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魔王の娘、実家に帰る

「ところで、こちらの事情は大体話したであるが、アイナは結局何故こんなところにいるのである?」


 会話が雑談めいてきたところで、ふとソーマから問いかけられた言葉に、アイナは反射的に口をつぐんでいた。

 そりゃあ聞かれないわけがないのだが、ここまで聞かれなかったのだからと若干油断してしまっていたのだ。


 とはいえ別に言えないような理由ではないのだが――


「まさか理由もなしに来たわけではないであろう?」

「……ま、そりゃね。というか、あたしがこんなところに来る理由なんて一つだけでしょ? 所謂里帰りってもののためよ」


 それは一応事実である。

 アイナが今回ディメントに来たのは、自分の家へと……魔王城へと帰るためなのだ。


「ふむ……それは、大丈夫なのであるか?」

「え……大丈夫って、どういうことですか? 里帰り、なんですよね?」

「……私もちょっと聞いただけだけど、色々あるらしい?」


 どうやらさすがにと言うべきか、ソーマ達もその辺のことは話していないらしい。

 それでも何となく想像がついたのか、フェリシアは僅かにその顔を曇らせると、心配そうな視線をこちらへと向けてくる。


 その瞳の色は自分のものと似ているが、まったく違うようにも感じるのは髪の色のせいだろうか。

 大半の場合髪と瞳の色は同じだし、多少異なることがあっても、ここまではっきりと違うというのは、少なくともアイナには見覚えがない。


 あるいはそれもまた、魔女特有のものなのかもしれず……まあしかし、それだけだ。

 別にそれでどうということもない。


 確かにフェリシアは魔女なのかもしれないが、事情持ちなのはアイナも同様なのだ。

 それに、先に述べた通りである。

 ソーマが一緒にいるならば、色々な意味で気にする必要はない、ということだ。


 いや、別の意味でならば、気にはなるけれど。

 話を聞くに、一月ほど二人きりで同じ家に住んでいたようだし。


 だが今はそれを気にしている状況ではない。

 そんな思考が過ぎってしまったことに対する分も含めて、肩をすくめた。


「大丈夫よ。別に戻ったところで何かをされるわけではないし。……多分、だけど。まあ、その辺の確認もこめての里帰りなわけだけどね」

「とりあえず理由は分かったであるが……随分と思い立ったであるな。しばらく戻るつもりはない、とか言っていなかったであるか?」

「……ん、私が学院を出た時にも、そんな予定があるとは言ってなかった」

「まあその時には正直そんなつもりなかったもの。その気になったのは、それこそシーラが学院を出てからね」


 シーラも学院からいなくなり、当時のアイナはかなり暇を持て余すようになっていた。


 やることは幾らでもある。

 魔法の腕の研鑽に、終わりなどはないのだ。


 しかしそれでも、一人で出来ることには限度もあるし、さすがに一人でそればかりやっていても飽きる。

 かといって気分転換しようにも、友人達はほぼ学院に残っていなかった。


 唯一リナだけは残っていたものの、彼女も色々とやることがあるらしく、ほとんど会えなかったのだ。

 結局アイナは一人となり……故に、折角だからと一人でこの機会に出来ることをしようと思い立ったのである。


 そしてそこで頭に過ったのが、シーラであった。

 シーラもしばらく戻らないつもりだった自分の故郷へと戻ったのである。

 ならば自分もそうしてみようかと、そんなことを思ったのだ。


「ふむ……つまり半ば突発的な行動だった、ということであるよな?」

「まあ、そういうことになるわね」

「それでよく許可が下りたであるな」

「ああ、それはあたしも少し心配だったんだけど、呆気なく下りたわよ? ソフィアさんのところに半分押しかけるように行ったんだけど、本当にあっさりと」


 魔王の娘が、一時的とは言いつつも魔王城に帰るというのだ。

 普通はもっと警戒してしかるべきだとは思うし、むしろ疑ったりするのが当然だろう。


 だがスキル等で誓約を交わすこともなければ、書面すらも作成されなかったのだ。

 里帰りをしてもいいかと尋ねると、即座にいいわよと返され、それだけだったのである。

 思わずこちらからそれでいいのかと聞いてしまったぐらいには、それは簡単であった。


「簡単に許可を得られるほど、信頼されている、ということでは?」

「一年程度一緒に過ごしていたのだから、そうとも言えるのかもしれないけど……まあ、とりあえずそういうわけで、ディメントには結構簡単に来れたわ」


 それからここに至るまでは、さすがに簡単にとはいかなかったものの、かといってソーマ達のように語れるほどの何かがあったわけでもない。

 精々が、昔の自分はよくこんなことをやったものだと、かつての自分に感心する程度の、当たり前の苦労があったぐらいだ。


