元最強、魔王城へと辿り着く
城へと近づいてみると、さらにらしさは増した。
妙におどろおどろしいというか、これで稲光でも背景に走っていたら完璧である。
まさに魔王城という名に相応しい外見であった。
ただしその分過剰気味であり、どことなくわざとそれっぽく演出しているような雰囲気もある。
そしてどうやらそれは、気のせいではないようであった。
「昔は無駄に不気味だし暗いしで何考えてるんだろうと思ったけど、こうして外で色々なことを知ってから見てみると納得するわね。これで普通の家だったり城だったりが建てられてても逆に困るもの」
「そうですね……魔族の人達でもあまり近づかないということですし、そうなれば必然的にここに来るのはそういった人達なのでしょう。それで外見が普通だと、出鼻を挫かれた、みたいな感じになりそうです。それはそれで、狙ってやるのでしたらありだとは思いますが」
「……魔王も大変?」
「ということらしいであるな」
まあ魔王からすれば知ったことではないという話でもあるだろうが。
「しかし何となく住みづらそうな気もするのであるが、そこら辺は大丈夫なのであるか?」
「ああ、それは大丈夫よ。居住区っていうか、そういう場所がちゃんとあるから。まあ元々あまり住んでないからそういうことも出来るんでしょうけど」
「あまり人住んでいないんですか? こんなに大きいのに……」
フェリシアが驚いたのも無理ないことだろう。
何せその城は実際かなり大きいのだ。
少なくともラディウスの王都にある王城よりは大きいだろうあたり相当である。
もっとも、ソーマの口にした通り、住むとなるとそれはそれで大変そうだが……かといってこの城を少数でしか使わないというのも、何となく勿体ないような気がしてくるものだ。
「……他は人じゃなくて、魔物とか?」
「実際昔はそうだったらしいけど、少なくともあたしはあそこの中で魔物を見たことはないわね。むしろ魔物避けの結界が張ってあるぐらいだし」
「ああ……そういえばそんなこと言ってたであるな」
ただしその話を聞いたのはスティナからであり、アイナからではない。
だからだろう。
その言葉を聞き、アイナは不思議そうに首を傾げていた。
「言ってた……? あたし前にもこの話したことあったっけ?」
「いや、多分アイナからは聞いたことないはずであるな。我輩が言ったのは、別の者から聞いたことであるし」
「ふーん……まあ、別に隠しているわけじゃないし、誰か知ってたところで不思議でもないかしらね」
そう言ってアイナは納得したようではあるが……ソーマが敢えてスティナだと告げなかったのは、そもそもアイナにはスティナのことを話していないからだ。
昨日のうちにこれまでに起こった大まかな出来事は説明したし、直前の街ではとある人物に助けられた、などとも話したが、それが具体的に誰なのかということは説明しなかったのである。
それはソーマの独断ではあったが、隙を見てフェリシア達にもその理由を話したところ、二人も納得していた。
その理由というのは、どうにもアイナ達は少なくともここ数年会っていないようだからだ。
しかも、そこには何らかの事情がありそうなため、迂闊に話してしまっていいものかは判断が付かなかったのである。
そのため、一先ず様子を伺いながら、大丈夫そうならば話してみる、ということにしたのだ。
まあ、どうやってその判断をするのか、ということに関しては未だ考え中ではあるのだが……多分何だかんだで、話すにしても学院への帰り道あたりになるだろう。
特に急いで話さなければならない理由もないのだ。
それよりも今は――
「さて、と……それじゃあ、そろそろ行きましょうか。ここでいつまでも城を眺めていたところで仕方ないし」
「うむ、そうであるな。では行くとするであるか。――魔王退治に」
「ちょっとなに人の親退治しようとしてんのよ……!?」
