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故郷に向かって

 眼前の光景を前にして、伊織は溜息を吐き出した。

 まるで爆発でもあったかの如く吹き飛び抉れている地面、何かに押し潰されたかのようにへし折れている木々に、さらにそのうちの幾つかは寒気を覚えるほどの切断面も見せている。

 ここで何があったのか、ということは大体のところは聞き及んでいるものの――


「これはまた随分と派手にやったもんだな……というか、話に聞いた限りだと、ここまでやる必要はなかっただろ」

「そうですね……必要あったかなかったかで言えば、確かになかったかと思います。もっとも、最初から必要か否かで行動していたわけではなさそうでしたが……特に、アイナ様は」

「要は、単に手加減とかが苦手だったってわけか。おかげで面倒なことになりそうだが……ったく、一体誰に似たんだかな」


 そう言って肩をすくめながら、周囲を見渡す。


 とはいえ、死体がそこら中に転がっているよりは、マシだと考えるべきだろうか。

 真っ先にそんなことを考えてしまうあたり、随分とすれたというか、この世界に馴染んだといったところだが……それも今更の話である。

 魔王などと名乗っていることを考えれば、尚更だ。


 と。


「……魔王、か」

「どうかなさいましたか?」

「いや……ちょっと昨日のことを思い出してな」


 連想ゲームのような形ではあるものの、聞いたばかりであるためか、伊織はほぼ反射的にそのことを思い出していた。

 昨日のこと……つまりは、ソーマが魔神を倒した直後に起こったことを、だ。


 そう、前魔王派の襲撃から、既に一日が経過していた。

 伊織達がこんな場所……城へと向かうための正規の入り口へとやってきているのも、ここで昨日アイナ達が戦闘を繰り広げたという話を聞いたからであり――


「ニコラウス、でしたか……その者が口にしたという言葉を気にしているのですか?」

「まあ無視してもいいとは思うんだが……何せ物が物だしな」

「そうして気にするのを狙って、敢えて無意味に意味深なことを言った、という可能性もありますが?」

「それならそれで問題ないさ。少なくとも警戒しといて損はないだろ?」

「……確かに、その通りではありますか。不気味であったことに違いもないようですし」

「だな」


 そう言って頷きつつ、伊織は視線を彼方へと向けると目を細めた。

 それは城のある方角であり、そのさらに奥が昨日戦場になった場所だ。


 そして、ニコラウスという名らしい男が、自ら命を絶った場所でもある。


「これはこれで、魔王様のことを考えればあり。そう言ってあいつは自ら死を選んだ」

「魔神が倒された時点で後はなく、こちらに余計な情報を与えまいとしたならば、死を選んだのはむしろ当然ではありますが……確かに、気になる言葉ではありますね」

「ああ」


 魔王様と言ったということは、それは間違いなく伊織のことではなく、伊織が倒したあの魔王のことだろう。

 つまり言葉の通りに解釈すれば、魔神を倒したことが、どうにかしてあの魔王の益になる、ということだが――


「俺は間違いなくアレに止めを刺した。が、その程度で安心出来る相手じゃないってのは、俺がよく分かってるしな」

「そうですね……実際にアレは一度蘇っています。とはいえその方法はもう使えないはずですが……いえ。だからこそ、魔神という存在を何らかの方法で利用しようとした可能性がありますか……」

「ただそれだったら、俺のところに来ないとも思うんだよな。今回はソーマがいたからこそこんな結果に終わったが、そうじゃなくちゃ俺は殺されてた可能性が高い。というか、あいつが言った言葉から考えれば、それが本来の目的ではあったが、倒されたんならそれはそれでよし、ってことだろうしな」

