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元最強、魔王の娘? と別れる

 別にようやくと思えるほど苦労をしたわけではないのだが、それでもそんなことを思いながらその村へと足を踏み出す。

 ここが最後だと考えれば、多少の感慨はあった。


 ただそれよりも思うのは、よく二年前の自分はこんなことを無事遂げることが出来たものだということだ。

 今の自分には魔法があるが、あの頃の自分にはなかったのである。


 それでも出来たのは、多分半分以上自棄になっていたからなのだろうが――


「我ながらしぶといというか、何というか、というところね」


 苦笑を浮かべながらそう呟くが、笑い話のように出来るのも今までがあればこそだ。

 自分は恵まれていると、心底思う。


 そしてそれはきっと、気付いていなかっただけでずっとそうだったのだろう。

 今回無駄に時間があったからこそ、改めて当時のことを思い出して考え、そう思ったのだ。


 あの頃の自分は、多分自分のことしか見えてはいなかった。

 周囲の全ては敵で、誰も自分の味方になってくれないと、そんなことを考えていたように思う。

 だからそれに耐えられなくて、あそこを飛び出したのだ。


 けれど、それは本当にそうだろうか?

 あの人達は、確かに多少放任気味ではあったけど、それでも傷ついた子供を放っておくような人達ではなかった。


 ならばそこには相応の理由があったか、あるいは自分が気付かなかっただけなのではないか。

 今ではそんな風に思っている。


 もちろん自分の考えすぎかもしれないし、過去のことだから美化してしまっている可能性だってあるだろう。

 だが今更それに関して、グダグダと考える必要はない。


「直接聞けばいいだけだものね。折角ここまで来たのだし」


 あの頃の自分も、そうすればよかったのだ。

 否……そうすべきだったのである。


 そうしていたら――


「ああ……でもそうしていたら、今のあたしはないかもしれないのよね……」


 飛び出すことがなければ、アイツにも、あの娘達にも、きっと会うことはなかった。

 あの時最善の行動を取らなかったからこそ、満足出来る今があるなど、皮肉にも程がある。


「ま、とはいえ、人生なんてそんなものかもしれないわね」


 そんな風にうそぶきながら、肩をすくめてみせる。


 ともあれ、目的地まではもうすぐそこだ。

 ここならばさすがに行くべき場所は覚えている。


「さて……どうなることかしらね」


 正直予想は付かないが、まあなるようになるだろう。

 そうして気楽に考えながら、アイナは村の奥へと向かっていくのであった。








「では、世話になったであるな」


 早朝、朝日の昇ったばかりの街を、ソーマ達は前日に決めた通り後にしようとしていた。

 振り返った先、宿の戸口には宿の主人達の姿がある。

 必要ないとは言ったのだが、是非にということで見送りに出てきたのだ。


「いえ、むしろお世話になったのは、こちらの方かと。本当に、ありがとうございました」


 そう言って頭を下げた姿に、ソーマが小さく息を吐き出したのは、礼ならばもう何度も受け取ったからである。

 それこそ助けた直後、ギルドへと向かう途中に、経緯の説明を受けながら十分過ぎるほどに受け取ったし、ギルドでの説明を終え先に主人達の戻っていた宿に辿り着いた時には、歓待に近い扱いまで受けたのだ。

