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元最強、親子の様子を眺める

 やはりと言うべきか、残されたフェリシア達は暇を持て余していたらしい。

 あの部屋へと戻ってくると、フェリシアは何をするでもなく、壁を眺めているところであった。


「あ、やっと戻ってきましたね……っと、そちらが?」


 数瞬遅れてこちらに気付いたフェリシアの言葉に、ソーマは頷く。

 続けて言葉を返したのは、見知らぬ者と直接会話を交わすよりは、一度見知った者が仲介した方がいいと思ったからだ。


「うむ、一応今のところ魔王ということになっている男であるな」

「……何で微妙に曖昧?」


 フェリシアとは異なり、部屋に入るのと同時にこちらへと顔を向けていたシーラがそう問いかけてきたのは、多分単純に疑問に思ったからだろう。

 まあ確かに本来ならば断言すべきところではあるが――


「ああ、あまり気にしなくていいわよ? おそらく本人がそう言ったんでしょうが、どうせ大した意味なんてないんでしょうし」


 そう言って呆れたように口にされたアイナの言葉は、半分は正しい。

 実際にソーマが伊織の立場を説明された際、そのように言われたからだ。


 しかしそこに意味がないかどうかは、また別の話である。

 というか、ほぼ間違いなく何らかの意味があるとソーマは思っている。

 そう言った時の伊織の様子が、どことなく意味深であったからだ。


 それをすぐに説明しなかったのは、色々と面倒だからだろう。

 事情であったり、説明に要する時間であったり、あとは本人の性格ゆえだったり。

 アイナがそう認識しているのも、面倒事を避けるため――面倒事に関わらせないためだと思われた。


「ま、今紹介があったように、一応魔王をやってるイオリだ。魔王でもイオリでも好きに呼んでくれ。アイナの友人だっていうんなら、堅苦しいもんは必要ないだろうしな」


 そしてどうやらそれはフェリシア達に対しても同じらしい。

 ソーマが信頼されているというよりは、面倒事を押し付けても問題ない相手だと認識されているだけだろう。


 まったくそういうところもまるで変わっていないと、溜息を吐き出した。


「さて、ところでとりあえず合流したはいいであるが、これからどうするのである?」


 それはアイナへの問いかけであり、伊織への問いかけでもある。

 そもそもソーマ達はここにアイナの付き添いとしてやってきたのだ。

 ソーマ達にやることはなく、全てはアイナ達次第なのである。


「そうね……と言っても、母様達はしばらく戻ってこないのよね?」

「はい。先ほどもお伝えしましたが、少々緊急の用件が入ってしまい、皆様数日は戻られない予定となっております。ここに残っているのは、私と魔王様のみです」

「んー、となると、待ってるというのは難しいかしら。緊急で数日となると、伸びる可能性もあるでしょうし。多少の余裕はあるはずだけど、何か予想外のことがないとも限らない以上は、余裕は持ったまま戻りたいところだし……特に今は誰かさんがいるものね」

「何故そこで我輩のことを見るのである?」


 特に心当たりがないため首を傾げ……いや、とすぐに思い直す。


 旅をするのであれば、一人よりも二人、二人よりも三人の方が望ましい、というのは常識だ。

 それは道中の安全に関わることであったり、野宿をする際の見張りであったりと、基本的には人数が増えた分だけ楽になるからである。


 だがそこには例外もあるのだ。

 たとえば、相手が見知らぬ人物の場合は、その者に対する警戒が必要になるし、時にはより厄介な状況へと陥ってしまうこともある。

 相手に襲われるだけではなく、相手に足を引っ張られたりとか、そういうことだ。


 あとは、単純に一人で十分な場合である。

 旅に慣れ、戦力は十分で、見張りをする必要がない場合だ。


 その場合は、人が増えた分だけ進行速度が下がってしまうからである。

 それは相手が同格やそれ以上であっても変わらない。

 相手に合わせるという行為が発生する以上、それで進行速度が上がるということはないのだ。


 あるいは、相手が魔導士である場合だけは、魔法でのサポートによって効率が上がる可能性はある。

 しかしアイナが魔導士である以上は、むしろアイナがそっち側であり――


「……いや、これだとすると、我輩だけではなく、シーラやフェリシアも当てはまるであるな。となると、やはり我輩そんなことを言われる心当たりがないのであるが?」

「それを明らかに本心で言ってるんだから、本当にあんたは相変わらずよね。自覚がないっていうか何というか……」


 そう言って溜息を吐かれるが、こちらとしてはさらに首を傾げるだけだ。

 何の話だろうか?


