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元最強、懐かしさに浸る

 ごちそうさまと口にしたソーマは、大きな息を一つ吐き出した。


 それは満足によるものだ。

 腹もそうであるが、何よりも心が満たされた。

 何だかんだ言ったところで、懐かしいという想いを果たせたのは大きかったのである。


 後から伊織が得意げに福神漬けとらっきょうまでも出してきた時は、こいつはやっぱり馬鹿なんだなと思ったものだが。


 ただ何にせよ、これがソーマには不可能であったこともまた確かだ。

 どれだけ剣が使えたところで、それだけで金の問題を解決することは出来ないのである。

 伊織がこんなことを出来たのも、魔王であったがゆえだろう。


 ともあれ。


「さて……ところで二人はそんな無理をしなくてもいいと思うのであるが?」

「いえ……折角用意していただいたものですから」

「……ん、食べ物を粗末にしてはいけない」


 そんなことを言っているのは、食事を開始して以降めっきり口数が減っていたフェリシアとシーラである。

 どうしたのかと思ってはいたのだが、どうやらカレーを相手に四苦八苦していたらしい。


 その理由はアイナも言っていた通りのことが原因だろう。

 カレーを知らなければ、確かに見た目はかなりアレなのだ。


 しかも香辛料がふんだんに使われているせいで、普段は感じないような刺激臭までしてくる。

 慣れているアイナや、慣れているどころか郷愁の念すら覚えるソーマ達はともかくとして、初見で食べづらいものとなってしまうのは仕方のないことであった。


「とはいえ、どちらかと言えば悪いのは初見の者にカレーを出してきた伊織であるしな。責められるべきは伊織であるぞ?」

「あー……まあ、そうだな。悪い、そっちの二人のことは正直あんま考えてなかった」

「まったく父様は……どうするのよ? まさか二人の空腹を我慢しろって言うわけじゃないわよね?」

「そうだな、ホストとしてこのままってわけにはいかないが……さて、どうしたもんか」


 二人は何とか食べようとしているものの、食の進みは異様なほどに遅い。

 こちらはもう食べ終わったというのに、まだ二、三口程度しか食べられていないのだ。


 どうやら、二人は特に香辛料による刺激が辛いらしい。

 何度も口に持っていこうとしては諦め、それでも……ということを繰り返していた。


「なんというか、傍から見ると完全に嫌がらせをしているようにしか見えないであるな……」

「そうね……さすが魔王とか、そんなこと言われかねない光景だわ」

「食事を振舞ってるのにそれはちょっと納得できない感じだが……これを前にしては言ってもいられないな」

「……申し訳ありません」

「……ごめん」

「いや、だから二人が謝る必要はないであるって」


 しかし本当にどうしたものか、というかどうするつもりなのか、と思った時のことであった。


 ずっと引っ込んだままであった執事長が再び姿を見せたのである。

 その両手に二つの食器を持って。


「遅くなってしまい申し訳ありませんでした」


 それは先ほどのカレーのように蓋がされたものであり、瞬間二人の顔に警戒するような色が浮かぶ。

 だが執事長はそれに苦笑を浮かべると、今度はそれらを二人の前に置くや否やさっと外して見せた。


 そうして現れたのは、白、としか言いようがないものだ。

 カレーに似ている……というか、茶色の部分を白くすればほぼ同じものである。


 だが二人がそこで目を瞬かせたのは、見た目というよりかはカレーとは違い刺激臭がしないからだろう。

 そして当然のようにソーマはその料理の名を知っており――


「シチュー、であるか」

「ご存知でしたか……さすがです。はい、以前材料を揃えすぎてしまった時に、魔王様からほぼ同じ材料でこんなものも出来ると教わりましたので、いざという時のために準備しておいたのです。初見の際は中々食べづらいということは、実体験済みですから」

