元最強、懐かしい顔と遭遇する
外見の時点で半ば分かりきっていたことではあるが、どうやらこの魔王城を隅から隅まで歩ききるには一日二日程度では済まなそうであった。
まず単純にここは大きいが、それ以上に通路が狭いのだ。
厳密には幅は二、三人が通れる程度にはあるし、高さも軽く飛び上がったところで頭が天井につかない程度はある。
だが城の規模からすれば、狭いと言ってしまっていいだろう。
そしてそれはつまり、部屋の数やそこの広さにもよるが、相応の移動が必要にもなる、ということだ。
同じ面積の中に、広い通路と狭い通路を敷き詰めると考えた場合、必然的に狭い通路の方が数が多くなり、その分歩かなければならない距離が増すからである。
まあ通路の分部屋を大きくしている可能性もあるので一概には言えないが、この調子では余程部屋が広くでもない限り大差はないだろう。
それに何せここは、魔王城だ。
先に進みやすく作ってあるなど有り得ず、むしろ延々とこんな感じの道が続いていると考えたほうが自然である。
というか、ここを歩き始めて三十分ほどが経過しているが、実際にこんな感じの同じような通路がずっと続いているのだ。
ならばやはり、この先もそうである可能性が高い。
もちろん、それが普通の道であるかは、また別の話ではあるが。
「そもそも、現時点で普通の道ではないであるしな」
溜息を吐き出しながら周囲を見回すと、そこにあるのは石の回廊だ。
先ほどフェリシア達と居た部屋で用いられていたものと同じ原料で作られたものだとは思われるが、あそことは明確に異なる点がある。
それは、壁に描かれた文様だ。
文様が違うというよりは、あの部屋には文様そのものがなかったので、文様自体が相違点である。
ただしあの部屋が殺風景だったかといえば、それは違う。
いや、確かに殺風景ではあったのだが、この文様は何も目を楽しませるために存在しているわけではない、ということだ。
とはいえ、これそのものに何か効果があるわけではないだろう。
無意味ではないが、単体で効果を発揮するものでもない、そんなものの一つだ。
端的に結論を言ってしまうのであれば、それらは距離感覚や方向感覚などを混乱させるものであった。
単調な景色が続いているように見えるのも、その仕掛けの一部だ。
集中力を鈍らせ、正常な判断力を少しずつ奪っていくのである。
しかもこれ、実際には単調に見える、と言った通り、単調なわけではないのだ。
ほんの僅かに、普通では気付かれない程度に通路には角度がついているし、距離も短くなったり長くなったりしている。
そういうことの積み重ねで、少しずつ感覚を狂わせていくのだ。
地味と言えば地味だが、だからこそ気付かれにくいし効果もそれなりに高い。
先に進んでいるつもりが、実は同じ場所をグルグル回ってるだけ、ということも可能だからだ。
「……ま、魔王城の仕掛けらしいかというと、ちと微妙ではあるが」
だが堅実と言えば堅実ではあるし、何より分かっていたところで、完全に無視するわけにもいかないあたり実にいやらしい仕掛けだ。
何となくではあるが、文様には暗示的な効果も含ませていそうだし、この分では他にも色々と仕込んでいそうでもある。
これを作った者の性格が分かりそうな仕掛けであった。
とはいえ、この城は先代が使っていたものをほぼそのまま流用しているらしいので、いやらしい性格をしていたのはそっちなのだろうが。
「何にせよ、フェリシア達は待ってて正解であるな、これは」
この先に何か面白いものが待っていたところで、これだけでフェリシアは疲弊してしまっていただろう。
まあそういった意味では、これはこれで魔王城らしいのかもしれない。
力量の足りないものをふるい落とすという意味で。
問題があるとすれば、そろそろソーマがここを歩くのに飽き始めているということか。
多分本来ならばここには魔物が放たれており、それもあってここの仕掛けをより分かりづらくさせているのだろうが、現状ではひたすらに通路が続いているだけだ。
仕掛けに気付いたところで何かが起こるわけでもない以上、ただ暇なだけなのである。
さすがのソーマも飽きようというものだ。
「ふーむ……いっそのこと強制的にショートカットを……いや、さすがにまずいであるか?」
魔王城というだけであるならば、適当に通路を斬り裂いて道でも作り出すところなのだが、ここはアイナの家でもあるのだ。
家捜しはまだしも、破壊活動までし始めたらいくらなんでもシャレでは済むまい。
「……いや? 見かねて住みやすいようにしてしまったのであると言い張ればあるいは……?」
ついそんなことを考え始めてしまうが、それも仕方のないことだろう。
何せソーマの感覚からすれば、まだ三分の一も回りきれていないはずなのである。
つまり最悪の場合、さらに倍以上の時間をかけてここを歩き続けなければならないのだ。
まともになどやっていられるはずがない。
しかも天井までの高さを考えれば、ここは階層もそれなりの数があるようだ。
隅から隅まで見て回るのに数日はかかるという推測はそこから来ているのだが……そこも同じような感じであった場合は、さすがにショートカットを作ろうとする欲を抑えられる自信がない。
まあ、勝手に探索を始めておいて何を勝手な、という話でもあるのだが――