「いや、だって魔王といえばアレであろう? 世に二つとないような魔導具だったり、素材だったりを持っていたりするのであろう? あるいは、それを使えば魔法が使えるようになったりするような何かがあったりも。そして魔王を倒せば、それは我輩のものになる。何故倒さない理由があろうか?」
「……ん、確かに。……私も手伝う」
「シーラも納得したうえで協力申し出てんじゃないわよ……!」
どう考えても冗談だということは分かっているだろうに、しっかりと乗ってきてツッコミを入れてくれるアイナに、うむと頷く。
「アイナはやはり、こうでなくてはな」
「……ん、アイナに再会したって感じがする」
「あんたらねえ……! というか、じゃあ今までは何だったのよ……!」
と、そんないつも通りのやりとりを交わしていたのだが、そこでふといつもとは違うものが混ざった。
直後に、溜息が吐き出されたのである。
「……はぁ」
それを発したのは、言うまでもなくフェリシアだ。
それと共にソーマ達へと向けられた視線に宿っているのは、明確な呆れである。
それからアイナに顔を向けると、頭を下げた。
「すみませんアイナさん、うちの妹が……」
「え? ああ、いや、別にいつものことだし、慣れてるっていうか……そこまで気にするほどのことでもないのよ? あたしも本気で怒ってるわけじゃないし」
「ふむ……こっちも分かったうえでのことではあるが、本人が言葉にするとちとあれな感じがするであるなぁ……」
「……ん、ちょっとまぞっぽい?」
「だからってあんた達が何言ってもいいってわけじゃないのよ……!?」
さすがにこれ以上は駄目そうなので、肩をすくめやめておく。
フェリシアからはやはり呆れの感情が向けられていたが、それに対するものとしても、だ。
まあそのうちフェリシアも慣れることだろう。
それが誰にとっていいことなのか、悪いことなのかは、別として。
ともあれ。
「ま、とりあえず本当に行くとするであるか」
アイナからジト目を向けられ、苦笑を浮かべながら、一路眼前の城へと向けてソーマ達は歩き出した。
魔王城へと辿り着いたソーマ達を待っていたのは、予想外の展開であった。
いや、厳密に言うならば、その言い方は正しくないかもしれない。
何かが起こったのではなく、あるべきものがなかった――居るべき者が居なかった、という状況であったのだから。
それは即ち――
「ふむ……魔王が居ない魔王城とは、また斬新であるな」
「と、言いますか、わたしは先ほど逃げ出した、という言葉を聞いた気がするのですが……」
「……ん、私も聞いたから、多分気のせいじゃない」
そういうことであるらしかった。
とはいえあまりにも突拍子がなさ過ぎるので、整理ついでに何があったのかを思い出してみるとすると……まずソーマ達が城へと辿り着くと、即座に執事長を名乗る男が現れた。
この場所に他にも執事が居るわけではなく、なのに何故か執事長を名乗っているらしいが……まあ、それはどうでもいいことだろう。
重要なのは、その男が告げた内容である。
男はアイナとは当然のように知り合いであり、その帰還を喜び、歓迎の意を示していたが、その直後に次のような言葉を口にしたのだ。
曰く、今この城には自分ともう一人しかいない。
他の者達はそれぞれ用事があり、留守にしている、と。
しかしそのもう一人というのが、ここの主である魔王なのだが……現在その行方が分からなくなっているのだという。
ただし攫われたりしたわけではなく、仕事をするのが嫌になって逃げ出したのだそうだ。
一瞬さすがに冗談か何かかと思ったのだが――
『……そういえば、あの人はそういう人だったわね。まったく……変わっていないのは良いことなのか悪いことなのか……』
アイナが溜息と共にそう呟いたあたり、どうやら本当のことであるらしい。
そしてそのアイナはこちらへと断りをいれると、執事長と一緒に魔王の捜索に向かってしまい、こうしてソーマ達三人だけがここに取り残された、というわけである。
「さて……しかしどうしたものであるかな」
「どうしたもこうしたも、ここで待っているしかないのでは?」
「……ん、他にやれることもない」
「ま、それはそうなのであるがな」