「まあ、ソーマさんですから」

「……ん、仕方ない」

「む、フェリシア達もであるか……? 解せぬ……」

「人のことをあれこれ言っておきながら、お前も相変わらずっぽいじゃねえか。ま、そんなことはどうでもいいんだが……ところでアイナ、何でさっき俺に聞かなかったんだ?」

「母様達のこと? だって聞いたところで、どうせ父様は詳しいことを知らないでしょ?」

「そ、そんなことは……」


 視線を逸らしたあたり、どうやら図星らしい。

 魔王一家の力関係の一端が窺えるかのようなやり取りだ。


「しかし、一家、であるか……」

「ん? どうかしたか?」

「……いや、何でもないのである」


 正直あの伊織が、とは思わないでもないが、それはここで話すようなことではないだろう。

 それよりも――


「で、結局どうするのである? というか、そういえばそもそもアイナは何か目的があってここに戻ってきたのであるか?」

「え? そうね、目的がないとは言わないけど……その、あたしが元気だっていうのを伝えるためと、ここを出て行ってから今までの近況報告みたいのをしたかったんだけど……」

「ああ、それならば確かに全員揃っていた方がいいであるな」


 一人っ子だという以外は正確な家族構成を聞いてはいないものの、母親達、という言葉を使っているあたり、母親以外にも家族はいるようだ。

 だが何にせよ、その彼女達が近日中に揃うのは難しいということらしい。


「……ま、仕方ないわね。折角だから母様達にも会っておきたかったんだけど、次の機会にしておくわ。とりあえず父様に報告しておけば母様達にも届くだろうし……届くわよね?」

「ご安心ください。私がきちんと報告いたしますので」

「そう……なら安心ね」

「魔王としても父親としても貴様の威厳がガタガタな気がするのであるが?」

「ほっとけ。いつものことだし、どうせそんなのがあっても面倒なだけだしな」


 それは強がりではなく、本心からのものであるようだった。

 まったくこいつは、と思うも、アイナ達に気にしている様子がないあたり、確かにいつものことのようだ。


「じゃあ、この後で近況報告をして……それからだと、さすがにあの村に戻るのは無理かしらね」

「そうですね。夜を徹して、というのでしたら可能だとは思いますが、そこまで無理をする必要はありませんし」

「……ん、魔物に襲われる心配はなさそうだったけど、無理することに変わりはない。……それに、そこまで急ぐ必要も、やはりない」

「まあ、アイナがどうしてもここに泊まりたくない、というのであれば話は別であるがな」

「そ、そんなこと言ってないでしょ……!?」


 しかしそこで慌てるように否定するあたり、ちゃんとアイナは伊織に対する情も持っているようである。

 大きなお世話であるのを自覚しつつ、小さく安堵の息を吐き出すと、睨みつけるようにこちらに視線を向けるアイナに肩をすくめ話の先を促す。


「で、ということはここに泊まるということになるわけであるが……我輩達もいいのであるか?」

「ここで駄目って言えるやつがいたら驚きだろ。ま、部屋は無駄に余ってるしな。むしろ問題は、半端に余ってる時間をどうするかってとこか。夕食にするにはさすがに早すぎるだろ。人数が増えた分準備もかかるとはいえな」


 確かに、今の時刻は昼というには遅すぎるが、夜というには早すぎる時間帯だ。

 おそらくは太陽が沈みきるまで、あと二時間程度はあるだろう。


 とはいえ。


「その時間をアイナの近況報告に当てればいいのではないか? 報告すれば何か聞きたい事も出てくるであろうし、アイナもアイナで貴様らが今まで何をしてたのか気にしてるであろうしな」

