元最強、魔王の娘と再会する
ソーマ達が見える範囲の中で最も大きな家へと向かったのは、そこが村長の家である可能性が最も高かったからだ。
一目で宿と分かるような場所があれば別だが、そうでない場合はまず村長の家だと思われる場所に行くのが無難なのである。
そうしてそこへと向かいながらそれとなく村の様子を窺ってみれば、その様子は典型的という言葉がピッタリ当てはまるほどのものであった。
周囲を木の柵で覆っているだけだというのに、流れている空気は驚くほどに長閑だ。
賑やかさはないが、騒がしさもなく、一息吐くには最適の場所だろう。
住むとなるとちょっとソーマは退屈してしまいそうだが、それでも悪い場所ではない。
その最大の要因は、おそらく危機らしい危機が訪れることがないからだ。
実際にここまでやってきたから分かることだが、この周辺は魔物が滅多に出ないようで、出ても角ウサギ程度の所謂弱い魔物だけである。
それでも村に住む一般人からすれば脅威だろうが、そこはランク二あたりの冒険者でも用心棒に雇っておけば済む話だ。
あるいは、かつて冒険者だった者が村に戻ってきたり、居つくことになった可能性もある。
それぐらいならば、どうとでもなる、ということだ。
ざっと眺めたところ、土地もそれなりに豊かなようだし、飢餓に苦しむような心配もなさそうである。
とりあえず、余計な心配をする必要はなさそうだ。
村人達が日々の糧を得るのにすら苦労しているような村に行ってしまうと、まだ野宿の方が心休める、といったことも有り得るのである。
幸いにも、この世界ではまだそういった村を見たことはないが、それは旅してきた場所が場所だからだろう。
少し足を外に向けてみれば、そういった場所は幾らでもあるに違いない。
とはいえ――
「ふむ……それにしても本当に、驚くほど普通であるな」
「……ん、確かに」
「新しいところに来るたびに言っていますが、そこまで言うほどのことなんですか? 正直大げさなのではないかと思うのですが」
「まあ確かに大げさと言えば大げさなのではあるが、何だかんだ言ってもやはりここが普通の場所ではないことは違いないであるしな。通常そういう場所は相応の違いのようなものがあるはずなのであるが……」
ここは一方的にとはいえ、蔑視されている者達の住まう場所なのだ。
どれだけ本人達が自分達はそうではないと思っていたところで、大なり小なり歪んでしまうのが普通なのである。
しかし今のところ、集団単位でのそういった様子はまるで見られない。
エルフの森に近い場所なため、そういったことを意識せずにいられているからなのか……もしくは――
「……誰かが意図的にそうなるようにしてる?」
「誰か、と言いましても、ここに統治者はいないんですよね?」
「いないとはいっても、あくまでも公的には、という話であるしな。王を名乗っている者がいる以上、実質的にはそれがそうなのだと考えていいと思うのであるが……」
ただ、そんなことをするような人物か、という疑問は残る。
伝え聞く話しか知らないものの、時折聞く話からはどうにもそんなイメージは湧かないのだ。
ソーマが魔王について知っているのは、残虐であったり悪逆の限りをつくしたりと、まさに魔王という言葉から連想するようなことばかりである。
そんな人物が実は賢王で、味方には優しく住民達の心のケアまでしていた、とか言われても違和感しか覚えない。
もちろん、魔族の話ではあるので、ある程度の脚色はされているだろう。
敵に対しては悪鬼羅刹の如しだが、味方に対しては甘く優しい主君だという話も、ないでもない。
だがそれよりも、ソーマはもっと説得力のある仮説を立てることが可能だ。
即ち、そもそもそうして外に伝わっている魔王と、今実際に魔王をやっている者は別なのではないか、という可能性である。
「え……ですが、魔王が倒されたり代替わりした、という話は聞きませんよね? そんなことがあればわたしでも聞くことになると思いますが……」
「……ん、私も聞いたことはない。……でも、その可能性は割と高い」
シーラが同意を示したのは、その根拠となるものをソーマと同様に知っているからだろう。
そう、魔王の娘である、アイナの存在だ。
彼女から魔王の話はほとんど聞いたことはないが、それでも尊敬しているのだろうことは何となく分かる。
それに、もしも魔王が聞いた通りの存在ならば、アイナはあそこまで真っ直ぐに育つことはなかったに違いない。
たとえ身内にだけは優しかったのだとしても、だ。
そこから考えると、アイナの父親でもある現魔王は、話に聞く相手とは別人だと考えたほうが自然なのである。
「ま、それにスティナもそうであるしな。スティナはスティナで色々と抱えていそうというか訳ありのようではあるものの、根は悪い人物ではないであるし」
「……確かに、自称ではありますが、彼女も魔王の娘ということらしいですしね。少なくとも何らかの関わりはあるのでしょうし、そう考えましたらソーマさん達の話も納得できますか」
「……周知されてないのは、そうした方がいいと判断されたから?」
「そんなところであろうな。誰の判断かは分からんであるが」
それに、どうでもいいと言ってしまえば、どうでもいいことではある。
今そんなことを話していたのは、要するに移動する間の暇つぶしでしかないからだ。
真相がどうであろうとも、ソーマ達が関わるような話ではない以上、どちらだって構わないのである。
所詮は雑談の一つであった。
「こんなところでするような雑談ではないような気もしますが……いえ、話し始めた切欠を考えますと、こんなところだからこそすることになった話ではあるのでしょうが。それにしても、ここの人達に聞かれたら怒られませんか?」
「まあ、聞く人によっては悪口だと捉える人もいるかもしれんであるが、それを考慮した上でちゃんと周囲に話が聞こえるような人がいないことは確認済みであるしな」
「また無駄に高度なことを……」
「……ん、でもソーマらしい」
「人聞きの悪いことを。話をする時は周囲の迷惑にならないように、且つ偶然それを聞いてしまった人が不快にならないよう気をつけるのは、基本であろう?」
と、そんなことを話している間に、村長のものと思われる家はすぐ近くにまで迫っていた。
近づいたところで、何となくその外観を眺める。
屋敷と呼ぶほどのものではないが、周囲の他の家と比べれば五割増し程度の大きさはあった。
小さな村ともなれば、家の大きさはそのまま家格の高さと村での影響力を示すものだ。
まさかこれでただの村人ということだけはないだろう。
家の中には人の気配もするので、留守ということもない。
とりあえず訪問を伝えるべく、家の扉へと一歩を進み――だが、ノックをする必要はなかった。
その直前に、向こう側から扉が開いたからだ。
自動的に開くわけはないだろうし、当然のようにその奥には人の姿がある。
というか、どうやらちょうど向こうから出てくるところだったようだ。
反射的にその場から退きかけ……その途中で止まる。
出てこようとする人物の顔が見えたからであった。
身長は自分と同じぐらいであり、目にも鮮やかな赤い色が視界には映し出されている。
それはとある人物を連想するに十分な代物であり……そこで向こうもすぐ傍に誰かがいることに気付いたようだ。
髪の色と同じ色をした瞳がこちらに向けられ、大きく見開かれた。
それはおそらく、ソーマも同じだろう。
そこに居たのは連想した人物そのものであり、こんなところで会うなど予想だにしていなかった人物だったのだから。
「……ソー、マ?」
「アイナ、であるよな?」
その姿を眺めながら、ソーマは驚愕交じりにその名を呟いたのであった。




