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静かな決意

 ラディウス王国の中心であり、また象徴でもある王城は、今日も青空の下にその威容を示していた。


 王立学院以外に並ぶものがないため、王城は街の何処からでもその威容を見渡す事が出来る。

 視界に王城が映るというのは王都に住む者にとっては日常であり、いつものことだ。

 少しだけいつもとは違うような空気に首を傾げながらも、街の人々はいつも通りの日常を過ごしている。


 だが、その中心である王城は、いつも通りというわけにはいっていなかった。


「随分と静かになっちゃったなぁ……まあ、仕方ないことなんだけど」


 周囲の光景を眺めながら、シルヴィアは呟きと共に溜息を吐き出した。

 視界に映し出されているのは、いつも通りの光景……というわけでは、ない。

 つい最近まで、シルヴィアは王立学院の方にいたからだ。


 長期休暇であっても、シルヴィアは王城に帰る事はなかったのである。

 それは自分の為であり、頑張るシルヴィアを家族も応援してくれていた。


 だがほんの一週間ほど前に、唐突に戻るよう言われたのである。

 しかもそれは、王としての命令であった。

 逆らおうとしたところで、どうにか出来ることではない。


 とはいえ、それを聞いた時のシルヴィアの心境としては、不満を覚えるよりも先に、疑問が来た。

 そんなことをする意味が分からないからだ。


 説明も何もされることがないまま、シルヴィアは城に戻らざるを得なくなり……その理由を聞かされたのは、城に来て四日が経ってからのことであった。


「寂しいのならば、君も行っていいんだよ? というか、僕としては是非行って欲しいんだけど……」


 と、不意に聞こえた声に視線を向ければ、そこにいたのは見知った姿であった。

 自身の父であり、この国の王――アレクシス・ラディウスだ。


 アレクシスはこちらへと向かってきながら、その顔に苦りきった表情を浮かべていたものの、シルヴィアは首を横に振りながら答える。


「そういうわけにはいかないよ。ワタシには力があるんだし、そもそもこういう時のために学院に行っているんだしね」

「いや、そういうつもりで行かせたわけじゃなかったんだけどなぁ……」


 そう言ってアレクシスは溜息を吐き出すものの、本気でこちらを止めようとしないのは、そういったつもりがなくとも、その要因がまったくなかったわけではないからだろう。

 王族の中で戦える者と言えば、アレクシスを除けばシルヴィアだけだからだ。


 それは単純にスキルの問題であり、アレクシスさえいなければ、シルヴィアは鼻歌交じりで家族全員を纏めてボコボコに出来る。

 ただしそれは皆に何の才能もないからではなく、才能が偏っているからだ。


 それぞれの得意分野でこられれば、シルヴィアこそがあっさりと負けてしまうだろう。

 もっとも、王族としての務めなど、勝敗を争うようなものでないものも多いが。


 とはいえもちろんのこと、本来なら王族に戦う力などは必要ない。

 そのために兵達はいるのだし、近衛などはそのためにこそいるのだ。


 だが王族などと言ったところで、所詮ラディウスという国は新興である。

 最高戦力こそ揃っているものの、兵の数は少ないし、いつ何があるかは分からない。

 いざという時に戦える者は必須なのだ。


「というか、いざって時のことを考えると、あっちにこそ行って欲しいんだけど」

「あっちで戦わなくちゃならない時って、それもう手遅れってことでしょ? そこで足掻いたところで、どうにかなるとは思えないよ」


 言葉と共に、シルヴィアの視線が自然と下を向く。

 本来であればそれは極秘で、誰にも悟られないようにするべきではあるが、どうせこの場にはアレクシスしかいないのである。

 隠そうとしたところで無意味だ。


 だから堂々とその方向を見つめながら、シルヴィアは一応今言われた状況というものを想像してみる。

 秒を待たずして結論が出た。

 やはりその時はもう、色々な意味で手遅れである。


 多少の時間稼ぎが出来たところで、その時はきっと意味がない。

 何故ならば、その時は多分、この国は滅んでいるからだ。


 何かの幸運があって、仮にそこで生き残れたところで、それに意味があるとは思えない。

 国とは民あってのものだ。

 その民を救うことなく、自分達だけで逃げ延びたところで、どうしてそんな者達を王族と認められようか。

 そうなってしまった時点で、国は滅んだも同然なのだ。


 そしてシルヴィアはこの国が好きだし、家族も好きだ。

 他にも沢山好きな人達がいるこの国を、滅ぼしたいなどと思うわけがない。


「だからワタシは戦うよ。そこに意味がなくとも、無謀でしかなくとも……全てが終わってしまった時に、後悔したくはないから」

「……そっか。まあ、実際ありがたくはあるんだけど……まったく、誰に似たんだか」

「皆からはお父様だって言われるけど? というか、お父様だって人のこと言えないよね?」


 国王が一人残り、敵を迎え撃とうとするなど、前代未聞過ぎる。

 そんなことを自分で提案し、実行に移すアレクシスには言われたくない。


「いや、僕だって出来ればやりたくはないよ? でも、相手の目的が分からない以上は、こうするのが最善だからね」

