元最強、少女の様子を気にかける
それは何処となく、古めかしいところであった。
ついでに言うならば、退廃的ですらある。
具体的に何処がどう、というわけではない。
そもそもその場が薄暗いこと、用意された円卓が薄汚れた木製のものであること、その場に集まった十人が全員黒ずくめで、さらには顔を覆っていること。
あげていけばキリがなく、つまりは全体的な雰囲気がそうなのであり……言ってしまえばその場に居る者達の醸し出している雰囲気こそが、そこをそう見せている原因なのだ。
だがそれを彼らに伝えれば、きっと喜び勇んだことだろう。
それでこそだと口を揃えて言い、さらなるやる気を満たしたに違いない。
もっともそう口にする者が居ない以上、彼らのやる気はそのままだ。
まあそれだけで、十分すぎるほどではあるのだが。
「さて、早速ではありますが、今回は皆様に朗報をお届けする事が出来ます。なんと、この度かねてよりの探し物が見つかりました」
そんな中で発されたその言葉は、驚きとざわめきを以って迎えられた。
しかし次第にその声は、喜びへと変わっていく。
それはそうだろう。
彼らにしてみてば、それはまさに悲願への第一歩だ。
喜ばないわけがないし、騒がないわけもない。
とはいえ全員がそうというわけでもなく、中には冷静な者も居た。
今聞いたばかりの情報を吟味し、それから口を開く。
「……確かなのかね?」
「先日、私が直接お会いしましたから。まず間違いありません」
「おお……」
その根拠となる物言いに、さすがにその人物も感嘆の声を上げざるを得なかった。
震えそうになる身体を抑え、一つ唾を飲み込む。
「それは……つまり」
「はい、つまり……ついにです。間もなく我々の雌伏の時間は終わりを告げましょう」
その予言めいた言葉に、ついには誰からの声も上がらなかった。
だがそれは、感動によるものだ。
これまでの時間は無駄ではなかったのだと、彼らは心の底から、歓喜によって震えていた。
「さあ、もうすぐ世界は正されます。その時が訪れれば、彼の方は間違いなく、我らを導いてくれるでしょう。その時のためにも、最後まで気を抜いてはいけません」
「……当然ですな。ええ、むしろより一層気を引き締めましょう。彼の時を迎えるために」
「はい。全ては、魔王様のために」
「魔王様のために」
薄暗い中、しかし全員がはっきりと笑みを浮かべていると分かる中で、その言葉が一斉に唱和された。
「兄様、いくのです!」
「うむ、来るのである」
――剣の理・龍神の加護・見識の才・見切り:受け流し。
裂帛の気合と共に放たれた一撃を、ソーマは腕を動かすことによって軽く受け流した。
だがそれを軽く出来たのは、元から相手がそれを想定済みだからだ。
受け流されたその動きに逆らうことなくリナの身体も動き、そこから連撃が放たれる。
二撃三撃四撃までは受け流す事が出来たが、五撃目となってついに受け止めざるを得なくなった。
「あ、やったのです! ついに兄様に受け止めさせたのです!」
「うむ、見事であるな……だがそこで止めてどうするであるか」
「……あ」
それにリナが気付いた瞬間、その頭がぱかーんと叩かれる。
結局のところ、結末はいつも通りであった。
「あう……兄様に受け止めさせることだけを考えてたので、その後が疎かだったのです」
とはいえ、リナはそう言って肩を落とすものの、それが見事であったのに違いはない。
ソーマ達が『仲直り』してから一ヶ月。
リナがここへとやってくるのは週に一度ということになったので、手合わせはこれで四度目だ。
だというのに既にソーマに剣を使わせたというのだから、それは驚きという他ないだろう。
たとえソーマの剣の腕が、全盛期の頃とは比べ物にならないぐらい劣っていたとしても、である。
「まあそれが分かっているのであれば及第点といったところであるか。我輩の身体に触れるには、まだまだかかりそうであるがな」
「むー……でも絶対そのうちにやってみせるのです!」
「うむ……そうしてみせるがいい。楽しみにしているのである」
その言葉は、お世辞ではなかった。
実際楽しみにしているし、これが弟子を取る楽しみか、などといったことまで思っているのだ。
前世では考えられなかったことである。
これはひとえに、今世では剣の道を歩むつもりがないからだろう。
言い方は悪いが、暇潰しとして出来るのだ。
剣の道を歩むということは、剣を振るうのは全て自分の為だということである。
少なくともソーマはそうであったし、他人の為に振るう暇などはなかったのだ。
とはいえそれは別に、ソーマが自分のことしかしていなかったというわけではない。
ただ単に、誰かに剣を教えるぐらいならば、その時間を自分の為に使っていたと、そういうことである。
だから今世では、このままいくとそれは魔法関係のことにそっくりそのまま当てはまることになるだろう。
何か核心となるような情報を得たとしても、それを誰かに教えることなく、自分が魔法を使えるようにするためのみに使うということだ。
まあ或いは、それが口頭で説明できるようなものであれば、別かもしれないが。
閑話休題。
「さて、では今日のところはここまでにしておくであるか」
「え……もうなのですか? わたしはまだまだいけるのです!」
「いや、これ以上放っておくと拗ねられてしまいそうであるしな」