 いい加減過分にすぎて辟易とすらしてきてしまうのは仕方のないことだろう。


 それに――


「昨日から言っているであるが、礼ならばスティナにだけ言えば十分である」


 それは本心からのものだ。

 そもそもソーマが彼らに対してやったことなど、基本的にはない。

 精々が怪我の治療ぐらいだろう。


 だがそれもこれも、スティナが先に動いていたからなのだ。

 話に聞いたところによれば、スティナが動いていなければあそこまでスムーズに解決することはなかっただろうし、もしかしたら主人の命も危なかったかもしれない。

 そう考えれば、今回最も褒め称えられる相手はスティナであるし、スティナだけで十分なのである。


「もちろんスティナさんには、格別感謝しています。……本当に色々と、ありがとうございました」

「……やめるです。スティナだってもう十分言われたですし、そもそもそこまで言われるほどのことなんてしてねえです」


 スティナ自身はそんなことを言うものの、それは明確に謙遜だろう。

 あるいは、本人は本気でそう思っているのかもしれないが、主人が心底感謝しているのは見ていれば明らかだ。


 そこにはきっと、『色々と』あるのだろうが……まあ、色々なことがあるなど、生きていれば当然のことである。

 それこそ、他人には言えないようなことを抱えることも。


 それは当たり前のことでしかなく、それを無理に知ろうとするのは他人の心を土足で踏みにじるも同然のことだ。

 ギルドもそう思ったからこそ、何かあるのに気づいていても言及することはなかったのだろう。


 もちろん、それが後々問題になるようなことであれば話は別だが……少なくともソーマは、そうは感じなかった。

 だからソーマとしては、ただ肩をすくめるだけなのである。


「ま、それでは、行くとするであるか」

「……ん、問題ない」

「そうですね、忘れ物なども特にないですし。忘れるほどのものがないとも言いますが」

「そういう自虐はいらねえです。……じゃ、さよならです。多分もう会う事はねえでしょうが、達者で暮らせです」


 スティナがそう言ったのは、主人達もこの後、この街を離れる予定だからだ。

 色々とあったが、結局当初の予定通りにするつもりらしい。


 あるいは、色々とあったから、なのかもしれないが。


「はい。それではまた、機会がありましたら。……ほら、お前もちゃんと挨拶しなさい」


 主人が促したのは、その身体の後ろに、あの幼女が隠れていたからである。

 その様子を眺めながら、最後まで避けられていたのは変わらなかったなと、そんなことを思い――


「……うん。……ばいばい。……またね。……ありがとう」


 それは主に、スティナ達に向けられたものではあったのだろうが……僅かにだが、確かにソーマにも向けられたものであった。

 目が合うや否や、すぐに隠れてしまったことに変わりはなかったが、そのことにソーマはほんの少しだけ口元を緩める。

 それだけで、今回の件の報酬は十分だろう。


 そして、そのままソーマ達は、最後にもう一度頭を下げる主人に見送られながら、街の外に向けて歩き出したのであった。








 当たり前のことではあるが、ソーマ達はこの地方の地図というものを持っていない。

 軍事機密にも繋がるものが、境界付近の場所で販売されるなど有り得ないし、しかも余所者相手となれば尚更だ。


 それでもソーマ達が問題なく旅を続けてこられたのは、さすがに次の村や街の大体の位置ぐらいならば教えてもらえたからである。

 それすらも教えてもらえなかったならば、きっとこの旅はもっと大変で、苦労していたに違いない。


 ただ、そういったことを考慮の上でも、今回の旅の道中は異様なほどに楽であった。

 何せ朝方に街を出たとはいえ、夜になる前に次の村に到着する事が出来たのだ。

 今までの全ての旅を振り返ってすらなかったほどの、最速での到着であった。


 とはいえ、次の村までの距離が短かったかと言えば、そんなことはない。

 多分今までと同じであれば、到着までに何だかんだで三日はかかったであろう。


 そうならなかったのは、今までにはなかった要素が今回のソーマ達にはあったからだ。

 要するにスティナのおかげであり、スティナが次の村までの正確な道のりを覚えていたからであった。


 大体の位置が分かるとはいえ、街道が整備されている方が稀なのだ。

 途中で道が分からなくなることも珍しくなく、道に自信がなかったりすれば歩く速度が鈍ったりもする。

 あとどれぐらいで着くのかが分からない以上、無駄に休憩を取ってしまうこともあり、そういったことの積み重ねで時間が浪費されてしまう。

 そして結果的には、本来の数倍の時間がかかってしまうのだ。


 とはいえそれが分かっていても、基本的には敢えてそちらを選ぶことの方が多い。

 本当に道が間違っていた場合、無理をして疲れていては万が一のことも有りえるし、時間で安全が買えるならばそれに越したことはないからだ。


 しかし完全に道が分かっていれば、そんな心配をする必要はなく――


「ふむ……これだけでもスティナを旅に誘った甲斐はあったというものであるな」

「それはさすがに言いすぎだと思うですがね」

「……そんなことない」

「そうですね……わたしが旅に不慣れだということもあるのでしょうが、ソーマさん達が居ても道中はどうしても不安になってしまいますし。早く次の村に辿り着けるということは、それだけで十分過ぎる価値があると思います」