「いや、つってもこっちはそこまで言うこともないぞ? いくら二年経ってるとはいえな。そっちも……いや、お前がいるんだし、何か色々ありそうだな」

「そうね……むしろ時間が足りないことを気にした方がよさそうだわ」

「そこまでですか? ……いえ、何となく想像は付きますが」

「……ん、私も全てを知ってるわけじゃないけど、知ってる分を話すだけでも相当かかると思う」

「そこまで言われるほどあったであるかなぁ……」


 何もなかったとは言わないが、あの程度ならばよくあることだとも思うのだ。

 もちろん詳細に話していくというならばまた別だが、ざっと話していくだけならばそう時間はかかるまい。


「それで済ませられるって思うのはあんただけよ……。まあそれじゃあとりあえずこれから近況報告をして、終わったらご飯食べて寝て、それで明日帰る、っていうのが大雑把な予定になるかしらね」

「ふむ……などとアイナは言っているのであるが、そっちはそれでいいのであるか? アイナ即行で帰るつもりであるが」

「とはいえ、引き止める理由がないからな。まああいつらが居たらどうなってたかは分からないが、アイナがそう決めたっていうなら好きにしたらいいさ」

「私は所詮執事ですから。お嬢様がご自分でお決めになられたことに口を出す権利はございませんし……お嬢様が元気でいられるのでしたら、それで何の問題もございません」

「……そうであるか」


 そんな二人の言葉に、アイナはどこか照れくさそうであったが、さすがにソーマはそれ以上何も言わずただ肩をすくめた。

 アイナの口ぶりや、何よりも魔王が伊織だと知ってそれほど心配はしていなかったものの、関係は良好そうで何よりである。


「ま、とりあえずいい加減移動しましょうか。近況報告するにも、さすがにここじゃああれだし」

「そうだな。だがどこで……いや、ちょうどいい場所があるか」


 瞬間、にやりと笑った伊織の顔に、何かろくでもないことを考えているのをソーマは悟ったが、敢えて何も言わず溜息を吐き出した。

 まあここは伊織の家であり、主でもあるのだ。

 こちらに迷惑をかけないのであれば、好きにすればいいだろう。


「ちょうどいい場所……? そんな場所ここにあったかしら?」

「ま、見てみりゃお前も納得するさ」

「それでは、私はここで一旦失礼させていだきます。夕食の準備がございますから」

「ああ、どうするのかと思っていたのであるが、汝が作るのであるか?」


 執事長というだけあって色々なことが出来るのだろうことは想像できるが、まさか料理まで作っているとは予想外である。

 普通そういうのは執事の仕事ではなく料理人の仕事ではないだろうか。


「料理人も募集しているのですが、中々来ないものでして。僭越ながら私が作らせていただいております」

「そんなことを言ってはいるが、かなりの腕前だから期待してていいぞ? 何せ厳密には料理人が来ないんじゃなくて、そいつの腕を上回るやつが来ないってだけだからな」

「恐縮です。献立の方はいつも通りお任せでよろしいでしょうか?」

「そうだな、任せ……いや、待った。どうせだから、アレ作ってくれないか? 時間も十分あるし、いけるだろ?」

「アレ、でございますか……? しかし……」

「折角アイナが帰ってきたんだし、ちょうどいいだろ? さすがにあいつらも怒らねえって」

「……かしこまりました」


 そう言って頭を下げると、執事長は去っていったものの……さて。

 あからさまに怪しげな単語が今の会話には含まれていたが――


「アレ、とは何であるか?」

「その時のお楽しみだ、と言っておく。多分かなり驚くと思うぞ?」

「あたしは何となく想像は付くんだけど……いいの?」

「今言った通りだ。なーに、多分ちゃんと説明すれば怒られたりしないさ」

「つまり怒られそうなことをしでかす、というわけであるな?」

「細かいことは気にすんなっての。それよりほれ、行くぞ? 一箇所に集まれ」

「集まる、ですか? 移動するんですよね?」

「……ん、もしかして?」

「多分、シーラが予想した通りのことであるな。ま、体験した方が早いと思うであるし、とりあえず集まるである」


 フェリシアはまだどこか不思議そうではあったが、一先ずこちらへとやってくると伊織を中心にして固まる。

 そして。


「んじゃ、行くぞ」


 言葉と同時、伊織の指が一つ鳴らされ――次の瞬間、まるで切り替わったかの如く、ソーマ達の視界には一瞬前とはまるで別の光景が映し出されていたのであった。

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