「あ……なるほどなのです」
頷くリナと共にソーマが視線を向けたのは、少し離れた場所で佇んでいるアイナだ。
こちらに視線を向けながらも、何処かボーっとしているように見える。
ただそれは暇そうというよりは、何かを考えているようにも見え――
「すまんであるな、アイナ。待たせたのである」
「待たせてごめんなさいなのです」
「――あっ。べ、別に待ってなんかないわよ。あんた達の手合わせ見てるの、結構面白いし」
「本当であるか?」
「嘘言ってどうするのよ。大体そうじゃないなら遅く来るとか、そもそも来ないとかしてるでしょ」
「なるほど……確かにその通りなのです」
そんな話をしながら、ちらりとリナと目配せをする。
僅かに首を傾げるあたり、よく分からない、というところだろう。
相変わらずと、そういうべきかもしれないが。
何のことかと言えば、どう考えてもアイナの様子がおかしいことだ。
話している時には特にそうは感じないのだが、さっきのように一人で居る時などにそれは顕著となる。
それは今までに感じたことのなかったものであり、感じるようになったのは一月前からだが、リナもそう思ってる時点でそれが気のせいではないのは明らかだろう。
ただ、考えてみれば一月前までアイナが一人で放っておかれる、ということはなかったのだ。
まあ厳密に言うならば、その時にはソーマが何か一人で集中している時であったので、気付いていなかっただけの可能性もあるが。
何にせよ言えるのは、そこにソーマは不甲斐なさを感じるということだけだ。
アイナにも色々と事情があることは分かっている。
だがそれを無遠慮に聞き何とかしようというのは、違うだろう。
だからソーマに出来ることなどは、一つだけだ。
「ふむ……とはいえ、その間暇を持て余しているのは事実であろう?」
「まあ……それは否定しないけど」
「では提案なのであるが、折角であるしその時間を有効に使うというのはどうであるか?」
「有効に使うって、どういうことよ?」
「そうであるな……では、ちょっと誰かに攫われた時の合図でも考えておくのはどうであるか?」
「は……? あんた何言ってんの?」
「何を言っているも何も、そのままであるが?」
そう、特にそこに他の意図などがありはしない。
ただ単に、誰かに攫われた時、予め合図を決めておけばそれが簡単に分かる、というだけである。
「いや、というかそもそもそんなことを必要とする状況なんて起こらないでしょ?」
「万が一ということもあるし、何よりどんな時にも備えておくのは重要であるぞ?」
まあ実際には、確かにそんなことは起こらないだろうが。
そう、別に本当にそんな時が来るなどと思っているわけではないのだ。
これはただの戯言。
何ということはない、くだらないお遊びである。
これで少しでも気を紛らせることが出来ればという、それだけのためのものであった。
「大体、攫われたのが分かったところで、どうしたっていうのよ? あんたが助けにでも来てくれるの?」
「……? 当然であるが?」
起こらないだろうが、起こったのならば、間違いなく助けに行くだろう。
それは当たり前のことだ。
だからそう断言したのだが、何故かアイナはそれに驚きを見せたのであった。
「……は? え、あんた、何言ってんの……? いつもの冗談、よね?」
「それは心外であるな。アイナが攫われたというのであれば、それがたとえ誰であれ、どんな状況であろうとも、助けにいくであるぞ? 絶対にである」
「…………あー、うん、分かったわ。あたしが悪かった」
「……? いや、別にアイナは何も悪くないとは思うであるが。ただ我輩は――」
「あー、もー、分かったってば! この話はこれで終わり!」
「ふむ……?」
いまいち分かってもらえていない気がするが、まあ分かったというのならば終わりにすべきなのだろう。
どうせ最初からただの、くだらない話である。
だがそう思ったところで、話は意外な方向に飛び火した。
「兄様兄様、では、わたしの場合はどうなのですか!? わたしの場合も、勿論助けに来てくれるのですよね!?」
「リナが攫われた場合、であるか……? うーむ、それは少し難しい話であるな」
「え……? 何故なのですか!? わたしの場合は助けてくれないのですか!?」
「というかであるな、根本的に前提条件がアイナとは違うのである。そういった輩からも身を守るために、リナは鍛錬をしているのであろう?」
「は……!? 確かに、その通りなのです! ということは、兄様に助けてもらうためには、鍛錬を止める必要があるのです……!?」
「もうなんていうか、色々と間違っている気がするわね……」
そう言って溜息を吐き出しつつも、アイナは少しだけ笑みを見せた。
そのことにソーマは、小さく息を吐き出す。
貸しの分だということで、アイナにはソーマが魔法を覚えるために色々としてもらっているが、さすがに最近ではその分を超過している気がするのだ。
その分、というわけではないが……こんなことでも気分転換になっていれば幸いであった。
もっとも当然ながら、それは根本的な解決にはなっていない。
しかしそもそも何が原因なのか、そんなものがあるのかすらも分かってはいないのだ。
さてどうしたものだろうかと思い、リナと話しているその姿を眺めながら、ソーマは肩をすくめるのであった。




