元最強、魔王城を眺める
正直に感想を言うのであれば、予想外だった、というものになるだろう。
ただし、何に対してのことなのか、と言われると答えるのは中々に難しい。
複数の事柄に対しての感想だからだ。
適当に怪しいところを探してみたら一発で発見できてしまったことだったり、怪しまれたり面倒な事になりそうだったら諦めようと思っていたら何の問題もなく歓迎されたことだったり……あとは、決行日が明日であったり。
本当に、予想外のことばかりであった。
あとは……眼前の光景もまた、その一つか。
――寄せ集め。
脳裏を過ぎったその言葉に、小さく息を吐き出す。
あるいは、烏合の衆、あたりでもいいかもしれないが……どちらかと言えば、予想以上、と言うべきかもしれない。
予想以上に、駄目としか言いようがない状況であった。
ああ、ただし、集まっている数に関しては、素直に予想外だったと言ってしまってもいいだろう。
ざっと見渡すだけでも、百人を超えるだろう人影が集まっている。
よくこれだけ集まったものだと、感心するほどであり……だがだからこそ、同時に呆れを隠すことも出来ない。
特に、誰も彼もが成功を信じきっている様子なのも、その一因だ。
『――――――――!!!』
と、瞬間場が沸き立った。
おそらくは、誰かが勇ましいことでも口にしたのだろう。
まるで聞いてはいなかったが、何と言ったのかぐらいは簡単に予測が付く。
直後に彼らの視線が、一斉にこちらへと向けられたからだ。
それに愛想笑いを返す気概もなくなってしまったので、肩をすくめて返すが、それでも再度湧くのだからもう何でもいいのだろう。
こちらが何をどうしようとしたところで、それを都合よく受け取ってしまう状況、とでも言おうか。
まあ、そこに関しては、自分にも責任はあるのだろうが。
面倒そうだったし隠す意味もなかったから素直にこちらの身分を説明し、侮られるのもまた面倒だったから少しばかり力を見せてみたのだが、どうにもそのせいで余計状況を悪化させてしまったらしい。
大丈夫だと思ってはいたが、これで絶対大丈夫だと確信できた。
そう言ってこちらに向けてきた瞳を……今も向けられているそれを、そこにある暗く澱んだものを感じ取り、小さく息を一つ。
それは一人だけにあるものではなく、皆に等しくあるもので、だからこそ勘弁して欲しかった。
あれと同類扱いされてしまうのは、さすがに堪える。
傍目には実際何の違いもなかったとしても、だ。
「まったく……やれやれですね」
熱狂する空気に紛れるように、呟く。
しかしある意味ではこれが相応しいのかもしれないと、スティナは溜息を吐き出すのであった。
翌日早朝。
残っていたところでやることがあるわけでもないため、ソーマ達は早々に村を後にした。
本来であれば南西へと向かうはずではあったが、目的地が魔王城へと変更されたため、向かっている先は北西だ。
アイナによれば、こうすることでしか魔王城へは行く事が出来ない、とのことだが、特定の手順を踏まなければ先に進むことの出来ない結界でも張ってあるのだろうか。
てっきりそんなことを考えていたのだが……先を進むことで、その意味する事が分かった。
それは単純に、地理的な意味だったのだ。
「これは確かに、こっちからでないと行けんであるな」
「周囲を険しい山に囲まれた要所、ですか……ありきたりと言えばありきたりですが、それだけに有効ですね」
「……ん、でも、他からも行けないわけじゃない?」
「まあ、そうね、険しいだけだったら、そうだったかもしれないわ。でも、正規の手順を踏む必要がある、っていうのは正しくもあるのよ? 周囲には強力な魔物が放たれていて、そういった人達を襲うようになってるから」
「なるほど……」
それは随分と魔王の住んでいる場所らしい仕様であった。
だがそれはつまり、一つの事実を示している。
「ふむ……ということは、魔王は魔物を操れる、ということであるか?」
よく魔族は魔物を操れるや、魔物が暴れるのは魔族のせい、などということは言われてはいるものの、基本的にそれはただの言いがかりに過ぎなかったはずだ。
魔物を調教、使役するためのスキルは確かに存在しているが、当然それは魔族の専売特許ではない。
むしろ魔族などという理由だけでそんなものが使えるはずもなく――
「そうね……厳密には魔王じゃなくて配下……この場合は側近っていうべきかしら? まあ、そういった人が出来るわ。とはいえ、数にも範囲にも限度はあるし、ここの山を守らせるだけで精一杯らしいけど」
「だけ、って……十分過ぎる気がしますが?」
同感であった。
さすがにラディウスを囲っている山ほどではないものの、ここの山もかなりのものだ。
ここに放ち守らせているというだけで、十分過ぎるだろう。
そもそも普通魔物を使役するためのテイムというスキルは、一匹から二匹程度しか対象に出来ないはずである。
それをあっさりと無視するのだから、さすがは魔王の側近といったところか。
「あの人もあんたには言われたくないと思うけどね。まあというわけで、ここに放たれてる魔物は、魔物ではあるけど、うちを守ってる存在でもあるってわけ。だからむやみやたらに狩っちゃ駄目なの……分かったあんた達?」
「言われているであるぞ、シーラ?」
「……ん、多分、ソーマのこと」
「達って言ってんでしょうが……! どっちもよ!」
「ちぇー、である」
「……ちぇー」
「やかましい!」
アイナの叫びに、ソーマ達は揃って肩をすくめた。
その視線を、たった今狩ったばかりの魔物に向けながら。
そう、今の話を聞く前に、険しい山を見かけたソーマは、とりあえずとばかりにそこを登ってみたのだ。
