元最強、才能が皆無と言われる
――酷く長い夢を見た。
それは一人の男の夢だ。
剣を握り、その頂を夢見、ひたすらに目指しては剣豪となり、やがては剣聖、果てには剣神などと呼ばれるまでに至り……そうして望んだ場所に辿り着いたことで、満足しながら死んでいった。
そんな男の夢であった。
「……ふむ」
見慣れた天井を眺め、そんなたった今見たばかりの夢――否、『自身の前世の記憶』を思い返しながら、ソーマは一つ頷きを作った。
不意に思い出したそれに、以前から時折襲われていた違和感のことを、そういうことだったのかと納得したからだ。
生まれ変わり、或いは転生。
まあどちらも同じ意味ではあるが、つまりソーマの身に起こったことというのは、そういうことらしかった。
誰かに聞かれたら荒唐無稽などと言われそうではあるが、それが事実なのだからどうしようもないだろう。
妄想でもなければ勘違いでもない。
ソーマは確かに、転生者という存在なのだ。
「……ま、どうでもいいことであるがな」
しかしそこまで考えたところで、ソーマはその思考を切って捨てた。
理由としては、今口にした通り。
そんなことは、どうでもよかったからだ。
そもそも、思い出したという言葉の通り、知らなかったものを知ったというよりは、意識していなかったことを、そういえばそうだったと思い出したような感覚なのである。
意識していなかっただけで、今までのソーマの行動と思考には確かに前世のことが根底にあるのだ。
つまり思い出したところで何が変わるというわけでもなく、だからこそどうでもいいのである。
そして何よりも、今日はソーマの六歳の誕生日なのだ。
今日のことを知ってから、今日が来るのをどれほど待ちわびたか。
それを考えれば、前世のことなど心底どうでもよかった。
「さて、と……」
天井から視線を外し、窓の外へと向ければ、とうに朝日は昇っている。
屋敷の者達はとうに動き出しているであろうし、それは母達も同じだろう。
ならば、これ以上待つ必要はない。
「……よし」
跳ね起きるように上半身を起こしたソーマは、そのまま掛け布団をどかすと、ベッドから降りる。
軽く腕を伸ばし……これからのことを思い、自然と口元が緩んだ。
「ふむ……さて、我輩は果たしてどんなスキルを持ち、そして覚える事が出来るのであろうな……」
そうして、これから待っているそれ――スキル鑑定のことを考えながら、足取りも軽く、その無駄に広い部屋を後にするのであった。
前世のソーマから見た場合、この世界は所謂異世界というものに該当する。
そう断言出来るのには幾つか理由があるのだが……その際たるものと言えば、やはりスキルというものだろう。
スキルとは簡単に言ってしまえば、才能を可視化したものだと言われている。
それが本当に正しいのかは分からないが、それらしいものであるのは確実であり……まあ、要するに、その者が持つスキルを知れば、どんなことが出来どんなことを得意とするのかが一目で分かるということだ。
とはいえ普通であれば、他人どころか自分の持つスキルすらも知る術はない。
基本的にそれを知るには、スキル鑑定というスキルを持つ者に見てもらわなければならないのだ。
一応特定の魔導具を使用することでも、自分の持つスキルを知ることは出来るが、あまりそれは推奨されていない。
別に何らかの副作用があるなどというわけではなく……むしろ逆だ。
スキル鑑定を持つ者に見てもらうことで、副次的な効果が発生するのである。
というのも、スキル鑑定の効果は現在だけではなく、未来にも作用するのだ。
分かりやすく言えば、今覚えているものだけではなく、将来覚える事が可能なスキルすらも知る事が出来る、ということであった。
スキルが才能を可視化したものだと認識されているのは、こういったことも要因の一つだ。
つまりは、スキル鑑定で見てもらうことで、自分が今どんなことが出来、将来どんなことが出来るようになるのか。
それが分かってしまうということだからだ。
まあ、分かってしまう、などとは言ったものの、実際これを否定的に捉えている者は少ない。
まったくないわけではないが、それが常識な世界であるし、何よりもそれを知ることで自身の目指す先というものが分かるのだ。