「国王を狙ったものとは限らないって皆は言ってなかったっけ?」

「ならそれはそれで構わないさ。僕がこうしてることが無駄になるだけだからね。まあ、是非ともそうなって欲しいんだけど……それでも、備えは必要でしょ?」

「そもそも何が起こるのかも分かってないんだから、備えるも何もないと思うんだけどなぁ……」


 王城へと強制的に戻されて四日が過ぎた後、シルヴィアが聞かされた理由というのは、端的に言ってしまえばこの国が滅ぼされるかもしれない、というものであった。


 目的は不明。

 方法も不明。

 犯人も、当然のことながら不明。


 そもそも誰がもたらした情報なのかも分からず……それでも、アレクシスはその情報が正しいと確信しているようであった。

 その様子から、多分アレクシスは情報源が誰なのかは知っているのだろう。


 だが何らかの理由により、それを明かすことは出来ない。

 その程度のことはもちろんシルヴィアは推測出来るし、家族達も同様であった。


 そしてだからこそ、他の皆は城の地下へと避難したのだ。

 万が一のことを考えて作らせていたという、隠し部屋に。

 今いるこの部屋が静かになってしまったのも、そういう理由からであった。


「だけど、今のところ順調に事態は進んじゃってるみたいだからね。ヒルデガルドの報告次第では、こんなことをする必要もなかったんだけど」

「そういえば、ワタシ達ってその内容を聞かされなかったけど、どんなものだったの?」

「……知らない方がいいよ。決して愉快なものじゃなかったから」


 その反応から、やはりと言うべきか、かなり状況が悪いことは察した。

 学院長に周囲の村の様子を探るよう頼んだ、ということは知っているけれど、そもそもその時点で普通ではない。


 前回の報告でも大分状況が悪いことは分かり、だからシルヴィアを城に戻したのだと、先の話と共に聞かされたのだが……この分では周囲の村が全滅していたとしても不思議ではなさそうである。


「じゃあ、質問を変えるけど、襲ってくるだろう相手のことは何か分かってるの?」

「……さて。とりあえず、魔物が関わっていそうだってことは、ヒルデガルドの報告からもほぼ確定してるけど、その大元についてはさすがに」

「予測も出来てないの?」

「それは……いや、止めておこう。口に出して実現しちゃったら大変だからね。折角彼らが何とかしてくれたっていうのに」


 後半の言葉の意味は分からなかったが、どうやらある程度予測は出来ているようである。

 或いはそれは、最悪の状況というものを想定しているだけなのかもしれないが――


「なら聞きはしないけど、それってソフィアさん達がいても大変そうなの? 今も警戒してくれてるみたいだし、正直ちょっと大袈裟すぎるんじゃないかなって思うんだけど」

「そうだね……もしもだけど、今回の件が僕が想定してる限りの最悪だった場合。ソフィアは、ろくに抵抗することも出来ずに一蹴されるだろうね」

「……え? 七天の一人だよ? そんなわけ――」

「七天って言っても、所詮は人だからね。……そのことを僕達はよく知っているし、実感させられた。だからこそ、楽観するわけにはいかないんだ。まあ、さすがにないとは思うんだけどね」


 その言葉を冗談だと思えなかったのは、実際シルヴィアもそんな存在のことを知っているからだ。


 あの時はソーマがいたから何とかなった。

 だが今はおらず……。


「……というか、ソフィアさんが一蹴されるようなら、お父様に出来ることとか何もないんじゃないかな?」

「うん? いや、あるよ? ソフィア達が来るまで持ちこたえるっていう役目が、ね」

「……一蹴されちゃうんじゃないの?」

「一蹴されるとは言ったけど、殺されるとは言ってないからね。皆で協力すれば何とか……なるといいなぁ」


 自信なさげに言っているが、本当に自信がなければこんなことをやろうとはしないだろう。

 それに、シルヴィアは知っているのだ。

 忙しい合間を縫って、アレクシスが今も鍛錬を続けているのを。


 かつて魔王討伐隊の中で、アレクシスは前衛を務めていたという。

 さすがに多少は腕も鈍っているだろうが、それでもシルヴィアよりは強いはずだ。

 何だかんだでそれほど心配する必要はない。


 どちらかと言えば、シルヴィアが足を引っ張らないかを気にするべきであり――


「まあうん、何はともあれ、とりあえず油断出来ない状況だってのはよく分かったよ。最初から油断するつもりもないけど」


 だがそんなものは今更だった。

 シルヴィアが戦闘で役に立たないということなど、分かりきっていることであり……だからこそ、今も頑張っているのだ。


 もう二度と、後悔しないために。


「本当に出来れば避難してて欲しいんだけど……まあ、そういうわけだから、手伝ってくれるんなら凄く助かりそうだからね。その状況に本当になっちゃったら、もう四の五の言ってられないだろうし」

「うん、その時が来たら、精一杯頑張るね。……そんな顔しなくたって、無理はしないって。出来る限りの精一杯をするってだけだよ」


 その時が来たら、今度こそ誰かの役に立てるよう、シルヴィアは静かに覚悟を決めるのであった。

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