そうしたら即座にその魔物に襲われ、当然のように撃退したのだが……それを目にしたソーマ達は目を輝かせた。
それは今まで見たことも、聞いたこともないような魔物であったからだ。
しかもそれは、それなりに強くもあった。
何せ様子見を兼ねていたとはいえ、ソーマが一撃で倒しきれなかったのである。
強い魔物の素材は、特別な用途に使われることが多い。
魔力を多分に含んでいたり、それだけで特殊な効果を発する事があるからだ。
さらには、珍しいときたものだ。
となれば――
「……いい研究材料になると思ったのに」
「うむ……心底残念である。……それだけでも貰っては駄目であるか? ほら、もう倒してしまったわけであるし」
「うちのだって言ってるでしょ。それは倒されても変わらないわよ。まあ、これが他の人だったら仕方ないとも思うけど、あんた達、っていうか、特にソーマが駄目」
「酷くないであるかそれ? 今回のことも別にわざとではないのであるぞ?」
「まあ今回のは事前に注意しておかなかったあたしが悪いし、別にそれは気にしてないわ。でも、あんたに下手に許可すると、なんかそれだけじゃすまなそうなんだもの」
「いやいや、それは考えすぎであるぞ? ただ……同一の魔物だけが放たれているとは思えんであるし、そうなるとここには他にも沢山の珍しい魔物が存在してる可能性があるってことであるしな。そのことを思いながら日課の素振りなどをしていたら、つい加減を誤って山が半分ぐらい削り取られて、ついでに珍しい魔物が大猟、ということに……そんなことにならんであるかな、などということはまったく考えていないであるぞ?」
「説得力がまるで足りていない言葉、ありがたくちょうだいしておくわ。そしてやっぱり駄目よ」
「ちぇー、である」
そう言って再度肩をすくめるものの、もちろん今のはただの冗談だ。
アイナの言葉も、である。
ただ、駄目だというのは、おそらく本気だろうが。
研究材料として使ってみたい、というのは本音ではあるものの、多分そうしてはまずい存在、ということなのだろう。
何せ魔王城の周辺を直々に守っている存在だ。
魔物ではあってもそこに厄介事が仕込まれていたところで驚くには値しない。
まあ、わざわざ見えている地雷を踏みに行くこともないだろう。
「ところで、それを持ち帰ったりしたら駄目だということは分かりましたが、それではどうするんですか?」
「まあ、ここに置いておけばそのうち土に還るであろうが……ちとそれまでの間アレなことになりそうであるな」
「……山の中に投げ捨てる? ……餌代わりにもなって、一石二鳥?」
「肉食なのいたかしらね……まあ、それはそれでしのびないし、持っていきましょうか。事情も話して説明すれば、誰かが適切に扱ってくれると思うわ。それじゃ、ソーマお願いね」
「ふむ? 我輩なのであるか?」
その言葉に、ソーマは首を傾げた。
とはいえ、誰が運ぶのかと言われれば、確かにそれはソーマの役目ということになるのではあろうが――
「そりゃあんたが倒したんだし、責任取るのは当然でしょう? ……まあ、単純に、あんた以外に運べそうにないってのが本音ではあるけど。倒したあんたなら分かってるとは思うけど、見た目以上に重いのよね」
「うーむ、それは構わんのであるが……出来れば責任は、隅々まで調べることで果たしたいのであるがなぁ」
「……それなら、協力する」
「駄目だって言ってんでしょうが」
「……ちぇー」
「……ソーマさんが余計なことをするから、またシーラが変なものを覚えてしまったではありませんか」
「ちょっと我輩に対する風当たりが強すぎな気がするのであるが?」
「そう思うのでしたら、少しは自重してください。そこに山があるから、みたいな感じで不意に登っていったりと、ちょっと今日のソーマさんは自由すぎます。まあ、いつものことと言えばいつものことではありますが、今日は尚更です」
それはちょっと自覚があったので、素直に反省しておく。
魔王城が近いということで、ちょっとテンションが上がってしまったのだ。
色々と、思うところがあるので。
「ま、それでは大人しく運ぶとするであるか」
戯言はほどほどにして、倒れ伏している魔物のところへと向かう。
ちなみにソーマが倒したその魔物は、一見すると牛のような外見をしていた。
ただしどう考えても、牛では有り得ない。
牛には額に三つ目の目があったりはしないし、突進してくる際に身体に雷を纏ったりしないからだ。
そういったこともあって、色々と調べてみたいと思ったのだが……まあ、駄目だと言われてしまった以上は従うしかない。
ともあれ、そのままその牛のような魔物を持ち上げれてみれば、腕にずしりと重みが来た。
体長は二メートルほどであり、牛であれば一トンはあるだろうが、腕に感じた重さからすれば、おそらくその倍以上はあるだろう。
アイナが言ったように、これはソーマでなくては持てまい。
シーラは瞬発的な力を発揮するのは得意だが、こういうのには向いていないのだ。
アイナやフェリシアは言うに及ばず、必然的にソーマが運ぶしかなかった、というわけである。
「さて、では行くであるか」
「そうね……大丈夫? 大変そうなら、手伝うけど……」
「いや、下手に手伝ってもらおうとすれば、アイナが潰れてしまいそうであるしな。気持ちだけ受け取っておくのである」
「……そう?」
自分で言ったくせに、こうして気を使ったりもするのだから、まったくアイナらしいことだ。
苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
そうして歩みを再開したソーマ達が向かったのは、山の麓の一箇所だ。
正規の道というだけあって、そこは山が途切れており――いや?
