元最強、現状の説明を受ける
その顔に浮かんでいたのは、まるで信じられないものを目にしたかのようなものであった。
視線がゆっくりと下りていき、自分の胸元を眺める。
そこには小さな、だがそれでいて確かな穴が開いており――ドリスの顔をしたそれの口から、驚きの呟きが漏れた。
「馬鹿……な……」
「馬鹿はお前さんの方だろう? ったく……人の姿使って好き勝手やろうとしてんじゃないよ」
そしてまったく同じ声と共に、再度の銃声が鳴り響き、今度はその額に穴が開く。
そのまま全身が溶けるようにくずおれ――否。
実際にその身体は、元の形を保てずに崩れ去っていったのだ。
「え……え……?」
「い、一体何が……?」
その光景を前に、後方からは戸惑いの声が聞こえてきたが、ソーマは敢えてそれには応えず、溜息を吐き出した。
ソレの後方に立っていたドリスに向けて、肩をすくめてみせる。
「いざとなったら我輩が動くつもりだったであるが、必要なかったであるな」
「そう応えるってことは、やっぱり全部お見通しだったってわけかい?」
「全部かは分からんであるが……まあ大体は分かっていたであるかな? それが魔物であるということも、それが姿を見せる前に分かってたであるし、その後ろにドリスが身を潜めてたのも分かってたであるからな。それさえ分かれば、あとは状況から何となく推察出来るであろう?」
「言うほど簡単なことじゃないんだけどねえ……ったく、それの台詞じゃないけど、本当に相変わらず大したもんだよ」
そう言ってドリスは呆れが混ざったような笑みを向けてくるが、本当に難しいことではないと思うのだ。
つまりこれは魔物がドリスの真似をしていただけであり、それでこちらの隙を突こうとしていたという、それだけのことなのだから。
「……ちょっと待って。つまり、なに? 今最初に現れたのは、ドリスさんじゃなかったってこと……?」
「……? 当然であろう?」
「いえ、それを当然と言えるのはソーマさんだけですから……どう考えてもシーラだって騙されてたじゃないですか」
「うん? 二人はともかくとして、シーラの先ほどの様子はドリスを援護するための演技だったのではないのであるか?」
「……? …………??」
「思いっきり混乱してるように見えるけど?」
「あっれ、おかしいであるな……」
シーラは相手の気配を感じ取れるため、この程度のことは見破れると思っていたのだが……どうやら違っていたらしい。
正直これは割と本気で予想外であった。
「……確かに普段のシーラならば気付けたのかもしれませんが、それだけドリスさんを心配していた、ということなのでしょうね。やはり、少し妬けます」
「それは嬉しかないって言ったら嘘になるけど、どっちかってーとシーラが未熟なだけだって気もするけどねえ。これまたそれの台詞じゃないけど、ああいう時こそどーんと構えとくもんさ」
「ふむ……言動からして何となくそんな気はしてたのであるが、それってもしかして単にドリスの姿を真似ただけではなく、記憶の一部とかも写し取っていたりするのであるか?」
「ま、そこら辺も含めてちゃんと説明するさね。お前さんはともかく、他の三人は状況をよく分かってないみたいだし、一人新顔もいるみたいだしね」
まあ確かに、まずはじっくりと話をした方がよさそうだ。
ソーマにしても、ここで起こったことの全てを理解したわけでもない。
ドリスが倒し、地面へと溶けるようにして消えていったその魔物が原因だったのだろう、ということぐらいは想像がつくが、まさかそれだけということもないだろう。
「ともあれ……一先ずやるべきは、掃除かね」
「そうであるな……」
椅子もテーブルも使えなそうではあるが、かといってこの中で話し合いを始めるわけにもいくまい。
街の様子を見れば、ちゃんと話が出来そうな場所が他にあるとも思えないし、ここを最低限片付けるのが最も手っ取り早そうだ。
そう判断すると、まだ戸惑いが抜けきっていない様子のアイナ達を促しながら、ソーマ達はその場の片付けを始めるのであった。
片付けを終えると、ソーマ達は思い思いの場所へと腰を下ろした。
とはいえその先は地べたであり、敷くものすらない。
椅子代わりにでも出来るようなものがあればよかったのだが、見つかったのは精々が木片しかなかったのだ。
街の中を探せば何かはあったかもしれないものの、誰も気にしないということでそのままとなったのである。
もっとも、ソーマとドリスはともかくとして、アイナ達の方は単純に結局どういうことなのかと気になっているだけなのかもしれないが。
説明しないままとりあえず片付けを優先したためか、三人はこちらへと戸惑いの抜けきっていない、物問いたげな視線を向けてきている。
それにソーマ達は顔を見合わせると、苦笑を浮かべ合う。
とりあえず、何はともあれ話を先にしてしまった方がよさそうだった。
というわけで先の存在についての話となったわけだが――
「……シャドウイーター?」
それが、アレの……あの魔物の名であった。
いや、厳密には、名であるらしい、と言うべきかもしれないが。
魔物だということまでは分かっていたのだが、さすがにソーマも名前までは知らなかったのだ。
「知らなかったって……どういうことよ?」
「いや、どういうことと言われても、そのままであるぞ?」
「では、魔物だと分かったのはどうしてですか?」
「どうしてと言われても……気配で分かるであろう? というか、さっきも言ったと思うであるが……」
それ以外に理由などはないし、必要もないだろう。
確かに見た目はよく似ていたが、気配が違うのだ。