 まあ、そういった不安も旅の醍醐味と言えばそうではあるのだが……感じないで済むのであれば、その方がいいのも確かだ。

 それが当たり前になってしまうと困ったものだが、たまにはこういったこともいいだろう。


「さて……ま、折角夜になる前に辿り着けたのであるし、とりあえずさっさと今日の宿を確保するであるか」


 街と呼べるほどの規模になれば宿があるのは普通だが、逆に村程度の規模であれば宿がないのが普通である。

 人が訪れなければ、不要でしかないからだ。


 まあ、街からの最寄ということで、おそらくここにはあると思うものの、なければ村長の家などを訪ね交渉する必要がある。

 その時間は早ければ早いほどよく、遅ければ何処にも泊まれない、ということだって有りえるのだ。


 折角村に辿り着けたのに野宿などは馬鹿らしいので、一先ず動くべきであり――


「そうですね、そうするといいです。それじゃあ、ここでオメエらとはお別れですね」


 だがその瞬間、スティナがそんなことを言ってきた。


「ふむ……? それはどういう意味である?」

「……スティナは、既にここで泊まる場所を確保してた?」

「いえ、そのままの意味ですよ? そもそもスティナはここに泊まるつもりはねえですし。まだ日が沈むまでには時間があるですし、もうちょっと先に進むです」

「先って……何処へ、ですか?」

「もちろん、スティナの向かってる場所です。まあ、少なくともオメエらの目的地とはまったく別のとこにあるのは確かですね」


 目を細め、その様子を伺ってみるが……どうやら、冗談を言っているわけではないようであった。

 どういうことかと考え……だがすぐに、納得する。


「……そういえば、旅を共にするとは言ったものの、いつまでとは言っていなかったであるな」

「そういうことです。短くとも、街から村への移動ってのは、十分旅って言えるですしね。これで約束は果たしたです」

「それは……そうとも言えるかもしれませんが……」

「……随分急?」

「言ってなかったですから、オメエらにはそう感じるかもしれねえですね。ただ、スティナは最初から、数日のつもりだったです。こっちはこっちで目的があって旅してるんですし」

「ふむ……道理と言えば道理であるな」


 向かう場所が一緒であるならば、共に旅をすることは可能だろうが、それでも目的次第ではどちらかが寄り道をする必要があったり、移動するペースを上げたりする必要もあったりするだろう。

 それを出来るだけ合わせることも可能ではあろうが、その全てをとなればそれは無理だ。


 だから最初から数日と区切っていたというのは、道理に適っていた。


「確かに、日数だけであればもう数日一緒にいたことになりますが……そこまで急ぐ必要があるんですか?」

「ある、とだけ言っとくです。具体的なことは言うつもりはねえですが」

「……残念だけど、仕方ない?」

「まあ、そうであるな……」


 元より駄目で元々と思っていたことであったのだ。

 それがここまで一緒にいれ、短くとも旅をすることが出来たというのは、望外のことではある。


 ただ、目的の一つだった借りを返す件については、より増えたような気がしているのだが……それも、仕方のないことだろう。

 少なくとも、それは彼女を留める理由にはなりはしないのだ。


「そう、ですか……」

「ま、今回は仕方ないであるが、またいつかどこかで会うこともあるであろう。その時はまた共に旅をすればいいだけである。今度は、もう少し長く」

「……ん。……出会いと別れがあるのが、旅。……そして、再会があるのも、また」

「……まあ、それに関してはさすがに保証できねえですがね。機会があれば、とだけ言っておくです」


 そうして、スティナは身体を翻すと――


「じゃ、さよならです」


 そう言って、去っていった。

 名残すら感じさせない、あっさりとしたものであった。


 一度も振り返ることなく、その姿は遠ざかっていき……やがて、見えなくなる。

 誰からともなく、溜息が吐き出された。


「ふむ……ちと予定とはずれてしまったであるが、とりあえず宿を取るのは変わらんであるしな。一先ず適当なところで話を聞いてみるであるか」

「……ん」

「……了解です」


 あまりに突然のことであるため、フェリシアは多少引きずっているようであるが、しばらくすれば気を取り直すだろう。

 冷たく厳しいかもしれないが、もうスティナは去ってしまい、戻ってはこないのだ。

 そうしなければならないのである。


 ……とはいえ、ソーマも思うところがないと言えば、嘘になるが。

 スティナはああ言っていたし、そこに道理もありはするものの……急すぎたのも事実である。

 おそらくはスティナもスティナで、何かそうする理由か何かでもあったのだろうが……まあ今は考えたところでどうしようもないことだ。


 スティナの去っていった方角を最後に一度だけ眺めると、息を吐き出す。

 それから視線を動かすと、ソーマは先ほど自分で口にしたことを実行するため、適当な家へと足を向けるのであった。

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