「これは、もしかすると……」
「……元からあったものじゃなく、後から作った?」
「さすがと言うか、見ただけで分かるのね……そういうことらしいわよ? 強引に山の一部を抉り取って、そこに魔王城を建てたんですって。先代……いえ、先々代の魔王がとか、その頃の話らしいけど」
「魔王や魔族と呼ばれることになった経緯こそ色々あれども、魔王という存在であることに違いはない、ということですか」
そんなことを話しながらも、その道となった場所をさらに進んでいく。
トンネルではなく、そこには見事なまでに何もない。
ここまで続いていた山の姿を見るに、ここにもかなりのものがあったはずだが……それを綺麗に抉り取ったというのだから、その凄まじさが分かろうというものだ。
「ソーマさんが凄まじいなどという言葉を口にするのは、少し違和感がありますね」
「ふむ? 何故である?」
「ああ、何となく分かるわ。ソーマなら、同じようなことが普通に出来そうだもの」
「いや、それは少々我輩を買い被りすぎであるな」
さすがのソーマも、これほどのものを作り出すのはかなり難しいだろう。
そもそもソーマが使えるのは、ただの剣技だ。
即ち、その本質は何かを斬ることなのである。
山は斬るには大きすぎるのだ。
先ほども言ったように、出来ても精々が、半分ほどを消し飛ばす程度である。
「……色々とツッコミどころが多すぎて、何を言ったらいいのかよく分からないんですが……」
「同感だけど、同時にソーマだしっていう気もしてるわ」
「ああ、確かに、そうも思いますね」
「何やら好き勝手言われてる気がするであるが……」
「……ん、当然のこと。……ところで、ソーマ」
「うん? どうしたである?」
「……じゃあ、ここをこうした力がソーマに向けられたとしたら、ソーマはどうする?」
「ふむ……」
その言葉に、何となく周囲を見回し、それからもう一度ふむと頷く。
ここをこうした力。
それはお世辞抜きに凄まじい力だと思うものだ。
ソーマでは決して使うことの出来ないだろうもの。
それが自分に向けられたら――
「まあ、斬るであろうな、普通に」
「……あの、ソーマさんでも無理と言っていた気がするのですが? なのに、斬れるんですか?」
「試さないとさすがに分からんと思うであるが……多分この程度ならば斬れると思うであるぞ?」
要するにそれは、単純に力の向かう先の違いだ。
これを成したのは、破壊力に特化させた力であり、ソーマの放つのは切断に特化させた力だ。
云わば前者は面であり、後者は線。
面を破壊するのに同等の力を線に持たせる必要はないし……そもそも、総合的な力で負けているとは、誰も言っていないのである。
「何と言うか……ソーマは本当にソーマよね」
「……ん、ソーマらしい」
「褒め言葉として受け取っておくである」
まあとはいえ結局のところ、それは仮定でしかない。
これを作り出すのが限界程度の力であれば、という話でしかないのだ。
上限がどこにあるのかなどは、それこそ実際に試してみなければ分かるまい。
そして魔王の代替わりがどのようにして行われるのかは分からないが……普通に考えれば、前の代よりも弱いということはそうそうないだろう。
つまり、今代の魔王は、これを成した相手よりも遥かに強い可能性があるのだ。
ずっと続いている道の先には、いつしか一つの建物が見えるようになっていた。
如何にもといった様子のそれが、きっと魔王城だ。
そこに居る相手を見定めるように、ソーマはそこを見つめると、目を細めたのであった。




