結界と騎士
その光景を前に、カミラは思い切り舌打ちをした。
それを起こしたものに対する苛立ちであり、それを止めることの出来なかった自分に対する苛立ちだ。
だがどれだけ苛立ったところで、既に起こってしまったことはどうしようもない。
すぐさま意識を切り替えると、大声で叫んだ。
「ここは見ての通りもう駄目だ! 次に備えろ!」
「つ、次……? え? 次があるのか……? こ、こんなのが直撃したら……!?」
しかし返ってきたのは怯えたような声であり、視線を巡らせてみると、皆の顔には明らかに恐怖が浮かんでいた。
これがこの街を、ひいては国を守る騎士団かと思えばつい溜息が漏れそうにもなるが、仕方のないことでもあるのだろう。
実際自分の心にも、確かに恐怖はあるのだ。
そんなことを考えながらぐるりと一周見回すと、視線を元の場所へと戻す。
地面が抉れ、巨大なクレーターと化したそこへと、だ。
大きさそのものはそれほどではない。
精々が十メートルといったところであり、この程度ならばカミラでも余裕で作り出せるだろう。
だから問題は、その深さだ。
何せ、どれだけの深さがあるのかが分からないのである。
視界にあるのはただの闇であり、底はまるで見えない。
試しに小石を放り投げてみると、数秒以上経ってからようやく小さな音が返ってくるほどだ。
どうすればこれほどのものを作り出せるのか、カミラでは想像もつかなかった。
そしてこれが作り出されたのは、つい先ほどのことだ。
それまでは上空のみで攻撃が繰り出されていたというのに、唐突にそれがこちらへと向けられたのである。
しかも、たったの一撃だ。
一撃で、こんな光景が誕生してしまったのである。
悪寒を覚え咄嗟に避難の指示を出していなければ、ここにいる者達の何人かは犠牲になっていただろう。
その想像は容易だし、直撃どころかかすっただけでもどうなるかは考えるまでもない。
さらには、間違いなく今ので終わりではないのだ。
そこに恐怖を覚えるなと言うほうが無理な話ではある。
だが。
「しっかりしろ! 何もコレを防げと言っているわけじゃない! ここには一体何があってそれは何のためのものだった!? そしてそれが壊されたらどうなる!? それに対して備えろということだ!」
「――はっ!? そ、そうだ……ここには、魔物避けの結界を張るための要が設置されてたんだ……!」
「ああ、それが壊されたってことは……!?」
「ま、魔物が街に……!?」
「ようやく分かったみたいだな。一応この街には他にも結界の要があるからすぐにどうこうなるってわけじゃないが……」
言っている間に轟音が響き、地面が激しく揺れた。
先ほども感じたものとおそらくは同じものであり、音のした方へと視線を向けてみれば、土煙のようなものが上がっている。
そして気のせいでなければ、そこはここと同じように魔物避けの結界のための要が設置されている場所のはずであった。
こうなるだろうと思ってはいたものの、あまりに予想通り過ぎる展開に再度舌打ちが漏れる。
「まあ、こうなるだろうな。こっちではどうしようもないんだから、上で何とかしてもらいたいもんだが……出来るならやってるか。つまりこのままじゃ魔物が街に侵入出来るようになるまで大して時間はかからないってことだ」
「で、ですが、王城にあるものは他と比べ強固な守りで守られているはずでは……?」
畏まった態度とすがるような視線を向けられ、相変わらずむず痒さのようなものを感じるが、国王直々の命によって暫定的に彼らの上に立たせられてしまったのだから、仕方がない。
何でも、スキルのことを考えれば必然的にそうなってしまうし、そうする方が面倒が少ないとのことである。
ただの手伝い相手に大げさなことだ。
こんな時にまでスキルを基準としなくてもいいと思うのだが、或いはこんな時だからこそか。
非常時だからこそ、今まで頼ってきたものに頼る方が上手く回るのかもしれない。
実際、カミラが上級スキルを持っているということを知らされたら彼らは従順になり、こうしてこんな時にも頼ってくるのだから。
とはいえ正直カミラとしてはやりづらさの方が強いのだが、それを言っていられる場合でもない。
「確かにあそこの要は強固に守られてるし、あいつも守りについてるって話だから、上手くいけば守りきれるかもな。だが、一つだけ守れたところでどうする? 意味はないぞ?」