「……うん?」
と、そうして変わらぬ道を、溜息交じりでそれまでと同じように歩き抜けようとした時のことであった。
不意に足を止めたのは、何となく違和感を覚えたからだ。
それは壁の文様や、通路の傾きに対して感じたものではない。
そもそもそれは、今更だろう。
確かにそこに違和感を覚えたために、ここの仕掛けに気付いたのではあるが……今覚えたのは、それとは別の感覚だったのである。
「ふむ、これは……壁、であるか?」
周囲をぐるりと眺め、そこに見当を付ける。
文様にも僅かに違和感を覚えるため、若干分かりづらいが――
「やはり、であるな……しかもこれは……」
違和感を覚えた壁を押してやれば、その部分だけがほんの僅かに後方へとずれた。
すぐに何かにつっかえたように止まるが、ここまで来れば何となく想像がつく。
そのまま左右に動かしてみると、右側に動かせそうであった。
実際にそうしてみれば、見事に眼前の壁が右側へとスライドしていく。
やがてそこには、人が一人通れる程度の穴がポッカリと開いた。
「隠し通路……というよりは、隠し部屋、というところであるか?」
多分ここは、本筋の道ではないのだろう。
そう思うのは、ここで上層へと繋がる階段でもあったら位置的に少し早すぎるからである。
かなり分かりにくくはあったものの、こうしてソーマが見つけられたということは、一応見つかるものではあるということだ。
そして見つかってしまった場合、半分以上の仕掛けは無意味となってしまう。
そこを逆手にとってこんな場所に上層への道を作っておく可能性もなくはないが、まあ考えにくいだろう。
要するにここは、先に進むには無関係の場所である可能性が高いということだ。
「ま、なればこそ、行く価値があるわけではあるが」
むしろこの状況で行かないという理由がない。
飽きてきていたし、何よりもこの先には何かが隠されている可能性だってあるのだ。
行かないわけにはいかないだろう。
そうして意気揚々とその先へと進み――
「む……これは……」
その場所が今までの場所と違うのは、すぐに分かった。
何せ見た目からして明らかなのだ。
視界に飛び込んできた色はまず緑であり、ついで茶。
樹木であった。
しかも、かなりの巨木だ。
何せその先を見上げようとすれば、首が痛くなるほどに傾けなければならないのだ。
どうやらここだけ天井の高さが違うらしく、それだけでただの樹ではないことが分かる。
だがソーマは、すぐにそれから視線を外すこととなった。
その真下……というよりは、幹の部分に、寄りかかっている人影を見つけたからだ。
眠っているようであり……しかし瞬間、その目が見開かれると、慌ててその身体を起こした。
「やべっ、見つかっ……たわけじゃなさそうだな。というか、誰だ?」
そう言って首を傾げた顔は若そうな男のものであった。
十代中頃といったところか。
その髪と瞳の色は、ソーマと同じ漆黒であり、だが瞳の奥にはどことなく老成したようなものを感じさせる。
少年であるような、青年であるような、それ以上であるような、パッと見では年齢がいまいちはっきりとしない男であった。
しかしそこでソーマが言葉を失ったのは、そんなことが理由ではない。
それは――
「んー、侵略者、にしては殺気とか感じないし……まさか迷子か? ってことは誰かがやってきたって可能性もあるわけだが……ま、いいか。あいつに任せとけば何とかなるだろ。というわけで、悪いな。俺は迷子の案内をするつもりはない。面倒だからな。俺はここで引き続きだらだらしてるから、頑張って自力で戻ってくれ」
だがそう言って、本当に再び木の幹へと身体を預け、目を閉じ始めた男の姿に、ソーマは溜息を吐き出した。
まあ、確かにそんなこともあるかもしれないと、多少考えてはいたが――
「まったく……驚きもどっかにいったのであるな。少しぐらいは変わっていてもいいであろうに、あまりに変わっていなすぎであろう。相変わらずであるな――神崎伊織」
「――何だと?」
直後に男の目が再度開かれ、訝しげな視線がこちらへと向けられるが、ソーマとしては呆れを含んだ溜息を吐き出すだけだ。
本当に……幾らなんでも、変わってなすぎだろう。
色々な意味で。
「何故俺の名前を……いや、待てよ? その珍妙な喋りで、俺のことを知ってる……?」
「珍妙な喋りとか本当に貴様相変わらずであるな。人の喋り方に文句をつけるなど失礼すぎであろう」
「その言い方も……やっぱお前、ソーマ――夜霧相馬か……!?」
「それは正しいとも言えるであるが、間違ってもいるであるな。厳密にはその男は、もうとっくに死んだわけであるし」
懐かしい友人に、懐かしい名で呼ばれたソーマは、驚きの顔に苦笑を見せると、そう言って肩をすくめたのであった。
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既にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、表紙を公開してもいいと許可をいただけましたので、活動報告の方で発売日等の情報と合わせて公開しています。
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