元最強、魔王と話をする
月に照らし出されている部屋はそれだけで明るくもあったし、それなりに雰囲気の出る状況でもある。
だが男相手に雰囲気など出したところで何の意味もない。
とりあえず灯りをともそうとしたのだが……直後にその必要はなくなった。
伊織が魔法を使って、灯りをともしやがったからだ。
消耗品でもある灯りをともす魔導具の損耗を抑えるため、などと言ってはいたが――
「貴様……我輩に対する嫌がらせであるか? こんな時間であろうと、喧嘩を売ってるんなら買うであるぞ?」
「は? 何でそうなん……ああ、そういやお前昔から魔法使ってみたいとか言ってたな。ってことは、もしかして使えないのか?」
「もしかしても何も、むしろ貴様は何故使えるのである……?」
「どっちかってーと何でお前は使えないのかって話なんだが……確か、俺らの世界の人間なら基本的にはこの世界に来たら誰でも魔法が使えるって聞いたぞ?」
それは完全に初耳な情報であった。
ヒルデガルドからすら、聞いてはいない。
知ってはいたが教えなかったのか、そもそも知らなかったのか……いや、多分知らなかったのだろう。
それは間違いなく有益な情報だ。
敢えて隠しておく必要性がない。
しかし。
「ふむ……そうなのであるか?」
「ああ、何でも俺らの世界はこの世界から見ると上位の世界になるから、とかいう理由だったか? そのせいで魂も位階的には上位に位置するから、この世界に存在してる先天的な才能は、その大半が予め備わってるとか。さすがに個人によって幅はあるらしいけどな」
「なるほど。……ところで、何故貴様はそんなことを知っているのである?」
そう、それが問題だ。
ヒルデガルドは元神で、この世界の神とも遭遇したことがあるようなのに、それでも知らないような情報なのである。
元勇者で現魔王だからといって、さすがに知れるようなことでもないだろう。
何でもないことのように語った顔を、目を細めて見つめ、だが伊織は変わらぬ様子のまま、ただ肩をすくめてみせた。
「さて……とあるやつから教わったから、というか勝手に語られたから、としか言いようはないんだが……敢えて誰からってのは言わないでおくか。多分そのうちお前のとこにもやってくるだろうしな」
「ほぅ……その根拠は?」
「単純な話だ。俺がここに居て、お前もここに居るから、だよ。俺が召喚された世界に、お前も転生してくる。そんなことが偶然で起こるかっての」
「ふむ……」
呟き、ソーマも肩をすくめたのは、確かにその通りだと納得したからだ。
そんな偶然が、有り得るわけがない。
この世界にソーマを転生させたのはヒルデガルドという話ではあったが……どうやら後で確認しなければならないことが出来たようである。
「納得したか?」
「まあ、納得しないわけにはいかんであろうな。魔法が使える貴様を許すわけにはいかんであるが」
「何でだよ、許せよ」
「断るのである」
そんなことを言って睨み合い、直後に笑い合う。
伊織と再会してからちょくちょく感じることではあるが、ひどく懐かしい気分であった。
「ああそうだ、こんなことしてるうちに忘れそうだから先に言っとくが……ありがとうな」
「……何である、唐突に? 正直気持ち悪いのであるが……」
「礼言ってんだから、素直に受け取っとけよ」
「何の礼なのか分からんであるのに、受け取れ言われても困るのであるが?」
「……ま、確かにそれもそうか。とはいえ、大体見当は付いてんだろ? アイナの魔法のことだよ」
確かにそれは、考えていた通りのことではあった。
ついでに言うならば、伊織の性格からすれば、多分礼を言ってくるだろうということも含めて、である。
「本人はその話のところ、随分さらっと流したであるがな」
「だからこそ余計に、だな。さらっと流すふりが出来る程度には、整理して受け止める事が出来てるってことだろ。あ、ちなみに、だな。お前が解決した、みたいなこと言ってたが、どうやったんだ?」
「うん? ただ変なものが視えたであるから、それを斬っただけであるが?」
「……は? 斬った……?」
呆然、といった表情を浮かべた伊織に、ソーマは首を傾げる。
そんな顔をする理由が分からなかったからだ。
「ふーむ……皆何故かよくそんな顔をするのであるが、何故である?」
「こっちとしては、何でお前がそんなこと聞いてんだって話なんだが……まあ、お前らしいっちゃらしいか。それにそんなお前だからこそ、きっとアイナの問題をどうにか出来たんだろうしな」
「それはただの買い被りであろう。偶然我輩が何とか出来たという、あれはそれだけのことであろうしな。そもそも、貴様……いや、貴様ら、実際にはあの問題のことはどうでもいいと思っていたであろう?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「どうしても何も、貴様の様子を見ていればアホでも分かるであろうよ」
