学院での攻防
内部空間が拡張されている、などということからも分かる通り、王立学院には幾つかの特殊な魔法が使われていたり、魔導具が設置されていたりする。
だがその中に、外敵の侵入を防ぐ、といった類のものは存在していなかった。
その理由は幾つかあるものの、中でも最も大きいのは、単純に設置するのが難しいからである。
外敵の侵入を防ぐということは、どのような形であれ空間に影響を及ぼすものだ。
しかし学院は既に、内部空間を拡張するという形で空間へと干渉している。
これ以上何かを行おうと思えば、互いにどういった影響を与えあってしまうのか、予測が出来ないのだ。
上手くいけば何の問題もなく設置出来るだろうが、正直可能性は低い。
しかも最悪の場合、空間ごと弾け飛ぶ可能性がある。
学院的にも、王都的にもそんなことが許容出来るわけがないので、敢えて学院には外敵の侵入を防ぐ機能というものは持たせなかったのだ。
それに何よりも、結界ならば王都のものがある。
それで十分だし、駄目だった場合はその時点でどうしようもない。
そういったわけで、学院に外敵が侵入してきた場合は、自分達でどうにかしなければならないのだが――
「ったく……やっぱもっと強く進言するべきだったな、こりゃ。新入りが余計なこと言ったところでろくなことにならないと思って黙ってたんだが……せめて外敵の位置ぐらい把握出来るようになってりゃもう少し楽だったろうに」
溜息交じりの愚痴を吐き出しつつ、カミラは愛用の戦斧を振り回した。
甲高い音が響き、自慢の一撃を防がれた眼前の魔物が、たたらを踏む。
どれだけ強い力を持っていようとも、所詮は魔物だ。
技術が伴っていない攻撃を防いだ後にあるのは、隙だらけの身体のみ。
――斧術上級・武芸百般・怪力乱神・精神集中・一念通天・心眼・連撃:大切断。
振り回した際の勢いを利用し、次の一撃へと繋げれば、呆気なく眼前の魔物の胴体は両断された。
だがそこで一息吐く暇もなく、即座にカミラは後方へと飛び退く。
空中でカミラが目にしたのは、直前まで自分が立っていた地面が陥没し爆ぜ飛ぶという光景だ。
それを作り出した一つ目の巨人がこちらに顔を向けたのを見て、カミラは息を一つ吐き出す。
さすがにアレを受けるのは腕が痺れそうである。
とはいえそう思いながらも、特にその心配をしていなかったのは、次に何が起こるのかを理解していたからだ。
「――ファイアーストーム」
呟きが聞こえた瞬間、それの足元から噴き出してきた炎によって、巨人の姿が遮られた。
しかもその炎は巨人だけではなく、その後方にいた魔物をも巻き込んでいる。
周囲に絶叫が響き、しかしそれが続いたのは数秒にも満たない時間だ。
絶叫が止んだのを見計らったかの如く炎も消え去り、後に残されたのは、真っ黒い炭のような何かだけであった。
「威力範囲共に申し分なし、か。相変わらず見事だな」
本心からの言葉を呟きながら振り返れば、そこにいたのは一人の少女だ。
二つに括った赤い髪をなびかせながら、肩がすくめられる。
「別にこのぐらいなら、出来て当然のことでしょ。褒められるほどのことじゃないわ」
こちらもまた、本心からのものなのだろう。
そこには驕りも謙遜も見てとれず、ただ当たり前のことを言っているという様子であった。
その姿に、つい苦笑が漏れる。
「まあ確かに、お前らにとっては当然なのかもしれないけどな……」
少女――アイナにしても、友人のソフィアにしても、特級スキルを持っている者からすれば、この程度のことは出来て当然なのだろう。
と、そう思ったのだが、どうやらアイナの言いたいことはそうではないらしい。
再度その肩がすくめられ、彼方に向けられた視線を追いかけ……なるほどと、納得した。
「確かにアレと比べれば、そういうのも当然といったところか。もっとも、それは比べる対象が間違ってる気もするけどな」
位置的に言えば、カミラ達のいる場所は西になる。
王都の北門から考えた場合、最も近い場所となり、今のところ最も魔物が殺到してきている場所ともなっているところだ。
だからこそ、カミラとアイナの二人が配置されているわけだが、当然と言うべきか魔物がやってくるのはその方角からだけではない。
北からもそれなりの数の魔物がやってきており、今もまた複数の魔物がやってきたのが見えている。
だがその魔物達が、一定の位置から先に進めることはなかった。
その前に足を止めたかと思えば、次の瞬間には全身がバラバラになり、その場に崩れ落ちたのだ。
全てが同時ではなく、ほんの少しだけタイミングがずれてはいたが、一秒も経たずに全てがバラバラと化したのだから、十分以上に驚愕すべき事態だろう。
中には十メートル近い魔物もいたというのに、まるで関係なしである。