シーラは油断していたのか、気付けなかったようではあるが、注視していればシーラだって――
「さて、それはどうだろうねえ。シーラが未熟だったのは事実だけど……どれだけ警戒してたところで、多分シーラだって気配からだけじゃ気付けなかっただろうさ」
「うん? それはどういうことである? シーラの気配察知能力はそれほど低いというわけではなかったはずであるが……」
「気配察知能力が高かろうか何だろうが、そんなことは関係がないのさ。シャドウイーターってのは、そういう魔物なんだからね」
何でもシャドウイーターとは、影を食らうモノ、という意味で名付けられたそうだ。
影を食らい、その食らった相手そのものへと成り代わる魔物である。
それは姿形だけではなく、記憶すらも食らう。
そうしてその人物そのものへと成り代わると、そうだと周囲の者達へと知らせないままに、その者達もまた食らうのだ。
記録によれば、村一つ、街一つがその魔物一匹のせいで滅びてしまうことも珍しくないらしく、かつて国すらも滅びかけたとか。
その分類は魔物に対してのみ扱われる等級、魔王などと同等の被害をもたらすことを示す、災害級である。
「ふむ? その割には、ドリスに呆気なく倒されていなかったであるか?」
それが崩れ去った場所へと視線を向けてみれば、その名残すらもなく完全に消え去っている。
気配も残っていないし、あれで確実に倒されたはずだ。
魔王と同格だというのであれば、あまりにも呆気なさすぎたと思うが――
「魔王と同じ災害級とはいっても、シャドウイーターはあくまでも最悪の場合、ってだけだからね。シャドウイーターは食らった相手によって姿形を変える、ってのはさっき言った通りだけど、それは能力もなのさ。アタシを食らえばアタシと同じ能力に、シーラを食らえばシーラと同じに。……アンタを食らったところで、アンタと同じになれたかどうかは分からないけど、でもその可能性は否定出来ないさね」
「それは……確かに、災害級なんて言われるわけね」
「そうですね……ソーマさんと同じ力を持った魔物が暴れまわるなんて、正直考えたくありません」
「ああ、しかも気配まで同じだから、少なくともそこからではそれが魔物かなんて区別のしようもない……はずなんだがねえ」
「そこがよく分からんのであるが、確実に魔物の気配はしたであるぞ? まあ確かに僅かであったし、ほとんどドリスと同じでもあったではあるが」
「……ソーマだから、そういうことがあってもおかしくない?」
「まあ、シーラには色々と話も聞いたしねえ。それであってもおかしくはないんだが……あとは、あれが完全にアタシのことを食らってなかったから、ってのもあるのかもね」
「完全には、という言い方は、まるである程度は食われた、って言ってるみたいであるが?」
「事実その通りだからねえ」
「――っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、シーラが勢いよく立ち上がった。
まあ、その気持ちは分かるが……しかしドリスは苦笑を浮かべると、座り直すよう手で示す。
「落ち着きなって。見ての通りアタシはピンピンしてるさ。ま、少しぐらい傷は負ったけど、それぐらいさね。……ただ、アレが成るにはその程度でも十分だったみたいでねえ。ついでに記憶も半分ぐらい持っていかれちまったもんだから、さすがにちと焦ったもんだよ」
「記憶って……大丈夫なんですか?」
「ああ、アレを倒したからだろうね。今では元通りさ」
「なるほど……アレが我輩たちのことを知っていた素振りを見せていたのも」
「奪われた記憶の方にあったから、ってわけさね」
「なるほど……本当にあたし達は危なかったのね。まあ、ソーマがいたから、何にせよ大丈夫だったみたいだけど」
「逆に言えば、ソーマがいなけりゃお前さん達は危なかったってことさ。シャドウイーターが影を食らうって言われてるのは、元が不定形な影みたいな存在だってのもあるけど、食らった相手を着てるものとかも纏めて、丸ごと食らっちまうからってのもある。アタシが来るのが少し遅くて、お前さん達が食われちまった後だったら、お前さん達がここに来たことすらアタシには分からなかっただろうね。アレを倒せても、戻るのはアタシの記憶なだけなわけだし」
と、そこでソーマ達の動きが一瞬止まったのは、今の言葉の中に一瞬気になるものが含まれていたからだ。
それは当然――
「うん? どうかしたのかい?」
「シャドウイーターに食われてしまったら、着ているものなども纏めて食われてしまうのであるか? 絶対に?」
「アタシも全部を知ってるわけじゃあないけど、何でも殺した後に纏めて、取り込むようにして食らうらしいさね。だから、絶対、なんだろうねえ。理由は定かじゃないけど、そのせいで村の住人が全員消えたってことに中々気付けず、その原因も分からないってことで、かつては被害が増大しちまったってことらしいし。で、それがどうかしたのかい?」
どうしたもこうしたもないだろう。
まさにそんな光景を、目にしてきたのだから。
そして、シャドウイーターはここへと現れた。
ノイモント領と唯一接している、ここへと。
その意味するところは……。
怪訝な視線を向けてくるドリスだが、一つ息を吐き出すと、意を決した。
確認のためにも話さないわけにもいくまいし、これだけは他の誰かに任せるわけにもいかない。
だからソーマは、そんなドリスの視線を真正面から見つめ返すと、これまで見てきたノイモント領のその様子を、語って聞かせるのであった。




