元最強、実家に戻る
眼前の建物を眺めながら、ソーマは自分でも意外なほどの懐かしさを覚えていた。
確かにそれを目にするのは、何だかんだで約三年ぶりではあるものの、あくまでもそれはこの場所に戻ってくるのが、というだけである。
家族には会っていたため、下手をすれば懐かしいとすら思わないのではないかとすら思っていたのだが――
「ふむ……まあ、ここを出てから色々あったであるし、それを考えれば懐かしいと思うのはある意味当然とも言えるであるか」
「同感ではあるんだけど、その色々の大半はあんたのせいな気がするあたりちょっと釈然ともしないのよね……まあ、別にいいんだけど」
そう言って溜息を吐き出したアイナに肩をすくめてみせると、ふと視界の端でフェリシアが息を吐き出すのが見えた。
ただしこちらは溜息ではなく、どこか感心したというか、予想外のものを目にしたという反応である。
「ここがソーマさんの生まれ育った場所、ですか……何となくですが、ちょっと意外な気がしますね」
「うん? 意外って、何故である? 別に変なところはないと思うであるが……」
「……むしろ、だから? ……ソーマが生まれ育った場所にしては、普通過ぎる」
「そういうことですね。アイナさんが生まれ育った場所がああいうところでしたので、てっきりソーマさんが生まれ育った場所はもっと凄い場所なのかと」
「……そう言われてみれば、確かにここでソーマが生まれ育ったと言われると、ちょっと解せないわね」
「解せないというのは我輩の言葉である。汝らは我輩のことを何だと思っているのであるか」
そもそもアイナは二人に比べその辺のことはよく知っているだろうに。
そうして再度肩をすくめた後で、ソーマはもう一度眼前へと視線を向ける。
今更改めて言うまでもないだろうが、そこにあるのは見覚えのある屋敷。
ソーマが生まれ育った実家であった。
「ま、ともあれここでこうしていても仕方ないであるし、とりあえず中に入るとするであるか。フェリシアあたりはそろそろゆっくり休みたいところであろうし」
「まあ確かに否定はしませんが……そういえば、そもそもの話、何故これほどまでに急いで戻ってきたのですか? 話を聞いている限りでは、もう少しゆっくり戻ってきてもよかった気がしますが。そうすれば、アイナさんも……」
そう言ってフェリシアがアイナに視線を向けたのは、魔の森の近くにあるアイナが一年ほど世話になった村を、今回素通りしてきてしまったからだろう。
そして確かに、そうしなければならなかった理由があったかと言えば、その必然性はない。
学院が始まるまであと二週間ほどはあるし、ここからならば十分に間に合う期間だ。
仮に一日あの村に泊まったところで問題はなかっただろうし、そうでなくとも多少寄ってみせるのが人情と言えたかもしれない。
だがソーマは敢えてそうしなかったし、それはここまでの道のりの全てで言えた。
伊織のところを後にして、まだ一週間ほどしか経っていないのだ。
それは間違いなく急ぎの旅であったし、フェリシアのことを考えればもう少しゆっくりと戻ってくるべきであっただろう。
しかしソーマはそれでも、その全てを承知の上で無視し、ここまで急いで戻ってきたのである。
「あたしはそもそも行きの時点であの村には寄ったから、気にする必要はないんだけど……でも、そうね。ここまで急いで戻ってこようとしてるのは分かってたけど、何か理由があるんだとは思ってたから、その理由を今までは敢えて聞いてはこなかったわけだけど……」
「……ん、そろそろ気になる。……厳密には、ずっと気にはなってたけど」
「まあ、気にならんわけはないであろうな」
それでも聞いてくることがなかったのは、それだけ信頼されているという証だろうか。
ありがたい話であるし、こちらも同等程度に彼女達を信頼出来ているとは思うのだが、それでいてソーマがここまでそれについて話すことがなかったのは、何も話すとまずい理由があったからではない。
単純に、確証がなかったからであった。
理由がまったくないわけではないのだが、言ってしまえばそれはただの勘なのだ。
さすがにそれを賢しげに口にするわけにはいくまい。
あるいは、尋ねられていればそれでも答えていたかもしれないが、尋ねられることがなかった以上は無意味な仮定である。
まあ、今まさに尋ねられているわけではあるが――
「ま、それも含めて、まずは中に入ってからである。……多分それで、はっきりするであろうしな」
「……よく分からないけど……まあ、あんたがそう言うんなら、とりあえず分かったわ」
アイナだけではなく、他の二人も釈然としない、といった様子ではあったが、ソーマも今の段階では何とも言えないのだ。
もっとも、現状を考えればほぼ間違いないとは思うものの……ともあれ。
そうしてソーマ達は、一先ず屋敷の中へと向かうのであった。
屋敷の中は、ガランとしていた。