自身に最適な未来を、無駄なく進めるということもあり、大抵の場合は歓迎されていた。
ただ当然のことながら、それを知るのは早ければ早いほどに良いとされている。
まあ、それはそうだろう。
例えば剣士を目指しているとして、そのために必要な剣術スキルを覚える可能性がないとなれば、それまでの時間はまったくの無駄となってしまうのだ。
それを知っていれば目指さなかっただろうことを考えれば、早すぎるということはない。
もっともそれでも、実際にスキル鑑定を受けるのは、大抵どれだけ早くとも六歳以降である。
勿論これにも理由があり、それ以前だと未来が確定しないとされているからだ。
これは実際にそういう研究結果が出ており、生まれた直後と四歳頃ではまったく異なる結果だったこともあったらしい。
大体それが確定するのが四歳前後、遅くとも五歳頃には確定するとされているが、念のため六歳頃にするのが最善とされているのだ。
ソーマが六歳の誕生日にスキル鑑定を受けることとなっているのも、それが理由であった。
そしてスキル鑑定を受けるということは、同時にほぼ自分の将来が確定するということでもある。
複数の道を選択できるほどにスキルが充実していることなど、滅多にないからだ。
むしろ一つ二つしかないということの方が余程多く、五個も覚える事が出来れば優秀、二桁もあれば天才と呼ばれる。
悩むまでもない、というのが普通なのだ。
そういったこともあり、スキル鑑定を受けるのは不安に思う者も少なくはないのだが……ソーマに関しては、改めて言うまでもなく楽しみに待っていた方である。
これは別に転生者だから才能豊かに違いないと思っているとか、そういうことではない。
単純に、ソーマにとってどんなスキルを覚えられるのかなどということはどうでもいいことだからだ。
正確に言うならば、どんなスキルを覚えられようとも関係はない、というべきか。
だからこそ、どんなものであろうとも、他人事のように楽しめるのだ。
それは将来を諦めているからではなく、実際のところは、その逆。
どんなスキルを覚えられようと、将来目指す先はとうに決めているからである。
というのも、確かにどんなスキルを覚える事が出来るのかは、スキル鑑定を受けなければ分からないが、幾つか例外が存在するからだ。
それが、基礎スキルと呼ばれるものである。
剣術や槍術などの武術系スキル六種と、魔法を使用するのに必須な魔導スキル。
これらのものは、下級という、同スキルの中で最も等級が低いものに限るが、それであれば大半の者は覚える事が出来るのだ。
実際少なくとも、武術系スキルのどれか一つと魔導スキルであれば、覚える事が出来ない者の方が少ないほどであり、前述の優秀や天才と呼ばれる者達のスキル数にこれらが含まれないことからも、前提として覚えられて当たり前だと考えられているということがよく分かるだろう。
まあつまり、それらを覚える事が出来ないかもしれない、などと考える必要はなく、そしてソーマが目指しているものというのは魔導士。
もっと言えば、魔法を使うということであった。
そのため、どんなものが使えるようになろうと、どうでもよかったのである。
ソーマが楽しみにしていたのは、単にその日が来れば、ようやく魔法を覚えるために動き出せるからであり――だから。
それが叶わないなんて、これっぽっちも想像していなかったのだ。
「……は?」
呆然とした声が、周囲に響く。
それはソーマの口から漏れたものであり、その顔に浮かぶのはそれと同じものだ。
呆然、困惑、驚愕。
その全てがない交ぜとなったような、何とも言えない感情を抱きながら……ソーマは、眼前に居る母へと、再度問いかけた。
「……今、何と言ったのであるか、母上?」
母がこんな時に冗談を言う性格ではないということは分かっていたが、それでも、冗談と言って欲しかった。
だが一度視線をそらした母は、ゆっくりと息を吐き出すと、ソーマへと真っ直ぐに視線を向けてくる。
そして。
「……ええ、それでは、もう一度だけ言いましょう。スキル鑑定の結果、あなたは武術系スキルや魔導スキルを含めても、一つもスキルを覚えることはない……何の才能もないということが、発覚しました」
毅然とした顔で、そんなことを告げてきたのであった。