この街にある結界の要は合計で六つ。
王都だけあって強固なものとなっているが、実はその分一つ一つの効力は弱い。
互いに干渉させ、増幅させることで今の効力を発揮しているのだが、それをさせるためには一つ一つが強すぎては駄目なのだそうだ。
単純な出力ではなく増幅の幅を優先した結果であり、これが最大の効力を発揮するらしい。
そのため、要の数が半分以下になってしまえば、効力は今の一割ほどにまで落ちてしまうだろう。
それでも中級以下の魔物は入れないし、本来王都の周辺にはそれ以上の魔物など出てはこない。
だというのに、何故か今王都の周りではそんな魔物の姿をちらほらと見かけている。
しかもどう考えてもそれらの狙いは王都だ。
どうしてそんなことが、というのは、アレの仕業であろうことは間違いなく――
「ちっ……言ってる間に半分以下だ」
再度の轟音と揺れに、三つ目が破壊されたことを悟る。
魔物が街に侵入してくるまで、もう本当に時間がない。
「さあ、魔物が来るぞ! お前の仕事は何で、役目は何だ!? 今こそそれを果たせ!」
「は……はっ!」
さすがに怯えている場合ではないと気付いたのか、カミラの号令に騎士達は一斉に応えた。
まだ恐怖は残っているようだが、それは仕方あるまい。
大事なのは、それでも行動することの出来る、覚悟だ。
「要が残ってる方角は、まだ多少効力が残ってるはずだ。だから優先すべきはそれ以外……城壁もある程度は持つだろうし、つまり北門と南門だな。特に南は要が二つあったせいで、おそらく最も脆い。南を最優先としろ」
「了解です!」
「あとは……」
仮にも上に立っている以上、カミラもやるべきことはやらねばならない。
あとは何か言っておくべきことがあるか、と思いながら、周囲を眺める。
「他の者達への連絡はどうしますか?」
「いや、必要ないだろう。それぞれの場所にはそれぞれ的確に判断出来るやつがいるはずだからな。それとも……騎士団に所属するやつらは、この程度の判断も出来ないのか?」
「いえ、可能です!」
「良い返事だ。なら仲間を信じてやれ」
そんなことを答えながら、周囲に向けていた視線が北のある一点で止まる。
カミラ達のいる場所は、南側の要の一つがあった場所だ。
最優先すべき南門が近くにあることもあって、本来はカミラごとそのほとんどを南門へと向かわせるべきだろう。
だが。
「そして私は所詮仮の立場だが……いや、仮だからこそ、お前らを信用して後を任せようと思う。私は行くべきところがある」
「期待に応えられるよう精一杯やります……! ……ところで、その行くべき先という場所が何処なのかは、お尋ねしてもよろしいのでしょうか? やはり、北ですか?」
「あー、まあ、北には変わりないんだが……」
歯切れが悪いのは、仮とはいえ上に立っているという自覚もあるからだ。
当然相応の義務と責任がある。
しかしそれを分かっていながらも、カミラの視線は北の門ではなく、その近く。
ここからでもはっきりとその姿を見ることが可能な、この王都で王城と双璧をなす建造物へと向けられていた。
「手伝いに来といてなんだが、これでも一応学院の講師だからな。あっちを放って他を優先するわけにはいかんだろ?」
「なるほど……それはいたし方のないことですし、むしろ当然のことでしょう。ここまで我々をお導きいただけただけでも十分です。我々だけでしたら、きっともっと浮き足立っていたでしょうから」
「それは褒めすぎだろ。私は私のやるべきことをやっただけだ」
「ですからそれが素晴らしかったのですが……いえ、これ以上は我々の働きで以て応えさせていただきましょう。それでは、御武運を」
「……ああ、お前らもな」
びしっと揃って敬礼すると、一斉に南門へと向かった、つい今しがたまで部下だった者達に、苦笑を浮かべる。
持ち上げられすぎではあるが……あそこまで言われてしまったのならば、こちらもやるべきことをやらねばなるまい。
上空からは再び音が響き始め、向こうも向こうで諦めている様子はなさそうだ。
その音を聞き、周囲から届く勇ましい声を耳にしながら、カミラは一先ず自分の教え子達の様子を確認するため、その場から勢いよく駆け出すのであった。