それは、文字通りの意味で、だ。
物音一つせず、そもそも人の気配がない。
もぬけの殻というのが相応しいような有様であった。
「ふむ……とはいえ荒らされたような形跡はなし、と。忽然と人だけが消えた、とでもいった感じであるな」
一通り見て周り、見覚えのある部屋へとやってきたところで息を一つ。
そこは自分の住んでいた部屋であった。
だから見覚えのあるのは当然であり、埃などが積もっていそうにないのは、定期的に掃除をしてくれていたからなのだろうが――
「……なるほど、ね。あんたが気にしてたのは、これってわけ?」
後から入ってきたアイナが放ってきた言葉に、ソーマは肩をすくめて返す。
それはある意味で正しく、ある意味では間違ってもいるからだ。
確かに、何かがあるかもしれないと思っていたのは事実である。
だからこうして急いで戻ってきたのであり……だが。
「いや? 正直に言ってしまえば、これは我輩にも予想外であるな。まさか屋敷が無人になっているなどとは、さすがに思っていなかったのである」
「その割にはあまり驚いていなかったような気がしますが? 屋敷の中で誰とも会わずとも、驚いた様子はありませんでしたし」
「まあ、屋敷に足を踏み入れた瞬間に無人なのは気付いたであるからな。そういう意味での驚きは確かになかったであるが、その分屋敷に入った時には十分驚いたであるぞ?」
それもまた事実だ。
ただ、その驚きを外には出していなかったため、フェリシア達がどう感じていたのかは別の話ではあるが。
「それに屋敷に入ってからであれば、シーラもここが無人だということには気付いていたであろう?」
「……ん、一応? ……というか、てっきり皆も気付いたと思ってた」
「あんた達と一緒にするんじゃないわよ……」
そう言って溜息を吐き出すアイナに肩をすくめながら、改めて部屋の中を見渡す。
別に何か面白い物があるわけでもない、多少の懐かしさを覚えるだけの部屋ではあるが……やはり、綺麗に整った部屋でもある。
まるで昨日までここに誰かが居て、しっかり掃除をしていたかのように。
それは他の部屋も同じであった。
人の気配はなく確かに誰もいないというのに、そういったものを感じさせないのだ。
偶然今日は誰もいない、とでもいった様子……あるいは、昨日までは確かに居たのに、忽然と全員が姿を消してしまったかのように。
違和感を覚えるほどに、この屋敷には生活感とでもいうものが残っていたのである。
唯一そうでなかったのは、母の部屋だ。
当主代行の執務室でもあるそこには、本来沢山の書類などが存在しているはずである。
なのにそういったものだけが、綺麗さっぱりとなくなっていたのだ。
その意味するところは果たして――
「……ま、気にしたところでどうにかなるものでもないであるか」
予想外のことがあったとはいえ、結局やることに違いはない。
つまりは、ここで休息を取るという事である。
だがそう告げると、皆は意外そうな顔を見せた。
「……え?」
「え、とは何である? ここに入る時にもそう言ったであろう?」
「それはそうだけど……いいの?」
「何がである?」
「何がも何も……えっと、ここはソーマさんの生まれ育った家で、本来ならばソーマさんのお母さんが居たはず、なんですよね?」
「うむ、その通りであるが?」
「……手掛かりとか、探さないでいいの? ……周辺も含めて」
「ああ、そういうことであるか」
納得いったと頷くソーマに、不可解そうな視線が向けられる。
だがソーマはそれに、肩をすくめて返すだけだ。
不要だったからである。
「不要、って……」
「ああ、心配せずとも、気にしていないというわけではないであるぞ? 単に屋敷は既に見て回ったであるし、周辺を探るにせよ一旦フェリシアは休息が必要なことに違いはないであろう? あとは何気にアイナも」
「それは……確かに、その通りですが。……すみません、わたしにもっと体力があれば」
「いや、むしろ謝るべきはそれを分かりながらここまで強行軍してきた我輩の方であろう。それに、何かあったようだ、というのはとりあえずこれで確定したであるしな。今までの行動が無駄にならず、明日以降やるべきことも多少はっきりしたであるから問題はないのである。どちらかと言えば、謝るぐらいならば今日はゆっくり休み、明日以降のために英気を養ってもらいたいものであるな」
「……分かりました」
「……分かったわ。確かに、多少疲れてはいたものね」
「……ん、今日はゆっくり休んで、明日頑張る」
本当に気にする必要はないのだが……真剣な様子で頷く三人の姿に、申し訳ないやらありがたいやらで、苦笑を浮かべる。
それから、窓の外へと視線を向けた。
そこから見える景色は、記憶にあるものよりも幾分視点が高めだ。
しかしそれでも、やはり懐かしい景色でもある。
それを眺めながら、さて、それにしても何があったのだろうかと、ソーマは目を細めるのであった。