そもそもどうやったのか、カミラの目にはまるで映らなかったのだ。
或いは、最初から誰がやったのかということを知らなければ、誰がやったのかということすらも分からなかったかもしれない。
しかしそれを引き起こした人物は、金色の髪を翻しながら、いつの間にか元の位置に戻ると、何事もなかったかのように周囲の警戒を再開し始めた。
「アレと比較して十分って言えるようなことが出来るやつなんて、それこそ両手で数えられるぐらいしかいないんじゃないか?」
「でも、あの娘は全然満足していないらしいわよ?」
「どうせ満足してない理由はソーマと比較してまだまだだから、とかいうのだろ? だから比較対象がおかしいっての」
とはいえ、その気持ちが分からないとは言わないが。
カミラも彼女達のやることを見て、相変わらずさすがだとは思いながらも、自分はまだまだだなと思うのだから。
スキルの差があることなど、承知の上で、だ。
以前ならば、諦めて受け入れていただろうが――
「ところで、お前達本当にここにいていいのか? そりゃ私達としては助かってるんだが」
そもそもアイナ達が何故ここにいるのかと言えば、カミラが学院へと救援に来てしばらくした頃、これは撃退するのは無理かもしれないと思っていたら助けに来てくれたのだ。
何でもソーマと一緒に近くにまでは来たのだが、途中でソーマが別行動をすると言い出し、アイナ達は先に王都へとやってきたのだという。
どうして王都の状況を知っていたのかや、ソーマが無事でこのタイミングで戻ってきたとか、一瞬疑問に思ったり驚いたりしたことはあったものの、すぐにソーマだしなで解決した。
余計なことを考えている余裕がなかったとも言うが。
ともあれ、それからはアイナ達の力も借りることで、こうして学院を守ることが出来ていた。
もっとも、厳密には学院そのものを守るのは不可能なので、残っている者達を訓練場にまで集め、その周囲にカミラ達が展開することで何とか凌いでいるのだが。
ちなみに先ほど言った通り、西をカミラとアイナで、北をシーラが、残りを学院に残っていた者達の中で有志が戦い守っている。
それはアイナ達の力なくては出来ないことだが、アイナ達の力を考えれば、もっと他に出来ることがある気もするのだ。
そういった意味での言葉であり――
「言ったでしょ? 何処が最も大変で手伝えそうかを考えた結果、ここになったって。街の方も大変そうではあったけど、何故か北門から侵入してきた魔物はほとんどがここに向かってきてたもの」
「ふむ……まあ、お前らがいなくなったらどうしようもないだろうし、有り難く厚意は受け取っておくか。それにしても、ここに向かう途中でそんな気はしてたが……やっぱり北門から侵入した魔物はここに向かってたのか。道理で魔物の数が多いわけだが……」
「何か魔物が狙うようなものがあるのかと思ったのだけど、特にそういうのも見当たらないのよね……」
「……ま、でも何かしら理由はあるんだろうな。具体的な理由に関しては見当も付かないが……そもそも魔物が街に近付いてきてたこと自体がおかしいんだから、もう何が起こっても不思議じゃないか」
王都には魔物避けの結界が張ってあり、そして魔物避けの結界というものは、基本的に二つの機能から成り立っている。
文字通り魔物を近づけさせないためのものと、近づいても中に侵入させないためのものだ。
その二つはある程度反発しあってしまう性質があるらしく、両方を強力にすることは難しい。
そのため、魔物を近づけさせない方の機能は強力な力を持つ魔物ほど強い効力を発揮するように、侵入させないためのものは弱い魔物ほど強い効力を発揮するように出来ている。
王都のは敢えて一つ一つを弱くし、多重化することで双方の効果を強めたのだが、弱体化してしまっている今は本来のものに近い。
弱い魔物は侵入出来ず、強力な魔物は侵入出来てしまっているのは、そういう理由によるものであった。
とはいえ、本来のものに近いからこそ、強力な魔物はそもそも近寄れないはずなのだが……結界が強力だった時から近寄ってきていたのでそこは考えても仕方のないことだろう。
とりあえず今カミラのすべきことは、このいつ終わるかも分からない魔物の襲撃を、凌ぎ続けることだけだ。
「さて、次の魔物がまたやってきたか……それにしても、一向に魔物の数が減らんな」
「そうね……あたし達も王都に入る前に目に付く魔物はある程度倒したんだけどね」
「ああ……そういえば、お前らの来る前になんか歓声が上がってた気がしたが、あれはそれが理由か」
「ええ。それで、あとは街に侵入しちゃったのだけ、と思ったんだけど……何故か周囲を取り囲んでいた魔物の気配が復活して、実際に門から魔物が侵入してきたのよね。あの時点で殲滅に意味はないということを察して、ここに来ることにしたわけだけど」