「つまりは次善の策だった、と。何にせよ魔神の死を何らかのことに利用したのは間違いなさそうですね」

「ま、だからこそわざわざこんなとこに来てるんだしな」


 要するに伊織達がここに来たのは、その手がかりとなるようなものはないかを探すためであった。

 直接魔王が関係している可能性があるとなれば、再び伊織がそれと関わる可能性は高いのだ。

 ならば少しでも手がかりとなるようなものがないかを探すのは、当然のことだろう。


 もっとも。


「この様子じゃ、あったとしても探すのは無理そうか……生き残りもいないみたいだしな」

「……申し訳ありません。そのようなことになっていたなど思ってもいませんでしたので……」

「そりゃそんな予測が出来た方が驚きだろ。以前のと同じだと考えるのがむしろ自然だ。そう考えれば、誰一人として怪我一つなかったんだから、上出来すぎる」

「……ありがとうございます」


 それはお世辞ではなく本音であったが、腰を折り曲げるほどに頭を下げている執事長には言ったところで通じないだろう。

 まあ、いつものことではあるので、一度だけ視線を向け、溜息を吐き出すと、再び……否、今度は、城へと視線を向ける。


「……スティナに話を聞ければ、何か分かったのかもしれないけどな」

「それは……」

「……分かってるさ。言ってみただけだ」


 出来ないことを口にしたところで、意味はない。

 分かりきっていることであった。


 ソーマによって、スティナに取り付いた魔神は滅ぼされた。

 しかし魔神を滅ぼしたところで、スティナが魔神に奪われたものは戻ってくることはなかったのだ。


 即ち、その存在の八割ほどを、である。

 死に至るには、十分過ぎるほどの損失だ。


 物質的な意味ではないので、見た目こそ変わっていなかったが、体重は八割ほど減っていた。

 それを考えれば、むしろ見た目が変わっていないことこそがおかしいのだ。

 何にせよ、やはり尋常ではなく、死ぬことこそが当然であった。


 スティナが普通の人間であれば、間違いなくそうなっていただろう。


「アレが余計なことをしたせいでスティナは魔神を召喚する際の器になったが……そのおかげで死なずに済んだんだ、か」

「皮肉なものですね」

「まったくだな……まあ、死なずに済んだ、というだけでしかないけどな」


 何せ今は歩くことどころか、まともに喋ることすら出来はしないのだ。

 喋るようになるのにどれだけかかるか……いや、それが可能なのかすらも、分からない状態なのである。

 生きているだけでもよかったと、果たして言っていいものかどうか。


「責任も、取らせなきゃならんしな」

「ですね……頭の痛い話です」


 本人の口からはっきりと聞けたわけではないものの、おそらくスティナは前魔王派に関わっている。

 どこまでの関係だったのかは分からないし、最終的にああいう形になったとはいえ、その責任は取らせないわけにはいかないだろう。


 とはいえ、それもスティナが喋ることが出来なければどうしようもない。

 喋ることさえ出来れば、相手方の情報と引き換えに、司法取引のような真似も出来るのだが――


「……そういえば、ソーマが去り際なんか変なこと言ってなかったか?」

「変なこと、ですか?」

「ああ」


 ソーマ達の姿は既に城にはない。

 結局色々あって丸一日遅れてしまったものの、ソーマの故郷に向かうと、今朝方発って行ったのだ。


 というか、それを見送るついでに伊織達はここを調べに来たのであり……その別れ際に――


「『そういえば、あとでスティナが話があると言っていたのである』……そんなこと言ってなかったか?」

「……言われてみれば、言っていたかもしれませんね。あの時はソーマ様がクラウス様とソフィア様のご子息だということが分かりゴタゴタしていたため流してしまいましたが……」

「……ま、あとでスティナのところに行ってみればいい話か。どうせ行くつもりだったしな」

「といいますか、もう行ってしまってもいいのではないでしょうか? これ以上ここを探しても何も見つかりそうにありませんし」

「ふむ……それもそうだな」


 その場をざっと見回し、息を一つ吐き出す。

 確かにこのまま続けたところで、時間の無駄に終わるだけだろう。


 ここをこのままにしておくわけにもいかないが、どうせ自分達ではどうにも出来ないのだ。

 ならば何にせよ、とっとと切り上げてしまった方が有意義である。

 

「じゃあ、戻るか」

「かしこまりました」


 そう言ってその場から離れ始め……ふと、後方を振り向いた。

 視線を向けた先には、ラディウス王国が、そしてノイモント公爵領が存在しているはずであり……まったく、よく出来た偶然だと、肩をすくめる。


 まあ、あるいはそれも偶然ではないのかもしれないが……それはきっと、伊織には関係のないことなのだろう。


「お前もお前で大変そうだが……ま、頑張れよ」


 そんな呟きを漏らすと、前方に向き直り、伊織は改めて城へと戻っていくのであった。









「うん?」


 ふと誰かに声をかけられたような気がして、ソーマは足を止めた。

 しかし振り返ってみたところで、当然のようにその先には誰の姿もない。


「なに、どうかしたの?」

「いや……どうやらただの気のせいのようである」


 それに気付き、こちらへと振り返ってくるアイナへと、そう言って肩をすくめる。

 それからついでとばかりに周囲へと視線を向けてみれば、やはりこれといった異常は見られない。

 魔物などの姿もなく、広がっているのは平和でのどかな光景のみであった。


「ふむ……さすがにここまでは昨日の余波は届いておらんであるか」


 歩みを再開させながら、そう呟いたのは、もちろん城を出立した際の山の様子を見たからである。

 ここからでは既に山を見ることは出来ないが、見えていればはっきりとその跡を見る事が出来ただろう。

 その程度には、その痕跡は大きいものだったのだ。


「当たり前っていうか、そもそもここまで来る途中でもそんなことなかったでしょうが……! 大体やろうと思ったところで、あんたじゃないんだからそんなこと出来ないわよ! ……確かに昨日はちょっとやりすぎちゃったけど」