「……そして、そのままここに来た?」

「……あれ? そういえば、里帰りだったはずですよね?」

「そうだけど……ああ、ディメントの地理を知らないと疑問に思うかもしれないけど、魔王城に行くにはこの村を通る必要があるのよ」


 確かにこの周辺はディメントの中でも端の方だが、そもそも魔王城のある場所自体がディメントの中では端に近いのだ。

 ここに別荘のようなものがあるのも、魔王城のある場所から最も近い村であり、外に出るには必ず通らなければならないからなのである。


 とはいえ基本的に外へと出ることはないため、ここの管理等はこの村の村長に任せているのだが。

 ソーマ達と再会した際村長の家から出てくるところだったのも、それが理由である。

 自分達の名義になっているとはいえ、さすがに管理している者に挨拶もなく勝手に使うわけにはいかないだろう。


「ちなみに、ここからその魔王城とやらに行くにはどの程度時間がかかるのである?」

「そんなにかからないわよ? まあ、道を知らなければ話は別だけど、明日の朝にここを出て、夕方ごろには着くんじゃないかしら」

「そうであるか……」


 そう呟くと、ソーマはシーラ達へと視線を向けた。

 それは目配せのようであり……いや、事実その通りだったのだろう。


「それは我輩達が付いていっても大丈夫なものなのであるか?」


 直後に、そんなことを言ってきたからだ。


「それは……まあ別に、駄目ってことはないと思うわよ? 訪れる人はほとんどいなかったけど、制限とかはしてなかったはずだし。……でも、学院に帰るんじゃなかったの?」

「今でもそのつもりではあるが、まあ別に多少遅れても問題ないであろう?」

「……とりあえず私は、問題ない」

「わたしも、ですね」

「いや、あんたらの問題ってよりは、ソーマの問題よ。リナとか学院長とか、あんたが生きてるとは思ってるだろうけど、確証があるわけじゃないし。早く生きてるって教えてあげるだけでも、喜ぶんじゃないの? ……少なくともあたしだったら、そうだったろうし」

「うん? いや、少なくともヒルデガルドは知っていたはずであるが……聞かされていないのであるか?」

「はい? なにそれ、初耳なんだけど? まあ、そもそもあまり会う機会自体がなかったけど……」


 何せ相手は学院長だ。

 そうそう会えるような相手ではなく、しかしそれでもソーマがいなくなってから数回程度は会っている。


 だがそんな話は聞いた事がないし、学院長もかなり元気がない様子であったが――


「……ん、私も聞いてない」

「あれ? おかしいであるな……我輩とヒルデガルドはある程度の縁がある故、居場所は無理でも互いの生死程度ならば分かるのであるが。本人がそう言っていたであるし、我輩もそのぐらいならば感じるであるしな」

「わたしはその人のことをよく知りませんが、居場所が分からない以上はぬか喜びをさせてしまう、という可能性を考えて知らせなかった、ということではないでしょうか? ……まあソーマさん相手にそんなことを考える必要があるか、という疑問はありますが」

「そうね……そういうことなのかもしれないわね。あと、後半に関しても同意するわ」

「……ん、同感」

「あっれ? 我輩唐突にディスられてないであるか?」

「そんなことないわよ? ただの感想だもの」

「そうですね、それに関してソーマさんが何かを感じる事があったとしても、それは見解の相違、というものではないかと」

「……もしくは、価値観の違い?」

「やれやれ、酷い話である」


 そんなことを言って肩をすくめているものの、ソーマは大して気にしていなさそうだ。

 まあ当然と言うべきか、こちらも本気で言っているわけではないが。

 内容そのものに関しては、ともかくとして。


「ま、ともあれ、そういうことであれば確かにそっちも重要ではあるが、別に我輩の生死が分からなかったところで誰かが死ぬわけでもないであるしな。それよりはアイナの家の方が気になるし重要だと思うである」

「こっちも実家に帰るだけなんだから死にはしないわよ。……でも、ありがと」


 大丈夫だとは思うものの、僅かに不安があるのも確かだ。

 だからここでソーマ達に会えたことも、付いてくると言ってくれたことも、正直かなり嬉しかった。


 まあ、さすがにそこまでのことは、口にはしないけれど……口元が緩んでしまうのは、どうしようもない。


 ともあれ、これでたとえ何があったとしても、きっと大丈夫だろう。

 何もないのが一番だし、そうだとは思っているものの……アルベルトに攫われたあの時だって、あんなことが起こるとは思ってもいなかったのだ。


 故に最低限の警戒は怠らず、もしもの時の心構えを忘れないようにしながら。

 あの人達は元気にしているだろうかと、アイナは懐かしいとすら思うようになってしまった人達へと思いを馳せるのであった。

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