「ふむ……不甲斐ない主に代わりそつなくフォローをするなど、汝こそさすがであるな」

「は、過分な評価恐れ入ります。ですがこの程度、執事長であれば出来て当然かと」


 そう言って頭を下げる動作も、見事なものであった。

 思わず唸ってしまうほどに。


「むぅ……なんと出来た部下であるか。正直羨ましいほどであるな……伊織、ちとスカウトしてもいいであるか?」

「別にいいぞ? そいつ引き抜かれると俺が餓死して死ぬが、それでいいんならな!」

「どんな脅し文句であるか貴様……」


 と、そんな漫才をしている間に、フェリシア達はシチューを食べ始めていたようだ。

 今度は問題なく口に運んでいる様子に小さく息を吐き出すと、偶然伊織と目が合う。

 安堵したように、申し訳なさそうに苦笑を浮かべる姿に、肩をすくめた。


 基本面倒くさがりだし、色々と厄介事も持ち込むやつではあるが、伊織は気が使えないわけではない。

 ソーマの知る伊織ならば、二人のこともきちんと考える事が出来ただろう。


 とはいえそれは、ソーマに関しても同じことだ。

 ソーマはあの二人の食が進んでいなかったことに気付いていなかった……気を使う事が出来ていなかったのである。

 普段ならば考えられないことだ。


 それはきっと、伊織と会ったことが原因であり、カレーを食べた事が原因であった。

 つい郷愁の念を覚えてしまったことで、他の事が疎かになってしまったのだ。


 何せ伊織はヒルデガルドとは違い、前世ではっきり友人と呼ぶことの出来た相手であり、しかもヒルデガルドよりもさらに古い相手なのである。

 そんな相手と会って何も感じないほど、ソーマは情が枯れてはいなかった。

 あの玉座でのことも、その一環のようなものである。


 そしてそこにきてさらにの、カレーだ。

 正直に言って、懐かしの雰囲気に浸ってしまったのである。

 ソーマが居て伊織が居て他の友人たちが居て……色々とくだらないことを過ごしていた、あの頃に。


 もう数十年も前になるというのに……あるいは、だからこそ。


 おそらくは伊織の方も同じようなものだろう。

 ざっと概要を聞いただけではあったが、あっちもあっちで色々と苦労してきたようだ。


 いや……もしくは未だに苦労している最中なのか。

 スティナから少し聞いた話や、この城の現状を考えるにその可能性が高い。


 だから少しだけ、他の事がおざなりになってしまったのだろう。

 それを責める権利は、少なくともソーマにはない。


 むしろ、そういうわけなので、共に謝る立場だ。

 だから相手が違うということを示すために、再度肩をすくめる。


 まあ、後で一緒に謝った方がよさそうだ。


「ところで、カレーにシチューもとなると、もしかして他にも再現させたりしたのであるか?」

「それがな……再現させる気はあったんだが……」

「これ以上はさすがに看過出来ないってことで、父様には厨房の出入りが禁止されたのよ。まあ、当然よね」

「他のはそんな金はかからんとは思う、とは言ったんだがなぁ……」

「さもありなん、である」


 カレー一つを再現させるのに馬鹿みたいに金を使った男が、そんなに金は使わないと言ったところで誰が信じるかという話だ。

 それに実際のところ、その懸念は正しかっただろうとソーマも思う。


 カレーを一口食べて、それを懐かしいと思ったからである。

 要するに伊織がしたことは、本当の意味での再現なのだ。


 美味しいカレーを作り出したのではなく、懐かしいカレーを作り出した。

 そこには天と地ほどの差がある。

 これよりも美味しいカレーを作り出したところで、おそらく伊織は駄目出しをしただろうからだ。


 伊織が求めたのは、カレーというよりは懐かしの味なのだろう。

 もちろん、ただ美味しいものを作ればいいわけではないのだから、その難易度は相当に高い。

 そこに辿り着くまでどれほど大変であったか……執事長の苦労が偲ばれるというものである。


 あるいは伊織もそこには気づいていて、シチューの作り方も教えた、とかなのだろうか。

 シチューならばそれほど金は必要とせず、カレーを作るために培った知識も多少は役立たせる事が出来るだろうし――


「……そういえば、シチューもかけてあるのであるな」

「ん? ああ……俺はかける派だったし、そもそもカレーの応用として教えたもんだからな。お前もそうだったよな?」

「そうであるな……」


 懐かしい話だ。

 何が切欠だったかは忘れたが、かつてシチューはご飯にかける派とかけない派、そもそもパンを食べる派に分かれて話し合ったことがあったのである。

 まあ最終的には美味ければ何でもいいんじゃね、という形で落ち着いたわけではあるが……くだらない話を交わしていた日常の、その一幕だ。


 昔の話に、再び懐かしい気持ちになりながら、しかし今度は気をつけようと、フェリシア達の様子をちらりと眺める。

 どうやらシチューは本当に問題なさそうで、普通に食べ続けているが……それに、少しだけ口元を緩めた。


 米を食べるのはおそらくフェリシア達は初めてだろうが、受け入れられているようで何よりだと思ったからである。

 故郷の物が受け入れられるか否かは、やはり気になるものだ。


 もっとも、厳密には今のソーマの故郷は、この世界になるのだろうが……それはそれ、である。

 一先ず食事の最中は会話をする気はなさそうなフェリシア達を横目に見ながら、ソーマは伊織達と他愛のない話を続けるのであった。

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