元最強、旧友と親交を温める
「つまりお前は一度死んで、この世界に転生したってわけか? 昔からぶっ飛んでるやつだとは思ってたが……まさかそこまでとはなぁ」
「異世界に勇者として召喚されたとかいう貴様には言われたくないであるな。しかも魔王を倒した後で魔王を引き継ぐとか、むしろ貴様の方がぶっ飛んでるであろう」
「そうかー?」
「間違いないである」
巨大な樹木の下に座りながら、今日に至るまでの軌跡を話し終えたソーマ達は、そうして懐かしい空気の中に浸っていた。
正直最初の頃は互いに多少の遠慮もあったものの、今ではそんなものは欠片もない。
まるであの頃に戻ったかのようであった。
端的に言ってしまうのであれば、ソーマと目の前の男――伊織は、古くからの友人である。
まあ古いどころか、ソーマからすれば前世の頃の友人ということになるのだが――
「ふむ……前世の頃の友人とか、あの頃口にしていたらただの痛いやつだったであるな」
「なーに、勇者に魔王に転生とか、そんなことまで言ってんだ。今更だろ?」
「……確かに、その通りであるな」
そう言って頷くと、苦笑を浮かべる。
どの要素一つを取ってみたところで、大差はないだろう。
考えてみれば、本当に遠いところまで来たものである。
色々な意味で。
「それにしても、俺はお前の話を聞いてかなり驚いたもんだが、お前はそうでもなかったよな? やっぱ人生経験の差ってやつか?」
「いや、話した通り、人生経験って意味では我輩大したことないであるからな。それはまた別の理由である」
「龍神と殺し合いをしておきながら大した事ないとか、お前の人生観どうなってんだ……? まあそれはともかくとして……別の理由? 似たような話を知ってる、とかなら人生経験に含まれるよな?」
「その場合は自分で経験したわけではないのであるから、含まれん気がするのであるが……まあどちらにせよ、確かにそうではないであるな」
ソーマが伊織の話を聞いて驚かなかった理由は、単純だ。
その話のことを知っていたからであり、予測が出来ていたからでもある。
異世界から勇者が召喚されたこと。
その勇者の姿がある日を境に見られなくなったこと。
魔王が倒されその座が引き継がれたこと。
そしてその者の姓が、カンザキであること。
さすがに伊織が魔王だというのは多少驚いたが、それさえ分かってしまえば、後はそれらの話を一本の線で結んでしまうだけだ。
難しい話ではなかった。
「そう言われるとそんな気がしてくるから不思議だな? そんなわけはないと思うんだが……というか、むしろカンザキって名が分かってたなら、俺が魔王でも別に驚くことなくないか?」
「いや、カンザキという苗字はそれほど珍しいものではなかったであるし、我輩の知ってる世界以外の者である可能性もあったであるしな。その可能性を考慮に入れてはいたものの、本当に貴様が魔王だと分かった時はさすがに驚いたものであるぞ?」
ちなみにあの瞬間に伊織が魔王なのだと理解出来たのは、それ以外にないからである。
これで魔王と伊織が無関係であったら、そっちの方が怖い。
「あー、なるほど、そうかー……ん? いや、待てよ……? そもそもの話、何でお前カンザキの名を知ってるんだ?」
「うん? むしろ何故そこに疑問を抱くのである?」
「俺は基本的にずっとイオリとしか名乗ってなかったからな。特に勇者時代はずっとそうだった。何か面倒事があったら、その方が身を隠しやすそうだったし」
「相変わらず変な方向にだけは頭が働くというか、面倒事を避ける時にだけ全力を出すやつであるな……」
「まあな。で、こっちで魔王をやるようになってからも、同様の理由で一部を除いてはカンザキの方を名乗ったことはないんだが……」
「魔王が身を隠すことを考えてどうするのである?」
いや、あるいは、魔王だからこそ考える必要があるのだろうか。
しかしともあれ、そういうことであればそこに疑問を抱くのは納得であった。
とはいえ――
「貴様それ全員に徹底させなければ意味がない気がするのであるが?」
「あん? どういう意味だ?」
「そのままの意味であるぞ? 身内がカンザキの名を名乗ってしまったら、貴様が隠していたところで意味はないであろうに」
「ん? それってどういう……いや、そういえばお前、どうやってここに――」
伊織がその疑問を発した、その瞬間であった。
ソーマがそれを答えるよりも先に、何よりも雄弁なる答えそのものが、姿を現したのだ。
「あっ、やっぱり! 見覚えがない道があると思ったら……こんなところに隠れてたのね……!?」
「時折どれだけ探してもお姿を見つける事が出来ませんでしたから、何処かに隠し部屋のようなものがあることは分かっていましたが……まさかこんなところにありましたとは」
「げっ、やべっ、今度こそ見つか…………アイナ?」
だがそれは伊織にとっては予想外であったらしい。
もっとも、二年もの間帰ってきていなかった娘が唐突に姿を見せたのだ。
それも当たり前の反応ではあるだろうが。
「何で……いや、なるほど。そういうこと、か……」
そんな呟きと共に、伊織が視線をこちらに向けてきたので、肩をすくめて返した。
まあ確かに説明してはいなかったが、一応隠していたわけではないのだ。
実際互いの事情を説明し終えたのはつい先ほどなわけで、説明している時間などはなかった。
とはいえ、では教えるつもりがあったのかと言われれば、何とも言えないところではあるが。
こういうことはやはり、誰かが教えてしまったら興ざめだろう。