肩をすくめると、ソーマはその場を見渡す。
視界に入ったのはまず石であり、というか、そこにあるのはほとんどが石だ。
例外は、ソーマ達の座っている椅子と、すぐ傍にあるテーブルぐらいだろう。
それだけが木製であり、壁も天井も、その場所は全てが石で出来ていた。
そこは正直なところ、狭いところだ。
椅子が三つにテーブルが一つだけであり、休憩するには十分ではあるものの、それ以外の何かをするには圧倒的に広さが足りない。
おそらくではあるものの、ここは本来兵士の詰め所とか、そういうための場所なのだろう。
そんな場所にソーマ達が連れてこられ、放置されたのは……他意あっての事ではあるまい。
多分ではあるが、アイナ達も焦り混乱していたのだ。
でなければ、さすがにこんなところに連れ込み待機させたりはしないはずである。
「……まあ、魔王が逃げ出したとか言われたら、それも当たり前な気はしますが」
「……でも、分かってる風ではあったような?」
「分かってはいても、自分達で経験したことはなかった、とかいうあたりなのであろう」
いつもはその留守にしている者達が探していたが、今は自分達しかいないため自分達がそれをするしかない。
しかし慣れていないため色々とテンパりこうなってしまった、ということである。
実際かなり慌てていたようであるし、大体そんなところだろう。
まあ、フェリシアも言っていた通り、この場所の主が、王が逃げ出してしまったのだ。
冷静でいられる方がむしろ問題な気はする。
「とはいえ正直暇であるしなぁ……ふむ」
「あ、今何かろくでもないことを考えましたね?」
「失敬であるな。別にそんなことはないであるぞ? まあ、考えたというかとあることを思い付いたことは否定せんであるが」
「……具体的には、どんなこと?」
「いや、ここでジッとしていたところで仕方ないであるし、この城の探索でもしてみようかと思ったのである。何か見つかるかもしれんであるし」
「ここってアイナさん達の家ですよね? それってただの家捜しでは……?」
「……でも、楽しそう」
「で、あろう?」
フェリシアからは呆れたような雰囲気を感じるものの、何せここは魔王城なのだ。
どんなものかあるのかと、興味を持つのは自然なことだろう。
「……まあ、確かに否定はしませんが、わたしは行きませんよ?」
「む、何故である?」
「好奇心よりも、わたしの良心の方が勝っているからです」
「なるほど……では仕方ないであるな」
「……ん、じゃあ私も残る」
「……シーラ? 別に行きたいのでしたらわたしは特に止めませんよ? いえ、一言ぐらいは言うかもしれませんが」
「……ん、大丈夫」
それは間違いなく、フェリシアのことを考えてのものだ。
だが本人が決めたのならば、否やはない。
とはいえここで一人行ってしまうというのは、さすがのソーマも思うところはあるが、ここで自分が遠慮してしまえばその方が二人は気にしてしまうだろう。
「ふむ……では、我輩一人で行ってくるとするであるか。ああ、そうである。ついでに魔王の捜索もしておけば、言い訳にもなるであろう」
「言い訳と言ってしまっている時点で駄目な気がするのですが……そもそも、魔王の顔を知らないのでは?」
「確かにその通りではあるが、ここにはあと魔王しかいないのであろう? なら知らない者を見かけたら、それが魔王である」
「大雑把ですね……」
「……でも、一応筋は通ってる」
まあ、実際遭遇することはさすがにないだろうが、別に構わないのだ。
所詮建前だし、そして建前だろうと、道理が通っていれば問題ない。
それにそもそも、これはただの暇潰しだ。
本気で何かをしようと思っているわけでもないのである。
ゆえに。
「では、少しばかり行ってくるのである」
「……ん、いってらっしゃい」
「あまり遠くまで行かず、遅くならないうちに帰ってくるんですよ?」
「汝は我輩の母親であるか」
そんな言葉を交わし、苦笑を浮かべながら、ソーマは気楽にその部屋を後にしたのであった。




