえとな……忙しくなってきやがったぜ……!」


 忙しくなってきたと言いながらも、表情は嬉々としたものなのだから、本当に望んでのことなのだろう。

 ならばこちらから言うことはなかった。


 もっとも、客を置いてさっさと自分の店に戻るのはどうかと思うが。

 試し切り用の場所だという、店の裏手に存在していた小さな広場を見渡し、溜息を吐き出す。


 それからソーマへと視線を向けると、もう一つ溜息を吐き出した。


「まったく……お前といると本当に予想外のことばかり起こるな」

「我輩としては今回のは予想外ではあっても望むことではあったので、問題はないのであるが?」

「こっちにはあるんだっつの。あれだけの腕を持つ鍛冶師なんて、市井に置いとくわけにはいかんだろうしな」


 報告は必要だろうし、ただでさえ忙しい中で、余計な仕事が舞い込むことになる。

 関係各所からはブーイングの嵐となることだろう。


 だがソーマと一緒の旅などというものを企画した自分達のせいだと思ってもらうしかない。


「……先ほど我輩と旅出来てよかったという言葉を聞いたばかりな気がするのであるが?」

「それは本心だぞ? そしてこっちも本心だ」


 それに、何も面倒ごとばかりではない。

 実際あれだけの腕を持つ鍛冶師を確保出来るのならば、存外の喜びとなることだろう。


 実際に魔族の領域で過ごしていたというのも大きい。

 自分達の至らない点を、指摘出来る可能性のある人物だということだからだ。


 他種族へ直接不満点を聞き、それでも分からないようなことや、無意識に出てしまう差別を指摘してもらい、改善していく。

 そうすることで、ラディウスは自分達の目指した理想の国家へと、大きく近付く事が出来るはずだ。


 ただ、関係各所の人間は死ぬほど忙しくなるだろうが……それは、そのための礎となるということで勘弁してもらうしかないだろう。


「……ま、学院の一講師でしかない私には、何にせよ関係のないことだがな」

「鬼であるなぁ……」

「鬼が出た程度で理想の国が出来るってんなら、あいつらも涙を流して喜ぶに違いないだろうさ」


 そう言ってうそぶき、肩をすくめると、カミラはソーマと共に、店の方へと戻っていくのであった。

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