「まったく、久しぶりに会うっていうのにまったく変わってないんだから……! 魔王らしくとは言わないけどもうちょっとしっかりしてって、いつも言ってたでしょ……!?」
「ああ、いや、それは……って、アイナ……?」
「何よ……!?」
二度目の呟きに込められたものは、きっと先ほどのものとは違っていた。
そこには間違いなく、先とは別種の驚きがあったからだ。
アイナはどうにもそれに気付いておらず、何か別の意味に捉えたらしいが……再度こちらに向けられた視線に、しかしやはりソーマは肩をすくめて返す。
その意味を理解しているからこそ、だ。
「これはつまり、お前のおかげってことか?」
「さて……? 我輩は大したことしていないであるぞ? 本人の努力によるものであろう」
「それでどうにか出来てたら、とっくにどうにかしてたっつーの」
「ちょっと父様、聞いて……って、あれ? そういえば、何でソーマがここに……?」
「いや、ちょっと気付くの遅くないであるか?」
それだけ頑張って探していた、ということなのではあるのだろうし、昔からこの男はよく面倒だとか言って姿をくらませていたので、その気持ちは分かるが。
しかも久しぶりの再会のつもりだったのだろうから、尚更だろう。
「ま、ただ待ってるというのも暇だったであるからな。暇潰しも兼ねて探索をしていたら、ここを見つけて、ついでにコレも見つけたのである」
「またあんたは勝手に……」
「だがそのおかげでここが見つかったのであろう? どうもそっちはここのことを知らなかったようであるし」
「確かに、私共はここのことを存じ上げておりませんでしたが……参考までに、どうやってここを発見することが出来たのかを、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「とはいえ、別に特別なことは何もしていないであるぞ? 普通に歩いていたら違和感を覚えて、調べてみたら見つかった、とかいう感じであるし」
「……なるほど。さすがはお嬢様のご友人、というところでいらっしゃいますね」
「お前もお前で、そういうとこは相変わらずなんだな。なんか悪化というか進化というか、そんな感じはしてるが。というか、コレ扱いって酷くないか?」
「妥当な扱いであると思うが? アイナもそう思うであろう?」
「えっ、あっ、うんっ……そう、ね?」
「うん……?」
と、先ほどまで勢いのよかったアイナが、何故だか勢いを失っていた。
まさかソーマもここにいたから、というわけではないだろうに……はてと首を傾げる。
そうしてアイナを眺めていると、どことなく戸惑ったような様子のアイナが、眉を潜めながら問いかけてきた。
「その、ソーマ……なんていうか、妙に父様と親しげな気がするんだけど……?」
「ふむ……」
その言葉に、なるほどそれかと納得する。
確かに、自分の父親と同年代の人間が親しげにしていたら疑問を抱いて当然だ。
だが――
「ま、否定はしないであるが、我輩にも色々ある、ということである」
「……なんか前にも似たようなことを聞いたような気がするんだけど?」
「それは不思議であるな?」
別に隠す理由はないと言えばないのだが、事情を説明するにはいささか複雑だし……伊織ではないが、正直面倒だ。
逆にその必要性も特にないわけであるし、説明しないで済むならそれが一番楽なのである。
「俺としては何でもいいんだが、相馬がそう言うならそういうことなんだろうし、色々説明するのも面倒だからそれでいいだろ」
「……まあどうしても知りたいってわけじゃないし、その必要があるわけでもないけど……でもやっぱり、どう考えてもおかしいほどに親しげじゃない。……別にいいけど」
不満気ではあるが、一応アイナは納得してくれはしたようだ。
それでも不満なのは変わらないためか、ジト目を向けられるも、こちらとしては肩をすくめるだけである。
まあ、そのうち機会があれば、話すようなこともあるのではないだろうか。
「お嬢様、歓談をお楽しみのところ申し訳ありませんが、魔王様も見つかったことですし、そろそろお戻りになられませんか? ご友人もお待たせしていますし」
「あっ……それもそうね。それじゃあ、一先ずあそこに戻りましょうか」
話の区切りがついたところで、執事長がフェリシア達のことを持ち出し、それによってスムーズに話が次の展開へと移った。
執事長を名乗るだけあって、この男中々出来るらしい。
と、その前に――
「ところで、逃げようとするのは結構であるが、こうなればさすがに我輩も協力して捕まえるであるぞ?」
「ちっ……友達甲斐のないやつめ」
「生憎と、アイナの友人でもあるゆえな」
こっそりと逃げようとしていた伊織に釘を刺せば、さすがに諦めたようだ。
ソーマ達の相手をしたくないというわけではなく、単に仕事が面倒でやりたくない、ということなのだろうが……本当に相変わらずな男である。
かつてニートを自称をしていたその性根は何も変わっていないらしい。
が、そう思ってアイナ達に続いて歩き出したところで、いや、と思い直した。
同じく後に続いた伊織が、アイナのことを見ているのに気付き、その表情を見たからだ。
……おそらく今のアイナは、この城を飛び出していった時よりもさらに前、伊織達が知っている、本来のアイナと言っていい姿なのだろう。
それを見て、こんな顔が出来るのだから、どうやら何も変わっていないというわけではないようだ。
少なくとも、親としての顔は出来るようになったのだと、そんなことを思いながら、ソーマはその口元をほんの少しだけ緩めたのであった。