「……あれをちょっとって言えるあたり、ソーマに大分毒されてる?」

「確かに、普通はあれをちょっととは言えないでしょうね。明らかにやりすぎでした。……まあ、わたしも人のことは言えないのですが」

「……えっ? あれ? ちょっと、よね……? だってあれぐらいじゃ……」

「本人に自覚はないようであるな。やれやれ、困ったものである」

「あんたが言うな……!」


 そんな会話を交わしながら、アイナの先導で以って先へと進んで行く。


 今のところの道程は、順調そのものといったところだ。

 もっとも、城を発ってからそれほど時間は立っていないので、当たり前ではあるが。

 そうそう問題ばかり起こられても困る。


 このまま順調に行けば、アイナが居るおかげもあり、当初の予定よりも大分早く学院へは着ける予定だ。

 この前の街でのあれこれや、魔王城へ寄ったことを考えても、十分な余裕があるだろう。

 そのため、あと数日程度ならば、城に残っていたところで問題はなかったのだが――


「ところで、今日出てきてしまってよかったのであるか? 何ならアイナだけでも残っていてもよかったのであるが。スティナとはまだ全然話し足りなかったであろう?」

「それを否定はしないけど、今朝も言ったでしょ? また話をする機会なんて、いつだって作れるって。次に帰った時で十分よ。大体あたしがいなかったら、あんた達ギリギリ戻れるかどうか、ってぐらいになるわよ? 数日留まってたところで、間違いなくあたしの方が早く戻れるだろうし」

「ふむ……それは事実なのではあろうが、そう言われるとちょっと対抗心が湧いてくるであるな」

「……同感。……やってみる?」

「やるのは結構ですが、わたしはアイナさんの方につきますからね? と言いますか、わたしでは二人についていけないでしょうし」

「むしろ、そのぐらいハンデがあった方が……いや、その場合、有利なアイナの方にこそハンデは必要であるか?」

「あんた普通に失礼なこと言ってるからね?」

「……でも、事実でもある?」

「まあ、事実ですね。……さすがに、アレをそうそう使うわけにもいきませんから」


 そう言ってフェリシアは、右手で自分の首元を押さえた。

 そこには外からは見ることは出来ないが、飾り気のないネックレスが存在しているはずである。


 それを見るようにソーマは目を細めるが、特に何かを感じられることはない。


「ふむ……そういえば、問題なく使えたようであるな?」

「そうですね……おかげさまで。とりあえず問題はなかったように思います」

「……ん、私の目にも、問題なさそうに見えた」

「そうであるか……ならば大丈夫そうであるな」


 そんなことを話していると、少し遅れてアイナも何について話しているのかに気付いたようだ。

 僅かに首を傾げた後で、納得したように頷く。


「ああ、アレの話? 確かに、少なくとも問題はなさそうだったわね……驚いたけど」

「……申し訳ありません」

「別にフェリシアが謝るようなことじゃないでしょ。確かにフェリシアがやったことではあるけど、どうせ元を辿ればソーマのせいなんでしょうし」

「……ん、その認識は正しい」

「まあ、正しいのではあるが……さもそれが当然のことであるかのように言われるのは解せんのである」

「今更でしょうに何言ってんのよ」


 だから尚更なのではあるが、それ以上は口にせず、ただ肩をすくめる。

 どちらの分が悪いのか、という程度のことは、言われるまでもなく理解しているのだ。

 それが納得出来るかは、また別の話ではあるが。


 それでも、こうして共にいる皆からは、笑みの気配を感じる。

 ならばそれで、問題はないだろう。


 エルフの森を出た時は、魔王城に行くなど想像もしていなかったし、その前後も含めて割と色々なことがあり、どうなるものかと思ったが、最終的には悪くない結末に落ち着いたと思う。

 まだ学院どころか、故郷にすら辿り着けてはいないが、この調子ならば何かあったところでそれもまたどうにでもなるに違いない。

 そう……何があったところで、だ。


 ふと脳裏を過るのは、スティナから聞いた話である。

 気のせいであるならばそれに越したことはないが……さて、どうしたものか。


 そんなことを思いながら、ソーマは僅かに覚える胸騒ぎを誤魔化すように歩を踏み出す。

 これからのことを考えながら、それでも皆と共に先へと進んでいくのであった。

 というわけで、第五章完となります。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。


 前章の倍以上の話数ということで、想定よりも大分長くなってしまったのですが、これでもまだ色々と足りていないような気もします。

 色々な要素を詰め込みすぎたせいだとは思うのですが、要素的には当初の予定通りなので単に見積もりが甘かっただけな気も……。

 相変わらずまだまだであり、勉強の必要がある毎日ですが、それでも続けて来られているのは皆様の応援のおかげです。

 来月には書籍も出ますし、こちらも引き続き頑張りたいと思いますので、書籍共々応援していただけましたら幸いです。


 それでは、これからも皆様に少しでもお楽しみいただけますよう祈りつつ。

 失礼します。

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