「……そんなことがあったのか。というか、そんなよく分からんことがありながらも、よく冷静に行動出来たな?」
「でたらめな現象とかは、ソーマで見慣れたもの」
「……なるほど、そりゃ道理だ」
むしろそれでは、一番大変だったのは北門を守る兵達だっただろう。
何しろ希望を抱いたと思ったら、一気に絶望を食らったのだ。
大半の魔物がこっちに来ているらしいが、よく耐えているものである。
詳細には感じ取れずとも、この距離ならばカミラでも北門の様子は何となく分かるのだ。
気配から判断する限り、何とか持ちこたえることは出来ているようである。
もっとも、それはいつまでも続くものではないだろうし……それは、こちらも同じだ。
「……私はまだ大丈夫だし、アイナやシーラも大丈夫そうだよな?」
「そうね……少なくともあたしはまだ大丈夫だし、シーラもそうでしょうね」
「となると、やっぱ問題は他の二か所か」
肉体的にも精神的にも辛いだろう。
講師がいればまだ何とかなったかもしれないが、生憎と戦うことの出来る講師はいなかったのだ。
つまり今は生徒達だけで南と東を守っているということになる。
それほど魔物は向かっていないはずだが、何せ一体一体が強力だ。
楽観出来る状況ではない。
「……なんだったら、カミラさんがあっちの援護に向かってくれても構わないわよ?」
「馬鹿言え。幾ら特級とはいえ、このクラスの魔物に後衛一人じゃ無理だろ。かといって生徒達じゃ、数が多すぎて防ぎきれないだろうしな」
さてどうしたものかと思いながら、周囲の気配を探り……つい、舌打ちを漏らした。
アイナの顔が歪んだのは、同じものを感じ取ったからだろう。
南と東に向かっている魔物の数が、明らかに増えていたからだ。
「どう考えてもこれは、何かが指示を出してるとしか思えないな」
「そうね……総数は変わっていないみたいなのに、明らかにこっちの割り振りが減っているもの」
「かといって減りすぎてもいないから、ここを放り出すわけにもいかない、か……ちっ、本格的にまずいな」
戦力が足りていない。
せめてカミラクラスがあと一人いてくれれば、どうにかなるものを。
「これは、あいつらに犠牲を強いるしかないのか? だが……」
「……いえ、どうやら必要なさそうよ?」
「あん? どういう――」
言葉を最後まで口にすることはなかった。
明確な答えが、背後に唐突に出現したからだ。
反射的に振り向けば、そこにいたのはよく分からないものであった。
土と砂、それと数多の植物によって形作られた、何か。
そうとしか言えないものだ。
頭部のようなものはあるし、腕のようなものもあるのだが、少なくとも生物では有り得ないだろう。
というか、どこからどう見ても魔物であり――
「ちっ、なんだこいつ……!? どうやって、いつの間に――」
「警戒する必要はないわよ。アレ、フェリシアの切り札だから」
「……は? フェリシアって、戦う術はないから避難させておくって言ってた、あの娘だよな?」
「そのはずだったんだけど……まったく、無茶するんだから。おそらく避難してた中に、状況を感じ取れた人がいて、それで知ったんでしょうね。森がないところでの召喚は大変だって言ってたくせに……ソーマに影響受けすぎじゃないの?」
よく分からないが、味方らしかった。
そして確かに、それがおもむろに腕を振るうと、周囲から迫っていた魔物が跡形もなく消し飛んだ。
学院の一部と共に、である。
「魔物よりもアレによって学院が壊されそうな感じだが……この状況なら言ってる場合じゃないか。というか、それよりも……アレ、本当に大丈夫なのか?」
アレそのものというよりは、あんなものを召喚したらしいということが、だ。
見るからに強力すぎる存在な以上、何の代償もなしに召喚出来るとは思えない。
最悪――
「……とりあえず、命にかかわるようなことはないって話よ。ただ、物凄く体力は消耗するから、本当にそれ以外の手段がないって思った時以外は使うなってソーマは言ってたわね」
「アレもソーマが関わってるのか……そう考えると納得は出来るが、結局楽観出来ない状況に変わりはなさそうだな」
だが、それ以上のことを考えるよりも先に、状況はさらに悪化することとなった。
先ほど結界の要が破壊された時にも比するほどの轟音が、響いたからだ。
「――なっ……!?」
反射的に音の聞こえた方へと視線を向けたが、どこから聞こえたものであったのかは、見るまでもなく分かった。
それは、この王都の象徴とも言うべき場所であり――
「王城が……!?」
そこで起こっていることを示すが如く、王城の一部が吹き飛んでいたのであった。