厳密には、どうでもいいと思っていた、というのは語弊があるかもしれない。
正確には、気にしていなかった、というところか。
アイナが魔法を使えようと使えまいと、それによって伊織達のアイナを見る目に変化は生じない、ということである。
「……ま、実際のところその通りではあるんだが、それでもアイナが苦しんでたことに違いはないからな。そしてそれは俺達じゃどうしようもないものだった。何を言ったところで、アイナが受け入れようとはしなかったからな。あの時は色々あったってのも理由の一つではあるが……それは言い訳にもなんねえか。何にせよ、助かった」
そう言って頭を下げた伊織に、ソーマは僅かな驚きを覚えながら肩をすくめた。
本当に人の親らしい顔を見せるようになったものだと思い、それだけの時間が相手にも流れたのだということを自覚する。
こうしてその姿を見ている分にはまったくそんなことを感じさせないものだが――
「……ところで、そういえば今まで聞きそびれていたのであるが、貴様何故我輩の記憶にある通りの姿のままなのである? 魔法などを使えばある程度老化を遅らせることが出来るとはいえ、幾らなんでも変わっていなすぎであろう」
「ああ……そういや言ってなかったか。それもまた、俺が上位世界出身だから、ってことらしい。魂の損耗が極端に少ないから、それが肉体に影響を与えてる、とかだったか? あとは勇者だったことによる副次的な要素も加わってるらしいが」
「ふむ……魔王だから、ではなくであるか?」
「というか、元々俺が魔王って名乗ってるのはあくまで自称だからな。かつて魔王を倒した責任を取ってというか、そんな感じでな」
「ふむ? その言い分からすると、本来魔王は自分で名乗るものではない、ということであるか?」
「魔王ってのは本来勇者と同じく世界から与えられた役割でしかないからな。もっともそれが魔王って名前になったのは、こっちがそう呼んだからだとかいう話だが……ま、その辺の話は聞いたところでお前には関係のない話だろうし、無駄に長くなるだけだからやめとくか」
割と興味のある話ではあるのだが、夜は長いとはいえ有限でもある。
色々と聞きたいこと、話したいことも多いため、同意を示しておいた。
「そうであるな。ま、理由は何であれ、姿が変わってなくて助かりはしたであるがな。正直下手に成長されてたら分からなかった可能性もあったであるし……いや、名前を聞いたらさすがに分かったであるか?」
「というか、俺は俺の顔を覚えてたことそのものに割と驚いてるけどな。ぶっちゃけ俺はお前の元の顔を何となくしか覚えてないぞ?」
「我輩も多分そう変わらんであるよ。おそらく似たような顔を並べられれば分からんかったであろう。実物を見て、あとは幾つかそうかもしれないと推測できる要素があったから確信出来たにすぎんのである」
「それでも十分過ぎると思うけどな」
そんな話を皮切りに、ソーマ達は様々なことを話し合った。
先ほど話せなかったことや、二人でなければ話せないようなこと。
下世話な話もすればくだらない話もしたし……本当に久しぶりに、昔のように、色々なことを話した。
配分としては昔の話が多かっただろうが、最近のこともちょくちょく話題には出る。
中でも最もどうするか迷ったのは、フェリシア達のことだ。
何となくタイミングを逃し、二人のことを説明することがなかったのである。
そのため実は二人ともずっとフードを被ったままでいたのであり――
「……シーラはエルフで、フェリシアは魔女である」
「なるほど、それは顔なんて見せられないわな」
二人からは許可を貰っていたため、結局はそうして話したのだが、僅かな驚きは見せたものの、何でもなさそうにそう言われた時には、さすがのソーマも安堵したものだ。
「それにしても、エルフと魔女を連れ歩く、か……そんなところも、本当にお前らしいな」
「そうであるか……?」
あとは、本当に個人的な話などもしたし、当たり前のように、どうにかして魔法が使えるようにならないか、などということも聞いてみた。
が――
「そんなものがあったら、アイナの時に試していたっつーの」
「ふむ……確かにその通りであるな。まあそれはそれとして、役に立たんことに変わりはないであるが。自称魔王のくせに肝心なとこで役に立たんであるな……」
「魔王がどうとかまったく関係ないことで無茶言ってんじゃねえよ」
そんなこんなで、懐かしい話なども交えていけば、あっという間に時間は過ぎ去っていく。
夜も深まり、さすがにそろそろ寝ねばまずいという時間に至るまで、そんな懐かしくも楽しい時間は続いていたのであった。




